PandoraPartyProject

SS詳細

寒暖混然・婚前死合のこと

登場人物一覧

観音打 至東(p3p008495)
観音打 至東の関係者
→ イラスト

 昔々の話である。
 燃えるように寒い、荒ぶ雪嵐に、綿の上着も持たされず、私は男の前にいた。
 奥喉のふるえが舌をたわませ、犬歯が、やわらかな肉を食む。
 ……私は、何をしているのだろう。
「それすら解らぬのか、童。なるほど暮六晩鐘の『漬け』か」
 男の声。私は刃を抜いた。慣れた重さ。安心する。
「私は、暮六晩鐘の暗剣。お前を殺せば、暗剣娼に成れる」
「あんけんしょう――」
 それは自由の二つ名だ。娼の字を頂いた暗剣は、殺す相手を自分で探すようになる。
「刃を振るう相手を、己で選べるようになる」
 男は刀の柄に弓手を掛けたまま、馬手で顎を掻いた。
「所詮、愛別離苦、怨憎会苦よ。
 苦しみは向こうからもやってくる。刀でおいそれと斬れるものでなし」
「だとしても」
 一歩を、前に踏んだ。
 しゅいん。
 雪嵐に、異な音が流れる。
「私は、この籠をもっと大きくしたいんだ」
 二歩を、虚空に踏んだ。身体が傾ぐ。
「童め」
 男の声。

「この『白獅子無双』観音打 獅子郎を前に、具して進むなと言われなかったか」

 あ――。
「――言われた、ような」
 気がする。
 三歩を、前に踏んだ。
「ぬ?」
 男が一歩を後ろに踏んだ。気圧されたか。それとも私が気圧したのか。嬉しい。
「曰く『遠間にて煽れ。あの男はお前をとっ捕まえようとやけになるから、太腿でもその上でもチラリと見せれば隙ができてフィニュッシュヒムだ』で、あったか……」
「ぬうううあの女狐め、某が最近『餓えて』いることに気づきおったか! そこにこの合法ギリアウトの体躯の持ち主を『漬け』にして差し出すとかヤバくね? ところで童、お主何歳だ?」
 えーと。
「数えで、じゅうさ」
「ストライクバッターアウトーーーー!!!!」
 ぐわ、と。男が覆いかぶさってきた。
 両腕を左右に高く掲げ、足も広げ、空を隠さんばかりのそのダイブ。
 私は咄嗟に体を後ろに倒し、肘を地に付ける。
 樒の短刀を、腕骨で大地にロック。対手の自重と、己の逆肘での回転とで貫き返す、護身の技。
「ん」
「甘いわッ!」
 男の急加速。しぱァん、と、空裂の音が響いた。思うに男の後ろ尻尾の辺りから。
「っ!」
 逆肘の、反動を付ける為わずかに開けた隙間に。
 ……あたたかな。
 暖かな、男の腕が差し込まれていた。
「……甘いわ。護身では甘い。
 お前も武士の嫁となるのだから、護身ではなく捨身の技を会得せい」
「はあ」
 今なにかすごいことを言われた気がしたが、『漬け』なので解らない。
 ついでに言えば、私は猫のように丸く抱き抱えられており、もがこうにももがけない。
 詰んだ。
「今回の攻防であれば、そうさな、後ろ踵に体重と匕首を」
「あの」
「なんだ、童」
「負けですか、私」
「ん? まだまだこれからよ。というか某、お前を切ってもおらぬ」
「――斬るんですか」
 身が竦む。そのふるえを、男は腕の中に吸い込んだ。
「応よ。その為に邪魔な『柵』は、さきほど一歩目のときに全部斬っておいたし。
 これから某の塒に持って帰って、じっくりと切るのがよいであろう。へっくし」
「ところで」
 何故だろう。『漬け』られた私の頭が、この男の腕の中で、急速に――。
「なんだ、童」
「その『柵』とやら、もしや服の隠語ですか」
「左様」
「左様って。へっくし」
 二人してあまりの寒さにクシャミまでしたので、そういう事になった。
 そういう事というのは、つまりはそういう事である。

 場面転換。
 ここからは爾後の話である。
 明け方。寒雀が外で鳴き始めるのを、私は男の腕の中で聞いた。
 切られた体躯が、痛む。
「童よう」
 男も起きていた。
「はい」
「お前の身体のあちこちから刃物とか暗器とか出てくるの、やめてくんね?」
「塒の習いと聞いております」
「そっか……暮六晩鐘、マジやべえ……」
「お前様の『刀』こそ、極上至悦にて」
 本心である。この男の『刀』は、昨夜から今に至るまで、散々に私を泣かせたのであった。
「うん? わかるか、その歳で」
「解りますとも。総身に開いたはずの刀傷が、もう塞がって血の一滴も……おや?」
 そっちじゃねえんだよなあ……と、男の顔が語っている。何故。
「童――いや、至東。至東よ、某はもう少し寝る。付き合え」
 至東。観音打の嫁であるならば『観音打 至東』が、私の新たな名、か。
「お前様よ、至東というのは、殿方に付ける名ではありませんか?」
「…………」
 獅子郎どのは、既に眠っていた。
 私は夫の腕の中から抜け出すと、そろり、雪つもる庭に降りた。
「観音打、至東……」
 名を口ずさむ。裸足の足裏に、雪の寒きを踏んだ。

 これから幾度となく味わうであろう、夫のぬくもりだけでなく。
 身を切るこの冷たさにも、この出会いを、思い出せるように。

「至東よーう……」
「はい、はい、ただいま参ります」
「お前、某の妻たちにも挨拶しておけ。三人いる」
「はい?」

おまけSS『始末』

 この日を境に、観音打 獅子郎は急激に老化の速度を早めていくこととなる。
 四人目の妻に『吸われた』と、巷でもおおいに噂となった。


PAGETOPPAGEBOTTOM