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せかいでいちばんしあわせな日

登場人物一覧

アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯

 アーリア・スピリッツにとって今日は特別な日。
 オトナのオンナを体現したような彼女は、この10月1日でなんと30歳になる。
 たかが30、されど30。ずしりと肩にのしかかる年齢の重み。ついに花の20代を抜けてしまうのだと思ったら、どうせなら今日は一番素敵な30代の最初の日にしたいと張り切ってしまうもの。
 だからお気に入りの靴を履いて、とびきりのランチを食べて。帰りには酒屋でお気に入りのシェリーでも買って、良い日にしよう――と、思ったのに。

 朝は履いて行こうとした靴のヒールが折れて。
 昼は食べようとしたランチが前の人で品切れになって。
 ローレットの依頼……は今日はなかったけれど、何故か書類整理のお手伝いをする事になって。
 夕方にはいっそやけ酒したくて酒屋に寄ったら気に入りのシェリーがなくて。

 ああ、なんてツイてない日なんだろう!
 アーリアはとぼとぼと、いつもの帰路についていた。真っ直ぐ目指すのはアパルトマン。大好きな大好きな彼と過ごす家。
 今日出る時も、朝起きた時も、“お誕生日おめでとう”の言葉はなかった。忘れられているのだとしたら、これ以上に悲しい事はない。

 ――……ミディーくん、いるかしら。

 もやもや。アーリアの心の底から、そんな疑念が沸いてくる。
 アーリアの恋人はいつだって魔術研鑽に忙しい。だから時折家を空ける事だってある。
 もし今日がそうだったら? 私の誕生日を忘れてしまってたら?
 ……ウォッカでもテキーラでも良い、家中の酒でヤケ酒してやりたい。

 鍵を開けて、かちり、とドアノブを降ろす。
 そうして扉を開くと、アーリアが我慢できなくて部屋の壁をブチ抜いた、二人の家の景色――が広がる筈だったのだが。

 ぱぁん!!

 勢いよく慣らされた破裂音に、アーリアは瞳を丸くして瞬きをした。

「……」
「……どうです? これ、クラッカーっていうんですって」

 練達経由で頂いたんですけど、あちらではこれをつかってお祝いをするそうで。
 しれりとそう言う恋人に、アーリアは飛び散った紙吹雪で髪を彩りながら、眼前の少年を確認し……つもりにつもったストレスが涙となって上って来るのを感じていた。

「――誕生日おめでとうございます、アーリアさん」
「み゛て゛ぃ゛ーく゛ん゛ん゛ん゛~~~~!!!!」

 一気にイヤな事が吹き出て来る、
 其れを押し上げてくれているのは、ミディーセラが誕生日を覚えてくれていた、祝ってくれている、其の事実への嬉しさ。

 あのねあのね、今日は本当にイヤな日だったのよ。
 折角の靴も壊れちゃうし、ランチは目の前で売り切れちゃうし、お気に入りのシェリーもない!
 しかもローレットでは書類整理で……まあ怪我をするよりは良いかもしれないけど……本当に嫌な事ばかりだったの!

 ミディーセラのふあふあの尻尾ごと彼を抱き込んでまくしたてるとと、よしよし、と背中を小さな手が撫でてくれる。いつだって大きさの変わらない手だけれど、彼はアーリアより余程長生きである。
 ……。アーリアはある程度今日のストレスを発散し終えると、今度はぷくりと頬を膨らませてミディーセラの顔を見下ろした。

「お、覚えてるなら」
「覚えてるなら?」
「言ってくれてもいいじゃないのよぉ……」
「……。今年の分はサプライズでお送りしようと決めていたので。来年はきっとお知らせしてからお祝いします」

 再来年はどうしましょうか。
 なんて、しれりと涼しい顔で恋人は言うものだから。

「ぅ~~~……来年も、再来年も、お祝いしてくれるの?」
「勿論ですよ。わたし、実はアーリアさんとの記念日は全部覚えているんですの」
「ほんとにぃ?」
「ほんとに。幾つか挙げましょうか」

 と、ぽんぽんぽん。ミディーセラは二人の記念日と日付を違えなく上げてみせる。
 付き合い始めた日。一緒に住み始めた日。アーリアが酔い潰れた日。
 いや、最後のは余計かも知れないが、アーリアにとってはこの上なく嬉しかった。だから、そして、と動くミディーセラの唇に、期待を寄せてしまうのだ。

「世界で一番甘やかしたい人の誕生日なんて、絶対に忘れやしませんとも」
「……えへへ。ミディーくん、好きよぉ」
「わたしの方が好きですぅ。ほら、ケーキもあるんですから歩いてください。今日はまだ飲んでいらっしゃらないのでしょう?」

 綺麗な紫色をした、未だどんな酒類の色にも染まっていないアーリアの髪を撫でながら、ミディーセラはこちらです、と二人のリビングへ彼女を引っ張る。
 少しでもミディーセラとくっ付いていたいアーリアは、あれこれと手を伸ばして落ち着く環境を求めていたが、テーブルに置かれたケーキを見てきゃあ、と嬉しそうな声を上げた。

「ミディーくん、これ、これ!」
「はい、そうです。キルシュトルテというそうで。クリームなどにお酒が混ぜてあるそうですよ」
「美味しそう~~!!」
「……蝋燭は立てますか?」
「……うっ……良い、です」

 ずしり。30歳という重みがアーリアの肩に乗る。
 其れを蝋燭の数で実感したくないし、なによりケーキに穴を開けたくなかったので、そのままにしようと言った。

 アーリアを座らせて、其の髪をそっと撫で、紙吹雪を取っていくミディーセラ。
 静かで幸せな沈黙が降りた頃を見計らい、何が欲しいですか、とそっと問いかけた。

「……あらぁ、珍しい。ミディーくんの事だから、用意してると思ったのに」
「サプライズですからね。此処まで含めてサプライズです。何か欲しいものはありますか?」
「……。みでぃーくん。ずっとずーっと、みでぃーくんが欲しい」

 頭を預けるように甘えて来る、“オトナのオンナ”然とした恋人。
 こんな姿を見られるのは自分だけなのだろうと思うと、ミディーセラは静かに独占欲が満たされるのを感じた。
 彼女が何歳であろうとも、長寿のミディーセラにはそもそも関係がない。何歳になろうとも、彼女を愛せる自信がある。

「ええ。思い出せなくなるくらい昔から、これから覚えていく未来まで。ずうっとあげますよ。飽きるくらいに」
「……みでぃーくんなら飽きないもん」
「あら、本当に? 其れは嬉しい」

 其れはささやかなとある日の事。
 アーリアは来年の誕生日を楽しみにしながら、ケーキを切ってと恋人におねだりするのだった。

  • せかいでいちばんしあわせな日完了
  • GM名奇古譚
  • 種別SS
  • 納品日2023年11月19日
  • ・アーリア・スピリッツ(p3p004400

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