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秋の訪れは、猫といっしょに。
登場人物一覧
それは、とある秋の日の休日の話。九月十七日の幻想国、エアツェールング領にも季節の変わり目がやってくる。
眠っていたヨゾラが腹の上に重みを感じて目覚めれば、そこにはにゃあとひと鳴きする猫達の姿。
「うんうん、おはよ。ごはんの時間だよね」
ベッドから起き上がれば、猫達はわぁわぁと足にまとわりつく。朝食を横一列に並んだそれぞれの皿に入れてやれば、一斉にもぐもぐと食べ始めた。
「あれ、きみは新顔さんかな」
一匹増えていることに気づいて、青年は皿をもうひとつ追加すれば、猫はおいしそうにはぐはぐがっつく。
「焦らなくていいよ。これはきみ専用のごはんだからね」
とはいえ猫領とも言うべきこの領地では、猫好きの領民達は皆どんな猫にも優しいのだから、おそらく食事に困ることはないけれど。
さて、と、自分の朝食をどうしようか、と考える。今日は休日なのだし、のんびりと過ごそう。自分で作るより、店で食べるほうがおいしいだろうし。
青年は支度を済ませて、一日をまったり領内で過ごすことに決めた。
館近くの街道を歩いていれば、それだけであちこちに猫の姿を見つけられる。猫達は思い思いに過ごしており、ヨゾラの姿を見るとにゃあにゃあにぃにぃ。
同じように、農作業をしていた領民達が彼を見つけて声をかける。
「領主さま、おはようございます」
「やぁおはよう。今日はいい天気だね」
「ええ、ちょうどいい秋晴れです。それに今年の麦もよく育ってますよ……っと」
遊んでほしそうな猫を抱きかかえて、お前も挨拶しな、と領民の男性がヨゾラへと猫を受け渡す。
「きみは元気だねー」
希望に応えてやるように、ヨゾラも猫の頭をくしくし、喉をこしょこしょ。お気に召した様子の猫が満足げにごろごろ喉を鳴らしたのを見ると、人間達の頬も自然と緩む。
「それじゃあまたね、お仕事頑張って」
「はい、領主さまも素敵な一日を!」
そんな会話と出会いを繰り返しながら、地元民が集まる酒場兼料理屋へと足を運ぶ。ドアのベルを鳴らして開ければ、この店を切り盛りするおかみさんが領主を笑顔で出迎えた。
「あら領主さん、いらっしゃい!今日はお休み?」
「うん。おいしい朝ごはんを食べに来たよ」
それは腕によりをかけなくちゃ、と彼女が微笑むと、常連たちが俺たちは? と口を挟む。あたたかで何気ないやりとりになごんでいると、通された席に座れば早速猫が一匹膝上に飛び乗ってきた。
看板猫の出迎えをそのまま受け入れつつ、てきぱきと作ってもらった料理を頬張る。魚と香草のソテーは、オリーブオイルの匂いも相まって食べ応えも満点。自分も食べたいと言わんばかりに手を伸ばす看板猫には、あんたはこっち、と専用のごはんを用意された。
「ごちそうさまでした。とってもおいしかったよー」
「ありがとね。これからどうするの?」
「あちこち見て回ろうかな、他地区の様子も見たいし」
代金を支払い、青年は店を出る。看板猫もしっぽを揺らして、おかみさんと共にいってらっしゃい、とヨゾラを見送った。
此処は幸せ和み猫領域、ねこねこらんど。綺麗な泉を中央に湛えたそこは、名前の通り猫沢山。役所も市場も文字通り猫だらけであり、こちらでも領民達が青年を見つけてすぐさま声をかける。
「領主殿、お元気そうでなにより!」
「領主さまだ!こんにちはー!」
それぞれに手を振っては挨拶をかえしていると、泉の周囲に置かれたベンチに友人の姿が在る。ましろの髪に小柄な背丈の少年は、黒猫を抱きあげ撫でていた。
「やぁ祝音君、こんにちは」
「あ……ヨゾラさん。こんにちは」
名を呼ばれた祝音が微笑むと、黒猫もあくびついでにご挨拶。いい天気だからお昼寝には最適だね、とヨゾラも頷いて。
「遊びに来たの?」
「うん……猫さん、会いたくなって。ヨゾラさん、お仕事?」
「今日はおやすみ。一日のんびりしようと思うんだー」
そうして、そうだ、と思いついて提案してみる。今日を楽しく過ごすなら、きっと彼と一緒に過ごすのがいい。
「祝音君も一緒に散歩しない? きっとまた新顔の猫が増えてるよ」
友達に促されれば、祝音はうれしそうに頷く。黒猫はベンチでしばらく昼寝を楽しみたいらしく、じゃあまたね、と別れて市場へと赴く。
市場は人間のための食材や衣類、雑貨などは勿論のこと、猫のための品々もずらり。賑やかな商売人の声と一緒に、猫たちの鳴き声が合わさって、不思議な音楽のように奏でられている。
「何か困ったことはない?」
「全然、領主殿のおかげで皆仲良くやってるよ」
「いつもありがとうございます、領主さん」
どんな困りごとも役所や執政官から聞けば、すぐに対処しているからか、信頼の厚さが垣間見える。そんな友達の姿に、すごいなぁ、と祝音が呟いた。
「ヨゾラさんのこと……みんな、だいすきなんだね」
「勿論。人も猫も、この人のおかげで毎日元気にやってるよ」
即答する商人達に対して、褒めすぎだよ、とヨゾラは笑みを浮かべる。おいしいクッキーを買って、二人はねこねこらんどを見て回っていく。
散歩しているなか、ふと、領主さま、と甲高い声が耳に届く。振り返れば、ちいさな少女がヨゾラの手を引っ張っていた。
「うちの猫がね、赤ちゃん生んだの! 見に来て! お兄ちゃんも!」
少女は祝音に対してもそう呼びかけたから、二人は喜んで、と彼女の家へついていく。まだ暖炉の火は灯らない居間には、あたたかな猫用ベッドの中で丸くなる母猫と、にぃにぃ元気に鳴くほやほやぱや毛の子猫達が居た。
「はわーこねこ……かわいいねぇ……」
「ちっちゃい……ふわふわ……」
胸のときめきが止まらなくなるような子猫達に目を輝かせていると、少女の母親が微笑む。
「どの子も病気ひとつしないで生まれてきてくれて、ほっとしました」
「そっか、元気で良い子達だね。大切に育ててあげてね」
なにか困ったことがあったとしても、住民同士の信頼があればきっと助けてくれる。同時に、それでもどうしようもない事態があれば、皆きちんと自分のもとへ相談に来るだろう。それを知ってる青年は、母親と少女に多くは語らずに笑みをかえした。
ねこねこらんどを後にして、二人は第二地区へと足を運ぶ。おおきな湖はその名もこにゃん湖。水田では稲穂がすくすくと育ち、秋の花々も愛らしい。あとひと月もすれば、美しい紅葉が見られるだろうか。
市場で買ったクッキーを食べようと二人が草原に座っていると、すぐにとことこと猫がやってくる。あたたかな陽射しと人間のぬくもりを求めてか、ぽてぽてくっついてころんと横になると、彼らはすぐにごろごろ喉を鳴らしだした。
「あ、この子は新顔だ」
「そう、なの? ……はじめまして」
ヨゾラは領地の部下から、おそらく領地内に居るすべての猫を把握しているのでは、と噂されている。猫に慣れていない人は見分けがつき辛い、顔や柄の特徴などのわずかな違いも見分けて、猫の額をいい子いい子とくしくし撫でる。
「このクッキー、おいしい……」
「うん。いい匂いだし、甘さもちょうどいいね」
魚型のクッキーは、バターの香りがふんわりと漂う。ひと口齧ればやさしい甘さが舌の上で広がって、なんだかやさしい気持ちになれた。
「ちょっと眠くなってきたね」
「……お昼寝?」
祝音の提案に、賛成、と笑って、二人は猫だまりのなかで目を閉じる。そんな領主の姿を見かける農作業中の人々も、二人と猫達を起こさぬようにそっと笑顔で通り過ぎていく。
ふっと、なにかが頬を撫でたかと思って目を覚ませば、それはぽてぽてとした猫のおてて。ヨゾラが起き上がると、領民の誰かが掛けてくれたのであろうブランケットが二人を寒さから守っていた。
あとで返さないとなぁと思いつつ、祝音を起こす頃には、夕暮れが湖をやさしい赤色に染めている。
「祝音君、おはよ」
「……ぁ……おはよ……」
まだ夢うつつな友達の寝癖を直してあげて、青年は再び思い立つ。
「ねぇ。夕飯を食べてから、また出かけようか」
夜になった空には、きらきらと星が瞬いている。昼間よりも寒さがわずかにつよく感じられるものの、見事な絶景に祝音が目を瞠った。
「すごい……ここの夜空は、いつもきれい、だね……」
「うん。僕もお気に入り」
寒さに負けない猫達も、ヨゾラ達に寄り添い、あるいは猫同士くっつきながら夜をゆく。のんびりと過ごした一日を思い返して、青年はほっと息をついた。
「……明日もまた、頑張ろっと」
大切な領民達と猫達が、たのしくしあわせに暮らせるように。自分が、自分らしく居られるように。
おもいっきりリラックスした彼は、また明日からも物語の一頁を紡いでいくのだろう。