PandoraPartyProject

SS詳細

枝分かれ

登場人物一覧

サンディ・カルタ(p3p000438)
金庫破り

●似た二人
「……」
「……………」
 人物における類似点の多さは人同士に特別な親近感を与えるものである。
 例えば同郷であるとか、趣味嗜好の一致であるとか、思想志向の一致であるとか――
『近しい』事が互いの人間関係に強い親しみを与えるものだとするのなら、一目で分かる特徴はその中でも取り分け分かり易い効果を示すに違いない。
「……」
「……………」
 アイオンとサンディは目の前にいるお互いの姿に思わず目を丸くしていた。
 年恰好も同じ位。鮮やかな赤毛に人を食ったような不敵な表情も含め、二人は他人には思えない程に似ていたからだ。
「……いや、驚いたけど」
「まあ、同感だよな……」
 アイオンの言葉にサンディが頷き、二人はほぼ同時に似たような所作で頬を掻いていた。
「……おいおい」
「言っとくけど、偶然だからな?」
「えーと、正体は悪魔の類だったり?」
「……いやいや。自覚しろよ、言っておくけどこっちの台詞でもあるんだからな?」
 よくよく聞けば声色までもそっくりに似た二人はそんなやり取りに思わず苦笑いをしていた。
 
 何者でもないお互いにそんなものが居るとは思えない。
 故に天文学的な確率の悪戯で出会ったそっくりさんドッペルゲンガーは純粋な天の配剤の為せる技と呼ぶ他は無いだろう。
「僕はアイオン。まぁ、一応。冒険者か何かを目指してて――ダンジョンには特に興味がある」
「君は?」と水を向けられるまでも無くサンディは応じる。
「俺はサンディ。サンディ・カルタ。
 悪党が大嫌いな義賊様だぜ。まぁ……実際に仕事した事はまだ無いけど。
 そういう心算で、何時か悪い奴をとっちめてやる気でいる」
「僕もだ」とアイオンが笑った。
 二人は何処にでも居る――大それた夢を語るだけの子供だった。
 不公平で差別に満ちた人間の社会は持てる者と持たざる者に分かたれ、今日も不幸を産み落とし続けていたし、混沌という無限のフィールドに散らばる数多の冒険は選ばれた誰か以外の登壇を求めては居なかった。
 それでも二人は誓っている。
 
 世界が平等ではない事をハッキリと理解しながらも、強く自身に誓っていた。
「何時始めるの?」
「……まあ、その内。でも、絶対」

 起きても覚めない夢を見て、真摯に追う――だがまだ何者でも有り得ない。
 思わず笑い合った二人はやはり、僅かに言葉を交わしただけで確信した。
 相手は完全に同一では無いが、双子と言っても通じる位には似通っている。
(変な奴――)
 その感想は当然のように両者が抱いたものであり、
(――でも、面白い奴)
 その先だって最初から同じに決まっていた。
『似ている』事は時にマイナスの作用をもたらす事もあるが、順張りをするならば子供が強い友情を抱く理由には十分だったと言えるだろう。
 かくて、初対面から抜群のインパクトを互いに与えたアイオンとサンディが親しい関係を築くに余り長い時間は必要無かった。
 子供の時間は駆け足で、その癖大人のそれよりずっと長い。
 幼い頃、冗句のように口にした言葉は時の風雨に晒されてやがては霞んで消えてしまうものなのだろうけれども。
「……なあ、アイオン。冒険には何時出る?」
「剣の練習をしないといけないだろ?」
「意気地なし」
「……じゃあ、サンディ。お前は何時義賊を始めるのさ」
「サンディ様が相手にするようなとびきりの悪党が居ないんだよ」
「幾らでも居るじゃん」
「……」
「居るだろう?」
「……まあ、居るけど。まだちょっとだけ早いだろ」
 大人になる事が何かを諦め『普通』を掴むという事ならば、アイオンとサンディはやはり特別だった。
 周りの子供達が夢見がちを口にしなくなってもアイオンは一人で木剣を振っていた。
 サンディが『悪い奴』に食って掛かって生傷を作る事はしばしばだった。
 二人が協力をして近所の洞窟に冒険に出た事もある。
 苛めの現場を見つけて、助太刀に入った事もあった。
「今の俺、最高にヒーローっぽくなかったか!?」
「……ヒーローってのはこんなにボコボコにされないもんだろ」
「それに」とアイオン。
「僕は詳しくないんだけどさ。義賊ってのは悪い金持ちだけを狙うとかそういうヤツだろ?」
「まあ……」
「……物理的に悪い奴をガンガンぶっ飛ばすのって、義賊っぽいのかな?」
「ついでだよ、ついで! 放っておけないだろ!? そういうの!
『最強のコンビ』ってヤツだ。いーじゃん、修行ついでに付き合えよ」
「僕は探索の方が好きなんだけどなあ……」
 年上のチンピラに食って掛かってボロボロにされても二人は拳を合わせて笑っていた。
 アイオンの目指すのは世界の謎を解き明かし、全ての未踏を打破する『冒険者』。
 サンディの目指すのは――本人の言葉を借りれば『義賊』だが――どんな理不尽も許さない『正義の味方』だ。
 少年達の持つ実に些細な義務猶予モラトリアムは彼等の先行きを曇らせたりはしなかった。
 二人は曲がる事を知らなかったからだ。
 二人は曲がる心算も無かったからだ。
 彼等は純粋で、愚かで、真っ直ぐ過ぎる位に真っ直ぐだったから。
 長く、長く。人より少し長く――真っ直ぐで在り続けたから。

●違う二人
 永遠にも思える幼い時間も過ぎ去ってしまえば刹那であるとも言う。
 時間の流れは子供にも大人にも等しいけれど、『慣れ』は体感から新鮮な感情を奪っていくものだから。
 繰り返す無数の選択と結果の先に、誰もが可能性をすり減らしていく。
 ほんの少しずつ、しかし確実に。
 きっと何者にでもなれる筈だった、無限の筈のキャンバスは現実という名の雑多な色彩ノイズで埋められていく。
 そうして四季が巡り、子供達は幾らかたくましさを増していた。
 子供と大人の境界は暮れなずむ夜と昼の間のようだ。
 それは不確かでふわふわとした――そして何とも物悲しく美しい風景だけれど。
 何かを積み重ねる程に、人は幸福な少年時代等、何時までもは続かないのだと思い知らされる。
 物事の道理を知る程に、何時か見た夢は儚く宙へ解けていくのだ。
「何でも好きな絵を描いていい」と言われたのに、世界は梯子を外すようにその権利を奪い取る。
 例えば産まれながらに全てを持ち得た少女ギフテッドが天の塔で知った老いである。
 例えば遥かな未来において幼く無謀な少年が神託の少女を救い出そうとするのも同じ。
 例えば幸福な結婚を夢見ていた貴族の少女が淡い想いを打ち砕かれねばならなかったのも同じである。
 世界は何時だって無味乾燥に残酷で、冷徹なまでに予定通りに誰の都合をも一顧だにしてはくれないものだった。
 
 ――ほんの、僅かな例外アイオンを除いては。

「なあ――」
 村の川辺に寝そべって空を見上げたサンディは幾らか独白めいて傍らの親友に呼び掛けた。
「――何時冒険に出るんだ?」
 その問いは実に胡乱でもう大した意味を持たなかった。
 お約束のように幾度と無く繰り返されたやり取りだが、アイオンは問うたサンディが知っている通りの答えを返した。
「明日だよ」
 十五になった二人はもう子供と呼ぶ事は出来ない年齢になっていた。
 他の友人達も同じだ。或る者は畑仕事に従事し、或る者は職人の弟子になった。王都の商人の元に引き取られた者も居た。
 良く遊び、良く笑い。時に荒唐無稽な未来さえ大真面目に語った彼等はもうこの川辺には居ない。
 そして、アイオンも明日には居なくなる。
「まあ、お前強いからなあ」
「お前だって強いだろ」
 アイオンの言葉にサンディは苦笑いを浮かべただけだった。
 子供の手習いだったようなアイオンの剣は鋭さを増し、村で一番の使い手になった。
 ……いや、確かめるまでもなく彼は『村』とかそういう問題を超えていた。
 もう誰に負ける事も無く、狭い世界で学ぶ事も無い――だから『出て行く』。
 結論は恐ろしい位に簡単だった。
「でも、俺は明日始まらないよ」
 幼い価値観で「最高にカッコいい義賊になりたい」と口にしたサンディはそう口にした自身の言葉を誰よりも理解していた。

 ――困っている誰かを救いたかった。
   物語の中の主人公のように、悪い奴をやっつけて、間違っているものを正しかった。

 だが、それは御伽噺の中。
 結局は淡い妄想を帯びている――
「そうか。でも、何時かはやるんだろう?」
「まあな」
 問うアイオンにサンディは曖昧な返事をした。
 最初はあくまで似たようなもの。
『枝分かれ』する前は自分に酷く似た親友――『最強の相棒』。
 だが、成長する程に混沌という世界は残酷だった。
 確かにサンディは人よりも強く、頭も良く回ったけれど。
 すぐ近くに居た彼だからこそ、誰よりも思い知らずにはいられなかった。
 
 片田舎の村等というそんな場所が余りに陳腐で、余りに小さ過ぎる程に彼は圧倒的な特別だった。
 必死に努力して喰らい付いて、背伸びをして強がって――
(……その甲斐はあったんだろ? だからお前は俺を相棒とか思ってくれるんだろう?)
 ――その結果、アイオンは最後までサンディの軋みには気付いたりはしなかったのだろう。
 全く良く似た双子のような片割れは、持てる者の無邪気さで今でも自身を相棒と呼んでくれる。
 それ自体は嬉しかったけれど、恐らく今生の分かれとなるこんな日にも気付いてくれない片割れにサンディは何よりも彼我の断絶を思わずにいられない。
「……なあ」
「何だよ。餞別はないぞ。からっけつなんだ」
「そうじゃないよ」
 横に座り、サンディと同じように寝そべって空を見上げたアイオンは気の所為か――彼には珍しく、少し躊躇うかのように言った。
「僕と一緒に行かないか、サンディ」
「……」
「冒険だよ。世界を隅々まで見回って、その秘密を解き明かす。
 空の城には魔王が居るって言う。此の世の何処かには果てに通じる迷宮があるって言う。
 神の塔を踏破する。終焉を司る影の城だって見に行く。覇竜の山を征服するんだ」
「お前さあ――」
 サンディは言いかけて言葉を飲み込んだ。
「――俺は義賊なの。冒険者じゃあない」
 
「……いいじゃないか、義賊もすれば」
「何だよそれ」
「冒険者しながら色んな所の悪い奴等をやっつければいい。
 お前は僕の冒険を手伝って、僕はお前の世直しを手伝ってやるさ。
 ……お前は頭もいいし口も立つ。鍵開けとか罠解除だって得意だろ?
 公平じゃないか、それって。WIN-WINってやつじゃないか」
(ああ――)
 サンディは内心だけで心底からの溜息を吐き出さずにいられなかった。

 圧倒的な位に鈍感に、或いは気付かない振りをして。
 いや、それを言ったからには既に気付いている筈なのに。
 何者でも無い、何者にもなれないサンディ・カルタに親友は『フェア』な交換条件を持ち掛けているのだ。
 それが同情の類ならどんな友情もぶっ壊してやろうと思うけれど、恐らくそれは全く違う。
(……置いていきたくないんだな、お前は)
 双子のようにそっくりで、ずっと一緒に居たサンディだからこそアイオンの気持ちは痛い位に良く分かった。
 非常な傑出は呪いのように作用するものである。
 
 始まりは同じだった自分が『枝分かれ』するのと同じように、彼の横を歩ける人間はそう多くは無い筈だから。
 これまで頑張って来た自分も結局は今日、『脱落』する――
 アイオンが自覚しているかどうかは分からなかったが、サンディは凡人だからそんな事にばかり勘が働くようになっただけ。
「馬鹿だろ、お前」
「行くよ」と喉まで出かかった言葉を飲み干してサンディは軽やかに笑って見せた。
 笑えた筈だった。
「何で俺がお前の面倒を見てやらないといけないんだよ。
 腐れ縁の幼馴染だぞ? 二人で何かなんて。もう嫌って程、やり尽くした後だろう?」
 心にもない。それでもそう言う。
 この時間は大人になる為の儀式のようなものだった。
 追い縋る夢と奇跡のようなこの夕暮れマジックアワーを振り切る。振り切らねばならないのだから。
「――大体、だ。俺とお前はライバルだろう?
 きっと俺は風の噂にお前の話を聞くだろ。
 アイオンが果ての迷宮を踏破したとか。塔で神に会ったとか。
 それはお前も同じなんだぜ。大盗賊サンディ様が悪い貴族をとっちめたとか。
 ああ、えーと。王宮の財宝を盗み出して民にばら撒いたとか、そういう。景気のいい話をさ!」
 だから。
「……そんなつまんない事言うんじゃねえよ」
「……」
「……………」
 暫しの沈黙。
「そうか」
 短く応じたアイオンは視線もやらず、片方の拳をサンディに向けて突き出した。
「……」
「……………」
「……………………」
「……仕方ねえなあ」
 サンディも同じようにして、コツンと二人の拳が重なった。
 共に空を見上げた日。遠い思い出の日。少年達はきっと大人への一歩を踏み出したのだ。

●大義賊
「か、勘弁してくれ……」
「勘弁してくれってな……お前、そう言った誰かを勘弁した事なんて無いんだろ?」
 欲得尽くで罪のない民を投獄した貴族の男を目の前にサンディ・カルタ(p3p000438)は呆れたように溜息を吐き出した。
「証拠は挙がってるんだよ。第一、俺が来たのはローレットの依頼だからな。
 な、ラキシス男爵さんよ。今日がいよいよ年貢の納め時って事だろう?」
『大盗賊』を自認する彼が『義賊』である事は言わずと知れた事実である。
 やり難いからか、それとも少しばかり面映ゆいからなのか――露悪的な事を言いたがる所のある彼だが、その心が穏やかで優しく真っ直ぐである事を知らない友人等居ないだろう。
(しかし、最近は本当に忙しいな。『サンディ・カルタ』も大変だ)
 以前ならば貴族がこうして告発を受けたり、仮に受けたとしても報いを得る事等無かったに違いない。
 嘘吐きサーカスから始まり、ジーニアス・ゲイム、Paradise lost、更には双竜宝冠事件を経て暗部にかなりの光を得た幻想という国でサンディの仕事は多かった。
 一朝一夕に全てが変わる事はなくとも、時代がヒーローを求めている事は明白だ。
 スラムに産まれ、孤児として育ち、自警団さえ組織して暗澹たる幻想を『何とか』したかったサンディにとってこの変化は極めて好ましいものに他ならなかった。
(ああ。これからだ。これから――もっと、もっとマシにしてやるからな!)
 弱きを助け、強きを挫く『救世主』が『伝説』に良く似た特異運命座標――サンディなる盗賊だった事は一際の僥倖だった。
 伝説、そう。伝説だ。
 極少数の人間は言の葉の端に『それ』を語らずにはいられない。

 ――ラサにほど近いケーティルア地方に伝わる、サンディ・カルタという男の伝説がある。
   曰く、一帯を闇から支配したギャングのボスだとか。
   曰く、悪徳貴族をアッと言わせる大怪盗だとか。
   曰く、国の中枢を華麗に渡り歩くスパイだとか。
   曰く、化け物退治で名を馳せた英雄であるとか――
   その肖像等は不自然なくらいに一切残っていないが、総ゆる時代に『サンディ』を名乗る者は現れるという――

 その姿や性格、そして年齢は、そのエピソードごとに差異があるが、彼が勇者王アイオンと酷似していると伝えられる事だけは変わりない。
 サンディなる伝説がアイオンのそれと全く枝分かれしている事は間違いない。
 実在さえも万人が認められるものではない。
 或いはそれは民衆の産み出した英雄願望の発露であり、御伽噺に過ぎないのかも知れない。
 混沌中が讃える英雄アイオンの事績に対して、サンディのそれはケーティルア地方にしか残らない実にささやかなものだからだ。
 ……だが、それを信じるのは盲目だろうか?
 
 彼は少なからずそれを信じる誰かの救いになっていた筈だ。
 そう信仰する者にとって、悪を挫き虐げられる自分達を助けてくれるかも知れない――希望の糸で在り続けた筈だ。
(……ま、考えても分からないよな)
 歴史の霧は深く、現代でそれを確認する術は無いけれど。
 物語を紡ぐ神に幾らかでも情があるのなら、彼が居たという痕跡を全て波でさらうような無慈悲には到るまい。
「ああ、全く――忙しいぜ」
 閑話休題。まだまだやる事も、やれるべき事も多い。
 唯、幾多の修羅場を超えてきた実力と積み重ねた事績を以って『当代』のサンディは今日も『義賊』を続けるだけだ。
「――泣く子も黙る大怪盗、サンディ・カルタここに見参!」

  • 枝分かれ完了
  • GM名YAMIDEITEI
  • 種別SS
  • 納品日2023年11月11日
  • ・サンディ・カルタ(p3p000438

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