PandoraPartyProject

SS詳細

心に実りを

登場人物一覧

ムサシ・セルブライト(p3p010126)
宇宙の保安官
ユーフォニー(p3p010323)
竜域の娘

 冬が過ぎて。
 春が訪れ。
 夏が盛り。
 秋が来る。
 もう一度、目の前に冬が見え隠れする、この晩秋の季節に、ムサシとユーフォニーは、もう一度、あの冬に立ち入った、あの苗木の場所へとやってきていた。
 あの時は、白く、暖かな雪が降っていたものだ。
 今は、紅葉がちらほらとおち、赤いじゅうたんを地面に敷き詰めている。
 あの時から、苗木は少し大きくなっただろうか。秋だというので、葉はすっかり落ちてしまっているのだろうが、それでも、その内に、暖かな生命力を感じさせていた。
(竜を覚えていますか、シェームさん)
 と、ムサシは胸中で呟いた。
(あなたの隣にいた……あなたが、導こうとした、あの黒き竜……。
 彼女とともに戦ったのは、あなたが導いた奇跡だったのかもしれません)
 そう、思う。
 かつての深緑の戦いの時に、焔の嘆き、シェームの隣には、彼の地竜、ザビアボロスが居た。
 再び彼女と、その従者と相対し、破れ、再起し、奮起し――やがては、彼女たちからの信頼を勝ち取った。
 そのことを思い出せば――当時の思いが、まざまざとよみがえるようだった。
 ユーフォニーにもまた、その竜とは違う竜のために、戦っていた。覇竜領域という、前人未到の地で、竜を相手に、戦い、絆を紡ぎ、そして勝利した。
 一年という時間は、竜との戦いも、鉄帝での戦いも含めて、多くの激闘と経験を、二人にもたらしていた。あるいは、思い出も。
 すべてが良い思い出というわけではないだろう。戦いである。つらいことがなかったとは言えまい。
 それでも、そのすべてを糧にして、今ここにいるのだ。
「怖くなかった、といえば、嘘になるよ」
 と、ムサシは呟いた。ひらり、と紅葉が舞って地に落ちる。苗木に視線を移しながら、しかし語るのは隣にいてくれるあなたへ。
「竜も、冠位も……俺一人じゃ、どうしようもないような相手だった。
 恐怖を感じなかった、何てのは嘘だ。
 死ぬかもしれないとも思ったし、届かないかもしれないとも思った。
 でも、諦めようとは思わなかった」
 ――あなたが、居たから。
 ムサシは、そう言った。
「貴女が頑張っていたから、俺も……その力になりたいって追いかけたんだ。
 貴女は――きっと、光だった。俺の」
 そう、思う。また、ひらり、と紅葉が落ちた。次はあなたの番だ、と、ユーフォニーに、深緑の誰かが告げているような気もした。
「一番最初……深緑で初めて一緒にお仕事をした時、ヒーローだなって思ったんです」
 ユーフォニーは、思い出すように、懐かしそうに、そう言った。
「ヘイムダリオンで……シェームさんの眷属たちと戦った時です。
 あの時、私はまだまだ、不慣れで。
 自分に何ができるんだろうって、ずっと考えていました。
 ……誰かを守るために、まっすぐに前に飛び出すことなんて、考えていませんでした。
 でも――」
 ふと、ムサシの背中に触れてみる。あの時から、大きいな、と思っていた背中。
 今はもっと、大きく見える。
 見え方が変わったのかもしれない。
 近くにあれたから、もっと、大きく感じるようになったのかもしれない。
「……ムサシさんが、ためらいもせずに飛び出していったときに。
 思ったんです。きっと、あれが勇気なんだろう、って。
 そして、追いつきたいと思ったんです。その、背中に。勇気に」
 そう、ユーフォニーは言った。確かに、ユーフォニーにとって、その背中は間違いなく、ヒーローのそれだった。
「俺は」
 ムサシが言った。
「俺はまだ、未熟で……その時も、ずっとずっと、未熟だった。
 きっと、がむしゃらに、ただ前に出ただけだった、んだとおもう」
「それでも、ですよ」
 ユーフォニーが笑う。
「私にとって、それが、勇気であって、ヒーローだったんです。
 大きな、勇敢な、背中でした。
 ああ、追いつかなきゃ、って思ったんです」
 それから、ユーフォニーにとって、ムサシは目標になったのだろう。
「よく、考えました、ムサシさんなら、どうするんだろう、って。
 あなたのような、勇気を。希望を――私は、どうやって、奮い立たせるべきなのだろう、と。
 ……鉄帝で。生きるために、誰かを傷つけようとしてしまうひとたちをみました。
 助けたいと、思いました。ムサシさんのように」
「俺は」
 と、ムサシは言葉に詰まった。
 助けられなかった、ことがあった。最悪の結末を、迎えてしまったことがあった。それが、ムサシの心に、強く、こびりついていた。心おれてしまいそうになるくらい、つらい経験だった。
「完璧じゃ、なかったんだ」
「はい。きっと、そう」
 頷く。
「でも、それは私もそうで。きっと、誰だってそうで。
 絶対に完璧に、完全にいられるひとなんて、きっといないんです。
 でも、その中で、誰かに思いを、勇気を、願いを託せる人が、示せる人が、ヒーローなんです」
 ユーフォニーは、優しく微笑んだ。
「鉄帝のお話の続きです。私は、助けることができました。そのひとたちを。
 それから――かけるべき言葉を、ムサシさんから借りたんです。
 きっと、ムサシさんなら、こういうふうに、誰かを勇気づけられるんだ、と思って。
 私のためらいに、ムサシさんの勇気を。
 ……ムサシさんが助けてくれてるんです。私のことも、私が手を伸ばした先にいるひとたちのことも」
 助けられたのだ。
 ムサシという、存在の行いが。
 誰かを突き動かし。
 その誰かが、別の誰かを助けた。救った。
「無駄じゃ」
 そう、つぶやいた。
「無駄じゃ、なかった……俺は……」
 少しだけ、涙がにじんだ。
「俺のやったことは、間違いじゃ……なかった……!」
 涙があふれるようだった。視界が、優しさの水に満たされて、ふわふわと歪んでいた。その水の中で、小さな苗木と、ユーフォニーの笑顔だけが、はっきりと見えた気がした。
 ユーフォニーが、ゆっくりと、ムサシの肩に触れた。
「深緑の時からずっと、ずっと、私のヒーローなんですよ。
 ……ムサシさんは、皆のヒーローなのかもしれないです、けれど。
 それでも……私の、ヒーローでした。ずっと」
 そう言って、ほほ笑む。
 心が、みたされていくような感覚を覚えた。お互いに。心の深いところで、今ようやく、顔を突き合わせたような気がしたのだ。
 真っ白なキャンバスに、二人はいた。その後ろに、これまで描いてきた様々な色があって、それがいつからか、合流していることに気付いた。その背中の絵の具は、二人分が混ざり合って、でもカラフルでかけがえのない色をキャンバスに映していた。たぶんこれを、思い出というのだろう。二人の思い出が、混ざり合って、素敵な虹を描くのだろう。その虹は、二人が歩み続ける限り、ずっと、後ろに続いていくに違いなかった。
 好きだ、という言葉は伝えていた。ユーフォニーから。それで、それをムサシも受け入れていた。
 それでも、今この瞬間、二人は初めて、本当にその言葉の意味を心から理解したような気がした。表層的な言葉ではなく、心の深いところでしみる、その言葉と、想いと、感情の熱のようなものを、この時はっきりと感じ取ったのだと思った。
「俺は」
 と、ムサシが言う。
「俺。ムサシ・セルブライトは、ユーフォニーを心の底から愛しています」
 そう言って、ムサシはユーフォニーを抱きしめた。お互いの熱が、体を通して混ざり合うような気持だった。ただ、触れ合うだけで、抱きしめるだけで、それでよかった。まるで一体になったように、お互いの、大切に思う気持ちや、好きだという気持ち、愛しているという言葉の気持ちが、まったく、本気であることを、心から理解できていた。
 だから、それをお互いに理解するように、やがて唇と唇が触れ合っていた。以前に、鉄帝で想いを伝えてもらった時のように、ムサシは今度は自分から、想いを伝えることにした。
 唇が触れ合って、少しして、離れた。それは長い時間だったかもしれないし、短い時間だったかもしれなかった。使い古されたような表現だが、どこかふわふわとした感覚は、時間感覚を麻痺させていたし、でもそれでよいのだということはわかっていた。
「……今までは本気じゃなかったってことですか?」
 意地悪をするように、ユーフォニーが笑った。それがとてもいとおしくて可愛らしいと、ムサシは思った。言葉は、本気ではなくて、少しだけからかっているだけだとわかっていても、ムサシは真面目に、まっすぐに、答えることを選んだ。
「……本気だよ」
 そう、と、それだけ、答えた。それ以外の言葉はいらないだろう。本当の気持ちである、と伝えるには、それだけで充分だったし、そうでなくても、お互いの気持ちというものは、とっくの昔に伝えあっていたのだ。
 ユーフォニーだって、ムサシが本気だってことは、ちゃんとわかっているのだ。でも、今この瞬間に、そのステージが上がったような気がしたのも、また事実だった。全身全霊の愛を、多分、今この瞬間に、心から、お互いが伝えようと、与え合おうと、受け取りあおうと、心に一緒に決めた瞬間なのだと思った。
「えへへ、冗談です。
 ……私も、ムサシを愛してる!」
 そう言って、ユーフォニーはもう一度、強くムサシを抱きしめた。ムサシも、それを受け入れるように、ユーフォニーを強く抱きしめる。
「……一目ぼれ、だったんだ」
 と、ムサシは言った。
「実は。たぶん、最初から……初めて会った時から、ずっと……」
「ふふ。それじゃあ、一緒ですね」
 と、ユーフォニーは言った。
「私は、ヒーローとして、でしたけど。
 でも、きっと変わりはないんです。
 惹かれた、という事実に、変わりは」
 ないのだろう。
 お互いに、お互いを魅力的だと感じて。
 その手に触れようと手を伸ばして。
 その背に追いつこうと手を伸ばして。
 伸ばして。
 やがて、触れ合った。
 これはそういう話である。
 二人の心の中に、果実があったのだ。
 それは、お互いの思いを受けて、やがて実りをもたらすものだった。
 それが、まったく、今この瞬間に、大きなものを作り上げた。
 出来上がったものは、きっと、想いや、愛や、そう言う名前が付けられるのだろう。お互いの心の中にある実りは、きっと紅葉よりも優しく赤くて、心地よいものに違いあるまい。
 二人の胸の中を、これまでの思い出が駆け巡った。それを、一歩一歩踏みしめるように、未来に思いを進めていくのだ。心の中のキャンバスに、虹を描いていた思い出が、きっとこれからも未来に進んでいけるのだと伝えている。それは、二人だからできることであって、二人だから、歩める道を、ここに照らしているのだと思った。
「ユーフォニー」
「ムサシ」
 と、お互いの名を呼びあった。その言葉は深緑の風に乗って、でも誰にも届かせないように隠してくれていた。二人だけの、心の内を、誰かに見せる必要はないだろう。あるいは、ここに眠る誰かの、ささやかな祝福と心遣いであったのかもしれない。
 いづれにしても、想いは実り、果実を実らせ、男女は未来へと進む。
 その先が祝福に満ちたものであるようにと、或いは誰もが、そう思わずにはいられないものなのかもしれない。


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