PandoraPartyProject

SS詳細

祝賀と、これから

登場人物一覧

普久原・ほむら(p3n000159)
佐藤 美咲の関係者
→ イラスト
佐藤 美咲(p3p009818)
無職

 一昔前に圧迫面接というものが流行ったらしいが、絵面自体はそれに似ていた。
 いかめしい表情を崩さないまま腕組みする男に、資料を睨む女。
 隣に居るのは緊張した面持ちの、学生服の少女である。
 正直なところ、怖かった。
 一人でここへ来ることは。
 だからほむらを連れてきたというのが本音だった。

「こちら生の中ジョッキが四つ……ええと、四つでよろしかったですか?」
 店員が戸惑ったように少女――ほむらへ視線を送る。
「あ、あー、一応、成人してますんで……こんな服ですいません。へ、へへ」
 ほむらが免許証を見せると、店員は一瞬「あっ」という表情をして黙った。
 何かおかしな誤解を与えては居ないか、少々心配である。
 ともかく、そんな様子だったのだ。
 網も話も、なかなか暖まる様子はない。
 メニューには六分とか書いてあるし。
 とにかく、こんな風にして始まったのだ。
 ジオルドとマキナと美咲とほむらが、焼き肉屋で網を囲む光景というものは。
「それからこちら上カルビと、上タン塩と、炙りレバーそれぞれ二人前ずつ、それからキムチになります」
「白米下さい、大で」
「私も同じのお願いしまス」
「かしこまりました」
「……邪道者め」
 ジオルドは鉄板の上に手のひらをかざして、温度を測っていた。
 白い米はその隙に頼むというのは、事前に決めていた作戦だ。

 そもそもなぜこんな状況になったのか。
 始まりは十日ほど前にさかのぼる。
 天義の依頼からかれこれ様々な事件が起こったが、極めつけはツロによる強制的な招待――拉致だった。
 イレギュラーズは遂行者達が集うバラ園に招かれたのだ。
 その一人である美咲は、勧誘に曖昧な姿勢を示した。
 戦いはするが、刻印は受け入れないというものだ。
 生きて戻ること、情報を持ち帰ること、不思議な因縁のある遂行者テレサへの心配、そして自身のメンタル的な不調。様々な要因が重なった結果ではある。いずれにせよ実に美咲らしい選択だとは言える訳だが。
 そして戦いの結果、美咲はイレギュラーズの元へ戻り、テレサに暗殺されかけたという訳だ。
 実際のところ、死にかけたのは事実だ。
 だがおそらくテレサは、あえてとどめを刺さなかった。
 一連の中で美咲の上司であるジオルドは、恐らくエッダとの談判に折れたのだ。
 組織に居る限り美咲のメンタルは回復しないのだと。
 結局ジオルドは、美咲が任務中に死亡したものとして取り扱ったらしい。
 要するに、美咲は練達復興公社――諜報組織00機関を、見事クビになったという訳である。
 それでのだ。
「まあ退職記念兼、快気祝いだな」
「死んだ扱いって戸籍とかってどうなるんですか?」
「当然死んでいる」
「でスよね」

 という訳で、そろそろ肉を焼いて食べて行きたいのだが。
「待て!」
「……!?」
 トングでカルビを掴もうとした美咲を、突如ジオルドが一喝した。
「まだ網の温度が上がっていない。第一、開幕が塩タン以外とか許されると思うのか?」
「相変わらず硬いスねえ」
「だいたい、まだ乾杯だってしてないだろうが。誰のための会だと思っている」
「あー」
「ともかく、良く生きて戻った。乾杯!」
「「かんぱーい!」」
「おいマキナ、いつまでメニュー読んでるんだ、ほら乾杯!」
「へ? あ、かんぱーい!」
 炭酸の刺激と香ばしい麦とを喉の奥へ一気に流し込めば、爽やかなホップの香りが抜けていく。
 ジョッキを置いたジオルドが、さっそくタンを四枚乗せはじめた。
 じゅうじゅうと、たまらん音がする。
 すかさず美咲もカルビを乗せようとするが、ジオルドにトングで追い払われた。
「網の隙間許せないんスけど」
「まあいいから待て」
 じりじりと焼けていくタンを、マキナを除く三人はじっと睨み続けた。
「返していいぞ」
「このへん宗派ありますよね、返さない派とかいますし。あえて超短時間で何度も返す派も」
「そのあたりのこだわりはヨシ。中途半端に何度もひっくり返すのが一番良くないからな」
「それはいいんスね、基準が難解スけど」
「……よし、いいだろう。食え」
 コリコリとした舌触りと、たっぷりの肉汁と、レモンの香りと。
 ジオルド派のタン塩は、たしかにめちゃくちゃ美味かった。
「店員さん、いいかな?」
 そのときマキナがようやく口を開いた。
「トンビってのとシビレってのとボタンと、あとザブトンてのとセンマイ刺しってのもらえるかな?」
「かしこまりました」
「お前それ何か分かって頼んでるのか?」
「知らないよ、焼肉自体初めてだしね。ハチノスくらいは分かるさ。巣蜜だろう」
「いえ、トリッパに入ってるやつです」
「あー……そうなのかい。じゃあまあいいかな、美味しいことは知っている」
「絶対名前だけで選んだスよねマキナ氏」
「あ、つぎ炙りレバーいいですか?」
 ほむらにジオルドから許可が下りる。
 網中央のプレート部に乗せると、ぶるぶると踊った。
「昔は刺し一択かなと思ってたんですが、今はちょっと温かいほうが甘みが強まるっていうか」
 マキナはトンビを端の方でころころとやっている。
「これは何の肉のどんな部位なのかな」
「イカ」
「イカ」
「イカの口」
「それとっちの触手は海の物かな。これを生で?」
「牛の三つ目の胃袋で、一応茹でてある。で、ジョッキが空いたようだが、次行くぞ」
「あーじゃあハイボールと迷いますけど……カルビまだなんでやっぱビールで」
「普久原。お前実はおっさんなんじゃないのか、俺もビールだ」
 ジオルドが笑う。
「い、いや、普通におっさんなんですけど」
「オヤジ女子ってやつか」
「あーいや、そういうのじゃなくてですね」
「よし、若手三人衆。カルビ行っていいぞ」
「あー、いや」
 そんなこんなで、ようやく待望のカルビだ。
 言葉を遮られた形だが、脂肉の誘惑には勝てない。
「上、中落ち、三角、トモ、ナカらしいですね、部位覚えられませんけど」
「全部カルビっス」
「塩から行け」
 まずは上質なサシの乗ったカルビ(塩)を焼き、一口。
 口の中に広がる甘みと肉汁が極上の喜びをくれる。
 これをビールで流し込んだら、もうたまらない。
 そうして一端リセットしたら、次は甘辛いタレが絡まったものを白飯と共にかっこんだ。
「このために生きてるといっても過言じゃないと思いまス」
「そろそろハラミも行きたいですね」
「このザブトンとシビレというのも焼いていいかな?」
「どうぞどうぞ、あ、一枚頂きます」
「ザブトンとシビレ、どっちも普通の肉だね」
「いや普通じゃないですってマキナさん、これ滅茶苦茶美味いんですけど、シビレ。初めて食いましたが」
「これがの範囲に入るんスね、マキナ氏……」
 どうもあまりこだわりがないというか、よほどおかしなものでなければならないというか。
「そういえば、ジオルド氏のせいでカレーが大変なことになりそうだったんスけど」
「何でも食べるのは良いことだよ、知的好奇心がくすぐられるからね」
「いやあ口に入れるもので、あんまり冒険は……」
「ん? 何の話だ?」
 プーレルジールをキャンプした時、マキナが遭難時の緊急的食料を、いや詳細はよそう。
「知るか」
 にべもないジオルドだが、こっちはしっかり味の分かるタイプではある。
「そろそろ、網代えて貰いましょうか」

 次の網が暖まる間、ほむらが注文したのはユッケとチャンジャと、麦焼酎の水割りだった。
「あとテールスープハーフで」
「普久原。お前、本当におっさんなんじゃないか?」
 ビールを煽ったジオルドが、ほむらをまじまじと見つめている。
「あの、そのいや、実際普通におっさんで」
「レバ刺しっていつから駄目になったんだったか、普久原は子供の頃から食っていたのか?」
「あーいや、私の前世界って美咲さん達の世界と似てそうか、もしかして同じかもなんですが」
「余りに酷似しているのは知っている。ひょっとしたら全く同じなのかもな」
「そこで普通におっさんでリーマンやってて、召喚されたら身体こうなってたんですよね」
「……そうか。言いにくいだろうことを、すまなかったな」
「いや、変に誤解さえても困るんで、別に隠してるとかはなくて、ってか言ってなかったでしたっけ」
「初耳だが、元の世界に戻りたいとかは、あるのか?」
「んー、私は全然ですね。この世界のほうがいいです。あっちに思い残したこともないですし」
 ほむらがそう言うと、ジオルドは少し遠い目をした。
「外の世界って、行ってみたいけどね」
 マキナはこの世界の住人だ。それは難しいのだろう。
「それで、おまえのほうはどうなんだ」
「んっふ」
 豚トロで白米をかっ込むことに夢中だった美咲がむせる。
「私でスか……そうすね」
 いきなり振るなとは思う。
 実際のところ、のだ。
 けれど言いにくい言葉ではある。決心は必要だった。
 だから美咲はジオルドにはっきりと目線を合わせた。
「私、この世界に残るつもりです」
「――そうか」
 きっぱりと、決然と。
 それからしばらく無言の時間が続いた。

「普久原、内乱のあともトレーニングは続けているか?」
 沈黙を破ったのはジオルドだった。
 潔いなと思う。
「あー、その」
「身体をなまらせるなよ、命に関わる」
「はい……」
「そろそろホルモンいきましょう」
「あー、ですね」
「なんだいホルモンて、そんな面白そうなもの。でももうギブだよ。入らない」
 ついにマキナが音を上げた。
「どこにそんなに入るんだい」
「不思議なのは、むしろほむら氏スよ」
「いやあ、さすがにそろそろ」
「それより石焼きビビンバお願いしまス」
「おまえまだ米行くのか。石焼き、二つで」
 ジオルドは焼酎を片手にキムチを摘まんでいるが、若い者にはまだまだ負けられないらしい。

 ――こうして。
 実りはあったのだろう。
 終わってみれば実にあっさりと、そして意外にも楽しい会だった。
「佐藤は三割だ、後は俺が出す」
 九万八千円とかいう、鬼の会計額以外は。

おまけSS『帰路』

「佐藤、お前はもう公的には存在しない」
 そう述べたジオルドではあったが、美咲がローレットの人員であることに違いはない。
 は今後、より迂遠な方法でローレットに依頼を出すことになるのだろう。
 一方でジオルドの査定は下がるに違いない。
 上級幹部となる道は、断たれてしまったことだろう。
 機関は伏魔殿だ。事が公になれば、ジオルドの身とて危ういのは確かだ。
 だが繋がりは断たれていない。
「お前はこれから、自由という束縛の中で生きて行くことになる」
「……」
「困ったら、いつでも俺を頼れ」
 結局、口ではああは言っていたけれど。
 この日の会計は全てジオルド持ちだった。


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