PandoraPartyProject

SS詳細

美味しいサンドイッチを

登場人物一覧

アルエット(p3n000009)
籠の中の雲雀
ジェラルド・ヴォルタ(p3p010356)
戦乙女の守護者

 緑色の葉が揺れる傍で黄色や橙の色に染まる秋の山。
 少し肌寒さを感じるけれど、楽しい気持ちが膨らんで、そんなこと吹き飛ばしてしまう。
 親友が出かける時に持たせてくれた手袋があるから指先も寒くない。
 今日の為にアルエットは沢山の準備をしていたのだ。
 早起きして作ったサンドイッチをバスケットに詰めて、温かい紅茶もポットに入れてきた。
 レジャーシートも忘れずにと用意していたら自分の分の手袋を失念していた。
「ふふ……!」
「そんなに楽しいか?」
 隣で歩幅を合わせてくれているジェラルドが首を傾げながら見つめてくる。
 以前は伸ばしていた髪もバッサリと切ってしまっていたから、少し肌寒そうだけれど大丈夫だろうかと思いながらアルエットはこくりと頷いた。
「うん! ジェラルドさんと会うときはローレットの依頼の時が多いでしょう? だから、こうしてのんびり過ごすのって新鮮で楽しいの!」
 楽しげに笑ったアルエットへジェラルドは「そうかい」と口角を上げる。
 アルエットが手放しに喜ぶ姿というのは心が和むのだ。
 先程も美味しいサンドイッチを作って来たと胸を張っていた。
 後で食べるのが楽しみで、ジェラルドは目を細めた。

 ジェラルドはアルエットが過去に辛い経験をしていたことを知っている。
 十歳の少女が遭遇するには凄惨すぎるものだ。
 もし、自分がアルエットと同じ年頃に妹や姉を目の前で嬲り殺されていたら絶望していただろう。
 彼女が男性に対して恐怖心を抱くのも無理は無いように思えた。
 その原因であるエーヴェルトとは大戦の中で決着が付いている。
 けれど、アルエットのトラウマはそう簡単に拭い去る事はできないだろう。
 ジェラルドは隣で楽しげに笑うアルエットを横目で見遣る。
 もし、この場で押し倒せば二度と近づいてこなくなるに違いない。
 此処まで築いてきた良好な関係を崩壊させる悪手だ。

 ジェラルドはアルエットに気付かれぬよう、そっと溜息を吐いた。
 この胸に広がる愛おしさの行き場が見つからない。
 好きだと自覚してからの方が苦しいだなんて思ってもみなかった。
 世の恋人達はこんなにも胸が掻きむしられるような思いをしているのかと、いっそ尊敬の念を感じる。
 きっとアルエットは自分のことを恋愛対象として見ていないのだろう。
 そもそも恋愛というものを正しく理解出来ているのかも怪しい。
 過去のトラウマから男性を避けていたであろうアルエットはずっと親友と一緒に居たらしい。
 そうなると恋愛をする切欠すら無かったとジェラルドは思い至る。
 アルエットの親友は彼女を鳥籠の雛のように大切にしているらしい。トラウマを抱えた独りぼっちのアルエットの傍に居てくれたのは感謝している。
 けれど、アルエットはもう幼い雛ではない。自分の力で羽ばたこうとしているのだ。
 その隣に自分も居て良いのでは無いか、そんな風に思ってしまうのだ。
 誰かの代わりになりたい訳ではなく、大切な人の一人になりたいのだとジェラルドは強く想った。

「あら、あれは何かしら?」
 ふとアルエットの声が聞こえてジェラルドは思考の海から浮上する。
 アルエットの指差す方向には何も無い。
 けれど、アルエットはふわりと羽を広げると山の斜面へと飛びたった。
「おい、何処行くんだ!」
「え? ジェラルドさんには見えない? あそこに何かあるのよ、ほら」
 楽しげにはしゃいでいるアルエットはどんどん斜面を駆け上がっていく。
「何かしら? 楽しそうなの」
「待てって、おい!」
「うんうん、ジェラルドさんも気になるわよね。一緒に行ってみましょ!」
 まるでこちらの言葉が届いていないように、『隣』へと視線を向けたアルエット。
 彼女の瞳には本物ではないジェラルドが見えているのだろう。
 何かの幻術か、あるいは魔物の仕業に違いない。
 こんな所で危険な目に遭うなんて考えてもみなかった。
 ジェラルドはアルエットを追いかけて山の斜面を走る。
 アルエットは翼があるから山の地形なんて関係無く進んでいくが、ジェラルドにとって見知らぬ山は相当に走り辛いものだった。岩を足場にすると水気を含んだ土が沈み上手く跳躍できない。細い木の枝はジェラルドの体重を支えきれないだろう。駆け上がるには何とも相性の悪い土地である。
「くそっ!」
 それでもジェラルドはアルエットを追いかけ続けた。

 アルエットはジェラルドと一緒に山頂を目指していた。
 楽しげな音楽が聞こえ、小さなブランコを見つけたからだ。
「ねえ、ジェラルドさんあそこには何があるのかしら? 楽しみね!」
 勢い良く飛び上がった山頂には、何処かで見たブランコが揺れている。
 これは、故郷であるサヴィルウスの公園にあったものではないか。
 村の外れに隠れ住んでいたアルエットはこのブランコを使う事が出来なかった。
「どうしてここにあるの?」
 見間違える筈も無い。これは幼いアルエットの憧れだったから。
 けれど、昔より随分と小さく見える。羨望よりも懐かしさを感じた。
 これを懐かしいと思えるほど、アルエットは沢山の思い出を得ていたのだろう。
「ねえ、ジェラルドさんこれね、私が小さい頃に乗りたかったブランコなの」
 隣に居るジェラルドへ照れくさそうに視線を上げるアルエット。
 その瞬間、視界が暗がりに変わる。
 石床の小さな小屋の中。
 何度も何度も夢に見る最も怖い場所。
 ――アルエットが死んだ小屋の中だ。
「な、んで……」
 こんな山の中にリブラディオンの小屋があるのだとアルエットは息を飲む。
 足ががくがくと震え、息が出来なくなった。
 逃げないといけないのに身体が思う様に動かない。
 きっとこれは幻影なのだろう。アルエットの記憶を読み取ったもの。
 ローレットの依頼の中で何度か経験したことがある。
 けれど、戦いに赴く準備も無く、日常の中へ突然広がった恐怖の根源たる場所にアルエットの身は竦み、一歩も動けずにいた。
 縋るように隣に居たジェラルドへと視線を上げるアルエット。
 手首を掴んだジェラルドの温かさにアルエットは安心する。
 けれど、そのまま冷たい石床にたたきつけられた。
「……っ!」
 意味が分からずジェラルドを見上げるアルエットの瞳には恐怖が滲んでいる。
 あの時のアルエットと同じように、押さえつけられて殺される所を想像した。
「や、だ……ジェラルド、さん」
 ジェラルドの手がアルエットの首に掛かる。
 きっと、目の前のジェラルドも幻影なのだ。優しい彼がこんな事をするはずがない。
 そう思うのに、払い除けるだけの力が出てこない。
 怖くて力が入らないのだ。
 実際にアルエットはここで死んだ。自分もそうならない理由が見当たらない。
 首が締まり息が出来なくなる。
「ぁ、っ、……は」

 ――これは天罰なんだよ。
 耳元で『アルエット』の声が聞こえた。
 ――私を置いて逃げた天罰。どうして私が死んで、カナリーだけ生きてるの?
 おかしいよね。同じ双子なのに。やっぱりカナリーの方がサヴィルウスで育てられたからかな。
 ずるいよね。一緒じゃないとおかしいよね。だから、カナリーも一緒にここで死のうよ。
 そうしたら同じになれるよ。ねえ、そうしよう?
 一緒に死んでしまおう。辛い事ばかりの世界にさよならして幸せな天国へ旅立とう?

「や、ぁ……」
 嫌だ。嫌だ。嫌だ!
 死にたくない。こんな所で死にたくない。
『アルエット』は一緒に死のうだなんて言わない。
 心優しい姉は親友にその身を託して天へ昇った。
 だから、耳元で囁くアルエットの声も馬乗りになって首を絞めてくるジェラルドも全部偽物なのだ。
 本物の二人はこんなことしない――!

 首を絞めてくる男の腕にアルエットは爪を立てる。
 苦しくても息が出来なくても少しでも抗ってみせると歯を食いしばった。
 何故なら自分は此処へ一人で来たわけではない。
 友人のジェラルドと一緒に来たのだ。だから、きっと見つけてくれる。諦めたりしない。

「――アルエット!!!!」
 小屋のドアを破って入ってきたジェラルドにアルエットは翠の瞳を見開く。
 本当に助けに来てくれたのだと涙がこみ上げてきた。
 ジェラルドは一瞬の内にアルエットを組み敷いていた男を蹴りつける。
 狭い小屋の中で壁に叩きつけられた男を睨み付けるジェラルド。
 その眼光は怒りに満ちていた。
 苛立ちを叩きつけるように拳を降ろす。
 目の前の敵を沈めるまで止まらぬ攻撃。
 それが幻影で作られた自分の姿であったと気付いたのは核を破壊した時だった。
 小屋ごと消えて行く幻影を見つめ、我に返ったジェラルドは伏せたままのアルエットに駆け寄る。
「アルエット、大丈夫か!?」
「……う、ん」
 今度こそ本物のジェラルドだと安堵したアルエットは恐る恐る彼の腕を掴んだ。
 その怯えはジェラルドにも伝わる。
 先程まで自分の幻影がアルエットにのし掛っていたのだ。
 彼女の恐怖は計り知れないものだろう。
「怖かった、な……大丈夫か?」
 今度はジェラルドがアルエットの言葉に怯えていた。
 今すぐにでも安心させる為に抱きしめてやりたいが、逆効果であることは目に見えている。
 アルエットの言葉を待つようにジェラルドはじっとその場で動かずにいた
「うん……うんっ、大丈夫だよ。こわ、かったけど……あのジェラルドさん本物じゃないって分かったから。本物のジェラルドさんは、あんなことしないもの」
 ぽろぽろと涙を流しながらジェラルドの肩に頭を預けたアルエット。
 ジェラルドは自分のコートをアルエットの肩に掛けて、小さな身体をそっと抱きしめる。
 縋るようにジェラルドの服を掴んだアルエットの頭をゆるく撫でた。
「ありがとな、信じてくれて。きっとアンタが信じてくれなかったら俺は此処へたどり着けなかった」
 あの幻影はアルエットの恐怖を喰らう魔物の仕業だったのだろう。
 だからアルエットの記憶の中で一番怖かった場所が出現したのだ。
 アルエットがジェラルドを信じたからこそ、恐怖の記憶へ介入することができた。
「ジェラルドさん優しいもの。あんなこと……しないもの」
 思い出すだけで身が震えるのをアルエットは首を左右に振って追い払う。

「立てるか?」
「ええ……もう大丈夫よ、ありがとう」
 まだ少し手が震えるけれど、ジェラルドと繋いでいれば平気だった。
「ねえ、ジェラルドさんピクニックの続きをしましょ。怖い思い出が最後じゃ嫌だもの!」
 気丈に振る舞うアルエットの気持ちを汲んでジェラルドは「そうだな」と頷く。
 少し歩いた場所に遊歩道が見えた。
 あの道を辿って行けば見晴らしの良い場所へ出るだろう。
 ジェラルドはアルエットと手を繋いで遊歩道を歩く。
 左右に広がる紅葉は圧倒される程に色づいていた。
「わあ! こっちもすごいね!」
 アルエットの手の震えはもう止まっている。それに安堵したのはジェラルドの方だ。
 今ここで怖かった記憶を塗り替えてやれるのは自分だけ。
 ならば、思う存分楽しんでやるのがアルエットの為だろう。
「もうすぐ広い所みたいだな。そこでのんびり昼飯でも食うか」
「はっ! 中身大丈夫かな?」
「多少崩れてても大丈夫だろ。アンタが一生懸命作ってくれたんだ。美味いに決まってる」
「そ、そうかな……でも、お友達とピクニックで食べるのはきっと美味しいよね」
 こくこくと頷いたアルエットの頭をジェラルドは優しく撫でる。

「サンドイッチの具は何なんだ?」
「えっとね、ハムとチーズと卵とレタスと、チキンのやつもあるし……」
「おお、頑張って作ってくれたんだな」
 自分の為にアルエットが手作りしてくれたことにジェラルドは心が満たされる。
「えへへ……ジェラルドさんに喜んでほしかったから」
 誰かの為に作る料理というものは、その人の事を考えながら作るものだ。
 アルエットはジェラルドとのピクニックを想像しながら頑張って作ったのだろう。
 そんな健気な姿を思い描くだけでジェラルドは嬉しくなった。
「ありがとな。楽しみだ」

 向き合わなければならない記憶を全て乗り越えるにはまだ時間が必要だけれど。
 きっと、二人にとってこの日の思い出は、前進の一歩だった。
 ひらりと舞い降りる紅葉が、ゆっくりと地面へ落ちた。



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