SS詳細
【RotA】それを宝と呼ぶのなら
登場人物一覧
- 日向 葵の関係者
→ イラスト
●降りかかる災難は依頼から
(うーん……どうしたもんっスかねえ)
はぁ、と溜息をつくのは日向 葵(p3p000366)という青年。少しだけ大人びた顔立ちをした彼は、一部緑色のメッシュを入れた黒髪をくしゃりと乱す。
彼が今居るのはラサの一画だ。オアシスが近くにあるからか発展し、賑やかな街。昼間であるが故に揉まれそうな人混みの中だが、彼は器用にも人にぶつからずに歩いて行く。人の間を縫うように歩く自分を一瞬だけサッカーをしている姿と重ねたりもしたが、思考を先程受けた依頼について考える事へと戻す。
ここに来る前に、ローレットで受けた依頼。それは、ラサにあるという、とある物品を依頼主に納品するという物。
それが手元にあるか場所さえ分かれば楽な依頼ではあっただろうが、残念ながら彼の手元にそれらしき物は無い。最低限の荷物を入れた鞄と愛用のサッカーボールだけである。ではどこにあるのかと言うと、ラサにある事と造形以外で手がかりが全く無い、という他無く。
そもそも、依頼の品というのが随分とあやふやなのだ。かろうじて分かるのは造形のみ。獅子が球を抱えて眠る様子を形にした装飾品、だという。大きさはすこし大ぶりのペンダントサイズ、という情報しか無かった。
「それを手にした物はかけがえのない宝を手に入れる」という謂れがあり、依頼主はそれを求めているのだとか。そんな謂れがある品ならば、手に入れたいと思うのもわからないでもない。
困った事に、その謂れのせいか、他の組織も狙っているらしく、現在も所在は不明な上に誰が所持しているのかも分からないときた。もしどこかの組織の手にあるとするならば、仲間のイレギュラーズに協力を仰いで取りに行かねばならないのだけれど。
悩む葵のお腹が低い音を立てて鳴った。喧噪にかき消されたおかげで羞恥心は薄れてくれたが、無くなるわけでは無い。周りをチラリと見ても自分の方を見ている者はおらず、静かに息を吐く。
「考えても仕方ないっス。まずは腹ごしらえしないと」
空腹ではいざという時にも動けない。葵は手近な屋台を見つけると、そこへ入った。
「ん? あれ、先輩!」
「え、ああ、ハイドじゃねえか」
聞き慣れた声に振り向けば、そこにはサッカー部のチームメイトが立っていた。白い肌に、痛みが無さそうな艶のある黒髪。服装も葵とそう作りも変わらない物を着ていた。
悪門 善気(あもん よしき)。葵の所属するサッカー部のチームメイトだ。一年年下ながらも、ポジションはMFがメインという男。そして、葵と同じく召喚された旅人(ウォーカー)でもある。双子の兄と共にこのラサを拠点にして仕事をこなしているのだが、今回はたまたまこの街に居たらしい。
軽薄そうな顔をしているが、これでもサッカーに関しては真面目……な筈だ。女性と見ればナンパする性格なので、軽薄なのは確かなのだが。ガラクタを集める趣味とナンパな性格でさえなければモテそうなものなのに。
なお、ハイドというのは彼のあだ名だ。興奮すると周りが見えなくなる欠点を持ち、双子の兄に抑えられるから、という何ともな由来からだ。
葵の隣に立って彼と同じ物を注文すると、善気はすぐに切り出してきた。
「それで、先輩、今日はどうしてこっちに?」
「依頼の品を探しに。これが難儀でさ、造形以外全く手がかりが無いっス」
「へぇー。あ、そうだ」
葵の話を聞き流しつつ、善気は何かを思い出したように服の内側に下げて仕舞っていた物を取り出した。
「じゃーん!」と言いながら見せてきた物を見て、葵の目が見開く。
彼が持っていたのは、まさに今それを相談しようとしていた物品だったのだから。
「ハイド……それ、どこで……!」
「スゲーっしょこれ! 前に遺跡で盗掘してたザコを成敗したらこれ落としてさ!」
ニコニコと笑う善気に頭を抱えたくなった。まさかこうも早く見つかるとはという思いと、この後何か起きそうな嫌な予感を抱いたから。
他の組織も狙っているという事は、どこに人の目があるかわからない状態という事でもある。こうして彼が見せびらかすように出した事で衆目に晒されてしまった。ああ、まさか、ガラクタを集める趣味がある彼の下にあるなんて!
「ハイド」
「うん?」
「出るぞ!」
「え? まだ何も食べてないっしょ?!」
「いいから出るぞ! 命が惜しければな! あと、それ仕舞っとけ! おっちゃん、勘定ここに置いとくっス!」
二人分の金額を台に叩きつけると、葵は善気の腕を取って急いで屋台を出た。
人混みの中を走り出す後ろから声がする。「あいつらだ!」の言葉は自分達を指すもので間違いないだろう。感じ取る殺気は複数ある。それが一つの組織のものか、複数の組織のものかまでは分からないけれど。
確かに分かるのは、今自分達が狙われているという事だけだ。
●目指せ納品の先へ!
この人混みの中、フードを被った所で巻こうにも、大体の特徴は知られてしまっただろうからほぼ無意味だろう。
走りながら説明したかったが、無駄な体力の消耗を避ける為、葵はまず隠れる場所を探すところから始めた。一緒に探させた善気の助言で路地裏の物陰に隠れて追っ手が通り過ぎるのを待つ。
遠ざかる足音を聞き、一息をつく。「どういう事か説明しろって!」と小声で叫ぶ彼に、葵はローレットで受けてきた依頼について軽く説明した。
「……んで、それを納品する必要があるんスよ。ハイド、さっさとローレット向かうぞ!」
「は!? せっかくのレア物をみすみす手放したくないんだけど!」
「この一大事に駄々を捏ねるなオメー!」
後輩の駄々に思わず叱咤の声が大きくなったが、もう遅い。
声を聞きつけた追っ手が騒ぎながら近付いてくるのを聞きながら、「逃げるぞ!」と彼と再び逃走劇を開始するのだった。
大通りを抜ければ、閑散とした住宅街に出る。
人影もまばらだ。こんな場所ではすぐに見つかるだろう。出来るだけ物陰を利用しつつ、隠れそうな家を探して中に入る。
とりあえず一息つけた事で、呼吸を整える事に集中していく。ラサの気候にプラスして全力で走った為に汗が際限なく出てくる。そのせいで肌にシャツが貼り付いていて若干気持ち悪い。元いた場所に比べれば湿気が少ない地域の分、まだマシと言えなくはない。暫くすれば服も乾くだろう。
ようやく会話出来るぐらいには呼吸も落ち着いてきた頃、善気が口を開いた。
「ま、アレだ。先輩に会わなければ俺一人で対処出来たか怪しいし、そういう意味では助かったかも」
「良かったな。俺に出会えて」
「本当だ」
「はぁ~~!」と、それはそれは大きな溜息をついて、善気は自分が持っている物品を確かめるように握る。あれだけ全力で走ったのに、チェーンが外れなくて良かったと思う。
「しかし、その依頼主は何を思ってこんなの欲しがるんだか」
「さあな。俺らにはわかんねえ思考なんだろうよ。依頼を受けた以上、届けないといけないっスけど」
「手放したくねえ~~~~!」
「諦めろ」
折角手に入れた物をすぐに手放さなければならない事を嘆く善気の、心からの叫びをバッサリと切り捨てる葵。
それから、葵は砂レンガの家の窓からこっそりと外を窺った。どうも人の気配が増えてきているような気がしたのだ。
嫌な予感というのは当たるもの。
ちらほらと見える人影に、思わず蛙が潰れたような声が小さく零れた。しかも家を一つ一つ確認しているようだ。組織ならではの人海戦術に舌を巻く。
「下手すると囲まれるなこれ……」
「えっ、どうするんだよ、先輩」
善気の質問ニ対し、葵は抱えていた荷物からサッカーボールを取り出すと、改めてそれを脇に抱えた。そして、後輩に向けて一つしか無い選択肢を突きつける。
「決まってるっス。正面突破ッスよ!」
「うへぇ」
嫌な顔を浮かべる善気だが、生憎と向こうは待ってはくれないようだ。
玄関口から組織の人間と思しき男の姿が出てきた事で、善気も意思を固める事にした。
最初にボールを蹴った葵の一撃が男の腹へ命中する。戻ってきたボールを善気が引き継ぎ、そこからはいつものサッカーだ。互いにボールをパスし合い、道を阻む者へボールをぶつける。時に男の急所に当たってしまったのは……相手の運が悪かった、と言うしかない。
砂浜でサッカーするようなものと思えば、あとは身体を適応させるだけ。
かくして、正面突破という名目で、一先ずはその場を離れる事に成功したのだった。
ラサからローレットのある幻想へ行くには徒歩では厳しい。それはどの地域から他の地域に行く際にも同様なのだが。
あらゆる交通手段がある中で、葵と善気が選んだのは馬車だ。ラサの気候的に、荷台は幌で覆われている事が必須なので、あとは如何にして敵に見つからずに乗り込み、ローレットに向かうか、である。
乗合馬車の中でも腕の立つ傭兵が多く乗り込んでいる馬車に見当をつけ、二人で交渉する。運良く、幻想方面に用があるという馬車に巡り会えた。多少足元を見られたが、仕方が無い。
軽装で、武器らしい武器を持っているように見えない二人なので、傭兵達よりも強いとは思われなかったのかもしれない。それならそれでいい。足元を見られたのは痛いが、依頼の品を納品すればどうとでもなるだろう。
馬車に乗り込み、とりあえず一息。馬車に乗る前に最低限の携行品を手に入れられた事もあり、周りに断りを入れて軽く水を飲んだ。喉を潤す水の冷たさに生き返る思いがした。
動き出した馬車の中で、二人は肩の力を抜きつつも、警戒を怠らない。この中の誰かに敵の息がかかっているともしれないのだ。もしくは、この馬車を敵が追いかけてくるか。
(何も無い事を願うっスよ……)
だが、悲しいかな。そんな願いは打ち砕かれる事になる。
後方から砂漠を走る用の驢馬の駆ける音がする。それも複数。
武器も構えているのが見える。抜き身の三日月刀が太陽の光に反射して煌めいていた。
「……先輩。あの位置の敵って狙える?」
「いけなくはないな」
「じゃあお願いします!」
「俺にばっかり投げるなオメー!」
やいのやいのと言い合っていると、更に後方から荷馬車が一台来た。
その馬車は驢馬に乗った集団に近付くと、怒声を浴びせる。
「おい! 獲物を横取りするんじゃねえ!」
「それはこっちの台詞だ!」
「あぁ!? やんのかテメエ!!」
一触即発。どうかあの二組が手を組みませんようにという祈りは幸いにも聞き届けられたようだ。
荷馬車から射かけられた矢が一頭の驢馬に当たり、それが喧嘩の発端になった。
「何すんだテメェ!」
「やっちまえ野郎共!!」
あっという間に始まる乱闘。
それがどんどん遠ざかっていくのをただ見るしか出来ない葵と善気。
様子を見ていた傭兵の一人が目を瞬かせる。
「あいつら、実力はそれぞれあるんだが、仲悪いので有名なんだよな……。
兄ちゃん達、運が良かったなぁ……」
「「本当に(っス)」」
ああ、神様ありがとう。信じちゃいないけど。
それ以上の追っ手が見当たらない。多分来たとしてもさっきの奴らと遭遇するだろうから、それで鉢合わせして小競り合いになっているのかもしれない。
あまりにも良すぎる運に、葵はチラリと善気の胸元を見る。
(まさかなぁ……)
真相は、砂漠の中へ。
荷馬車はその後も追っ手などに追われる事無く、幻想領へと入っていったのだった。
●何はともあれ
ローレットに到着した頃には気力もほぼほぼ尽きていた。それでもどうにか倒れ込まずに済んだのは、なんとしてでも納品するという意地からだ。もうこれ以上追いかけられるのは御免だ。
髪を振り乱し、砂まみれの彼等を職員は憐れみと同情の目を向けながら受け入れてくれた。依頼の品を確認し、「お疲れ様でした」と労う。
報酬を持ってきてくれた職員が見せてくれたのはお金……ではなく。
「うわぁ!」
善気が目を輝かせる。
机の上に並べられたのは、小ぶりの骨董品だとか仕掛けがよく分からない絡繰的な置物だとか、つまりは葵の目から見ればガラクタ、としか言いようのない品物ばかりだった。逆に善気の方が喜ぶ品だった。
「……えーっと、なんでコレっスか?」
「依頼人からの報酬なので……それ以上は……」
困った顔で被りを振る職員に、「そうっスか……」としか返せなかった。どうせ報酬となる金を渋って自分には要らない品々を贈りつけた、という所だろう。
「ハイド、これ全部お前にやるっスよ」
「え、いいのか?! ありがとうございます、先輩!」
こういう時ばかり敬語なのが現金だなと思うが、彼が全て貰ってくれるなら都合が良い。
ローレットを出て、首を軽く揉む。
今日一日を振り返れば、とんでもない一日であった。だが、何故か充足感はある。仲間と共に――それも二人きりで――我武者羅に駆け抜けたからだろうか。
ガラクタとしか思えない数々の品を抱えた後輩を見て、葵は溜息を零す。それは、疲れというよりも、むしろ呆れに近いものであったが。
「結果オーライ、っスね」
不思議と悪い気はしなかったし、何より。
(案外、あの依頼品の謂れも間違いじゃないかも、っス)
「かけがえのない宝を手に入れる」という謂れの品であった依頼品を手にしている間に、二人で駆け抜けたあの時間が『思い出』という『かけがえのない宝』であるのならば、それは確かに当てはまると思うのだ。
ただ、もしかしたらその『宝』というのは『運』も含まれているかもしれない、というのは葵の推測である。
思えば、生意気ながらも可愛い後輩と会ってから、運が良いと思える場面は幾つもあった。
まず第一に自分と彼が出会った事。
次に、家の周りを囲まれそうになった時に正面突破で駆け抜ける事に成功した事。
例の二つの組織の下っ端達が互いに争い始めた事。
何より、無事にこうして怪我する事なくローレットに到着出来た。
三度どころか四度も起きた幸運を連れてきたのはもしかしたら……なんて。うん、考えすぎだろう。
空を仰ぐ。もうすっかり日は暮れて、夜を迎えたけれども、まだまだ寝付くには早い時間だ。
「どっかでメシ食うか?」
「やった! 先輩の奢りだ!」
「誰もそんな事言ってねえっス! 調子に乗るな!」
後輩を叱咤する先輩の声が賑やかな街中に溶け込む。
頭上では、溢れんばかりの星々が煌めき、銀の月が神々しく存在を示していた。
おまけSS『おまけSS:気になるその後』
依頼から数週間後。
珍しくローレットの方に来た善気を連れて行きつけの店に入った葵は、ラサ方面での小さな出来事を聞く。
「そういや、俺らをつけ狙ってた奴らのアジトが壊滅したらしいんですよ。なんでも、色々と上手くいってた事業が急に赤字続きになったとか」
「へぇー」
「焦って誘拐に手を出したらしいけど、なんと、狙った相手がそれなりに権力ある相手の身内だったらしくて。そんな訳で晴れて全員お縄になったみたいで」
「悪い事は出来ねえもんだなぁ」
「話を聞くに、その組織、俺が持ってたアレの前の所有者だったらしくて。怖いですよねえ」
声のトーンが震えているそれではない。
気付いた葵は肩をすくめてみせる。
「世の中、不思議な事もあるって事っスね」
「ですね」
話題はそこまでで、後は別の話にシフトチェンジ。
先日の依頼で遭遇した敵達の、その後の話は、葵と善気の記憶の片隅へと追いやられていった。