PandoraPartyProject

SS詳細

三日月の夜に

登場人物一覧

結月 沙耶(p3p009126)
少女融解


 冬の暗さと寒さを乗り切るためのエネルギーを蓄えるかのように、シャイネン・ナハトの前から少しずつ準備を進める街のまんなかに、結月 沙耶(p3p009126)はぽっつりと取り残された。
 寒空の下、どこか遠いところからシャイネンナハトを祝う歌が聞こえてくる。商店の軒先や窓に飾られた大きな祝祭の木やリースはちかっちかっと青い光を点滅させ、聖人に仮装した獣人が疲れた様子でバーゲンセールの散らしを配っている。
 そばを通り過ぎる人はみな楽しそうだ。
 ほんの少し前までは、自分たちだって心からこの日を楽しんでいた。
 『ふあふあ子クマさん(16匹)のマフラーを編むのを手伝ってください』
 たまにはこういう平和な依頼も悪くないんじゃない、報酬は雀の涙だけど、とローレットの掲示板に小さく張り出されていただけの依頼にあの子を誘った。
 依頼を請け負った他のみんなと編んだマフラーを、ワイワイキャーキャーはしゃぎながら動き回る子クマに結び、年末セールの告知ポスター写真を撮った。
 みんなと報酬とあまった毛糸を分け合って、解散したのはほんの数分前のことだ。
 あの子と並んでイルミネーション輝く広葉樹の下を、落ち葉を踏んで歩きながら、頭の中ではずっと同じセリフを繰り返し呟いていた。

 ――次の依頼までまだ時間あるよね。このあとふたりでお茶でもしないか。
 
 素直に口にしていれば、いまも隣に温もりを感じていられたのだろうか。
 意地をはったつもりはない。ただ意気地がなかっただけ。
 遠ざかっていくあの子の背が、人の波に紛れてとうとう消えた。
 のろまのろと手を動かして、肩にかけていた手編みのマフラーを首に巻きつける。カエデ色の毛糸で編まれたマフラーは、イタズラ好きの子クマに引っ張られて、ところどころ編み目がほつれて形もいびつだ。
 それでも、あの子が編んだマフラーは――。
「暖かい」
 呟いた言葉とは裏腹に、体が小刻みに震えだす。
 足元で木枯らしが小さく旋風をまいた。
 寂しさに涙がこみ上げそうになる。
「こんなところでぼーっと突っ立ってんじゃねえぞ、ひま人」
 後ろから聞き慣れた声がした。
 声ににじむ取り繕った不機嫌さ……テンショウか。
 テンショウと自分は幼き頃にある男に拾われ、一緒に盗賊として育て上げられた。
 師匠となった男は2人を一人前と認めた時に、輪廻転生という1つの言葉を2つにわけ、新たな名としてそれぞれに与えた。
 私がリンネで、彼女がテンショウだ。
 妙なところを見られてしまった。
 動揺したことを悟られないよう、一呼吸置いてから振り返る。
「誰が? 私は暇じゃない。そういうテンショウはどうなんだ。こんなところで何をしている」
 テンショウは質問を無視して目を細めた。
 ジロジロ顔を見てくる。
 なんだか気まずい。
「おまえ、いつからそんな顔するようになったんだ?」
「そんな顔ってなんだよ。それより私に何か用か」
「ちょっとこい」
 いきなりテンショウに腕を掴まれ、裏路地に連れ込まれた。


「離せ!」
 乱暴に手を振り払う。
 あっさり解くことができた。
 テンショウに掴まれてたあたりをワザとらしくさすりながら周りを見渡す。
 裏路地は街灯こそ少ないが、味のある構えのバーや小さなリストランテの店灯りと、控えめなシャイネンナハトの飾り付けが大人の雰囲気を醸し出している。
 危険な雰囲気はなく、歩いている人たちは表通りよりも大人……カップルが多い。
「なんだ。1人で店に入りにくくて、ツレを探していたのか。君のおごりなら付き合ってやってもいいぞ」
「誰がリンネにおごるか、バーカ。何か食いたきゃ自分で金を払え。いや、盗賊らしく自分で盗んだらどうだ?」
「じゃあ、なんでこんなところに連れ込んだ」
「どうにも見ちゃいられなかったんでな。つかまり立ちを覚えた幼子だって、もっと素直に好きな人に甘えられるぞ」
 口から変な声が出る前に唇を閉じたのはいいが、唾を飲み下す音だけはどうしようもなかった。
 それでも精一杯とぼけて見せる。
「意味がわからないな。テンショウ、さっきから一体なんなんだ」
「とぼけんな。がっつり女の顔しやがって」
「はあ?!」
 自分でも驚くほど大きく甲高い声が出た。
 木箱の上で毛づくろいしていたノラ猫もこれには驚いたようで、慌てて木箱から飛び降り、ニンニクの匂いがする店と店の間の暗がりへ逃げていく。
 テンショウがニヤリと笑った。
「ふふん、やっぱりな。オレの見立て通りだ。リンネ、おまえはいま恋をしている!」
 どや顔で人差し指をびしりと突き出す。
 あやうく胸に手を当てそうになった。
「バカ言うな、そんなことあるか。言うに事を欠いて何を根拠に……テンショウ、君のその目は節穴か? ああ、わかった、わかったぞ。それだから君はいつも肝心な時に限って盗みに失敗するんだ。見立てが甘いんだよ」
 テンショウは胸の前で腕を組むと、フンと鼻から息を吐いた。
「じゃあなんで肩を落としてため息なんてついたんだ。あの子ともっと一緒に居たかったんじゃないのか? 一緒に食事でもしたかったんな、とか思っていたんだろ」
「肩なんか落としてない。マフラーを首に巻くときに少し下がっただけだ。言っておくがため息もついてないからな」
「またまた、意地を張るなって。しょんぼりしてたくせに」
 駄目だ。
 このままテンショウのペースに巻き込まれて話を続けはいけない。
 弱みを握られでもしたら厄介だ。
「用がないなら帰らせてもらう」
 毅然と言い放って背を向けた。
「待て、リンネ。話は済んでいない。おまえ、なんでそんなに強がるんだ。なんでそんなに意地を張る? ひとりでも平気だなんて、なんで自分につまんない嘘をつくんだよ」
 テンショウの言葉がまっすぐ伸びてきて、背中を貫き、胸を抉る。
 マフラーの端を握り、きゅっと下唇を噛んだ。
 鼻から息を深く吸い込んで、気を持ち直す。
「ずっと1人で生きて来た。1人でも生きていけるように育てられた。私も君もだ」
 孤独には慣れっこだ。
「ああ、そうだったな。でもそれは混沌以前の話だ。オレは変わった。いや進化した。だからおまえも進化しろ!」


 進化?
 テンショウは何を言い出したのか。とっさのことで理解が追いつかない。
「リンネ、もっと自分に素直になれ。おまえ、それでも怪盗か? 怪盗だったらそのくらい変幻自在であれ、と師匠も言ってただろ」
 そのまま立ち去るつもりだったのに、師匠の言葉を引きあいに出されてカチンときた。
 振り返る。 
 テンショウの目がまっすぐこちらを見つめていた。
「オレを見ろ! 混沌に来てからのオレは、オシャレに目覚め、自由気ままに生きているぞ。女らしさも諦めない、美しき盗賊に進化したんだ」
 ほら、とスカートのすそを持ち上げ、お披露目とばかりにくるりとまわる。
 自分で何言ってんだ恥ずかしい、と心の中でテンショウにつっこむ。
 そう言えば、混沌に来る前はスカートなんてはかなかった。盗みに入るのに邪魔になるからだ。ひらひらしたスカートは、忍び返しに引っ掛かったり、高いところから飛び降りたりするときにめくれあがったりするから……。
「どうだ、可愛いだろオレ」
「ウインクを飛ばすな、気持ち悪い!」
 誰にも心開かなかったあのテンショウが、愛想を振りまいている。ああ、これが誰彼かまわず噛みついていた猛犬テンショウなのか。
 人は変われるもんなんだな。
「リンネ、素直になれないと好きな人を落とせないぞ」
 ドキリとする。
 二重の意味で。
 まさか、ばれている?
「いいじゃないか。素直に自分の気持ちをぶつけろ。混沌じゃあタブーでも何でもない、相手が同性でもなんでもオールオッケーだ」
「ち、違う。あの子は」
 ……とそこまで言って気がついた。
 同性っていった。
 ということは、ばれてない?
 セーフと胸をなでおろしていると、あはは、とテンショウが笑った。
「いい顔するじゃないか、リンネ。それこそ『ザ・乙女』って顔だ」
「『ザ・乙女』って……」
 周りの視線が気になって頬がほてりだす。
 それをテンショウがいいように勘違いして、ますます調子に乗る。
「あはは、いいねいいね。おまえにそんな顔をさせることができて、最高に気分がいいぜ。じゃあ、オレは行くとするか」
 いうが早いか、テンショウはあっという間に洋食店の屋根に上がった。
「じゃあな、あの子とヨロシクやれよ」
「うるさい! 大きなお世話だ」
 テンショウの言う事にも一理ある。
(「もう少し素直になるのもいいか……」)
 しばらくの間、洋食店の屋根の上で優しく輝く三日月を見つめていた。

  • 三日月の夜に完了
  • GM名そうすけ
  • 種別SS
  • 納品日2023年11月10日
  • ・結月 沙耶(p3p009126
    ※ おまけSS『月下の約束』付き

おまけSS『月下の約束』


 これはまだ混沌世界に召喚される前、結月 沙耶(p3p009126)がリンネと名乗りだしたばかりの、駆けだし盗賊だった頃のお話。
(「あ~、やっぱり。警備を強化してやがる」)
 よほどの理由がない限り、一度盗みに入った屋敷にそう時を置かず、また押し入る盗賊はそうそういないだろう。
 細い三日月が冷たい光を地に投げる今宵、怪盗リンネは木のボタンを新たな目にしたウサギのぬいぐるみを腕に抱え、セオリー破りに挑む。
 最初に盗みに入ったとき、高い塀を越える足がかりにした木は切り倒されてしまっている。移動させる時間までなかったようで、塀の脇に横にして置かれていた。幹の太い古木だったが、今は塀に手をかけられるほどの高さはない。
 つっと視線をあげると、月光にキラリと光るものが確認できた。
「ふうん……忍び返しをつける時間はあったわけだ」
 想定内。
 というよりも、家中の宝石を盗まれて何も対策を取らないアホはいない。もう盗まれるものがないとしても、家の中に他人が自由に入ってくることが何よりも怖いと思うからだ。
 師匠はもちろん、リンネやテンショウも、盗賊の美学に反するので暴力は避ける。血が流れる事態など以ての外だ。が、ほかの盗賊はそうでもない。
「物騒な世の中だからな」
 呟きを闇に溶かして表門にまわる。
 少々危険だがプランBといこう。
 真夜中、屋敷中のゴミを乗せた荷車を通すために門が開くのだ。
 月夜であることが潜入の難度をあげているが、まさか次の夜にまた盗賊に忍び込まれるとは思っていないだろう。その隙をつく。
 門番が召使い立ち合いのもと荷台のゴミを調べている間に、リンネは足音を忍ばせ、門番たちの後ろを堂々と通り抜けた。
 あとは塀に体を貼りつけて薄い陰に身を潜め、屋敷に近づいた。
 雨どいと窓の枠を足がかりに、片腕だけで器用に2階のバルコニーに上がる。
 カギが取り換えられていた。
 それも想定内。用があるのはバルコニーの隣の子ども部屋だ。
 腕のウサギを両手で持ち直し、正面に回す。
「あんなもの読んじまったら、返さないわけにはいかないだろ。君も帰りたいよな?」
 ウンウンと首を振らせた。
 長い耳が揺れる。
 ウサギのぬいぐるみには元々ルビーの目がつけられていた。
 リンネはそれを屋敷の主である部屋で見つけて盗んだのだが……ルビーの目を取ると、その奥に手紙が隠されていることに気づいた。
 手紙は、その屋敷の正当な持ち主である子どもに当てられたものだった。
 財産目当ての叔父夫妻に殺されそうになっていること、財産は全て生まれたばかりの子どもに譲ったこと。成人になる前に子どもが死亡したときは国に全財産を寄付するという遺言状を公証役場に届けたこと。そして、子どもの本当の名前が最後に愛の言葉と共に綴られていた。
 リンネはバルコニーの手すりを足場にして、子ども部屋の窓を開いた。
 思っていた通り、カギは取り替えられていないどころかつけられていなかった。盗賊に襲われて死んでくれたら儲けもの、とこの子の叔父夫妻は考えているのだろう。
 涙の筋が残る丸い頬をそっと撫でる。
 そろりと腕を持ち上げて、ウサギのぬいぐるみと『成人になったら目の奥を見て』と書いたメッセージを置いた。
「君のウサギだ。返すよ」
 盗賊であるリンネが、この子にしてやれることはない。
(「どうか利発で勇敢な子に育ってくれ。……その時がきたら自分の手で、盗まれた他のものも全部取り戻すんだ」)
 リンネは開いた窓から庭へ飛び降りた。

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