PandoraPartyProject

SS詳細

色付くふたりの世界

登場人物一覧

紲 月色(p3p010447)
蝶の月
紲 雪蝶(p3p010550)
月の蝶


 紲 月色(p3p010447)という青年は、ひどく『難しい』年頃であった。
 家族のことが大好きであるのにそれを言葉や態度で表せず、棘ばかりを放っては自身も傷つき自己嫌悪。そして更に苛立ちを抱え、家族への愛情と自尊心のバランスを上手く保てずにいる。
 理由は己が一等理解していた。一族に代々伝わるウィッチ・クラフトの才能が自身にないこと。その上、母の持つ治癒術も受け継がなかったこと。……父母はそんな月色を責めたりはしないし、兄弟たちも責めたりはしない。それがまた、気にしなくて良いと気を遣ってくれているように月色には思えてならなくて、無能だと思われているようで自尊心は勝手に傷ついて、持っている者はいいよなと棘を向けて、棘を向けるばかりの自身に苛ついて――そんな自身を愛してくれる者など居ないと思っていた。
 だというのに、月色には愛を囁いてくる者が居る。父母たちの家族の愛ではなく、夫婦になりたいと、一生をともに過ごしたいと言う好意を。
 最初は困惑した。どう受け止めればいいのか解らなかった。その相手、紲 雪蝶(p3p010550)は一族をみな愛しているから、その内のひとつ――やはり父母等の向けるものと同じかと思っていた。
 けれど、雪蝶は違った。
『僕と「同じ気持ち」になってほしい』
 真っ直ぐな視線でそう告げて、つれなくしても離れていかない。腫れ物に触れるような扱いをされているようにも感じない。
『月色、お花を見に行こうよ。覇竜の外の花だよ。家から離れてさ……ね、たまにはいいでしょう?』
『ね、月色。今日は特別な日なんだって。だからお出かけしよう? 何処へって……甘いものがあるところかなぁ?』
 ねえ、月色。……んふふ、月色ってば。
 コロコロと表情を変えて雪蝶は笑って、月色を鮮やかな世界へ連れ出してくれる。
 紲家だけが世界の全てではなく、綺麗なものも美味しいものもたくさんあるのだと教えてくれて、その度に月色の心は穏やかな明かりを灯して暖かくなった。
 だから、この気持ちが『同じ』であれば良いと思ったのだ。

「……もう葉が色付く時分か」
 ふと見上げた木の葉の天蓋に、月色がそんな言葉を吐いた。息が白く成る程の寒さはまだ先の、木の葉が色付き世界を彩る季節。つい最近までは夏めいていたのにと思うのは、近頃の日々が満ちて感じるからだろうか。
「そろそろ衣替えをせねばならんな。雪蝶、寒くはないか?」
 名を呼ばれ雪蝶は灰に烟る瞳を瞬かせ、直ぐに猫のように細めた。
「んふふ、そうだね。新しい場所にも行けるようになったしいつもとは違うお洋服着てみてもイイかも! 大丈夫、だけど月色が手を握ってくれたらもっとあったかくなるかなぁ?」
 いつも通り雪蝶は素直に気持ちを口にするが、応じてくれたらラッキーくらいの気持ちだ。断られても傷つかない予防線を張ることになれてしまっていたけれど、最近は――夏からは、期待の方が大きくなった。一方通行ばかりの気持ちじゃなくて、それが自分と同じ量ではなかったとしても、月色からもちゃんと向けられていることを知ったから。
 雪蝶のかんばせに向けられていた月色の赤が、ついと少し下にずれる。
 と、触れる熱が、手に。
「温かいか?」
「うんっ」
 包み込んでくれるような、大きな月色の手が大好きだ。じんわりと移る熱が、己からも彼に移っているのだろうかと思えば喜色に頬も染まる。
 雪蝶が月色に向ける表情は、いつも笑顔だ。たまに煽るような悪戯めいた表情も向けては来るが、その全ての表情が愛らしい。
(その笑顔を私以外に向けるな、雪蝶)
 嬉しげな様子の雪蝶は本当に愛らしくて、いつからかその表情を誰かに向けた時を想像し――心に波を立たせた。家族への気持ちや自身への苛立ちとは違う。ああ私は雪蝶を欲しているのだと認めざるを得ない燻ぶりであった。
「なぁ雪蝶よ」
「なぁに、月色」
 握ってくれている手に僅かに力が籠められ、雪蝶はどうしたのだろうと思った。
(月色、緊張している? 大丈夫だよ、月色。僕は月色がどんな秘め事を持っていたとしても離れないから)
 気持ちを籠めて、きゅっと握り返す。大丈夫、僕は此処にいるよと伝えるように。
 月色は大きく息を吸って、吐いた。家族へ棘を向けてしまう彼だが、その内面は年相応の感性で溢れている。息を吸って、吐く。この言葉を本当に告げて良いのかと自問する。乞うても良いのか、受けてくれるだろうか、いや雪蝶は――……月色の瞳が僅かに揺れた。恐れてはいけない。自尊心を守ることばかり考えてはいけない。伝えることの大切さを雪蝶がずっと教えてくれていたではないか。
 呼吸を、もうひとつ。ふぅぅと長く息を吐くと、月色は雪蝶へと体を向けた。
「……雪が降り、春が訪れ、また夏が巡っても、吾輩の傍に居てくれるか?」
「え……」
 心の奥底を覗き込むように、赤は灰をじぃと見つめる。
「その名のように、蝶のように、いずこかへひらひらと飛んでいったりしないと、約束してくれるか?」
「月色、それって……」
「吾輩は……いや、私は、お前を此処に留めておきたい。他の誰かに目移りなど、して欲しくない」
「……月色、ほんと? ほんとのほんとに? ずっとずっと傍にいてくれる?」
 そういうことだよね?
 確認するように問う雪蝶へ、月色がそうだと顎を引く。どうしよう、夢じゃない? 頬抓ったら目が覚めて、またかぁ~ってならない? ほんとのほんと?
「月色の人生を僕だけのものにしてもいいの? 僕の人生を君にあげてもいいの?」
「この気持ちが、いつかお前が言った『同じ気持ち』であるのなら」
 雪蝶の喉奥が震えた。痛いくらいにきゅううと喉奥が乾いて、震えて、切なくて苦しくなる。喜びがせり上がろうとしている、嬉しい苦しみだ。目の奥だって痛くて、けれども涙が溢れてしまわないように我慢する。この大切な瞬間は一番可愛い自分でありたい。常に月色の前で可愛くありたいけれど、今この瞬間が一等可愛くありたかった。
「ゆ、月色ぅ、僕……」
「返事を聞かせてくれるか、雪蝶よ」
 雪が降り、春が訪れ、また夏が巡っても、私の傍に居てくれるか? 月色は再度問う。
 いつの間にか片手だけでなく両手が彼に繋がれている。逃がすつもりはないと言われているようなものなのに、雪蝶は月色を見つめるのに忙しくて気付いていない。
(月色、僕、ぼく……)
 月色、月色、月色、月色、月色、月色、月色どうしよう、月色でいっぱいだ――。
 いつだって月色への想いでいっぱいの雪蝶の胸なのに、溢れそうなくらいいっぱいで。
 傍にいるよ。絶対に離れないよ。月色だって離れないでよね。なんて、いつもなら言える言葉が出てこない。月色が答えを求めているから何とか返さないといけないと、雪蝶は頑張って頑張って、ようやっと「……はい」と震える声を絞り出した。
「……そうか」
 短い、けれども安堵したような声と笑み。
 その全てに雪蝶は一層嬉しくなって、愛おしさが溢れてもっと近付きたくなって、背伸びをした。
「…………愛している、雪蝶」
「…………”俺”も」
 望みを正しく汲んでくれた月色の顔が降ってきて、雪蝶は瞳を閉ざした。
 雪蝶の唇に唇が触れる。きっとあの日みたいに頬は赤いだろうけど、心はずっと穏やかだ。

 ――大好きな人が振り向いてくれますように。
 藤花への、花むすびの願い。
 ――唇は、月色が僕と同じ気持ちを抱いたら貰うね?
 唇には口付けなかった想い。
 ――こ、こんな……こんな事しといて分からないなんて!
 夏の日に抱いてしまった期待。
 そうして今、『同じ気持ち』を感じながらの口付けをしている。
 今感じているこの幸せは全て、雪蝶が諦めなかったからこそ得られたものだ。
 子を成せぬ身でも諦めずに夫婦になって欲しいと言い寄って、そうしてそれを月色も受け入れてくれたから――。

「そういえば、月色が葉っぱのことを気にするなんて珍しいね?」
 ぎゅっと抱きついた広い胸に頬を寄せてから、見上げて問う。心はずっとドキドキしっぱなしだけれど、ぎゅうと抱きついていたら彼の熱に安堵を覚えてか、言葉を紡げるようにはなったから。
 ああと吐息を吐いた月色の視線は一度木の葉へと向けられて。雪蝶へと視線を戻すとフッと柔らかく笑った。
「お前と同じ色だから、目に入った」
「……そ、うなんだ」
「うむ」
(えっ、ええええぇぇぇぇ!? 何それ何それ、今の何それ反則~~~~!)
 木の葉の色が赤くて雪蝶の髪色と同じだったから、目が行った。つまるところ、月色は赤を見ると雪蝶を思い描き、勝手に目が追ってしまうのだろう。
 月色がそうなってしまうくらい雪蝶は彼の側に居て、月色もまた雪蝶を見てくれていた。
(も~~~~~~、月色ってばそういうところが本当にずるい!)
 あざとさを狙うのではなく、自然とそういうことをしてサラッと言っちゃうとこ!
 頬の熱を自覚して、紅葉みたいに染まった頬を隠すように月色に押し付ける。髪だけじゃなくて頬まで指摘されたら恥ずかしすぎる!
「雪蝶?」
「もうっ、知らない!」
 不思議そうに覗き込む月色には雪蝶の頬は見えない。
 けれども染まった赤い耳に気がついて、月色は小さく笑みを浮かべた。
 認めてしまえば、受け入れてしまえば、ああ心というものはこれ程までに軽くなるものなのか。

 恋が、実った。
 それは月色が思っていたよりもずっと甘美で、独り占めにしたいものだった。
 愛が、成った。
 それは雪蝶が思っていたよりもずっと幸せで、言葉が詰まってしまうものだった。
 いつまでもこの熱を一等傍で感じて居たいと、ふたりはともに願うのだった。


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