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武器商人とリリコの話~光あれ~

登場人物一覧

リリコ(p3n000096)
魔法使いの弟子
武器商人(p3p001107)
闇之雲

 秋、という名にふさわしい陽気だった。風は涼しく、ひざしはやわらかい。紅葉はみごとに赤く染まり、その屋敷を縁取っている。重ねてきた月日を感じさせる忍者屋敷は黒々としており、とても静かだ。武器商人が進むと、誰も居ないはずの正門が重い音を立てて開いていく。かぎも、かんぬきも、そのモノを阻むには足りないのだ。ゆうゆうと敷地内へ足を踏み入れた武器商人は、玄関前でしゃがんでいる緑の影を見つけた。影はぱっと立ち上がり、武器商人のもとへ駆けてきた。ぼすんと飛び込んできた小さく細い体を受け止め、武器商人は笑い声を立てた。
「やァ、リリコ」
「……ひさしぶりね、私の銀の月」
「静かだね。物音一つしない」
「……いまお人形のお姫さまがお昼寝中なのよ。だからみんな音を立てないようにしているの」
 なるほど。敬愛する奥方の安らかな眠りの為ならば、忍たちは気配を消すくらい造作もないだろう。
「孤児院の子どもたちも、お昼寝かな?」
「……うん」
「どうしてリリコは起きていたんだい?」
 恥ずかしそうに頬を染めた少女は、もじもじと杖をいじくった。
「……だって、なんだか銀の月が来る気がして」
「待っていてくれたんだね、うれしいねぇ」
 リリコを肩車をしてやると、武器商人は裏のお山へ向けて歩き出した。
「……今日は、なにをするの?」
「そうだね、すこし実践的な魔術を覚えてもらおうと思っているよ」
「……できるかしら。私に」
「できるさァ」
 少し歩けば、野原へ出た。暦たちが訓練に使っている空き地だ。平坦で、遮るものがない。ここでいいかと、武器商人はリリコを地面へおろした。人形のような体は華奢で頼りない。だが、武器商人の目は、以前よりも強い魔力の流れを見て取った。
「自習してたんだねぇ、感心感心」
「……うん」
 うっすらと微笑むリリコの目元にも、以前はなかった自信が見える。良いことだと武器商人も目を細めた。なにもない方向へ向けてくるりと指先を回すと、優美なテーブルセットとクリームティーが二人分現れた。白くほっそりとした椅子を引き、そこへリリコを座らせる。そして武器商人は、自分も向かいへ腰を下ろすと、改まった声を出した。
「今日はね」
「……はい、お師匠さま」
「トリガー発動を覚えてもらうよ」
「……トリガー?」
「呪文の詠唱はできるようになったね?」
「……うん」
 正確に、正しく、発音すること。それが詠唱の基礎だ。それはリリコも知っている。しかして、本日の講義はさらに一歩踏み込んだものらしい。
「トリガー発動は、呪文の詠唱を簡略化したものだ。当然、その魔術に熟達していなければならない」
 真剣な顔で聞いているリリコに、武器商人は続ける。
「保温の魔術はもう完璧かな?」
「……うん」
「ではおさらいといこう。やってごらん」
 リリコが湯気を立てるティーカップへ片手をかざし、魔導具の絵本を抱えたまま祈るように唱えた。
「……IVRSYNGLSH、熱よ保て」
 外見上、なんの変化も起こらなかった。けれど、武器商人は、その魔術が行使されたのをその目で見た。あたたかな紅茶は、寒風にさらされても熱を奪われたりしないだろう。
「よくできました」
 恥じらうように、同じくらい得意げに、リリコはうつむいてはにかんだ。手を伸ばしてその頭を撫でると、大きなリボンがうれしげにさわさわ揺れた。
「では、この呪文の構成から説明しよう。『IVRSYNGLSH、熱よ保て』この呪文はふたつの要素で組み立てられている。書いてごらん」
 リリコが緑のノートを引っ張り出し、シルバークレイドルを手に取った。ちんまりした丸っこい字がつづられていく。武器商人はひとつうなずくと、ノートに書かれた呪文を指差しながら説明を始めた。
「まずは前半の『IVRSYNGLSH』、これが不可視の流れへ呼びかける文句、後半の『熱よ保て』、こっちは願望の文句」
 リリコが呪文へまるをつけ、武器商人の教えをノートに書いていく。
「いろいろとやり方はあるんだけどね、リリコが扱う魔術のスペルは、精霊から力を引き出すことを目的にしている。スペルの最初の文句は、精霊へ呼びかける言語なんだよ。だから、人間には発音が難しいのだね」
 こくんとリリコがうなずく。
「そうだね、『IVRSYNGLSH』を、あえて強引に訳すとするなら、『焔の精霊様におかれましては、後述、実行、お願いいたします』あたりかな」
「……とっても、丁寧ね?」
「そう。精霊の機嫌を取って、力を貸してもらう。こういう構成の呪文だね」
「……『熱よ保て』が、お願いの内容?」
「そのとおり。前半が長ければ長い、つまり丁寧であればあるほど、後半の願望が複雑でめんどくさくても精霊が実行してくれるようになる」
「……なら、呪文が長いほど有利?」
「と、思うだろう? 半分あたりだ。平常時、つまり、命の危険がない状態ならね」
 でも戦場においては、と武器商人はうすく息を吸った。リリコが言葉を連ねる。
「……一分一秒を争う」
「そう。ながったらしいスペルを唱えられる環境ではない。そりゃ、熟練のイレギュラーズなら、その時間を掴むことができるよ。でもそれはね、あくまで下地があってこそだ。高い練度と、神秘との相性、両方が必要になってくる」
 だからね、と武器商人は組んでいた足をほどいた。
「短い呪文で、精霊を使役する。そういうテクニックが必要になってくる」
「……短い呪文で」
 リリコは難しそうに考え込んでいた。武器商人は優しい眼差しをリリコへ送る。
「基本は同じだよ。発音を、正確に、正しく」
「……正確に、正しく」
「やり方はふた通り。ひとつ、前半の精霊への呼びかけを短縮する。ふたつ、後半の願望の文句を、精霊の言葉で発音する」
「……願望を呼びかけの文句へ入れ込んでしまうのね」
「よくわかってるじゃァないか。さっそくやってみよう」
 武器商人は立ち上がった。
「それでは、新たな呪文を教えよう。防御魔術だ。『KTRRFZ、我が身を護れ』」
「……カトロルフォーゼ、我が身を護れ」
「KTRRFZ」
「……カトロルフォーゼ……」
「リリコ、口を開けて」
 ハンカチで指先を拭うと、武器商人はリリコの口の中へ人差し指をさしこんだ。びっくりしたのか、リリコのリボンがゆらゆら揺れた。発音を矯正ときのやりかただ。武器商人は少女らしい熱い舌や口の中の感触を慎重に探りながら指導を続ける。
「発音は喉の奥を広げて。そう。舌の付け根に力が入ってる。もっと抜いて。聖歌を歌うときを思い出して、声を鼻から抜くように、一音ずつゆっくり」
「……K」
「その調子」
「……KTRRFZ、我が身を護れ」
 ゆるりと風がうねった。リリコを取り囲むように、ドーム状の透明な障壁がうっすらと浮かんでいる。武器商人は満足して指を抜いた。
「もういちど」
「……KTRRFZ、我が身を護れ」
「よくできた。次は短縮形の練習。『KTRPSHN』」
「……クトレプシオン」
 リリコがそう口にした途端、魔術の障壁はぱっと消え去った。
「口を開けて」
「……はい」
 何度かくりかえし、どうにか再度障壁を形作る。武器商人はしんぼうづよくリリコの練習につきあった。
「それじゃ、次は応用。とっさにスペルが出るように、体で覚えようねぇ」
 武器商人はすこし距離をおいて、なんでも出てくる袖からバスケットボールを取り出した。
「受け止めちゃだめだよ? 呪文を唱えて、障壁で弾く、やってごらん」
「……がんばる」
 ぽんと投げたボールが、リリコへ当たった。転がっていくボールを拾おうとするリリコを制し、武器商人はそのボールを消すと、新しいボールをまた取り出す。そして、リリコの周りへ、直径3mほどの円を描いた。
「これがおまえのパーソナルスペース。間合い、とも呼ぼうか。この内側に、害意を入らせたら、おまえの負けだリリコ」
「……防御がまにあわなくなる?」
「そう。理想で言えば、ボールがこの円へ接触する前から、詠唱を開始すること。それから」
 武器商人はふいにボールをリリコへ投げつけた。リリコはとっさに腕で顔をかばう。ばちんとはねたボールを消し、また別のボールを武器商人は出した。
「いま、腕が無意識に動いただろう?」
「……うん」
「それと同じくらい、反射的に呪文が口をつく。そのくらいの練度が必要だよ」
「……たいへんだけど、やる」
「ん、イイコ。こうやってボールを投げるくらいなら、孤児院の子たちでもできるだろう。練習しておくこと。走りながらでも発動できる様にね」
「……はい」
「でもね」
 武器商人は近寄り、リリコの頬へ触れた。
「このまま耐えようなんて絶対考えないこと。死ぬから」
「……そう」
 すこし残念そうに、ゆらりとリボンが揺れる。リリコをぎゅっと抱きしめ、武器商人はささやきかける。
「リリコはすーぐむちゃをするからねぇ」
「……してない、とおもう」
「するさ。かわいいコ。そんなところもかわいいのだから、アタシも大概だ」
 イイコイイコと、武器商人はリリコの冷たい頬へ頬ずりをする。やわらかいそれは夕焼けの冷たさ。命の匂いの希薄さ。
「死ぬんじゃないよ、リリコ。おまえの言葉をもっと聞かせて? アタシの可愛い気に入りなんだもの、愛されていいんだよ? おまえ以外の誰1人、おまえを責める人間なんていないんだ」
 少女はおずおずと微笑んだ。ありがとうとつぶやきながら。
「……うれしい。あなたは、私の、大切な、銀の月」
 それからそっと自分の口元へ触れる。
「……父様母様を失ったときのこと、ぼんやりとしていて、よく覚えていないの。きっと、思い出すのを、怖がってる、私」
「そうだね。つらい記憶だ。向き合うのも時間がかかるかもしれない。だけどきっと明日のおまえは、今日のおまえよりすてきになっているよ」
 夕映えの中、武器商人は少女を抱き上げた。カラスが鳴いている。遠い記憶を、恋うかのように。

  • 武器商人とリリコの話~光あれ~完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別SS
  • 納品日2023年11月03日
  • ・武器商人(p3p001107
    ・リリコ(p3n000096
    ※ おまけSS『チェリー』付き

おまけSS『チェリー』

「チェリーパイを作ったのに、アップルパイの季節になっちゃったよ」
 ちょっとむくれているの武器商人に、孤児院の子どもたちはくすくす笑った。
「苦心したんだよ? 酸っぱいやつじゃなくてちゃんと甘いさくらんぼを使ったんだ」
 それに、と、武器商人は、できたてのチェリーパイを机の上へでんと置く。
「敢えて砂糖控えめで生の果物に近い食感で作ってみたんだ。代わりにアルコールを飛ばしたさくらんぼのリキュールで風味付けしてるの」
 たのしそうに制作秘話を語ると、武器商人はケーキサーバーで子どもたちの皿へチェリーパイを取り分けていく。オールドタイプの身へフォークを挿せば、サクサクの生地。ふわりとたちのぼる鼻をくすぐるいい香り。これに負けない子などいない。みんな目の色を変えて、いただきますと大合唱。おいしい、おいしい、と、次々口へ運んでいく。
 武器商人は、かわいい弟子の前で頬杖をついた。
「感想、聞かせて?」
「……私」
 リリコは両手でほっぺをおさえた。
「……きっといま世界一、しあわせだわ」

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