SS詳細
紫煙と火酒
登場人物一覧
適当に入ったバーは早い時間だのに満席に近かった。
「へぇ、楽園じゃねェか!」
充満した煙草の煙が鼻と喉を通る。キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)は薄暗いバーを見渡す。初老の男が煙管に刻み煙草を詰め、コの字型のカウンターで女が一人、煙草をふかしている。
「そうだな、うまい酒も飲めそうだ」
そう答えるのはヤツェク・ブルーフラワー (p3p009093)だ。
「こちらの席へ」
声に視線を向ければ、ヤツェクより少しばかり若い男がカウンターの、木製の椅子を丁寧に引いたのだ。
「いいねェ、楽しくなってきたな」
「おなじく」
ヤツェクは笑い、椅子に座った。酒飲みにとって酒場は出会いの場所だ。酒に食。一期一会の会話。人々。酒を飲み、煙草を吸う。目を細める。酒場にいるだけで癒され、たちまち幸福になるのだ。
「お使いください」
ぼんやりしていると、男の低い声が聞こえた。
「ありがとう」
反射的に礼を言った。それぞれの前にステンレス製の灰皿が置かれたのだ。キドーとヤツェクはにやける。そう、
煙草を吸う。時折、話しながら。
「なぁ、そろそろか?」
声が聞こえた。キドーが灰皿に灰を落としながら、ヤツェクを見ていた。ヤツェクは煙を唇から、ゆっくり吐き出しているところだった。互いの煙が絡まる。
「いいや? 二時間以上ある」
ヤツェクは左右に頭を振り、キドーの、色の異なる瞳をぼんやり眺め、また、煙を吹く。
「そうかよ」
「ああ、待つと長い」
ヤツェクは言った。煙草の先が赤く燃え、瞬く間に灰となる。想像以上に時間は過ぎないようだ。まるで、誰かが時計の針を止めているように思えた。
「そうだなァ」
煙草を灰皿に置き、キドーは尖った歯で、チャームのアーモンドを噛み砕く。
「まあ、社長。酒でも飲もう」
ヤツェクは咀嚼音に笑った。
「おう、部下よ!」
ヤツェクの肩を抱きながら、キドーはウイスキーを飲み干した。唇の端から零れたウイスキーがテーブルを濡らす。
「おや。もう、酔ったか?」
ヤツェクは煙草の灰を静かに落としながら笑った。遠くで、グラスがぶつかりあう音が聞こえた。
「うんにゃ」
キドーは否定しながらも眠たそうに首を振り、ヤツェクから離れ、濡れた唇を長い舌で舐める。バーの雰囲気が気に入ったのだろう。キドーは早いペースで杯を重ねているのだ。酔うのは至極、当然のことだ。
「子守歌でも歌おうか?」
可笑しそうに笑いながら、ヤツェクもまた、静かに酔っていた。濡れた視界にウイスキーのボトルが映った。
「よせやい、おねんねには早すぎる!」
キドーは猫を追い払うように手を動かし、ボトルに手を伸ばした。ヤツェクの煙が躍る。
「だな。だがまあ、必要な時は遠慮なく言ってくれ。全力で歌おう」
「いいね。そん時は世話になるよ。ん、軽いな」
適当に返事をし、軽くなったボトルから黄金色の液体をグラスに注ぐのだ。ヤツェクは流水のような音を聞き、空になったグラスを手で押しやる。また、飲みたくなってきた。
「おれにも一杯だ」
ヤツェクは言い、アーモンドを歯で砕いた。
「ああ、飲もうぜ。軽くな?」
「わかってるさ。千鳥足じゃ格好がつかない」
ヤツェクは苦笑し、ウイスキーを口にする。
「はは、違いねェ!」
ヤツェクとキドーはこれから、とある男を尾行するのだ。所謂、数時間の余暇を酒飲み煙草飲み同士過ごしているわけだ。
「アーモンド、美味しいな」
「ああ」
少しだけ会話をし、また、煙草をふかした。ぼんやりと煙が漂う。キドーは鼻から煙を吐き出しながら、ポツリとこう言ったのだ。
「なあ、あんたいつもどんなの吸ってんの」
ボトルの酒を飲み干し、飽きたのだろう。ヤツェクは笑った。
「ふむ、一本いかがかな?」
「へぇ、いいのかよ?」
キドーはヤツェクの目を見た。ヤツェクの、葡萄酒色の瞳がじっとキドーを見つめる。
「勿論だ」
「じゃあ、交換しようぜ?」
煙草を灰皿に押し付け、キドーは煙草の箱を向ける。
「ありがとう、いただくよ」
にっと笑って、ヤツェクはキドーの
「どうだ?」
ヤツェクは煙を吹き、目を細める。
「言っていいのか?」
「ああ」
「あんたの、こないだ遊んだネェチャンと同じ味がするぜ」
唇を指先で叩き、キドーはにやりとする。途端にヤツェクは吹き出す。キドーはこう言ったのだ、
「違いないな」
ラサの吟遊詩人達が喉薬と称して愛飲している紙巻き。
「だろ、それにお高そうな味よ。俺のとは違うな。はぁ~、良い女の味がするぜ」
指をさす。キドーの煙草は幻想を中心に流通している安価なものだ。ヤツェクは目を細める。実際、割高だがこれが良かった。
「光栄だな」
ヤツェクは笑い、口と鼻からゆっくりと煙を吐く。
「お~! 味わってんなァ!」
笑うキドーの声がなんだろう、酒と煙草で枯れた声が心地よいと思った。
「ああ、美味い」
メンソールを吸っているからか、タールの重さを感じる。煙も匂いも強く、甘い味と香りがした。
「昔もこういうの?」
キドーが言った。
「いいや。元は重めの煙草を吸っていたんだが、やめたよ」
顎髭を撫で、昔に思いを馳せる。故郷の、医療の発達した故郷が、今のヤツェクの声を作った。酒と煙草を愛しながら、声は枯れずにいる。
「なんで? 葉巻うめーじゃん」
「なんとなくさ。まぁ、重いのはおっさんにはそろそろきつくてね」
灰を落とし、軽く吸った。それなのに
「ふぅん。で、これに出会ったわけねェ〜」
キドーは煙草を摘み、とろりと眺めた。
「運命ってやつだ」
「いいねェ、ロマンティック!」
キドーは笑った。だから、ヤツェクも笑った。互いの煙草が互いの指先で、煙を放つ。ヤツェクは揺れる煙を目で追いかけ、「なぁ。どうして、これなんだ?」
煙を吐き出した。灰皿には煙草の吸殻が、汚れた雪のように積もっている。
「あ? ん〜」
キドーは子供のように笑った。煙草も酒も皆、当たり前だった。だから。
「なんだっけなァ」
言いながら、
「ま、刷り込みのようなもんよ。女にもウケるしよ」
ハッと笑った。甘ったるい煙が幼少期の鮮明な記憶としてこびりついている。気が付けば、似たような香りを探していた。そして、それは故郷の、名も覚えていない先輩の煙草に似ていた。甘い物は苦手だが、カンデラだけは慣れたのだろう。気になることはなかった。
「まったく、ぴったりだよ」
ヤツェクは言い、くすくすと笑うのだ。
「あ?」
「刺されそうなイイ男に似合う味だ」
ヤツェクがからかい返せば、耳元でキドーの笑い声が聞こえた。
おまけSS『依頼を終えてからまた、飲みました』
「おっ、綺麗なツリーがあるじゃねェか」
「ん? ああ、シャイネン・ナハトのフォトスポットか。へぇ? 本格的だ。ほら、サンタとトナカイの格好が出来る」
「いいイベントじゃねェか。ちゃんと撮ってくれる、ネェチャンも立ってるしよ」
「だな。そうだ……!」
「あん?」
「おれ達の記念に一枚、撮ろうじゃないか! 寒空の下、ツリーとともに!」
「なんだそりゃ! んー……じゃあ、あのミニスカサンタにしようぜ!」
「うんうん、あえてのミニスカサンタ。実に興味深いじゃないか。そうと決まれば、行くぞ!」
「なっ!? おいおい、ノリノリかよ! ま、やるからには楽しむけどよ!」