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SS詳細

恋ひ慕えば

登場人物一覧

音呂木・ひよの(p3n000167)
紫電・弍式・アレンツァー(p3p005453)
真打
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女

 音呂木神社の社務所で何時も通りサボ――いや、修行をしていた秋奈は「パイセン」とこれまた何時も通りの声音で呼び掛けた。
「はい」
 呼ばれたひよのもさして表情は変えずおまもり作りに精を出している。暇があれば神社の掃除やこうした事務作業を行なっておかねば何時、自分が帰ってこれなくなるか分からないと彼女はよく言って居た。
(いや、パイセンの家はここだし~?)
 帰ってこれなくなると言うのは悪性怪異関連でのことだろうか。そうした事態に直面すればひよのだけではなく秋奈も帰宅は困難だろう。
 確かに、その様な場合は音呂木神社の簡単な管理の手も足りなくなるか。サボる事を叱るのはそうした意味合いも強いのだろう。
「あ、違う違う」
 秋奈は首を振った。思考が明後日の方向に飛んで行ってしまうからだ。首を振った秋奈にひよのは何をしているのだと言いたげに眉を顰めた。
「秋奈さん?」
「あのさ、パイセンに頼みたいことがあって。
 ほら、私ちゃんは夏休みの宿題ちゃんと終らせたじゃん? 色んな仕事もやってきたし」
「ええ」
「だから、紫電ちゃんと話し合ったんだけどさあ」
 そこで出た名前にひよのははたと手を止めた。その様子に秋奈は「もしかして私ちゃんからのお願いだったら『ながら』でOKって感じだと思ってた?」と問う。
 ひよのはと言えばにっこりと笑って誤魔化した。確かに、秋奈は軽口を交える機会が多い。楽しげに声を弾ませてにこにこと笑うのだ。
 ひよのはそんな秋奈の言葉を聞いているのは楽しいが、いまいち『真面目じゃない彼女』というイメージが拭えない。
「……パイセン」
「んふ」
 誤魔化すように口角を吊り上げたひよのに秋奈は子供の様に拗ねて見せた。膨れ面に文句を一つ零す様を見てからひよのがくすくすと笑う。
「ごめんなさい。ちゃんと聞きますよ。そのお願いって、秋奈さんからだけではないんでしょう?」
「それって私ちゃんオンリーのお願いなら聞いてないって事じゃね?」
「いえ、聞きますよ。でも真面目に取り合う度合いが違うかも知れませんね。紫電さんは秋奈さんの『保護者』枠ですし」
 預けられている保護者はひよのだと紫電は言いたくもなるだろうが、ひよのから見れば暴れん坊な弟子のストッパーそのものだ。
 そんな紫電が秋奈と二人で頼み事だというのだからしっかりと聞いてやらねばならない。
 怪異のことだろうか。いいや、最近は比較的落ち着いているはずだ。秋奈の体に逢坂の怪異が張付いていることは気に掛かるが、あの真性怪異もそれ程悪すぎるわけでは無い。島そのものまで膨れ上がった憎悪ではあったが――長持の封印の際に触れた怪異の欠片が秋奈の肉体全てを食い尽すことはまずを持って無さそうだ。
「怪異ではないですよね」とひよのは念のために問うた。秋奈はこくりと頷く。
「……では何でしょう」とひよのは困った様子で肩を竦めた。秋奈は「よくぞ聞いてくれました!」と両手を打ち合わせる。

 ――私ちゃんたち結婚式しようと思う。

 突拍子もない願い事は、突拍子もないタイミングでやってきた。
 夏休みの宿題を終えたからと言って突如として願い出るものではないだろう。秋奈と紫電が恋人である事は知っていたが祝言を挙げる事になるとは――
「式を此方で……?」
「うん。ダメかな」
「ダメではないですが。その、私でよいのでしょうか」
 そう、結婚式を挙げたいというのが悪いわけでは無い。ひよのに積もった不安は『結婚式を執り行うのが自分』であると言うことだ。
 神前式である。音呂木神社で行なうならばそれなりの手伝いを要請することになる。脳内でそうした事項を組み立てながらひよのは問う。
「……その、紫電さんはなんて?」
「んー、元々はっていえば紫電ちゃんからの提案なんだよね」

 そう、時は遡って昨日の話である。夏休みの宿題に溺れていた秋奈が「終ったぁ~!」と喜び勇んで恋人の胸に飛び込んだときだ。
 愛おしい彼女の頭を撫でてから紫電はふと「もう付き合い始めて3年経つんだな」と言った。
「あー、そんなに。早いもんだぜ」
「そうだな。それでもさ、まだ恋人だろ?」
「うんうん」
 確かに、三年の付き合いはそれなりの長さだ。共に過ごし、時には別行動で危険に身を投じることもあった。
 秋奈が紫電に叱られたことも山の数ほど。そして逆もまた然りであっただろう。互いが互いを慮り、身を案じる日々を続けてきたのだが――
「よし、式挙げるか」
「え、それってさ」
「結婚しようって事」
 紫電の言葉に秋奈は大きな眸をぱちくりと瞬かせて「マジ!?」と問うた。
「マジ」
「やばたにえんじゃん~!」
「これから先、戦いは激化するだろ。滅びがどうとか、魔種がどうとか。そうしたらいつ式が挙げれるかも分からなくなる。
 形だけだが、そうした『祝い事』は確りやっておいた方がいいだろうから。今のうちにやってしまおう」
「いいじゃん。パイセンとこでやろう」
 紫電は「えっ?」と瞬いた。当然ながらウエディングドレスの秋奈を想定していたが、音呂木神社ならば白無垢か。
(それも悪くは無いな――)
 ひよのならば秋奈の性格をよく知っているし、なによりも秋奈の先輩で恩人で師匠にあたる。一番にぴったりな相手である事は確かだ。
 紫電は「諸々の準備をして置くからひよのに頼んでみてくれ」と頼んだのであった。

「と、云う事だったが無茶を言っただろうか?」
「いいえ。大役だなとは思いましたが、私に任せてくださるのであれば嬉しいことです。宜しくお願いしますね」
 にこりと微笑んだひよのに紫電は頷いた。彼女がその身に纏ったのは紋付き姿である。その傍らでひよのは傘を手に巫女装束を身に纏う。
「花嫁をお迎えに参りましょうか」と囁かれれば紫電が背筋をぴんと伸ばした。緊張を滲ませる彼女の表情につい笑みが浮かぶ。
「ふつつかな弟子なのですが、大事にして下さいね」
「ああ、言われなくとも」
「あの子はその場のテンションで平気で真性怪異に肉体を明け渡しますし、私が言っても聞きませんし。
 むしろ、それだけ自由である方が……あの子にとっては良いことなのかも知れませんね。誰にも縛られないような、翼を手に羽ばたいていくようなね」
「……ひよの?」
 紫電はぱちくりと瞬いて「お迎えに行かないと花嫁が飛び出してきますよ」と揶揄う声音に慌てて紫電は出迎えに向かう。
 秋奈は案の定「遅いなあ」と言わんばかりに扉の影から此方を覗いていた。紫電とひよのの姿を見かけてからぱあと笑みを浮かべる。
 幼子のようなその表情の変化に思わず吹き出しかけたひよのは「本当に、あの人は見ていて飽きませんねえ」と笑った。
「だろう。無茶をして、無鉄砲なところもあるが、あの子の底抜けの明るさはひよのもよく分かって居ると思う」
「生涯を共にするとちょっぴり慌てそうですけれど」
「それは違いないかも知れない」
「え?! 馬鹿にしてる?」
「「してない」」
 顔を未だ覗かせている秋奈は誰かに引き摺られるようにして控え室に帰っていった。紫電がきょとんとすればひよのは「普段は再現性東京の外にいるのですが、母がこのために来てくれているので」と微笑む。
「ひよのの母君か」
「ええ。本当に普段は再現性東京の管理をするための練達の部署で働いているのですけれど……此方では表向きは佐伯製作所の職員になるのかもしれませんね。
 音呂木神社の管理自体は私に任されてしまっていますから。父親も一応神主ではあるのですが、同様の仕事なのですよ」
 ひよのは何気なく紫電に告げた。それは必要な職掌である。この再現性東京は作られた場所だ。詰まる所、他の統治国家のように当たり前に存在するものではないのだ。
 穏やかな笑みを浮かべていたひよのが「お母さん」と声を掛ければ、ひよのに良く似た顔立ちの女性が「ひよのちゃん」と呼び返す。
「秋奈ちゃんったら、着崩れると言っても聞かないんですよ。ほら、座って頂戴」
「ぎ、ぎえ……パイセンのママ上、結構いかちぃね……」
 押さえ付ける母に対してひよのは「お手柔らかに――しなくてもいいです」と掌を直ぐに返した。
 花嫁が着崩れて、式が台無しになってはならないからだ。しくしくと涙を流している秋奈を見てから紫電は「ふ」と笑みを零した。
「秋奈、余りの勢いで言い忘れてしまったけれど、綺麗だよ」
「紫電ちんこそ、良く似合ってるぜ」
 目があってから二人は気恥ずかしそうに笑う。ひよのはそんな二人を見ているだけで何とも言えぬ心持ちにはなった。
 ――これから戦は更に苛烈になって行く。
 そう聞いて、死が二人を別つ可能性に行き着かぬ訳がない。再現性東京はまだ安全だ。怪異の存在はあるが、それだけ、とも言える。
 だが、そこに罅を入れるのは矢張りなのだ。そうした物と相対するのはイレギュラーズの仕事であり、再現性東京にのみその身を残すことになる者達は誰もが見て居るだけになる。
(……もう、式を挙げる機会がやってこないかもしれないから、挙式を上げて結婚を記録に残す、か)
 ひよのは微笑み合う二人が無事に戦いを乗り越えた未来が来ることだけを願うことしか出来なかった。
「ねえ、秋奈さん。紫電さん。お二人の幸せを言祝ぎ、何よりも私がその未来を望んでいると言ったら可笑しいですか?」
「いいや?」
「弟子の幸せ祝うのって師匠の役目ってとこない?」
 二人がきょとんとして振り向いた。ひよのは何処か嬉しそうに笑みを浮かべてから「お母さん、そろそろ行きましょう」と言った。
「ひよのちゃん、嬉しそうね」
「弟子の結婚式なので。まあ、こじんまりとしたものですが……。
 お二人とも、私は神社の娘なので神前式ばかりにしか携わってないのです。次はお二人共がウエディングドレスを着て、参列者が沢山いる式に呼んで下さいね」
 にこりと微笑んだひよのに秋奈は「パイセンは着ないの?」と問うた。
「私は……」
「ひよのも着てしまえば良い。ルールは挙式を挙げる者だろ? だったら、全員ウエディングドレスだって構わないだろうし。
 それだと花嫁バトルになるのか? ……誰と結婚するのかという伝統の争いが勃発する……!?」
「一気に血腥くなった」
 秋奈が楽しげに笑えば紫電は「それでもオレの嫁は秋奈かな」とその頬に触れた。
「さ、行こうか秋奈」
「そうだね、紫電ちん」
 しずしずと歩く二人に付き添いながらもひよのはその背を眺め遣る。
 何時もよりも背筋をピンと伸ばした秋奈と、そんな彼女を微笑ましそうに眺めるひよの。様々な事があったけれど――これからだって紡いでいける。
 紫電が秋奈の手をそっと取り、誘うように手を引けば秋奈は静かにそれに応える。
 ただ、神殿への途を辿る二人を見遣りながらひよのはふと空を見上げた。美しく晴れ渡った空の下、まるで祝福するように暖かな陽射しが降り注ぐ。
「ひよのパイセン、私ちゃんさあ……ちゃんと出来るかな」
「緊張しているのですか?」
 ぽつりと零した秋奈にひよのは「めずらしい」と呟いた。紫電は「オレも不安だよ」と囁く。
 生涯に一度きりなんて言われれば、間違いがあっては台無しだと緊張だってするだろう。
 ひよのは可笑しそうに笑ってから「大目に見て下さいますよ。いつもサボってても後輩を神様は咎めませんでしょう」と囁いた。
「パイセンは咎めるけどね」
「愛ですよ。愛の鉄槌」
「あ、誤魔化してる」
 何時ものように笑った秋奈を見詰めてからひよのはふと、思う。
「そういえば、紫電・弐式・アレンツァーさんと茶屋ヶ坂 戦神 秋奈さんでしたが、姓はどちらのものを?」
 何気なく問うたひよのに二人は顔を見合わせてから「秘密だよ」と囁いた。
 三人だけの秘密であると告げる秋奈にひよのは何やら理解したように「真名は、余り握らせてはなりませんよ」と囁いた。
「だから、私も聞かなかったことにします」
「パイセンも?」
「ええ。どうぞ、幸せになって下さいね――『姓を伏せた二人たいせつなゆうじんよ」
 そうだ。のだ。
 愛しい友人達が、幸せになることだけを願っている。どうか、二人が別たれぬように。幸福が訪れるように。
 たった、それだけが難しい世界だけれど。
 それでも、今だけはう祈っていたかった。

  • 恋ひ慕えば完了
  • GM名夏あかね
  • 種別SS
  • 納品日2023年11月28日
  • ・紫電・弍式・アレンツァー(p3p005453
    ・茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862
    ・音呂木・ひよの(p3n000167

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