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ザビーネ=ザビアボロスのひそかな楽しみ

登場人物一覧

ザビーネ=ザビアボロス(p3n000333)
バシレウス
物部・ねねこ(p3p007217)
ネクロフィリア

 紅葉狩りと言う文化がある。
 別に言葉通りにもみじを狩るわけではない。お花見のような文化だ。
「おはなみ、ですか」
 と、ザビーネが言うので、ねねこはうんうんとうなづいた。
「そう! 覇竜……っていうか、竜にも、そう言う文化があったのかなぁ、と思いまして」
 ねねこは、紙袋を両手に持って、そう続けた。
 練達の一角だ。ザビーネとねねこは、そこで色々な服を買っていた。秋物。夏物。冬物。ちょっと変わった衣装。ザビーネは、着るものは大体、真っ黒なドレスのような服ばっかりで、そうでなくてもストイシャに任せてばかりいたから、このように、ねねこに服を教えてもらったり、一緒に買いに行ったりするのは、本当に、新鮮だった。
「……竜による、と言いましょうか。
 ヘスペリデスは、あの通りの場所ですから。
 お花見のようなものを楽しむ同胞も、おりました。
 私は――」
 ふ、と息を吸い込んだ。
「ザビアボロス、でしたので。あまり華やかな場には」
「そっか……」
 と、ねねこはつぶやいた。ザビアボロス。死の毒を司る一族。かつては、その知識は医療にも使われていたというが、今はもっぱら、死をもたらすことに特化してしまっていたらしい。そうなれば、あまり華やかな場所で、というわけにもいかないのだろう。先代であるハーデスは、特に、そう言うのを嫌いそうである。
「ですが……楽しみがなかったといえば、嘘になります。
 ムラデンやストイシャは、お菓子などを作って、ささやかなパーティなどをしてくれましたから」
 そう、楽し気に、その口元がほころぶのを、ねねこは見逃さなかった。ピュニシオンの森にある、ザビアボロス一族の領域。毒素にまみれた暗く澱んだその場所にも、確かな明るい喜びはあったのだろう。
「……そう言えば。お花見ではありませんが、この時期に、楽しんでいたことがあります」
 と、ザビーネが言った。
「先代に見つかればおしかりを受けたでしょうから、こっそりと。
 実に、ささやかで……あまり、言えないものなのですが」
「へぇ……どんなことを?」
 ねねこが尋ねるのへ、ザビーネが笑った。
「家庭菜園です」
 と――。

 練達で防毒マスクを買って、ねねこはそれを身に着けた。ピュニシオンの森の奥、ザビアボロス一族の領域は、居るだけで体を蝕むような毒素が充満していて、それに耐えられる容易な強靭な生命、つまり竜や、ザビアボロスの眷属である一部の亜竜くらいしかまともに存在しない。
「ごめんなさい。本調子であれば、ねねこをずっと守ってあげられるのですが」
 毒素の打ち消しは、今のザビーネにとっても重労働なのだろう。
「ううん、大丈夫ですよ。防毒マスクくらいで何とかなるのならそれで大丈夫!」
 うん、とうなづいて見せるねねこに、ザビーネは笑った。
「覇竜、というか竜たちの文化というわけではなくて申し訳ないのですが、これもまた、私の秋の楽しみです」
 そう言って、ザビーネがねねこの手を引いて草地を踏みしめる。あちこちに毒素の沁みだした沼があったが、ザビーネは丁寧に、それをよけて歩いて、ねねこを案内していた。毒素で汚染された森の奥に行くと、そこにはやっぱり毒素で充満していて、決して心地のいい空間とは言えなかった。でも、それ故に他の竜からも、亜竜からも隔絶されていて、たぶんここは、ザビーネの秘密基地なのだ、と、ねねこは思った。
「ここには、あまり他のものは近づきません。
 私が、秘密にしているから、なのですが」
 そう言って、ザビーネがほほ笑む。
 瘴気のような空気は、きっとめまいがするようなそれであったけれど、でも、いつにもまして、子供のように笑うザビーネの事を、ねねこは好ましいと思った。
「花を植えているのです。家庭菜園と言いましたが、野菜の様なものも。
 私が、昔――十年くらい、ぼんやりと、生態系の移り変わりを見ていたことがあるのですが」
 ザビーネが、懐かしそうに、そう言う。
「それで……園芸、と言いますか。草木のお世話を、楽しめるようになりまして。
 でも、先代もいる場所で園芸は。
 そこで、ここでこっそりと、育てているのですが」
 そう言って、ザビーネが座り込んだ。花壇のようなそれは、おそらくザビーネの手作りなのだろう。あまりきれいとは言えない、不格好な石の配列は、しかし一生懸命彼女が作ったに違いない。
 その不格好な花壇の中に、いくつかの華や、草木があった。それはどれも、生命力に満ち溢れて、どこか美しさすら感じるものであった。例えば、黒い花弁を持つ花は、あたりの薄暗い雰囲気に隠れるようであったが、しかし凛とした美しさをも持つ、日陰に咲く花のようだった。
「すごい、綺麗ですよ!」
 そう言ってねねこが手を伸ばしたのを、ザビーネはやんわりと触って止めた。
「猛毒です。きっと、手がかぶれてしまう」
「おおう、なるほど」
 ねねこが手を引っ込める。
「ここで育つ花ですものね……」
「そうですね。でも、綺麗だと思います」
 そう、ザビーネが言った。
「どうして、私は花を育てることにしたのでしょうか。どうして、それを楽しめるようなっていたのでしょうか。
 理解できかねることでした」
 ザビーネが、ぼんやりと、そう言った。
「でも、今は理解できます。
 これが、生命の、輝きなのだと。
 ねねこに……ローレットの皆さんの輝きに、教えてもらったことです。
 きっと、それまで私は、感じていても受け入れようとしなかった。
 今はきっと、違う。
 感謝しています。皆様には」
 そう、優しく笑う。
 もし、この縁が紡げなかったら、この小さな花壇はどうなっていたのだろう?
 もう誰も世話をするものがいなくなって、いずれは周りの、もっと強い毒素にむしばまれて消えていたのかもしれない。
 だとするならば……これもまた、皆が護った光景ということなのだろう。
 ザビーネという女性の、小さな楽しみ。その、大切な秘密基地を。
「さて……紅葉狩り、ですが」
 ザビーネが言った。
「……ここで、お花見は、難しくて。
 でも、このお花は、ねねこに見てもらいたくて。
 ……少しでも、綺麗だ、と思っていただけたら嬉しいのですが」
「うん。とっても、素敵だと思います!」
 ねねこは笑った。ザビーネも、ほほ笑む。
「では……亜竜種たちの里の方に、おじゃましましょうか。
 きっと、あちらではちゃんとしたお花見のようなものができるはずです。
 ねねこに選んでもらった、あきもののふく? も着ましょう。
 まだ、日曜日は日が高いのですから、きっと、まだまだ、遊べるはずです」
 そう言って、ザビーネは、ねねこに手を差し出した。
 ねねこは、その手を、ゆっくりと握り返した。
 毒で澱んだ大地を、二人でゆっくり歩く。確かに美しいとは言えない世界であったが、それでも、黒い宝石のような女性が過ごした場所なのだと思うと、僅かばかりでも、愛着がわくというものだ。
 おそらくもっとも澱んで、でもとてもきれいな景色を、二人で楽しみながら、二人は日曜のこれからの楽しみに思いをはせていた。


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