PandoraPartyProject

SS詳細

剣の道

登場人物一覧

クロバ・フユツキ(p3p000145)
背負う者
ハンナ・シャロン(p3p007137)
風のテルメンディル

●その剣がいいのだと、彼女は言った
 剣に流麗さが必要か、と問われれば、きっと否と答える。
 自分の剣には少なくともそれはない。憧れたことがない――とまでは言わないが、つまるところ剣というのは、勝つまで振るえば勝ちなのだ。幾度負けようとも、立ち上がりさえすれば終わりではなく――泥にまみれようとも、死なない限りは戦い続けられる。
『真実穿つ銀弾』――クロバ=ザ=ホロウメア (p3p000145)の剣というのはそうしたものだ。非才なりと育ての親――高名なる剣聖に己が技前に、素質に否を突きつけられながらも足掻き続けた。
 今や高い実力を持つイレギュラーズの一人として認知されるようになったクロバにとって、振るった剣の歴史は敗北の経験の集合体と言っても過言ではない。
 ――非才なり。そうなのだろう。クロバは突きつけられた現実を、しかし呑んで剣を投げ出すことをしなかった。或いは、それこそが彼の才能だったのやも知れぬ。化物のような養父、剣聖相手に数千と重ねた敗北を、そしてこの混沌に落ち来てからの数々の戦闘経験を、一つ一つ噛み砕き飲み下し己の血肉と変えてきた。クロバの剣は蓄積、そして、忍耐と意思の剣だ。
 決して華々しいものではない。――だから最初は、断るつもりだったのだ。


「俺の剣は教えるほどのものじゃない。……もっと相応しい技の持ち主が他にいるだろう。そっちを当たった方がいいんじゃないのか」
 そう、何度も言い聞かせるように言った。クロバは高い実力を持っているが、彼自身の自己評価は決して高くない。己の力が敗北と経験の積み重ねに立脚しており、『まだまだだ』というストイックな自己認識があるためだ。
 故に、降って湧いたような弟子入りの話に彼は当惑していた。
 一度、依頼で同道し、共に戦ったことのある深緑のハーモニアからの依頼であった。なぜ自分に? と訊けど、『依頼で見た太刀筋が、息を呑むばかりに凄絶だったから』と言う。憧れたのだ、と。
 クロバは腕組みをして顎を引き、自身を見上げるハーモニアの少女――否、恐らく年齢的には自分より遙かに年上なのだろうが――に視線を返すと、少女はさらさらの金糸を揺らして『なぜです?』とでも言いたげに首を傾げた。
「相応しいか相応しくないかは、私が決めることです。……私が見て、私が憧れた剣を教えてほしいんです。……いけませんか? クロバ様」
 アッシュグレイの瞳を揺らして問いかける少女は、断固そう言って聴かなかった。押し問答を続けるうちに、形勢は瞬く間に彼女の側に傾いていく。
「俺には君が思うような才はない」「私が憧れた太刀筋に、そう仰るのはやめてください」「ぐ……」「なんと言おうと、教えてくれるまで帰りませんから!」「む……」
 畳みかけるようなやりとりに続け、少女は少しだけ声のトーンを落として続ける。
「――私には、魔術の才がありません」
「……確か、手甲で戦ってたな」
「はい。……武術で身を立てようと、していたのですけど。このところはそれも行き詰まっていて。そんなときに、クロバ様と一緒にお仕事をする機会に恵まれて。――私を庇って前に出て、草喰いを屠ったときのあの太刀筋が、目に焼き付いて離れなかったんです」
 クロバは少女の言葉に微か、眉を上げる。
「――私でも学べば、こうして誰かを護る剣を振るえるかも知れないって。あの日から、ずっと思っていたんです」
 訴える少女に、クロバはかつての自分を見た気がした。ハーモニアでありながら魔術の才無しとされたその少女と――剣聖たる育ての親から、非才と断じられた自分。
「ですから、教えて欲しいんです。私、根性だけはありますから。どんな修行だってへっちゃらです! ……どうか教えて下さい、お願いします!」

 ――こうまで強く、己の剣を肯定されることが、今まで他にあったろうか。
 敗北と蓄積の剣を、『ああなりたい』と言われたことなど。
 熱意に満ちた少女の言葉に、クロバは長い沈黙のあと――嘆息と共に、一本指を立てた。
「……一つ、条件がある」
「なんでしょう?!」
 食い気味の返答に、立てた指で額を押さえながら、クロバは嘆息がちに言った。
「……様づけは慣れない。師事するつもりなら、クロバさんなりなんなり、呼び方を変えてくれないか」
「あら、そうだったんですね。――それじゃあ」
 少女は肯定の返事に喜び冷めやらぬと言った調子で、輝かんばかりの美貌を無垢な笑みで彩り――

師匠せんせいと呼ぶのではいかがでしょう?」

 華やぐ声で、そういらえるのであった。


 それがクロバ=ザ=ホロウメア と、『殴り系幻想種』ハンナ・シャロン(p3p007137) の二度目の出会い。
 そして、彼らの修行の日々の始まりであった。



●しかして道は易くなく
 ――ところでクロバが得物とするガンエッジというのは、極めて扱いの難しい武器であり、
「きゃあああああああ!?」
「トリガーから指を離せ!! 魔力の炸裂を止めろ!!」
「そ、そんな急に言われましても――っ!!」
 轟音。土煙。抉れた地面、顔からスッ転んだハンナ、天を仰ぐクロバ。
 何が起きたのか。
 所は郊外の森。……とりあえずガンエッジを用立て、ハンナに持たせて振らせたところ、弾丸からの魔力放出を全開で行ってしまったハンナが、魔力炸裂と同時にその勢いに振り回されスピン、ガンエッジの切っ先で地面を三度ばかり掘りつつ勢い余って吹っ飛び地を舐めた、というのが事の顛末である。
 土煙が収まりかける頃、ふらふらと立ち上がるハンナ。ド根性は伊達ではない。
「……驚きました」
「だろうよ」
 クロバは眉間の皺を揉みしだきながら嘆息一つ。
 ガンエッジとは、柄部分に回転式拳銃リボルバー様のシリンダーと銃爪トリガーおよび撃鉄ハンマーを備えた白兵戦用片刃剣の総称だ。銃爪を引くことで撃鉄がシリンダーを打ち、それに従って装填された魔力が激発。斬撃に推力や属性を付与する。
 持ち手の安全など二の次三の次、敵をただ先鋭的な威力で破壊する為だけの得物――それがガンエッジである。故に、遣い手を選ぶ。少なくとも、憧れだけで使い始めるには不向きな武器だ。
 顔を拭うハンナに、クロバはガンエッジの使い方の基本をレクチャーしていく。
「銃爪の引き方で魔力の放出をコントロールしろ。今みたいに引きっぱなしにすれば全て使い切るまで放出するが、何もその一撃で全てが片付くわけじゃない。それに、君が今転んだように、大きい力はそれだけコントロールするのが困難だ。……戦場では尚更な」
 戦闘の最中、汗と血でぬるつくグリップ。そんな中過大魔力を突っ込んでドライブしたガンエッジのコントロールがどれだけ困難か――
 クロバは知っている。故に、言い含めるように続ける。
「敵を倒す為に、最低限の出力を維持することだ。自分の太刀筋と、ガンエッジのドライブの威力、その和が敵の命に釣り合うように考えるといい」
「……肝に銘じます」
 ハンナは自分の手のうちにあるガンエッジを見詰め、一度目を閉じる。教えを反芻するように、銃爪を引かぬままガンエッジを数度スイング。
「すごく、難しい武器なんですね。ガンエッジは」
「ああ。難しい。……だが強力だ」
 言いながら、クロバはガンエッジ『アストライア』を無造作に構えた。
 トリガーを引く。魔力激発。白銀の刃がぎらりと煌めいたその刹那、生じた推力に従って駆け、クロバは真一文字にアストライアを振るった。

 ざ
 ん
 ッ
 !

 ――ハンナが目を瞠る前で、クロバの胴回り二つ分はあろうかという樹が、ゆっくりと倒れた。
 ど、どど、どうッ。軋む樹の音、唸る地の音、慌ただしい鳥たちの羽撃き、囀り。
「加減した上で激発の推力を活かせ。刃先に魔力を集中しろ。樹も断てないなら、魔種など到底斬れない。……見ててやるから、何度でも振れ。俺の剣を学ぶってのは、そういうことだ」
 クロバの解説は、微に入り細を穿つような詳細なものではない。しかし、何度でも見るという言葉に嘘はない。
 決して器用ではないが、――彼女の熱意に応えるだけの心があった。
 それが伝わったのか、ハンナは真ん丸くした目を意気軒昂と尖らせ光らせ、
「はい! 頑張ります、師匠!」
 そう、力強く応えたのであった。



●刃、未だ道半ば

 ――ッきぃん!!!

 銃刃ガンエッジ『活火激発』が焔のごとき魔力の光を散らし、敵を一刀両断にした。トリガー・ガードに指を突っ込んだままびゅんと一度回旋、血振りをして鞘に収める。
 金髪の少女は、ガンエッジの柄に手を置き、今の一刀が、記憶の中にあるあの鮮やかな一閃に及ぶかどうかを考える。
 ……答えはいつも否だ。
 道は半ば。理想は遠い。
 けれども、歩き続ければいつかは辿り着けると信じている。

「待っていてくださいね、師匠せんせい

 少女は――ハンナは、歩み続ける。
 いつかクロバに追いつける、その時まで。

  • 剣の道完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2020年02月26日
  • ・クロバ・フユツキ(p3p000145
    ・ハンナ・シャロン(p3p007137

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