PandoraPartyProject

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登場人物一覧

アト・サイン(p3p001394)
観光客
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
星月を掬うひと

 テーブルの下で、パタパタと足を振る。
 朝早くの幻想国にあるローレットの支部には、ようやく情報の精査が終わった新しい依頼書が、次々と提示されている。
 そう言った依頼の類を見ながら、フラーゴラ・トラモントは、ストローで果実のスムージーを口に含んだ。凍らせた果実を使ったそれは、冷たさと甘さで、早朝のぼんやりとした頭をはっきりとさせてくれた。
 そんな頭で見てみても、依頼書を確認する人たちの中に、アト・サインの姿を見つけられない。わずかに口をとがらせて、スムージーのコップを覗いた。ベリーの、赤い色がぐるぐると回っている。フラーゴラの頭の中のように。
「おそいなぁ」
 と、待ちぼうけを食らった乙女のように、口に出してみた。とはいえ、待ち合わせをしたわけではない。自主的に、フラーゴラは早朝のローレットへと足を運んだのだ。早朝から活動するアトに出会いたかったからだ。アトは、ローレットに依頼が掲示される少し前にローレットに姿を現して、早々に依頼をチェックして回るのが常だ。だから、今日もこうして、この時間には、アトはいつもの顔をして、依頼書を眺めている。はずだった。
 それが、現れない。姿を見せない。
 果たして、体調でも悪いのだろうか……と思ってもみたが、ローレットの受付担当に聞いてみれば、
「最近は、ずっとそうですね」
 と答えるのである。
「ずっと?」
「ええ、いつから……というのまでは覚えていませんが、確かにここ最近は、早朝から姿を確認することはあまり。
 いえ、ほかの支部にいっているのかと思っていましたが……そうですね、昼過ぎに顔を出すことが、多いと思います」
 フラーゴラの問いに、受付担当はそう答えた。
「スムージーのお代わりはどうですか?」
「……スムージーは、いいかな。紅茶とかがいいかも。長期戦になるかもしれないから」
「軽食もお持ちしますよ。サンドイッチで大丈夫ですか? ハムと、レタスの」
「……ありがとう」
 フラーゴラがわずかにほほ笑んだのへ、受付担当は軽く頭を下げた。果たして少ししてから、湯気を立てた紅茶と、サンドイッチがテーブルに並べられた。アトがローレットにやってきたのは、そのサンドイッチがすっかりなくなって、三杯目の紅茶がすっかり冷めきったころ。フラーゴラが、いよいよ昼食もお願いしようかな、と思ったころだった。
「フラーか」
 どこかぼんやりとした様子で、アトが言った。
「寝起き?」
 と尋ねるフラーゴラへ、アトは、ううむ、とうなった。
「どうかな……起きてしばらくたったようにも、起きたてのような気もする」
 フラーゴラが、心配げな表情を浮かべた。
「寝不足?」
「いや、寝ている……と思うよ。昨日の夜は、ぐっすりだ。
 うん、寝すぎ、なのかもしれないな。最近は秋なのに、春先のように温かいからね」
 煙に巻く様に言うアトが、ローレット支部の奥に視線を移した。その視線の先には、四人の亜竜種の少女たちの姿がある。確か、まだまだ新人、という印象の抜けない、ローレットに所属したての冒険者たちだったはずだ。
「ああ、待たせたね。確か、ダンジョンの攻略情報が知りたいんだったか」
「教えるの?」
 そう言うアトに、フラーゴラは目を丸くした。アトは若干ばつが悪そうに頭をかく。
「ああ、昨日、彼女らに捕まってしまってね。ダンジョン攻略の心構えを教えろとかうるさい。
 確かに、この辺に未踏破のそれがあったはずで――彼女らは、どうもそこの調査の仕事を受けたらしいから」
「そう、なんだ」
 フラーゴラが、飲み込みづらいものを飲み込むように、そういった。
「それで、ちょっと教えてくるよ。さほど時間はかからない。待っててくれたんだろう?」
 アトがそういったので、フラーゴラはうなづいた。アトがうなづき返すと、そのまま、半人前の亜竜種少女たちのもとへと歩いて行った。
 きゃあきゃあと少女たちがあれこれ質問するのを、アトは特に感慨を抱いた様子もなく、ごく普通に、ダンジョンの攻略情報を伝えていた。なんだか、のどに小骨が刺さったような、と形容すればいいだろうか、奇妙な感覚を覚える。違和感、というべきだろうか。
 ……アト・サインが、未踏破のダンジョンなんてものを、誰かに攻略されるがままに放っておくだろうか? しかも、新人に教えを伝えるなんてことも?
 アトであれば、他人に教えを教授する前に、自分でダンジョンに向かって、踏破しているような気がした。それだけの、熱のようなものを、持っていたはずで、それをフラーゴラは好意的に思っていたはずだった。
 ……だが。いや。フラーゴラが、ぐるぐると、思考をめぐらした。朝のスムージーを思い出す。ぐるぐると混ぜられた、ベリーの赤。
「フラー」
 そう、アトが言ったので、フラーゴラは思考を中断した。亜竜種の少女たちは、大きな声でお礼を言って、さっそくあれやこれやと相談を開始したらしい。アトは興味なさげに手を振ってから、フラーゴラの前に座る。
「終わったよ。熱心な学生だった」
「そっ、か」
 フラーゴラが、そううなづいた。アトはそのまま、窓の外を見やる。
「秋だというのに、まるで春のような陽気だ」
 ぼんやりと、そういう。その瞼が、徐々に下がっていくのを、フラーゴラは見つめていた。まるで、催眠術にかかった被験者のようだ。ゆらり、と、コインを目の前で揺らしたように。あるいは、講義に疲れた老齢の教授が、研究室で舟をこぐような。
「アトさん」
 フラーゴラが、声をかけた。アトは答えない。ぼんやりと、眠りと現実のはざまで漂っているような、そのような姿を見せていた。
「眠い、の?」
 その言葉に、アトはうなづいた。
「そうだな。きっと、そうなんだろう」
「あの。こんなところで寝ると、風邪をひくよ。
 その、ワタシの家でも来て休んだらどうかナ〜……って」
 冗談めかしてそういうフラーゴラに、アトはしかし、ぼんやりとうなづいた。
「……そうだな。それも、いいかもしれない」
「えっ?」
 と、フラーゴラが声を上げるのへ、アトはうなづいた。
「招待してくれるんだろう? せっかくだ、そこで休ませてもらうのもいい」
 その言葉に、フラーゴラのこれまでの、なにか違和感のようなものは吹っ飛んでいた。耳がピン、とたって、もしかしたら尻尾もピン、と驚きに直立していたかもしれない。
 家に、来る。
 思い人が。
 ――フラグか?
 ぐるぐると、スムージーが混ぜられた。頭の中で。先ほどとは違う形で。
 幻想で、この辺の近くとなると。フラーゴラの『はじまりの家』がそうだと思った。それは、フラーゴラにとっても、特別な意味を持つ選択であるはずだった。言ってしまえば、特に、自分の内側に、相手を入れるような行為に違いない。
「えっと、えっとえっと。じゃ、じゃあ、いこっか……ワタシの、家」
 そういうフラーゴラに、アトはうなづいた。そこから家までの道のりは、フラーゴラはよく覚えていなくて、多分一緒に並んで歩いたのだろうな、とか、そんな当たり前のことばかりが頭に浮かんでいた。

 『はじまりの家』の外観を眺めながら、アトは何を思ったのだろうか。あるいは何も思わなかったかもしれなく、それは後の心の内を解析しない限りわかるまい。
 招待を受けたアトがどうしてここで待ちぼうけをしているのかといえば、家に到着したフラーゴラが、「着替えてくるから待って」と、家の中に飛び込んだからだった。果たしてしばらくして――乙女の身着換えには時間がかかるものだ――後の前に姿を現したのは、真っ白なドレスのフラーゴラだ。
「お、お待たせ……」
 わずかに息を荒らげながら、大慌てで着替えたであろうことをうかがわせるフラーゴラは、ぴょこりと顔を出して、しかしすぐに頭を押さえるように両手をやった。
「髪……!」
 ぼさぼさのそれは、大慌ての着替えもあってのことだろう。しかし、アトは気にした様子もなく、
「いつも通りでいいだろう?」
「うー、だめ、だよ」
 フラーゴラが言う。
「て、手伝って。髪を、直すの」
 そう言って、何を言っているのだ、と自分でも思った。前後のつながりがない。なんだか、ふと思ってしまったわけだ。髪をとかしてほしい、とか、そういうのを。
「僕が?」
 アトが少し不思議そうに言って、
「あまり経験はないと思うが。君が望むなら」
 そういうのへ、フラーゴラの目が、ぱぁ、と輝いた。そのまま、アトの手を握る。
「入って。奥に、ドレッサーがあるから、そこまで」
「わかった、わかった」
 引っ張るフラーゴラに苦笑しつつ、アトはうなづいた。そのまま、引っ張られるままに部屋の奥へと行ってみれば、果たしてドレッサーがあって、フラーゴラが椅子に、ぽん、と座った。
「それで、その」
 どきどきと高鳴る胸を押さえつつ、
「おねがい」
 と、フラーゴラはくしを渡した。ふむん、とうなってから、アトはそのくしを、ゆっくりと、フラーゴラの髪に通し始めた。
 さぁ、さぁ、と、髪をすく音が聞こえた。あたりはそれだけが響くくらいに静かだったけれど、フラーゴラの胸は後にも聞こえるのではないかというくらいに高鳴っていた。
 アトの手が、くしと一緒に、フラーゴラの頭を滑り降りる。その際に、フラーゴラの耳に、アトの手が触れた。ぴくり、と、フラーゴラの耳が震える。
「あの」
 ふと、フラーゴラが声を上げた。なんだか――今日は、何を言っても、受け入れてくれるような気がした。それは思い込みであったかもしれないし、乙女の勇み足だったのかもしれないけれど、それでも、一度踏み出した足は、そうやすやすと止まってはくれなかった。
「アトさん、の、耳。さわっても、いい?」
「耳?」
 アトが声を上げた。
「別に構わないが。ほら」
 そう、顔を近づけた。近い。息がかかるよな、そんな距離。フラーゴラが、ゆっくりと、手を伸ばした。耳に触れる。冷たい。きっと自分の耳とは正反対だ。真っ赤で、熱い、自分の耳。
「首、も、さわり、たい」
 吐き出すように、そういった。ん、と、アトはそういって、首をわずかに傾ける。
 あらわになった首筋に、フラーゴラは手を伸ばす。やっぱり、どこか、冷たい感じがいた。体温が低いのだろう。自分の熱を、アトが奪い凝っていくような気持になった。あるいは、自分の熱が、アトの中に注がれていくイメージ。
「う、う」
 こうとなってしまえば、フラーゴラも、すっかりとのぼせ上っていた。
「ぎゅー、って、して、ほしい」
 欲望の赴くままに、フラーゴラはそういった。アトは特に拒否するでもなく、フラーゴラをやさしく抱きしめた。冷たい。ほんの少しだけ冷却されて、すぐにのぼせ上がる、頭。
「あと、キス、とか」
「フラー」
 アトが言った。
「目を閉じて」
「ん……」
 フラーゴラが目を閉じた。感じるのは、闇と、冷たさだけだった。でも、そのうちに、わずかに温かいものが口に触れて、そこから、もっと熱いものが口中に侵入してきたことに気づいたときに、フラーゴラは思わず、ぎゅ、と目を閉じていた。
 何か、心の深いところで、相手と交感しているような気持になっていた。普通ならば、絶対に触れあわないところが、口中で触れ合っている。そのことを意識すれば、フラーゴラも、また一段とぼんやりとしてきて、頭の中が混ざり合っていく気がした。スムージーをおもいだした。氷と、赤いベリーが、混ざり合っていく。冷たいものと、赤くて熱いものが。それが、フラーゴラの頭の中を、幸せと、驚きと、のぼせ上がるような熱で、満たしていった。

 テーブルの下で、パタパタと足を振る。
 朝早くの幻想国にあるローレットの支部には、ようやく情報の精査が終わった新しい依頼書が、次々と提示されている。
 フラーゴラ・トラモントは、ストローで果実のスムージーを口に含んだ。
 昨日のことを思い出してみれば、自然とぱたぱたと降る足の速度も上がってしまう。おもわず、きゃあきゃあと、声を上げてしまいたくもなる。
 それでも、しかし、どこか違和感のようなものが、フラーゴラの頭の中に常にあった。
 アトの様子は、おかしい。そう、思った。急に、優しすぎるのも。ダンジョンに、興味を抱かない様子を見せるのも。
 冷たいフラーゴラと、ベリーのフラーゴラが、頭の中で混ざり合っていた。
 心。そういうもの。
 頭の中で、できあがる。
 真っ赤なスムージー。

  • 触れる完了
  • GM名洗井落雲
  • 種別SS
  • 納品日2023年11月04日
  • ・アト・サイン(p3p001394
    ・フラーゴラ・トラモント(p3p008825

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