PandoraPartyProject

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雨より遁れ

登場人物一覧

ハリエット(p3p009025)
暖かな記憶

 ちらつく雪から遁れるように、屋根を探す。トタン屋根にどさりとぶつかる音がして、それは気付いた頃には雨に変化していた。
 リズミカルな雨音を耳にしながらハリエットは深く息を吐く。難を逃れるようにして、屋根を探したのはもう随分久方振りにも思えた。
 孤児であった旅人の娘は、生きる為ならば何だってした。口に糊をする毎日だった。あの時だって、住居と呼ぶべき場所が定まっていたわけではなかったが故に、屋根を探してふらつき回った事を覚えている。
 冷たくなっていく衣服が水分を含み、重たさばかりに辟易しながらも暖かな暖炉を囲む談笑する家族という幸せの象徴を覗き見ることもあった。
 一本、路地を入れば苦しみに飢えるばかりだというのに、どうした世界にだって恵まれた者は居る。
 そして、恵まれない者だって、それらに蹴落とされるようにして存在して居た。
 あの時に感じた格差というのは何処の世界にだって存在して居た。ハリエットが覗き込んだ路地で子供が寒さに震えるように、己だって同じように生きていたのだから。
(でも、今は違うんだな……)
 ハリエットは緩やかに顔を上げた。淑やかに降る雪が雨音に変化してから暫く。漸く雨脚が弱まった頃合いを見て、現在の棲まいに向けて走り出す。
 一人で何でも出来るからと自分で定めた拠点まではもう少しばかり距離があった。駆ける足に少し力を込めたのは風邪を引いてはしまわないかと心配になったからだ。
(……約束の時間まであと少し)
 急いで帰ってからシャワーを浴びて身体を温めよう。それから用意した服に着替えなくては。
 曇天の空を眺めてから、ハリエットは帰路を急ぐ。変わったな、と。自身の変化を目の当たりにするように己の姿を映したショーウィンドーを眺めた。
 雨に濡れ、雪にしめった髪もと比べれば随分と艶も良くなった。丁寧にブラシを通すようになったのも心境の変化だったのかもしれない。
 この変化は存外心地良いものだった。
 皆までは言わずとも、屹度あの人だって己の心境の変化には気付いて居るだろう。
 そういえば、今日は何処へと行くのだったか。この空の調子なら、雨は暫く続くだろうか。
(もし雨が続くようなら家でのんびりしようと提案しようかな。珈琲を飲んで、読書をして過ごすだけでも屹度良い)
 またもさあさあと音を立て始めた雨を身に受けながら、ハリエットは腕に抱えていた紙袋を庇うように走り出した。


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