PandoraPartyProject

SS詳細

エーグル六往復分の愛情

登場人物一覧

ルブラット・メルクライン(p3p009557)
61分目の針
ルブラット・メルクラインの関係者
→ イラスト

「旦那が作ったの? ここにあるお菓子、全部?」
「そうだ。まだ焼いている途中のものもある」
 ルブラット・メルクラインは胸を張った。とは言え、両手で抱えたオーブンの天板のせいで僅かに身動ぎした程度の動きではあったが。
 最近、ルブラットは「調理」という作業にハマっている。
 本人の認識では凝っていると言うほど深い技術は習得しておらず、さりとて趣味に入れるほど積極的かと聞かれれば疑問に思う範囲。
 正しくは「調理」や「料理」に興味を抱き、能動的に活動を行っていると言うべきなのだが、目の前で呆けている少年に対しての説明にしては些か野暮に思え、言葉を避けた。
「特段必要に迫られて覚えた訳では無い。複合的な要因、そして環境適応を考慮した結果、冒険に必要なスキルとして覚えていれば便利だろうなと思い至っただけなのだ。その結果、自ら菓子を作れば購入するよりも安く、そして自らの欲するものを手早く入手できるということに気がつき研鑽を重ねて今日に至った」
 祈るような仕草と焼き菓子の香りと共にルブラットは告げた。幼子たちに語りかける厳かなアルトは崩れかけた廃教会のなかで真摯に響き、甘やかな余韻を残して消えていく。
 淡々とした感情の起伏を感じさせない声色は、今日は普段より柔らかい。今日はルブラットが何よりも苦手とする日、ファントムナイトであるにも関わらずだ。
「それにしても、今日はやけに静かだな。一体どうしたことやら」
 ルブラットにとっては神への冒涜詰め合わセットの如き悪夢の日であるが、だからといって何も知らない子供たちに当たることはしない。
 今日も廃教会の子供たちはルブラットの来訪を喜び、無邪気に菓子を無心した。
 そこまでは毎年恒例、いつも通りの熱狂具合であった。
 ところが今は海のような静寂に包まれている。ぽかんと丸く開けている口が並ぶ様は、餌をねだる燕の雛を彷彿とさせた。
 菓子を持った状態で誰にも声をかけられず、近寄られないことなど初めてである。教育や躾が行き届いたのかとも思ったが、ヨシュアの反応を見るとそうでも無いらしい。

 例年と違う点を挙げるならルブラットの持ってきた大量の菓子が既存品ではなく全て手作りであったことと、最後の仕上げを現地で行うべく持参してきた真っ白なエプロンをつけて登場したこと。
 またしても苺ジャムがついてしまったが、エプロンが正しい機能を果たしている証拠だ。
 あとはオーブンから取り出したばかりのエッグタルトを持っていることくらいだが、そんなことで子供たちが静止するとは考えにくい。
 ルブラットは再度首をひねった。
 はりきって用意した菓子は、普段より種類も量も多い。だからもっと子供たちが喜ぶと想像していたのだ。
 キキキキ――……
 傍らに控えたエーグル(昨年同様ファントムナイトVer)を見やれば、漆黒の彼女は牙を剥きだして蝙蝠のように笑っている。
 普段の夢いっぱいメルヘンメガ盛りな外観を脱ぎ捨て、地獄の大公の如き禍々しさを放つ彼女はいつもより感情豊かだ。子供たちからちょっかいをかけられずに快適なのだろう。
 ルブラットの持ってきたクッキーやパウンドケーキといった菓子を背に乗せたエーグルは、その一割を自らの胃の腑に収める契約を結んでいるため今日も実に勤勉に働いてくれる。
 彼女からふんわりと甘い砂糖の匂いがしたが、その毛並みに咲いた色鮮やかな眼球が「こいつは愉快だぜぇ」と云わんばかりにルブラットを見上げていた。
「衛生面にも気をつけているから安心したまえ」
 ルブラットは子供たちを安心させるための言葉をさがした。
 廃教会では昼間と言えども薄暗い。せっかく焼いたエッグタルトが冷めてしまうし、ミトンを嵌めているとは言え手に持った天板が熱い。
「苺クッキィは作り慣れたので紅葉型。パウンドケーキも何本か。実りの秋なので普段は買わない材料を使ってみた」
「ちょっと待って」
「勿論構わないが、ヨシュア。そろそろ天板を持つ手が怠い。そしてオーブンに入っているスイートポテトがそろそろ焼きあがる時間であることは先に伝えておこ」
「じゃあ手短に」
 ルブラットが全てを言い終える前に、腰に衝撃がはしった。
「……ありがとね。すごく、うれしい」
 雀のように軽い身体に抱き着かれ、ルブラットは手に持っていた天板を持ち上げる。
「気をつけなさい。天板はまだ熱い。火傷をしたらどうする」

 窘めるように言い聞かせるルブラットの声は温かい。いつも大人びた顔をしているヨシュアが真っ正直にルブラットに甘えてきたという事実を受け入れ、呆れたように溜息を吐いた。
「まあ、君のその反応を見るに、菓子を作ってきて正解だったようだな」

おまけSS『驚き具合としては最上級の悪戯』

「其の恰好はなに。肉屋か解剖医に転職でもしたの?」
「これは料理をするときに使っている愛用のエプロンだ。調理の際は衛生安全に特に気を配らねばならないと学んだからな」
「それ、血に見え……いえ、何でも無いわ。続けて」
「今年は馴染みの孤児たちに菓子を作って持って行こうと思い試作品を持ってきた。遠慮はいらないから食べて率直な感想を教えてほしい。ちなみに対象の平均年齢は5歳程度だ」
 廃教会の子供たちへ渡す菓子はどれが良いのか。
 迷ったルブラットは颯爽とヒルデガルトを携え地下監獄の友人に相談することにした。
 ヒルデガルトは有能であるが味見役には難しい。
 そして突然ヒルのぬいぐるみと共に現れたエプロン姿のルブラットをマーレボルジェは上から下までじっくり眺めた。
「どうだろうか。なかなか上手く焼けたと思うのだが。次はパンにも挑戦してみたいところだな」
 自分が作ったと知ったらどんな反応をするだろうか。甘いものはマーレボルジェも好んでいるし、喜んでくれたら良いのだが。
 手渡された可愛いラッピングが施されたカップケーキと苺クッキーのセットを、マーレボルジェは無表情で見下ろした。
「……」
「……」
「これ、貴方が創ったの?」
「そうだ、私が作っ――、一応補足しておくと調理の工程を経て完成させたものだ」
「小麦粉とか、卵とか、ボウルにいれて、まぜて焼いたの?」
「概ねそうだ」
「……」
 マーレボルジェは再び沈黙した。ガラス玉の眼が微動だにせずに包みを見つめている。
 こんなことならもっと飾り付けをしておくべきだったかとルブラットは悔やんだ。
 カボチャのカップケーキとクッキーは鮮やかな黄色が愛らしいと、カボチャの種をつけるだけのシンプルな飾り付けにとどめておいたのだ。
「私が作ったというのが、そんなに信じられないのかね」
「信じるか信じないかでいったら、数年後には信じるわ」
「そこまでか」
「ええ」
 珍しく、儚い微笑みを浮かべたマーレボルジェと目が合った。
「貴方にも生活的かつ家庭的な一面があったのだなぁと新鮮な認識をしたせいで、心中が創世の時代並に混乱しているの。察しなさい」
「私の手料理にそこまでの力が……あるとは思えないのだが」
「それはともかく」
 ぴっと鋭く手袋につつまれた指がルブラットの持つバスケットを示した。
「その手に持っている木の実のパウンドケーキも出しなさい。批評してあげる。それから、次に来る時はエッグタルトがいいわ。スイートポテトでもいいけど」
「なぜ蓋が閉まっているバスケットの中にパウンドケーキが入っていると言い当てられたのか腑に落ちないが、まあ当初の目的は達成できそう、か?」
 鼻歌をうたいながら紅茶を淹れる準備をするマーレボルジェの背をみながら、ルブラットはバスケットを開き、食器はどこだと見慣れた監獄を見渡した。


PAGETOPPAGEBOTTOM