PandoraPartyProject

SS詳細

『この絵はちゃんと覚えておきましょう』と彼女は言った

登場人物一覧

イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)
キラキラを守って
日車・迅(p3p007500)
疾風迅狼


 泡立てた茶褐色の中に、年若き店員が細い楊枝を突き入れた。
 時に引き抜き、そしてまた時に揺蕩わせれば、それが細かな白と茶褐色の泡立ちの中に、文字通りの絵を描いていく。
 この店の中に入って以来、幾許かの客が和気藹々と楽しんでいたそれが、こうして作られるとなると驚きというのもひとしおか。
「うむむ……これは見事な……!」
 どうぞ、という声と共に目の前に置かれた食後の飲み物と、その天辺を彩る泡の絵画に獣種ブルーブラッドの青年は金色の眼を文字通り輝かせ、耳を張るように立たせながら声を震わせた。
 青年こと日車・迅 (p3p007500)は泡の絵画――元気よく軽やかに跳ねる犬のような――を前に、瞳孔を収縮させながら、泡の絵画と相席している男を交互に見遣る。
「確かにこれは……飲むのが勿体無いね」
 きめ細かな泡立ちの中に、白と茶褐色の描く対照美、あの店員はいとも容易く描いてしまった可愛らしい精巧な兎の絵に、青年は感嘆の声を漏らす。
 目の下のクマが何処か不健康そうに見えても、芸術に目を輝かす姿に不健康さは不思議と見られない青年、イーハトーヴ・アーケイディアン (p3p006934)はカップに手を添えて温もりを感じていた。
 泡立ちの微細な音が絵画を密かに綻ばせていく中に、イーハトーヴの耳へ可愛らしい女の子の声が響いた。
『この絵はちゃんと覚えておきましょう?』


『イーハトーヴ殿ー! ご飯食べに行きましょう!!』
 元気よく誘ってくれたこの声の持ち主が、豪快に骨付き肉に齧りついている姿を見ると、とても好ましく思った。
 迅が今食べている骨付き肉は骨付き肉と言っても、いわゆるスペアリブ――それも女性でも食べやすい大きさに整えられた丁度良い大きさ。
 丁寧に通された火は肉の柔らかさと汁気を損なわず、ただ焼かれた肉の丁度良い質感と表面のパリっとした香ばしさを両立させる。
 味付けは赤ワインを使った濃厚なソースに、添えられた迷迭香ローズマリーの香りが丁度良く。
 添え物のガーリックライスはシンプルな塩胡椒のみの味付けに、ガーリックとパセリの香りがあっさりと、噛み締めれば噛み締める程に米の旨味というものが味わえる……肉との相性は最高だった。
「よく食べるね、迅」
「んぐっ……ええ! どれもこれも、美味しいですよ! イーハトーヴ殿も遠慮せず!」
 イーハトーヴが頼んだのは貝や烏賊、白身魚をふんだんに使った上品なビアンコ・パスタ――麺はしなやかにうねり、歯を通せば心地よい反発で応えるアル・デンテ。
 魚介も火を通し過ぎず、貝や烏賊はすぐに噛み切れて尚、心地よい弾力を歯に与え、迸る旨味はしつこくもなく、それでいて舌に優しく纏わりつく。
 白身魚の加減も見事、口に入れればすぐに解けるような滑らかな加減に、パスタ・ソースに使われたであろう白ワインの華やかな香り微かに心地よい――目の前の獣種の青年の見事な食べっぷりもまた香辛料のように食欲を掻き立て、フォークは増々に進む。
「美味しいね。お洒落なだけじゃなくて、味もしっかりしている」
『良いチョイスよ』
「うん、素敵なお店だねオフィーリア」
 テーブルの傍らに置かれたうさぎのぬいぐるみに微笑みかける――良いチョイスと称したのは、何を隠そう、そのぬいぐるみであった。
 オフィーリアと名付けられたそのぬいぐるみは、彼らの様子を好ましそうに、まるで優しく見守るお姉さんのように口を開けば、会話を交わしたイーハトーヴの声に気付き迅もまた声を掛けた。
「オフィーリア殿も楽しんでおられますか?」
『ええ。とっても楽しいわ』
「楽しんでいるなら何よりだよ」
「そうですか!」
 ――迅にオフィーリアの声は聞こえない。何故ならば彼女の声が聞こえるのはイーハトーヴだけなのだから。
 故に会話を交わせるのもイーハトーヴ只一人、されど彼を介して察したオフィーリアの言葉に、迅は大層に良い笑顔を浮かべて答える。
 彼女のことも考えて、この店を選んでくれた迅には全く頭が下がる思いだ。
 その姿に幾許かの好奇と不審の眼を向けられても、食器の微かに打ち合う音や食物を運ぶ音、五感の全てを幸福で満たす一時の前に彼らは一切を気にせずに。
 やがて片付けられた食器を前に、胃の腑を満たす心地よい重みに浸っていた彼らに運ばれてきたものは。
「お待たせしました。ご注文のカフェラテでございます。只今ラテアートを仕上げますので、どうぞご覧ください」
 ――そして物語は、冒頭に戻る。


『だからね二人とも。早く飲みましょう。冷めたら美味しくないのよ?』
「それも確かに。それに……」
 オフィーリアのどこかお姉さんぶったような、窘めるような声に苦笑しながらイーハトーヴがカップを示せば、泡立ちが絵画のディテールを崩し始める姿。
「おお! 早く飲まねば崩れてしまいますね!」
 一早く察した迅がカップを持ち上げれば、二人はオフィーリアの方へ眼を遣って。
「ありがとう。お陰で踏ん切りがついたよ」
「感謝しますオフィーリア殿!」
 その言葉に何も答えずとも、イーハトーヴの耳にだけふふっ、という声が届くを皮切りに、二人は一思いにと描かれた泡ごと珈琲を飲み始めた。
「「おお……!」」
 カップを近づけて分かったのは、濃縮された圧搾蒸気エスプレッソによる珈琲の何処か心酔わせる匂い。
 そのまま舌へ運べば酸味と苦みが襲う……かと思いきや、濃厚なミルクのきめ細かな泡立ち、そして味付けの砂糖の甘味がそれを和らげ、珈琲自体の香りと旨味だけを残したままミルクと砂糖の味わいを伴い、塩気の食事に騒いだ腹を宥めるように舌から食道、胃へと温かく穏やかな癒しを与える。
 このまま時よ止まれと願うほどに穏やかに、それでいて満腹感のまどろみを煽るように――気が付けば、芸術の崩れを惜しむ心も忘れてしまうように。
 はふ、と穏やかに熱い息を吐く二人の体感時間カイロスをどこまでも緩く、遅く変えて往くのだった。


『それにしても』
 カフェの清算を終えた帰り道、腰に下げられたオフィーリアはふと呟いた。
『あのラテアートって言うの? ちょっと勿体無かったかしら』
「そうだね。飲んで正解だったけど、やっぱり崩したのは惜しい」
 忠告通りしっかり頭の中に焼き付けたけれど、飲んで崩してしまったのは、心のどこかで惜しさを感じる。
 口の中に残るラテの甘さと、僅かな苦みの中に芸術を崩した感傷などに浸りつつも、そんなイーハトーヴの耳に迅よりのベストアンサーが届く。
「何、また行けば良いではありませんか」
 八重歯を見せながら笑う迅の姿に、一瞬だけ目を瞬かせるイーハトーヴは一瞬時が停まったかのように口を僅かに開く。
 少しだけ驚いたような表情をした彼に、何処までも快活に、そして重苦しくなく迅は誘いの声を投げかける。
「また共に行っていただけますか? イーハトーヴ殿」
「ああ、勿論さ」
 また行って頼んで、また躊躇ってはオフィーリアに窘められて苦くて甘い一時を過ごせばいい。
 次はいつ行こうか、行くとしたら今度はラテアートで評判の、また違う店か……友と過ごす食事の一時は、こうした予定の話し合いだけでも十分なスパイスとなるのだろうか。
 顔を向けあい、陽気に笑いつつ未来を描き話し合いながら昼下がりの午後を歩く迅とイーハトーヴの姿を、微笑ましそうに見守る人形は一つ呟いた。
『この絵はちゃんと覚えておきましょう』

  • 『この絵はちゃんと覚えておきましょう』と彼女は言った完了
  • NM名表川プワゾン
  • 種別SS
  • 納品日2020年03月05日
  • ・イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934
    ・日車・迅(p3p007500

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