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高天京実りの散歩

登場人物一覧

今園・賀澄(p3n000181)
霞帝
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃

「犬が飼いたい」と唐突に言い始めた今園 賀澄――豊穣郷カムイグラの『帝』たる男は堂々とした居住いであった。
「犬ならば瑞神で宜しいではございませんか」と肩を竦めた中務卿へと「誰が犬ですか」と叱る黄泉津瑞神の声がする。まあまあとあやしていた陰陽頭はふと何かを思い立ったように手を打ち合わせた。
「ならば、保護犬とはどうでしょうか」
「保護犬、成程。素晴らしい。行こう!」
 ――と、言うわけで賀澄は一匹の犬を飼うことにした。
 瑞神は「きちんと世話を出来るのですか」「命を預る意味を理解していますか」と母親のようにチクチクと告げて居たが霞帝は気にしては居なかった。
 寧ろ、犬は飼ったことがあるから大丈夫だと引き取る前から犬の飼育用品を集め回っていた。
 豊穣郷へと至る前に幼少期に勝っていたのだというラブラドール・レトリバー。良く似た毛並みの子犬が居たのだと喜び勇んで彼を引き取ったのだ。
 犬の名をルーキスという。あれやこれやと女房達が飾り立てるが首をぶんぶんと振って直ぐに衣装を脱いで仕舞うため、普段からその身に着けているのは賀澄が用意した首輪代わりの青いバンダナだけである。
「幼い頃はラブラドールの『よよ』という犬を買っていたのだ。それから老犬だったがチワワの『海潮丸』も居たな。チワワは祖母の飼い犬だったのだが。
 どちらも聡く甘えん坊だった。お前も甘えん坊だからまるでよよが帰ってきたみたいだよ。なあ、ルーキス」
 嬉しそうにルーキスに語りかける賀澄は瑞神の予想に反してきちんと世話を行って居た。
 瑞神に言わせれば「予想外ですが、命を大事に出来て偉いです」とまるで幼い子供に対する評価ではあったのだが――
「良い主人なのでしょうね」
 瑞神は僅かに開きっぱなしになって居た障子の隙間からその様子を眺めて居た。世話の甲斐もあってかルーキスはよく懐いていたのだ。
 賀澄の就寝時には勝手に寝室に潜り込み布団の中で丸くなって眠っていた事もある。犬の侵入にまだまだ子犬の頃は中務卿が胃を痛めながらも回収をしていたが、粗相が無くなり成犬になってからは「これも護衛だろう」と許されるようになった。それ以来ずっと共寝をしている。
 朝から晩までずっと一緒――とは行かず、政務の最中は他の四神達と遊ぶ事が多かったが主人第一であるルーキスの姿は御所では『名物』のようにもなって居たのだ。
「ああ、庚。丁度良い処に。少し疲れたのでな。散歩に行きたいのだが、良いだろうか」
「構いませんよ。式を護衛に付けますがルーキスも一緒ならば心配も無いでしょう」
 陰陽頭はルーキスにリードを準備してから「お座り」と指差した。しゃんと座ったルーキスの頭を撫でてから「主上を御守りなさい」と穏やかに微笑みかける。
「できます」と言いたげに返事をして立ち上がったルーキスの頭を撫でてから「良い子ですよ」と庚が微笑みかける。
 尾をぶんぶんと振り回すルーキスのリードを掴んでから、賀澄は散歩に練りだした。

「おお、ほら。こっちをご覧。ルーキス、その葉は紅葉して居るな。あちらに栗が落ちている。豊穣郷の作物は実り豊かで見ていて楽しいのだ。
 蜜柑狩りに出掛けてみるのも良いな。犬が喰える代物をついでに集められる場所があれば良いのだが……晴明にでも聞いてみるか」
 ルーキスは「わん!(はい!)」と返事をした。正直、彼と一緒ならば何処へだって行っても良いのだけれど――『犬も楽しめる場所』を考えてくれる主人の細やかな気遣いが嬉しくて堪らなかったのだ。
 しゃなりしゃなりと歩くルーキスは『霞帝の愛犬』として恥ずかしくない振る舞いに注力して居た。そんな彼の様子を賀澄もよく分かって居る。
「それにしても……気を張らずとも良いぞ」
「?」と言った様子でルーキスが首を傾ぐ。自身が『豊穣郷の一番偉い人の飼い犬』であるという自覚は十分なのだ。
 犬としての忠誠心だけではない。兎に角、飼い主が大好きだというその気高き想いが身を包んでいるのである。
「はは、まあ、お前はそう言っても分からぬか。ルーキスには立場には囚われず自由に生きて欲しいのだが……まあ、お前は満足をしていそうだから心配は無さそうだ。
 あまり散歩には出掛けられぬが、散歩こそがお前の望みとあらば、機会があれば斯うして四季の彩りを見に行こうではないか。なあ?」
 賀澄は散策しながらもふすふすと鼻を鳴らすルーキスが銀杏に近付いていく様子を愉快そうに見ていた。
「銀杏か。それは美味い」
 本当にと言いたげなルーキスのリードがぴん、と張った。「お前は食ってはならぬぞ」と賀澄は首を振る。
「食いたいのであれば庚の許可が必要だろう。実は俺もな、食事に関しては庚に一応許可を取って居るのだ。
 余りに好き勝手食うと鱈腹脂肪を蓄えると叱られて仕舞うのだ。それ程太っては居ないと反論したのだが……年齢を考えろと言われてしまってな」
 賀澄が肩を竦める。転げ落ちるようにして混沌へとやってきて、其の儘豊穣へと飛ばされて――己の正義感と、喪う物は何も無かったあの若かりし頃に駆け抜けすぎた『思い出』の所為か、この穏やかな時間に足りない者に気付くのだ。
「豊穣郷の帝は、四神の加護を受けた者がなる。俺でない誰かが瑞神の愛し子になればこの位を譲り渡すのだろうが――何れは御子を設け祝福を頂かねばならぬと思うのだ」
 賀澄は膝を付いてからルーキスの頭を撫でた。何処かもの寂しさで犬を買ってはみたが本音とは人に話しにくいもので犬だからこそ言えることもある。
「神霊の祝福はより強い加護だ。俺には永劫の命などないからな、何時の日かこの豊穣郷をよく導いてくれる者が居たならば位を譲ろうとは思って居るのだ。
 まあ、まだだな。晴明はまだお便りない弟分に見える。庚とて新人教育の暇も無かろう。俺とルーキスがのんびりと過ごしながら困難を乗り越えて行かねばならぬのだからな」
 朗らかに微笑んだ霞帝は「さて、此の儘団栗でも拾い集めて帰ろうか」と微笑んだ。
 松ぼっくりだ、団栗だ、そんな子供の様に拾い集めたものを御所の何処かに置き去りにして虫が湧いたと瑞神に怒られてみせるのも『日々の楽しみを作る』為なのだろう。
 犬ながらルーキスは主人の寂しげな背中を見て思う。政務ばかりで心が押しつぶされぬように、敢て、頼りない大人を演じているのだろうか。
(……この人を支える事ができたらなあ)
 ルーキスの尾がゆらゆらと揺れる。もしも、人間だったなら。楽しい事を運んで行けるだろうか。共に戦い、共に走り、語らい月を見て笑う日が来るだろうか。
 同じ実りを食らい笑う事が出来たならば。彼に必要なのは己を慕う者ではなく友だったのかもしれないと、犬は思う。
「おん(賀澄様)」
 てこてこと近付いて言ってからルーキスは擦り寄った。「どうした」と笑った賀澄がその頭を撫でる。
「心配をしてくれるのか? お前は聡い子だな。大丈夫だ、団栗はきちんと集めて瑞神の寝床に隠す事にする。
 ……そういう意味ではないと? お前は犬ながら表情が豊かだな。ああ、大丈夫だ。俺はこれでも日々が楽しいのだ」
 この世界に転げ落ちた頃に感じた寂しさも、使命感も、今は和らいだ。自然体で過ごせるようになったからこそ犬とのんびりとした散歩が出来るのだ。
「さ、もう少しこの紅葉を見てから帰ろうか。色付く秋は美しい。お前の眼にもよく焼き付けておくのだぞ」


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