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秋の『おいしい』

登場人物一覧

劉・雨泽(p3n000218)
浮草
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ


 秋の味覚と言えば何だろう。
 実りの秋には美味しいものが沢山あって、どれが一番かと答えるのは難しい。どれも美味しいのだから仕方がない。
「雨泽様の秋の『おいしい』は何でしょう?」
 今日も今日とてニル(p3p009185)は『とってもとっても気になります』。
 先日の中秋の名月のお芋だろうか。お芋なら何が一番なのだろうか。スイートポテトを美味しいと言っていたけれど、焼き芋も大学芋も美味しいと言っていた。一番の美味しいは何なのだろうかとニルは気になった。
「秋は美味しいものいっぱいあるよね」
 問われた劉・雨泽 (p3n000218)が、うーんと悩むように腕を組んだ。
「僕、好きな食べ物が多くて」
「よいことですね」
 魔力ではなく食物から偏らないように栄養を得ねばならないヒトは、好き嫌いなく食べれたほうが良い。好きであるということは選択幅も増えることなので、ニルもうんうんと頷いた。好きは『おいしい』だ。美味しいがいっぱいあるのは良いことである。
「特に秋の味覚は誘惑が多いから悩ましいんだ」
 だから少し時間を頂戴と雨泽が両手を合わせ、また後日連絡するねとその日の問答を終えた。

 ――数日後。
『長袖と長ズボン、運動靴。それから帽子を着用で来てくれる?』
 そんな連絡が雨泽からあって向かったのは、秋の彩りに染まる山の中。赤や黄色に染まる木の葉の天蓋の向こうに時折青空が覗いて、瞳に映る色彩が美しい。
「ニル」
 ピーヒョロロと上空を飛んでいく鳥の声につられて顎を上げていたニルは、雨泽に呼ばれて視線を動かした。
 雨泽があったよと足元の何かを指さしている。ニルは荷物をガシャガシャと言わせながら彼に駆け寄ると、彼の足元を覗き込んだ。
「とってもとってもトゲトゲ。ニルは知っています。これはウニです」
「はずれ。イガ栗」
 ウニは海にしかいないんだよと言いかけて、雨泽が止まる。いや、この世界には海に居ないウニも居るかも知れない。基本的にはウニは海の生き物だが、それは豊穣だけかもしれない……と少しだけ真顔になっていた。
 こうしてふたりが重装備とも言える格好で山に来た目的。それはこのイガ栗――栗のためである。虫が多いために長袖と長ズボンである必要があり、上からイガ栗が降ってくる可能性もあるため頭を守るための帽子が必要。先刻からニルが動く度にガシャガシャと音を立ているのは大きなトングで、残る片手にはバケツも持っている。
「このトゲトゲの中に栗が入っていて、足でこうして……こうすると……」
「トゲトゲがひらきました」
「うん。踵とかで抑えて、こう……」
 イガが割れて覗いた茶色をトングで器用に挟んで抜き取れば、ニルも見たことのある栗の姿となった。
「足で行うのですか?」
「手でやると痛いからね」
 軍手を二枚重ねても隙間から棘が刺さるし、刺さった棘が折れて皮膚の中に残って化膿することだってある。革手袋を用いて手で開いたほうが効率は良いのだが、雨泽もニルも栗農家ではない。程々に収穫できれば大丈夫なので、足で良い、とのことなのだ。
「ほらニル、あれが栗の木」
 イガ栗を指さしていた手をそのまま持ち上げ、木と、そこに成るイガ栗を指差す。
「他の果物みたいに木に成っているのを取らずに、落ちてるイガ栗から取ってね」
「だから栗拾いというのですね」
「そうだよ。ニルは賢いね」
 ニルにいろんなことを教えてくれる雨泽も、こうして現地で動く雨泽も、生き生きとしていてニルは好きだ。アイスクリームを食べに行った日は元気がなくなってしまったし、その前のプールでは倒れてしまったからとても心配していたが、先日のお芋掘りも今日の雨泽もとても元気そうでニルは嬉しくなる。
 今日は栗を拾い、拾った栗をお菓子にする予定なのである。買った栗や菓子でも良かったが、折角だから体験してみようというのが雨泽の言だ。栗拾いは今の時期にしか出来ないし、今日作る予定の菓子も簡単なのだ。何せ材料は栗と砂糖のみなのだから。
「穴が空いてたら取らなくていいよ。虫に食われていると思うから」
「えっと、基本的には3つ入っていて、穴が空いているのは虫が食べている、のですね」
 教わったことを復唱し、こくこくと頷く。それから足元ばかりを見ているとつい迷子になったりしてしまうから、時折頭を上げて位置を確認することを約束し、ふたりは栗を拾っていった。
 食べ切れる量があれば良いから、一時間ほどの収穫。それでもふたりのバケツの中には程よいくらい栗が溜まっていた。

「レンタルキッチンスペースって便利だよね」
 何故なら雨泽は日常的に料理をしないし、ニルも本来食事は必要ないものだから。
「雨泽様は、普段のお食事はどうされているのですか?」
「いつも外食だよ」
「お気に入りのお店へ?」
「それもあるけど、新規開拓に余念がない感じ」
 なるほどとニルは納得した。雨泽が色んな『おいしい』を知っているのはそのせいなのだろう。
 今ふたりは、たっぷりの塩水に生栗を浸しているところだ。浮かんできた栗は虫が居るか食われている可能性が高いから取り除き、数時間そのまま水に浸けておかねばならない。
「栗はこの茶色の鬼皮って部分が実は果肉なんだよね」
 イガが皮で、鬼皮が実。過食部分は種だ。
「お土産にできますか?」
「勿論。鬼皮を剥いちゃうと鮮度が落ちるけど2~3日は平気だし、剥かないで下処理すればもっと長持ちするよ」
 菓子の状態でも生栗の状態でも、どちらもすぐに傷むことはない。大事な人と食べたいとニルがよく望むことを知っている雨泽は、お土産分も作ろうねと笑った。
 途中で買ったお茶やお菓子で会話に花を咲かせれば、それもあっという間。
「蒸そうと思うけど、茹でたのも食べたい?」
「むすとゆでる……ちがいがあるのですか?」
「それじゃあ少し茹でようか」
 大半を蒸し器で蒸し、その間に鍋にお湯を沸かして少量茹でる。
 茹で上がったらさっさとザルに移して粗熱を取り、温かい内に包丁で半分に切った。
「食べてみて」
 スプーンと栗とを手渡され、ニルは食べてみる。
 その間に蒸し器からひとつ栗を取り出した雨泽は、茹で栗と同じように差し出した。
「違いは解る?」
「ゆでたほうがしっとり、でしょうか?」
「そう。茹でた方がしっとりしているけど栗の味は薄くなって、蒸した方はホクホクで栗の味と甘みが濃いんだ」
 水分が必要な訳では無いから、今日は蒸したものを使う。
 そこからはひたすらスプーンでくり抜いていき、くり抜いた栗は潰す。雨泽が粒が残らないほうが好きと言うから、ニルは頑張って潰した。
「後は鍋で砂糖と炒って」
 熱で砂糖を溶かして潰した栗と混ぜる。
「一口サイズ分くらいを茶巾で絞って栗の形にする」
「こう、でしょうか?」
「上手。栗きんとんの完成だよ」
「おせちに入っているものとはちがいますね?」
「それは栗金団だね」
 おせち料理の栗金団はどちらかと言うとサツマイモ料理な気がするが、和菓子の栗きんとんは栗と砂糖のみだ。頬張れば濃厚で優しい栗の味が口いっぱいに広がる。
「栗きんとんが雨泽様の秋の『おいしい』ですか?」
「うん、一等好きかも」
 栗をくり抜くのは面倒だが、材料も工程も少なく、簡単で美味しい。
「ニル、美味しい?」
 秋を食べてる感じがすると雨泽が笑う。
 その明るい表情を見て、ニルはこっくりと頷いた。
「はい。とってもとっても『おいしい』です」


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