PandoraPartyProject

SS詳細

月の花を背に、怪盗リンネは夜明けを巡る

登場人物一覧

結月 沙耶(p3p009126)
少女融解
トール=アシェンプテルの関係者
→ イラスト
トール=アシェンプテル(p3p010816)
ココロズ・プリンス


 鉄帝国の西部に広がる銀の森。
 その一角にはトール=アシェンプテル (p3p010816)の領地も存在している。
「トール……私を呼び出したと思えば、これはどういう趣向なんだ」
 花畑の中に用意された簡易の東屋にてルーナ=フローラルナが呟いた。
 足を組み、腕も組んでどこかつまらなさそうに呼び出した当の本人を見やる。
「今日は僕ではなくて、ルーナ様に会わせてほしいと彼女に頼まれたんです」
「……そうか」
 トールの言葉を受けて、短く応じたルーナが退屈そうなままに視線を巡らせた。
 視線を向けられて結月 沙耶 (p3p009126)は息を呑んだ。
 トールとよく似た面立ちの中で、天色の瞳はつまらなそうに沙耶を見ている。
 暫くして、ルーナは小さく溜息を吐いて目を伏せ、椅子へともたれかかる。
「前振りも面倒だ、本題に入ろう。何の用だ?」
「AURORA、だったか。あれを私用に作ってほしいんだ」
「なぜ私がそんなことをせねばならない」
「……それは」
 ちらりと、沙耶はトールを見た。
「……トール」
 それを見たルーナがトールの名を呼んだ。
「席をはずせ。私達の姿も会話も聞こえない場所に下がっていろ」
「は、はい、分かりました」
 有無を言わせぬ視線に、トールは沙耶に一言だけ言い終えてそっと席を立った。
 その姿が沙耶にもルーナにも見えなくなってから、ルーナが再び息を漏らす。
「さて、これでいいか」
 改めてルーナが視線を沙耶に向けてきた。
「先程の問いかけに対する答えを聞こう。
 ――だが、その前に、ここからはその話し方を止めろ。
 私に対しては本心を話せ。プライドだの意地だの、言い訳したりするな。
 当然、格好つけなど以ての外だ。それが前提だ」
「わか――分かりました」
 静かな瞳を浴びて、沙耶は一つ息を吐いた。
 周囲の空気が冷えたように感じるのは、きっと冬だからなんて理由じゃない。
 これまでだって死線を潜り抜けた。目の前の女王の試練さえも潜り抜けられなくて何が怪盗か。
 覚悟なんて、もうとっくの前に決めている。
「私は、トールに釣り合うような女の子になりたい。だから彼が使ってるAURORAを私にも下さい」
「トールと釣り合うことと、AURORAを与えることに繋がりはないだろう。
 釣り合いたいのなら、自らの手で努力すればいい。AURORAの力が必要な理由にはならないだろう」
「そうかもしれません。私だってこれからも努力は続けます。それでも……彼の隣に立つための力が欲しいんです」
「キミにAURORAを渡してトールが幸せになるのか?」
「……分かりません。でも、幸せだと感じてもらえるように努力します」
「結月沙耶だったか……キミはトールにどんな思いを抱いている」
 静かな天色の瞳。遥かな高みから、こちらを呑むような錯覚さえ受ける、静かな瞳。
 それは沙耶の胸の内の全てを透かすように真っすぐに沙耶を見ていた。
 息を呑む。きゅっと、胸に手を当てて、眼をとした。
 答える前に、自分自身に問いかける。
 卑屈な自分の、言い訳がましい言葉の数々が、頭に浮かんで霧がかったように埋め尽くしていく。
 ――これは、駄目だ。それもまた、どこかで本心なのだとしても。
 私の彼への気持ちは、そういう物じゃないから。
 彼と一緒にいると、嬉しくなる。彼の見せてくれる笑顔が、嬉しい。
 いくつもの思い出を振り返って、想いを確かめれば、沙耶はそっと瞼を開いた。
「私は……私は、トールが好きです。彼と一緒にいると胸が温かくなる。
 出来るだけ長く、彼と一緒にいたい。そのためになら、なんだってしたい」
 胸元にあった手をぎゅっと握り締めて、沙耶はそれを言葉にする。
 それは間違いなく、沙耶の言葉だった。
「……そうか。だが、キミがどれだけ頑張ってもトールがキミに振り向くとは限らない。
 報われずに終わってしまうかもしれない。それでも想い続ける覚悟はあるか?」
 変わらぬ天色の瞳に、沙耶は真っすぐに向き合った。
 それまでのこちらを呑むような感覚は無くなっていた。
「悲恋で終わる覚悟はできてます。
 トール自身の想いもあるし、そうでなくてもあんな大人気じゃあ……」
 その言葉に、一瞬だけ、ルーナの表情に先程までの色が混じったように見えた。
「……でも簡単には終わらせません。怪盗って、狙ったお宝を簡単には諦めないんですよ?」
 沙耶が言い切った後、再び静寂が満ちていく。
「……まぁ、及第点か。良いだろう」
 永遠のように感じた沈黙を割いて、ルーナが再び息を吐いた。
「ありがとうございます!」
「だが、今日じゃない。今日は持っていないからな。
 明日、また会おう。それでいいな?」
 その言葉に沙耶は頷いてから、ルーナが腕組みと脚組みを解いていることに気付いた。
「……それから、今度からは直接、私に会いに来るんだ」
「え……」
「この世界では私はキミと同じ立場に過ぎん。
 トールと共に私の元に自ら訪れるのならまだしも、他人の領地にわざわざ呼び出すというのは、あまり好ましくはないということだ」
 目を瞠る沙耶に、ルーナは淡々とそう答えトールを呼んだ。
「……それは、ごめんなさい」
「分かれば良いんだ」
 短く答えたルーナはそう言って立ち上がり、先に帰るとだけ言ってその場を後にした。


 翌日、沙耶は練達にいた。
 トールに案内をされ訪れたのはルーナが所有しているという練達の研究施設だった。
「来たか……もう準備は出来ている。トール、キミは別室で待っていろ。
 沙耶、こっちに来て服を脱げ。AURORAを搭載するんだ、服を着ていては駄目だ」
 突如の言葉に2人は驚きつつも、トールは言われたとおりに別室へと下がっていった。
「服は全て脱ぐのだろ――ですか?」
「あぁ、当然だ」
 ルーナは背中を向けながら答えている。
(……裸を見せるのなんて、今更、臆する理由もない)
 しゅるりとネクタイを解いて、そのまま、静かに服を脱いでいった。
 全てを脱いでも肌寒さを感じないのは、ルーナなりに気を使って室温を調節してもらっているのだろうか。
「準備できました」
「あぁ、こちらもちょうど最終調整が終わった。早速、始めよう――」
 そう言って振り返ったルーナがほんの少しだけ驚いた様子を見せる。
 当然だ。沙耶の身体にはこれまでに受けてきた過去の痕跡がありありと残っているのだから。
 分かっている人が相手でも驚かれたり、最悪、顔を背けられるぐらいのものだ。
 何の説明もなければ当然、驚くだろう――いや、それどころか、想像していたよりもかなり控えめの反応だった。
「背中を向けるんだ」
 多少の驚きだけは見せながらも、何も問わぬルーナの指示に黙したままに背中を向ける。
 腰椎辺りにくすぐったいような感覚が走り、淡い輝きがあった。
「……気にならないんですか」
 思わず、沙耶の方から聞いてしまっていた。
「なんだ、聞いた方が良かったか?」
「……いえ」
「私は無駄話は嫌いだからな。
 とはいえ……そうだな、意中の男がいて女を自覚するなら自分の体くらい大事にすることだ。
 処置はこれで終わりだ。もう服を着ていい」
「もう終わったんですか?」
 思わず驚きつつも、服を着こんでいく。
「あぁ、まだ馴染むまでもう少しかかるだろう。それでも普通に生活する分には大丈夫なはずだ」
 着替えを終えてルーナの方を向けば、既に椅子に座っていたルーナが、こちらにも着座を促してくる。
「それから、本格的にAURORAが馴染んでエネルギー生成が始まれば副次効果で傷が薄まり、肌も綺麗になるはずだ」
 淡々と答えたルーナに目を瞠る。
「――ただし、エネルギーが供給されている間、だ。
 エネルギー供給が疎かになれば傷は再び浮かび上がってくるだろう。
 それどころか、トールのように何かしら別の問題が出る可能性もある」
「どうやってエネルギーを供給し続ければいいんですか?」
「AURORAのエネルギー源は純粋な感情だ。つまりだな。
 今後は昨日に会った時のような男勝りな演技は止めることだ。自分に素直に生きろ」
「素直に……」
「エネルギー源の感情は人によって違う。こちらでも把握は出来ない。
 トールや、それ以外の友人でもいい。色々な感情を試すことだ」
「……ありがとう、ございます」
「ここは練達だ。ちょうどいいからトールとデートでもして帰ればいい」
「――ッ」
 突然の言葉に思わず息を呑んだ。思わず顔が熱くなる。
 そんな気持ちを抱いたまま、もう一度だけお礼を言って、沙耶は部屋を後にした。

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