PandoraPartyProject

SS詳細

焔、と、焔

登場人物一覧

ムラデン(p3n000334)
レグルス
ムサシ・セルブライト(p3p010126)
宇宙の保安官
水天宮 妙見子(p3p010644)
ともに最期まで

 焔が、空を焦がした。
 少年の体より放たれたそれは、天地を焼き焦がす焔か。
 それが、『本来の実力』でないことをわかってはいても、ムサシ・セルブライトにとっては、充分以上の脅威であった。
「で」
 と、少年が笑う。
「おじけづいた?」
 屈託なく、何時ものように。彼は、竜である。人の姿を取った、竜である。
 レグルス。竜の中でも強力ゆえにカテゴライズされる、上位竜。そのうちのひとつである少年、ムラデンは、その身の内より立ち上る焔を揺らめかせながら、ゆっくりとその手を構えた。手の先から、焔が揺らめく。それは、容易に人の命を奪えるほどの熱だ。
「いや」
 ムサシが、ゆっくりと腰を落とした。大地を踏みしめる。一体化するように。ここに一本の芯を通すように。ここで、踏みとどまる。
「むしろ――」
 燃える。闘士が。意志が。決意が。
 ここで、この焔を超えるという、心が――燃える。
「いくぞ、ムラデン」
 ゆっくりと、構えた。踏み込む。跳ぶ――心ごと、体ごと。前面の『敵』へ!
 ブレイ・ブレイザーが、身を包む焔となって巻き上がった。焔が、責務が、受け継いだ想いが、己の体の中で駆動するのを感じた。血液が、焔に変わったようだ。胸の、エンジン。心臓にどくどくと流れ込む。焔。己を突き動かす燃料。どくん、とエンジンが咆哮をあげる。ならば、ここで解き放つ。全てを。
 一瞬一秒たりとも、手は抜かない。力は抜かない。戦術も戦略も必要ない。きっと生半可なそれでは、目の前に竜には勝てない。だから――ここからは、すべてが、全力全開だ。

 ムサシ・セルブライトが水天宮 妙見子のもとを訪れたのは、晩秋も近づいたある十一月の事である。
「ムラデンと決闘ですか」
 と、妙見子が、ちょん、とお茶を差し出した。武蔵はそれに手を付けず、ピシッとした正座の姿勢のまま、言葉を紡いだ。
「自分は、彼に負けました」
「そうでしたねぇ」
 妙見子が頷く。かつて、まだ竜たちがローレットを見定めていたころ。ムラデンと遭遇した二人は、完膚なきまでに敗北した。
 竜は強かった。当たり前の事実を、彼らはその身をもって知ることとなる。
 その後、ムラデンたちは、まるでこちらを見定めるように接触し、交流の果てに――一時、おなじ方を向くこととなる。
 竜との共闘。そして、その過程で、ムラデンたちは、確かにイレギュラーズたちを認めていた。
「でも……自分は、彼に負けたままです」
 そう、ムサシは言う。
「力を、認めてもらいました。
 でも、それじゃあ、だめだ。
 超えなくちゃならない。対等でありたい。
 傲慢です。身の程知らずです。でも――」
 そう告げる、ムサシの瞳、赤い、赤い焔が宿っていた。
 託された焔であり、彼のみの内から生まれた焔であった。
「戦いたい。できれば――いや、勝ちたい。
 確かに、ムラデンは本調子ではないです。
 弱体化した状態で、襲い掛かってきた、と言われても仕方がない状況です。
 それでも、きっと――その状態ですら、彼は俺より強い」
 だから、というわけではない。もし、彼が本調子であったとしても、ムサシは戦いを挑んだだろう。
「『焔の後継』として……もう一度、ぶつかってみたいんだ……!」
 そう言葉を紡ぐムサシの瞳は、なんともまっすぐであっただろうか。
 妙見子が苦笑する。こういう目の人は、何を言っても諦めたりしないと知っている。
「男の子ですねぇ」
 そう、誰に聞こえるでもなく呟いた。
「それで、私に何を?」
「立会人を」
 と、ムサシが言った。
「俺達のことをよく知っているのは、あなたですから。
 だから、あなたに、見届けてほしい」
 おそらく共通の『友人』といってもいいだろう。ムラデンが友人と認めるかはわからないが、少なくとも『特別な感情を抱いている人間』には間違いない。
 だから、おそらく。適任なのは、妙見子なのであろう。
「解りました」
 と、妙見子は頷いた。
「わたくし、水天宮 妙見子。
 立会人を、務めさせていただきます――」

「いや、二人で盛り上がられても」
 と、ムラデンは頭をかいた。
 覇竜領域、フリアノンのローレット支部である。
 妙見子とムサシに呼び出されたムラデンは、二人から今回の説明を受けて、まず嫌そうな顔をした。
「真面目だな、キミは」
 そういう。
「いや……こう、だめ? 僕としては――ああ、調子に乗るなよ? 一応、ちゃんと……認めてるつもりなんだけど」
 ばつが悪そうに、言う。
「なんか……ほら、最初のあれは、まぁ、謝るよ。怒ってる?」
「そうではなくて」
 ムサシは真っすぐな瞳で言った。
「俺は、ムラデン。君を超えたい。そうでなくても、対等でありたい」
「いや、傲慢すぎる」
 ムラデンが目を細めた。
「僕はキミを認めた。それで不満?」
「もちろん」
 そういった。
「庇護される存在では居たくない。自分は――ともに生きるならば、君すらをも、守りたい」
「それは」
 ムラデンが尋ねる。
「保安官としての責務? それとも、シェームの?」
「違います」
 と、ムサシはきっぱりと言った。
「俺の中から生まれる、純然たる俺の思いだ」
「なるほど」
 ふむ、と、ムラデンは唸った。
「竜にここまで啖呵を切るやつは珍しいね。まぁ、ローレットにはたくさんいるんだろうけど、それでも」
 そう言って、ムラデンはうなづいた。
「じゃあ、いいよ。
 そうだね。ま、ほかならぬ君の願いだ。前に、また戦おうって約束もしたからね。
 ただ、今の僕で本当にいいのかい?
 僕は全力は出せない」
「そのうえで、君は俺より強い」
 本心から、ムサシはそういった。
「いつかは、君の全力と。
 でも、今は、この想いを抑えきれない」
「わかった。たぶん……そんなに時間もないだろうからね。
 あらためて。いいよ。
 場所は、たみこの神社でいい?」
「え」
 妙見子が目を丸くした。
「いや、他に全力出しても怒られなさそうなところ知らなくて……。
 ヘスペリデスとか、ザビアボロスの領域とか、僕は平気でも、キミらが消耗してるときに亜竜とか着たらやばいでしょ。
 そうなると、たみこの神社が一番……壊しても怒られないかなーと」
「壊れるの前提なの?」
 妙見子が頭を抱え、
「ええい、まぁ、いいです。立ち会う、と決めましたから。結構です。
 では、日取りを決めましょう。そのうえで」
 妙見子の言葉に、二人はうなづいた。
 果たして、決戦の日取りまでは、さほど長くはかからなかった。

 紅葉の燃える水天宮神社である。いや、その燃える色は、果たして紅葉のそれであったのだろうか?
 二つの焔が、この時、激突していた。まさに、激突、である。方や、力を失ったとは言え、竜の焔が。方や、それに及ばぬとはいえ、人の意思と焔が。
 衝突する――この燃える地で!
「ち、いっ!」
 ムサシが舌打ち一つ、後方へと飛びずさった。間髪入れず飛び込むムラデンの手には、鋭い爪の形の焔が燃える。
「逃がすか!」
 一気に踏み込んだムラデンが、ムサシへとその爪を横なぎに払った。「ブレイザーッ!」叫びとともに、炎のマフラーが、さながら翼のように開き、ムサシのみを包んだ。
 ぼうん、と強烈な、焔と焔の衝突が巻き起こる。爪が、翼を切り裂いた。同時、ムサシはすでに、その手にレーザーブレードを握っている。
「逃げない!」
 叫びとともに、ムサシはブレードを振るった。横なぎの一閃。レーザー、いや、赤の焔が、怒涛の如く襲い掛かった。無力な悪漢程度であれば、それだけで制圧できるような、轟熱。だが、相手は、竜である。
 ふっ、とムラデンが息を吐いた。同時に、中空でそれが焔へと変わる。ドラゴンブレス! 強烈な炎の瀑布が、焔のブレードの刃を遮った。高濃度のドラゴンのブレスは、それだけで盾となりうるのか! ムサシはその勢いに身を任せるままに、一度後方へ跳んだ。着地した瞬間に、すぐに横っ飛びに飛びずさる。間髪入れず、ムラデンのブレスがその場所を焼く。
 ムラデンの瞳に焔が宿る。「避けたじゃん!」称賛するように笑う。「こうかな!?」言葉とともに、焔を吐き出した。その炎が、刃状に代わって、焔の剣を生み出した。
「剣術は苦手だよ!?」
「型を無視できるほどに力があるだろう!?」
 実際、その通りだ。ムラデンのそれは、およそ『剣術』としてはあまりにも無様である。力任せに、思うままに刃を振るっているに過ぎない。方や、ムサシのそれは二天一流が期限にある。あらゆるものを利用して戦う、およそ剣術としては異端のそれは、しかしそれでも『剣術』である。どこかしらの、流麗さがあった。
 暴、と、流、とでもいおうか。舞闘であればムラデンの完敗であるが、しかし今は死闘である。勝たなければ、どれだけ美しかろうと意味はない。この場において、生命を吐き出した最後の最後に燃える、純然たる美以外の総てに、価値はない。
 剣戟は、幾度も鳴り響いた。美しきすんだ音ではない。焔が爆発する、轟である。
「ふん……っ!」
 ムラデンが、僅かに後方跳躍。そのまま、脚を竜のそれに変貌させた。部分変化。
「完全竜化しないのは」
 ムラデンが言う。
「その方が、小型の敵と戦うにはやりやすい。まぁ、ちょっと不細工だけどね!」
 たんっ、とムラデンが踏み込む。竜の足、そのばねから発生する力は、それまでの少年の体躯から放たれるそれとはけた違いである。
「大型になれば、多少は隙が生じる。それを見逃すキミじゃないなら、僕はその姿をさらしてやるつもりはない!
 ま――竜の姿になれば、僕は絶対に負けないけどね!」
 負け惜しみか、自信か。なんにしても、一気に突撃したムラデンの、焔の塊のようなタックルを、ムサシは真正面から受けていた。強烈な打撃による衝撃が、その体を駆け巡った。激痛が走る。が、血反吐を吐いても、ここは止めて見せる。
「だとしても!」
 ムサシが、大上段に構えた。
「押しとおる!」
 がおうん、と、手にしたレーザーブレードが、極大の焔を巻き起こした。それは、ムサシの、そしてムラデンの焔をまきこんで、さらに、さらに、巨大化していく。
 焔閃抜刀・剛。それが、これまで見たことのないような、まばゆくて大きな焔を描いていた。極限を超えた斬撃の、その一歩先。この死闘で開眼した何か――。
「焔閃抜刀――」
 振り下ろす――焔。強烈な、焔の降臨。轟臨。吹き荒れるそれが、ムラデンへと迫る。
 ムラデンは、僅かに額に浮かんだ汗をぬぐおうともせず、不敵に笑ってみせた。「竜殺しの焔か」と胸中で呟く。
「でも――負けてはやらない」
 背中の羽をに、力を込めた。人間の状態に合わせたサイズのそれが、竜のそれに変貌する。巨大な、赤い翼。それが、大上段から振り下ろされた焔を受け止めた。ずん、と、ムラデンの体が地に沈む。強烈な衝撃に耐えながら、しかしムラデンの竜の足はそれを耐えて踏みしめた。そのまま、地を飛ぶように、滑るように、ムサシに迫る。その手にした、焔の刃。それを、横なぎに、力強く払った。それが、ムサシの体を横なぎに叩きつける。もとより、最大攻撃にすべてを注ぎ込んでいた状態だ。防御などは、考えていなかった。そうでなければ、ここまでのダメージをムラデンには与えられなかっただろうし、ムラデンが、このような強引な手段に出ることはなかった。
 それでも、相手は竜だ。そう簡単に沈んではやれない。それは、竜としてのプライドでもあった。頂点種としての、傲慢なプライドは、確かにこの時に、ムラデンのエネルギーになっていたし、そのような傲慢さであったとしても、この時、確かに勝敗を決するファクターにもなっていた。
 ムサシが、横ざまにぶっ飛ばされるのを確認した。ムラデンが、思いっきり大地を踏みしめて、着地する。
「ごめん、やりすぎた!!」
 思わずムラデンがそう叫ぶのへ、しかしムサシは横転しながらも態勢を整え、受け身をとりながらぶっ倒れた。
「いや……」
 そういって、笑う。
「まだまだ……でありますね……」
「そうですねぇ」
 そう言って、妙見子は笑った。
「満足しましたか? 男の子たちは。
 それじゃあ、次はお弁当にしましょう。疲れてるでしょう?」
 そういうのへ、ムサシは笑った。
「……もう少し、休んでからで」
 そう言ってから、べしゃり、と潰れるのへ、妙見子が満足げに笑う。
 ムラデンも、バレないように額の汗をぬぐいつつ、楽しげに笑ってみせた。


PAGETOPPAGEBOTTOM