PandoraPartyProject

SS詳細

赤く染まる掌に

登場人物一覧

ユリーカ・ユリカ(p3n000003)
新米情報屋
囲 飛呂(p3p010030)
きみのために

「紅葉の名所があってさ。幻想の少し山の方なんだけど――」
 そんな誘い文句を考えたのは、偶には彼女に『格好いいところ』を見せたかったからだ。
 飛呂とユリーカ、その何方が情報通であるかと言われれば彼女の方が余っ程上手だ。穏やかで愛らしい笑みを浮かべたこの少女は伝説とも謳われた情報屋の父親と兄代わりのギルドローレットのオーナーに育てられたある種のハイブリットガールだ。本人曰く天才情報屋――なのだが、駆け出しから随分と精度の高い情報を得られるように成長した。
「そんな場所があるのですか?」
「あれ? 知らなかった?」
 ぱちくりと瞬いた飛呂にユリーカは頷いた。紅葉シーズンともなれば見頃の場所が多すぎて全てを把握しきれない。飛呂が出来る限り人気無く、且つ名所となぞられる中でも出来るだけマイナーな場所を選んだのが良かったのだろう。
「もしかして、調べてくれたですか?」
「その……まあ」
「わ、有り難うございます! けど、ボクが調べても良かったんですよ? なんたって敏腕天才美少女情報――」
「違う。……その、たまにはさ。俺だってカッコつけて誘いたかったんだよ」
 かあと頬を赤らめた飛呂を見てユリーカは大きな若葉の色の瞳を瞬かせてから――つい、赤面した。
 年頃の女性、というには未だ幼い仕草が多い彼女は異性からそうして誘われる機会に恵まれていなかったのだ。
「えーと、じゃあ、そこで……」
 もじもじと呟いた彼女に飛呂は頷いた。約束の日に待ち合わせ場所にやってきたユリーカを見てから飛呂は「あ」と思わず声を漏した。
「待ちましたか?」
「い、いや、えーと、普段と雰囲気違うからさ」
「ふふん、おめかししたのです!」
 赤いベレー帽に黒いハイネックのニットトップス。茶色のベルトでウエストマークを作っているのは赤いプリーツのスカートだ。
 普段の動きやすそうな情報やコスチュームでは無くどこか落ち着いた『大人の女性』を思わせた。そのギャップに飛呂は驚いただけでは無い。彼女の首から下げられて居たのが小さなルビーのネックレスだったからだ。
「あ、それ」
「折角ですから」
 にこりと笑ったユリーカに飛呂は思わず口を押さえてから「まじか」と呟いた。翼をモチーフにしたネックレスはシンプルで使用場面を限定しない。
 お守りになるようにと『おまじない』を与えている以上は何時だって付けていて欲しい。情報屋も危険が多い職業だと飛呂は認識しているからだ。
「それにしたって綺麗な場所なのですね。紅葉の渓谷なのです! ボクの知っている場所はもっと歓楽街に近くって色々とお店が出ているのですよ」
「へえ。ならそっちは、来年どうかな」
「来年……」
 ぱちりと瞬いたユリーカが飛呂を見上げた。然り気無く誘えただろうか、声は震えてなかっただろうし――それでも彼女は驚いた様子で此方を見るのだ。
「……来年、そうですね、来年も一緒に行けると良いですね」
「あ、うん。……そうだよな、来年なんて、遠いかも知れないんだよな」
 一生訪れないかも知れない。そう思ったのは世界が危機に瀕しているからだ。眼前に存在する滅びは世界のほころびそのものだ。
 世界が滅びるかも知れないと耳にすれば彼女は真っ先に情報を集めに行くのだろう。
 ――だから、それは着けていて欲しい。ずっと。
 そう願う飛呂は緊張したように「ユリーカさん」と呼んだ。
「……屹度、来年なんて未知数で、決まってる未来が確定的な破滅なのかもしれないし、あやふやな未来の約束って、出来ないかも知れないけどさ。
 その、……来年は一緒にまた紅葉を見に行こう。その約束があれば、俺は頑張れるし、来年もその先も、絶対に勝ち取れる」
「本当ですか?」
「本当」
「本当に?」
「本当……だからさ、その時もまた、そのネックレス付けてきてくれたら嬉しい」
 ああ、最後まで格好良く言いたかったのに頬はこんなにも熱い。彼女との未来を求める己は余裕が無く見えただろうか。
 ユリーカは可笑しそうに笑ってから「その時だけで良いんですか?」と問うた。
「ずっと、着けていてって言うのかと思いました。飛呂さんがこのネックレスに込めてくれた願い事の意味をボクは理解しているつもりなのですよ。
 ボクも何かお渡しできればよかったですね。お渡しできないなら……うーん、手、出して貰えますか?」
「手?」
 ユリーカはそっと飛呂の手をやわやわと握り締め小指に小指を絡める。幼い子供のするチープな約束は『おまじない』にもならないかもしれないけれど。
「次は何を見に行きましょうか? 沢山、沢山、素敵なものを見に行きましょうね。
 ボク一人じゃ全部を調べ尽せないくらい世界って広いんですよ。だから、手伝ってくださいね」
 指先の温かさに、体中全部が熱を持ったような気がして飛呂は唇をはくりと動かした。
「勿論……約束するよ」
「はい。約束なのです」
 指切りげんまん、歌う声を今は静かに聞いていた。


PAGETOPPAGEBOTTOM