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世界で二番目に甘い日曜日
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「~~~~~~~!!」
ストイシャは、言葉にならない様子で目を輝かせていた。
練達はとあるイベントスペース。紅葉を模した飾りや、或いは木々そのものが、分かりやすく秋を演出している。
『秋のお菓子フェア』と銘打たれたイベント会場には、その名の通り、秋の実りをふんだんに利用した、様々お菓子の類を販売する屋台があちこちに並んでいる。
「レイ、レイ、これ、全部見ていいの?」
子供のように――実際、幼い竜ではあるのだが――はしゃぐストイシャに、零は微笑んでうなづきながら、
「ああ、好きなだけ見て回っていい。
めいっぱい楽しもうぜ?」
そう答えてあげた。ストイシャは、いつものへたくそな笑顔ではなく、子供の様な心からの満面の笑顔を浮かべて、零の手を引っ張って進みだした。
「いろいろ、見て回りたいの。ううん、全部、見る! そしたら、作り方とか、一緒に教わろうね、レイ!」
ストイシャがそういうのへ、まったく、誘ってよかったな、と零は胸中でうなづいていた。
ストイシャは、あまり外の事には詳しくない。元々内向的な性格だったというのもあるが、それにもまして、あまり外には出たがらない竜である。
主人であるザビーネ=ザビアボロスや、双子の弟(とストイシャは主張している)ムラデンのお世話などでかかりきりであったから、特に外に出る理由がなかったのもあるし、そもそも、ニンゲンの事が怖い、という理由もあった。
怖いというのは「このザリガニ、挟んできそう」くらいのものであり、流石にストイシャも竜であるのだから、『ニンゲンに殺されるかもしれない』などというほどの恐怖を覚えているわけではない。女の子が、虫や動物を恐ろしがるくらいのものであるわけだが、それはそれとして、積極的に人間の事を見に行く機会もなかった。
変わったのは、先の覇竜での戦いの後であり、その際に、ニンゲンとある程度の交流を行ったからだ。特に、零・K・メルヴィルとは縁もあり、ストイシャは零を慕っている、と言っていいほどに交流を重ねていた。
そんな零だから、ストイシャに対して優しいのもある。ストイシャは、ニンゲンのお菓子やパンを作ることには興味があって、零はパンの作り方などでストイシャと交流をして、ストイシャにはパンの先生、と思われている。そんなストイシャが、零から「お菓子作りの参考にもなると思うし、イベントに遊びに行ってみないか?」と誘われてみれば、少しばかり怖かったけれど、行かないわけがなかった。
「ニンゲンの、秋のお菓子って、どんなものがあるの?」
「あー、モンブランっていうの食べたいな」
ストイシャの質問に、しかし答えたのはムラデンである。妙見子とおそろいの服に身を包んだムラデンは、ストイシャからイベントの情報を聞きつけて、「え、じゃあ僕も行く。っていうか、連れてってよたみこ」と、半ば強引に妙見子を誘ってやってきたのである。
「もんぶらん?」
と、ストイシャが言う。ムラデンが言った。
「ほら、なんか栗のやつ。たみこは知ってるだろ?」
「ええ、知ってますけれども」
と、妙見子が頷く。
「それはさておき、邪魔しちゃ悪いですよ、ムラデン。ほら、せっかくのおデートですし?」
ふふ、と妙見子がからかうように言うのへ、零が苦笑した。
「いや、デートではないって。俺は結婚してるからな」
「そう。デートじゃない。レイは、私の弟だから」
うんうん、とストイシャが言う。どうも、そう言うことになったらしい。一人っ子だった、という零に、ストイシャが「じゃあお姉ちゃんになってあげる」と言ったのがこの関係性の始まりである。
「ストイシャが? お姉ちゃん? 逆では?」
ムラデンがからかうように言うのへ、零が苦笑して答えた。
「ま、ストイシャがそうだって言うなら、いいんじゃないか?」
「大変だねぇ、キミも。ストイシャはわがまま言って困らせてないかい?」
「こっちのセリフ。妙見子は、ムラデンに振り回されて大変だとおもう」
うんうんと、ストイシャが頷く。妙見子が、よよよ、としなを作って顔を覆った。
「わかりますか? 妙見子ちゃん、ムラデンには好いように好いように使われております。
ほら、今日もこう、連れていけ、って無理やり……」
「その代わりに迎えに行ったじゃん! 迎えに来いっていうから行ったんだぞ?」
「それを理由に、今日は奢れ、って財布扱いされて……よよよ~」
ふらりふらりとして見せる妙見子に、ムラデンが「なんだよ」と口を尖らせた。
「せっかくたみこと来てやったんだぞ。ちょっとは喜べよな」
「ええ~、喜んでないと思ってます~? 可愛い~」
最近全く、妙見子は気安くなっている。ムラデンがムッとしながら、妙見子のほっぺたをつねって見せた。
「最近ほんと生意気だぞ、たみこ!」
「ひたたた、ちょっと! のびる! ほっぺが!」
きゃいきゃいと騒ぐ二人を見ながら、零がストイシャに小声で伝えた。
「所で真面目な疑問なんだが……ストイシャ、あの二人って付き合ってる訳じゃない……よな?
距離感が友人を超えてる気がするんだけど」
そういうのへ、ストイシャが首をかしげつつ、目を細めた。
「……ムラデン、そう言うのわかんないと思うけど」
と、そう言う。それは、女の子特有の背伸びなのかもしれなかったけれど、しかしムラデンより、そう言った方面の機微に詳しいのは事実のようだった。
「そっか……大変だな、妙見子も……」
零が、ふむん、と唸った。
結局、二組は離れることもなく、一緒にまとまってイベントを回っていた。はたから見れば、ダブルデートのように見えるだろうか。まぁ、どちらの竜も、あまりそういう気持ちはしていなさそうだが。ムラデンは、仲の良い友達と遊んでいるような気持だったし、ストイシャは、パンの先生である弟と一緒にお勉強中、といったところだろうか。まぁ、可愛らしいということに変わりはあるまい。
「そう言えば、ストイシャはスイートポテトを作ってたんだよなぁ」
と、零が言う。ストイシャがイレギュラーズたちを試すために持ち込んだ依頼は、スイートポテトを作るための材料集めだった。
「……あれ、今にしてみれば、全然スイートポテトじゃなかったけど」
と、ストイシャが言うのへ、零は頭を振った。
「いや、ちゃんとしてておいしかったぜ? その後に作ってもらった、人間の材料のスイートポテトもおいしかったけど。
ストイシャ、覇竜の材料で、オリジナルのお菓子とか作ってみないか?」
そういうのへ、ストイシャが小首をかしげた。
「ん……あんまり、自信、ないかも」
「どうして?」
「それは、その。結局、レシピ通りにしか、作ってこなかったから。自分で考えて、って、まだ、試したことなくて」
「覇竜の材料で見よう見まねで作ってる分、すごいと思うけど」
零は苦笑した。やっぱり、この子はあまり、自分に自信がないようだった。
「俺も、オリジナルのレシピを考えるのに、こういうイベントで勉強してるからさ。
ストイシャも、一緒に勉強して……そうだ、だったら、一緒に考えないか?
一人より二人、だ。それで、一緒に、オリジナルのお菓子やパンを作ってみよう」
なんとなく、ストイシャに、自信をつけてあげたかった。竜ゆえの傲慢さはあれど、彼女はまだまだ子供で、自分に自信の持てない少女に違いないのだ。
「ん……レイと一緒なら」
ストイシャが、僅かに頬を染めながら言った。勇気を出しているのだろうな、と、零は優しく微笑んでうなづいた。
「んー……なんか、ストイシャにもいい変化が起きそうだなぁ」
と、ムラデンが言うのへ、妙見子が笑った。
「そうですねぇ。ストイシャ様の事、心配ですか?」
「そりゃ、妹だからね。こう見えても、大切に思ってるよ」
ふん、とムラデンが鼻を鳴らした。
「そう言えば……たみこ、あんまり食べてないじゃん。調子悪いの?」
そういうのへ、妙見子は、「うっ」と声を上げた。
「その……すこし、痩せようかと……」
はぁ? と、ムラデンが声をあげる。
「なんで? 別に太ってないじゃん」
こんどは、妙見子が「はぁ?」と声をあげる番だった。
「え、いや、だって! 重い、っていったの、ムラデンじゃありませんか!」
顔を赤らめてそういう妙見子へ、ムラデンは不思議な顔をした。
「そんなこと言ったっけ……? いや、言ったか……?
でも、ほら、ニンゲン煽っただけだから……?」
むむ、とムラデンが唸る。何時そういったかも覚えていないのだろう。妙見子は、「うううう~!」と唸って見せると、
「バカ! ムラデンのバカ! もう、そう言う所は直した方がいいですよ!」
「え、何で怒られてんの!? 僕なんかしたか!?」
と、きゃいきゃいと言い合いを始めたので、
「あの二人、本当に付き合ってないのか?」
と、零は思わずストイシャに尋ねてしまうのである。
「よくわかんない」
と、今度ばかりはストイシャも肩をすくめてみせた。
イベント会場に設置されたテーブルに、いろいろなお菓子を並べて、四人で談笑する。
それは、他愛のない話ばかりであったとしても、きっと幸福なことだった。
一歩違えれば、このような光景は、訪れなかったはずだ。
四人は同席することはなかっただろう。零の誘いに、ストイシャは応じなかっただろうし、ムラデンは妙見子を誘いに行かなかっただろう。
そう思うと、零は何となく、笑顔になってしまうものだ。
「どうしたの?」
と、ストイシャが、パフェを食べながらそう尋ねるのへ、零は本当に、楽しそうな笑顔を浮かべた。
「いや……きっと、こうしていることが、奇跡みたいなものなんだろうな、って」
そういうのへ、ストイシャが小首をかしげたから、零はもう一度、笑った。
「それくらい、楽しい日曜日、ってことさ」
今日は、世界で二番目に甘い日曜日。
その奇跡は、まだまだ続いていくのだ。