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風のような日々

登場人物一覧

ゼファー(p3p007625)
祝福の風


 得物が鋭く風を裂く。まっすぐに振り下ろし、まっすぐに突き抜ける。ひとつひとつの動作と感触を確かめるかのような素振り。
 軽くも重い一撃は僅かもブレることはなく――

 ――しかして、それを振るう女の瞳は、随分と物思いに耽っていた。

(……今日は駄目ね)
 はぁ、とため息をついてゼファー(p3p007625)は構えを解いた。彼女も人の子なので常に最善とはいかない。最善を尽くすべき時にその力を発揮できれば良いのだから、こんな日があってもまあ仕方がないだろう。だいたいの人はそう言うかもしれない。
 だからと言って気持ちが晴れるわけでもなく、スッキリしない気持ちを抱えたまま、鍛錬を終えたゼファーはローレットへ顔を覗かせた。
「あれっ、ゼファーさん! 今日は早いですね?」
 顔を上げた情報屋にそんな日もあるのよ、なんて返す。彼はゼファーの言葉になるほど、と納得した様子を見せて視線を戻した。近頃は混沌各所がきな臭くなってきているから、彼をはじめとした情報屋も大忙しなのだろう。
 ローレットは今日も賑わっていて、ゼファーも彼から視線を移して出ている依頼を眺めたり、人の間をぬうように進んで手近な椅子に腰かけ。集う冒険者たちの噂話に耳を傾ける。幸か不幸か、今日もゼファーの求める其れらしい情報はない。
(3年前だったら残念に思うだけだったけれど)
 今は、どうだろうか?
 自問して、答えを出す代わりにふっと小さく息を吐く。それから他愛もない依頼を選んで、これを受けるわと情報屋へ声をかけた。
 ほんの僅かでも気を紛らわせられたならそれで良い。束の間でも『あの日』のことを忘れたい、なんて口には出さないけれど。


 ――口に出そうと出さまいと、忘れられるわけがないのだ。
 けれど忘れたいなどと望んでしまったからかもしれない。走馬灯のように駆け抜ける日々を、されど長く濃いひとつひとつの出来事を、思い出すように夢を見た。

 このまま終える命なのだと思った。風に吹かれたら飛ばされてしまうような、風前の灯。
 そんな少女の前にひとりの老人が立ち止まったのは、気まぐれだったのか、それとも少女に何かを見出したのか。少女には拾われる理由などわからなかったし、老人も饒舌ではなかったから、その真実は定かでないけれど。
 けれど彼は、拾った少女へ同じように気まぐれで捨てるのではなく、毎日色々なことを教えてくれた。
 野宿の仕方、森の歩き方、売買の交渉術――そんな旅の知識には、老人がこれまで経験しただろう苦い過去や失敗が窺えた。それを告げれば、言葉に出さずとも渋面を浮かべただろうから、口にはしなかったけれど。
 捉えられない風を追いかけながら、少女もまた風のようにひとところへとどまらず旅をした。
 たくさんの街を過ぎていった。森も、川も、海も越えていった。
 ゼファーという若き風は新しいものを見るたびに立ち止まって、それから歩き続ける師に小走りでついていく。時には待って、と声をかけて。
 振り返りざま、一瞬だけその口元が緩んでた、なんてことは私しか知らなくていいことだ。
 日々はあっという間に過ぎて、1人が2人になってからいつしか数年の時間が経っていた。
 ゼファーも得物を握ることに慣れた……というよりは、慣れざるを得なかった、と言うべきか。この時すでに、彼女は齢10程度とは思えぬほどに頭角を見せていて、それでもなお老人の鍛錬は厳しいものだった。気を失うように眠りについたことも一度や二度のことではない。
 なにより鮮烈だったのは――ロクでもないことを教えられたことも数少ないとは言えないが――忘れようもない日は、初めて人の命が消えるさまを目にした時。いいや、より具体的に言えば『目の前で人間が殺される瞬間を見た時』だろう。
 彼女はある時、依頼を受けた師に同行するよう告げられた。実践を見せるのだと。刃を向けるのだから、命の重みを知っておくべきなのだと。
 まだ実践で戦ったことのなかった彼女は、確かに命の重さと言うものを正しく理解していなかったのだ。故に命が失われる瞬間を見て衝撃を受けた。
 ヒトは簡単に殺せてしまう。どこを貫けば殺すことができるか、わかっていればなおさら、容易に。
 もはや動かないヒトだったもの、それから視線を外すことのできない少女。それらを見て、老人は「理解したか」と呟いた。


 すぅ、と息を吸って。それからゆっくりと瞼を上げれば、まだ窓の外は暗いようだった。
(……夢)
 非常に長かったように思ったが、夜はまだ長いらしい。上半身を起こしたゼファーは額に手を当て、息を静かに吐いた。
 懐かしいのに、色あせない思い出たち。思い出と言うには物騒なことも多いのだが、それでもゼファーにとっては大切な思い出だ。色も温度も、匂いすらも鮮明に思い出せるほどに。
 師の声も、言葉もまた然り。
(いったいどこに隠れているのやら)
 いいや、隠れているわけではないのだろう。風のように過ぎ去って、自分がそれを捕まえられないだけ。

 捕まえられなければいいのにと思う。
 捕まらなければいいのにと思う。

 このまま噂ばかりを追いかけて、徒労だったと肩を竦めるだけで。会えそうで会えない距離感のままで。沢山の感情が詰まった思い出と、突然ひとりぼっちにされた虚無感を残して、いつか『あの日』が記憶の中で風化して曖昧になってしまえばいい。
 だって、ゼファーの中には恩人の、師の、父の穏やかな表情が残っているのだ。どんなに厳しい鍛錬を課そうとも、人を殺す術を叩き込まれても、ひとかけらの情が通った、温かな時間が確かに存在していたから。
 次に師と会ったならば、確実にそのような時間は来ないだろう。

 だから、どうか――願わくば、再開することが無いように。



 其の時が来ないことを祈っていた。其の時が来なければいいのにと、心の片隅でずっと思っていた。もしくは決別のあの日を忘れられてしまえたら、どれだけ楽になるだろうと。
 噂なんて追いかけても貴方はいなくて、毎回徒労に終わっていて。『そう』であることに残念がる自分と、良かったと安堵してしまう自分がいた。嗚呼、もしかしたらこのまま風のように何処かへ行ってしまうのかも、なんて。

 ――今日のような、躊躇いの槍は捨てておく事だ。
 その無限の可能性をへし折られたくないのであらば。分かっておるな、『ゼファー』。

 別れ際の鮮やかな宣戦布告が頭の中で甦る。
(おじいちゃん)
 恩人で、師匠で、親代わりのひと。かつては穏やかな時間も、厳しい時間も共に過ごした人。今は――刃を向けなければならない、ひと。

  • 風のような日々完了
  • GM名
  • 種別SS
  • 納品日2023年11月19日
  • ・ゼファー(p3p007625

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