SS詳細
撚り合う縁の糸車
登場人物一覧
●刃の音を思い出す
――そう、か。
記憶の合致は唐突に。
恐らくは、あの植物世界での共闘も少なからず影響しているのだろうが。
――そう、だったのか。
合致してしまった以上は、このままではいられない。
この糸の捩れを。縺れを。今こそ解かなければ。
●宿命の時
アーマデル・アル・アマルは、冬越 弾正と共に『再現性九龍城』を訪れていた。
この街の表向きは中華風にまとまった佇まいだが、少し内部へ入れば裏社会の人間が多く住まい、違法建築に違法建築を重ねた街で縄張り争いをする弱肉強食が形を取ったような街である。
ここにはアーマデルが利用している隠れ家がある――が、今回の用事はそれではない。
「……出てこい、『冬夜の
建物の隙間から僅かに外の日が差し込む場所へ、アーマデルの呼び出しに応えて燃えるように黒い影が現れる。
『…………』
呼び出された『冬夜の裔』は、黙って片膝をつき主の指示を待つ。彼は契約に基づいてアーマデルの指令をこなす使役霊だ。
――より正確に言えば、この『冬夜の裔』に限ってはそれ以上の何かを感じていたアーマデルではあるが。
「本当にやるのか、アーマデル」
傍らのアーマデルへ尋ねる弾正。しかし、この九龍城へ行く理由を聞いた時からアーマデルの覚悟を感じていたのだ。その覚悟を応援したい気持ちもまた、偽りではない。
「ああ。俺は……今度こそ俺の意志で選ぶ。弾正には、どうか見届けてほしい」
「……わかった」
改めてアーマデルの答えを聞くと、最後にもう一度『冬夜の裔』を見つめてから、弾正は二人と距離を取った。
「『冬夜の裔』、妄執の主。あんたとは【契約】ではない縁を感じる、俺はそう言ったな」
『そうだな』
「……ああ、そうだ。あんたは……」
『…………』
その名を、言えなかった。あれほど決意を固めたのに、その名を口にすれば運命も固まってしまう気がして。
固まってしまえば、『彼』は――自分の手に掛かるという運命に、また絡め取られてしまうのではないか。
「……いや、その前に」
少しだけ迷って、アーマデルはその名を口にする事を先送りにした。名を呼ばずとも、できることはある。
「俺と戦ってくれ。手加減なしで」
『……それは、鍛錬か?』
「それだけじゃない。全力のあんたに、全力の俺で勝たなければ意味がない。あんたも、俺を殺すつもりで来てくれて構わない」
『…………』
『冬夜の裔』は微動だにしないまま、あくまで使役霊としての姿勢を崩さない。
しばらく黙った後、彼は視線を落としたまま小さく乾いた笑いを零した。
『はは……成程、俺はお前の使役霊だ。例え本当に殺そうとしても、主の命は奪えない。だからこその『つもり』、か』
「それなら心配いらない。一時的にあんたとの契約を解く。あんたは、
『正気か!?』
思わず反射的に顔を上げた『冬夜の裔』の前で、アーマデルは契約解除のために己の指を切りつけよう――として、ふと。
「……契約を解いたら、あんたは俺から解放されて自由になる。逃走も可能にはなるが……流石に、逃げられると困るんだが……」
『解いた瞬間に仕留めてやろうか?』
――何となく、その声を覚えている。
こうして苛立ちを向けられたことが沢山あった。沢山傷を付けられた。
だが、『彼』のお陰で生き延びた。『彼』の優しさもあった。憎しみだけではなかったと信じている。
良いことも、悪いことも、その全てに『彼』の記憶がある。
「解除後すぐの不意打ちだけは勘弁してくれ。弾正に合図を頼んであるから、その後に。俺は、この手であんたを倒してみせる」
『なら、今回は代償の傷なしで聞いてやる。——お前にだけは殺されてたまるか』
指先から糸のように血が滴って地に落ちると、『冬夜の裔』との繋がりが切れる。途端、アーマデルは目隠し越しに彼と視線が合った気がした。
静かでも、叩きつけるような殺意。彼は、本気だ。
「弾正、合図を」
アーマデルに合図を求められた弾正は、間合いをはかる二人を交互に見る。
互いに黒いローブを纏い、黒い目隠しで視線を隠し、俊敏さが活きそうな装束に身を包んでいる。よく見れば相手を狙う体勢もどこか似ていた。
改めて、この二人は――本当に。
(……俺が見届けるんだ。俺だから託したんだ、アーマデルは)
弾正の『平蜘蛛』が合図の唸りをあげた瞬間、二人は地を蹴り互いの刃が交わった。
●あなたが生かし あなたが殺す
互いに一足で地を蹴れば、ほぼ同時にナックルナイフと蛇銃剣が交わって甲高い音が響く。
蛇銃剣の刃をいなすように『冬夜の裔』のナックルナイフが重心をずらすと、アーマデルは体を捻って彼の背後へ回り込みローブを掴む。
だが。
『ガラ空きだ』
一分の隙も見せずデッドリースカイへ持ち込もうとした流れを『冬夜の裔』に見破られ、肘を叩き込まれる。更に足を掛けられ地へ引き倒されると、殺意に満ちたナックルナイフがアーマデルの喉を狙っていた。
「くっ!」
突き立てられる刃を転がりながら避け続けるアーマデル。しかしローブをナイフで地に縫い付けられると、それ以上転がれなくなってしまった。
『冬夜の裔』が持つナックルナイフは両手に持つ一対の武器だ。一つをローブの固定に使ってもまだ一つが残っている。
躊躇わず喉に振り下ろされそうになるその刃を、蛇銃剣で咄嗟に防ぎ押し留める。
「……こ、の……っ」
力と力の押し合いではあるが、上から押さえつける分『冬夜の裔』の方が有利だ。
『この程度かアーマデル。そんな筈無いよな?』
そのような優勢でありながら、『冬夜の裔』の声には儘ならない怒りがあった。
『ここで終わる程度の運命なら、何故お前は生きている。何故『一翼』はお前を助けた!』
脳裏に過る景色。『彼』を見殺しにした最期。その事実に、未だ罪悪感に苛まれない訳ではない。
だが。
『ぐ、うっ!』
『冬夜の裔』が全力で手に集中していた隙に、アーマデルは彼を膝で蹴り上げ窮地を脱する。更に縫い付けられたローブを脱ぎ捨て間合いを離すと蛇腹剣を振り抜いた。
蹴り倒された『冬夜の裔』へ伸びる切っ先。しかしこちらも素早く体勢を立て直すと、辺りに積み上げられているドラム缶を盾に身を潜めた。
「……っ、から……」
彼が姿を隠す間、アーマデルは息を整えながら答える。
「死ななかったから、俺は生きているんだ」
今アーマデルを助けた技も、元はと言えば『彼』が教えたものだ。
生まれながらの体質で寝込むことの多かったアーマデルを、母や姉のように見守り世話をしてくれたのがイシュミルなら。父や兄のように導き、生き残れるようにしてくれたのは『彼』だ。
例え、その理由が好意だけではなくて。もしかしたら、嫌悪や憎悪の方が多かったとしても。
「あの時、俺は結果的にあんたを殺した。こっちに来てからも、死なせたくない奴を死なせてしまった。仕事で必要で、命を奪ったこともある。助けたくても、助けられなかったことも……」
『…………』
「でも、俺はここまで死ななかった。だったら、俺にできるのは、俺がすべきは、死ぬことじゃない!
生きて……死者の安息を守り、生者が前を向く為の障害を取り除く。俺はその為に生きてる!!」
『じゃあ聞かせろよ』
『冬夜の裔』の問いと共に、アーマデルのすぐ傍に積まれていたドラム缶が一斉に崩れる。倒れてくるドラム缶を避けながら声の主を探していると、ひとつだけ凹んだ形に変形したドラム缶が飛んでくるのが見えた。倒されたのではない、勢いを付けて蹴り飛ばされた缶だ。
(しまっ、――!)
『死者の安息を守るためなら……その死者がお前の死を望むなら、お前は死ねるのか』
けたたましい音を立ててドラム缶が完全に崩れた後、その山の上で『冬夜の裔』は呟いた。
●妄執の残響
ドラム缶の山にその姿が無いことを知って、見守っていた弾正がその名を呼んだ。
「アーマデル……アーマデル!!」
しかし、彼の呼びかけにも応じる姿はない。生きているなら聞こえないはずのない、これほどの大声にも拘わらずである。
「頼む、返事をしてくれ! どこにいるんだアーマデル!!」
『…………』
どれほど悲痛な声で呼べども反応はない。アーマデルに限ってそんなことはないと信じたくとも、弾正の目の前には『事実』がある。
「……『冬夜の裔』……いや、お前は!」
『…………?』
抑えきれない怒りをぶつけそうになった弾正。しかし、彼の前にありながら『冬夜の裔』は信じられないような顔で己の手を見下ろしていた。
『……嘘、だろ? なんで……本当に殺してやろうと思って……殺せたのに、どうして』
「まだだ!!」
ドラム缶の山の一角が崩れると同時、『絶叫』の英霊残響が響き渡る。諦念を叩き割る響きが『冬夜の裔』を捉えた直後、アーマデルの姿はドラム缶の山の頂にあった。
「アーマデル!」
「心配をかけた、すまない弾正」
弾正に答えるアーマデルはこめかみから血を流し、目隠しもドラム缶に埋もれた時に破れてしまっていた。片目だけ残っていたそれを外し、アーマデルは山に転がる『冬夜の裔』を見る。
「聞かせろと言っていたな。答えるさ。死者に俺の死を望まれたら……
『……違うのか、今は』
「今は死ねない。生きてやるべきことがある。それに……弾正と生きていたいんだ、俺は」
それもこれも、あの時死ななかったから知ることができた執着だ。生きていれば変わることができると、アーマデルはこの混沌で知った。
「あんたはどうだ。俺に呼ばれてから……何か変わったか」
『……巫山戯るなよ』
『冬夜の裔』がゆらりと立ち上がる。片腕——利き腕を押さえる彼に、利き腕の負傷が元で前線を下がらざるを得なかった『彼』の姿がそのまま重なる。
その負傷はアーマデルに直接の関係はない。しかし、負傷による引退がなければ『彼』との関係も生まれなかった事を思えば、因縁浅からぬ傷である。
『変わってたまるものかよ。妄執の霊が妄執から解放されたら消えるだけだ』
「……そうか」
『お前に呼ばれなければ。せめて、死んだままでいられたら……ッ!
恨みがましく紡がれていた言葉は後悔へ、そして絶望の怒りへと変わる。末期に遺した言葉と共に響くのは『妄執』の英霊残響そのものだ。
(……覚えてる。俺の名を呼んだのが、あんたの最期だった。それこそが、あんたの残響なんだろう)
その残響の波動を浴びながらもアーマデルが後方へ飛び退くと、『冬夜の裔』もすぐさま間合いを詰めてくる。アーマデルはそのまま九龍城の路地へ駆けだすと、追い縋る『冬夜の裔』との命懸けの駆け合いとなった。
●師弟決着
路地へ駆け出した二人を追う弾正は焦っていた。
二人の決着を見届けねばならないのに、身軽で俊敏な二人を追うのが難しいのだ。
(互いに素早い二人の動きを追うのがこれほどとは……どんな形であれ、あれは俺と出会うまでのアーマデルを育てた存在か)
生き残るための術。暗殺の術。出会った頃の乏しかった表情。傷だらけの細い肉体。それら全てを思うと、弾正としては感謝や畏敬より殴り倒したい気持ちの方が勝ってしまうのだが。
(……道雪殿との時も、アーマデルはそんなことを言ってくれていたな)
気に入らない奴は
「……しまった、この路地じゃない! アーマデル!!」
二人は雑然とした路地を裏へ、隙間へと駆け抜けている。
ここを住まいとするアーマデルは、その土地勘で壁や荷物を足場にした最短距離を知っている。
追い掛ける『冬夜の裔』は土地勘では劣るが、アーマデルに身のこなしを教えた『師 』である。
二人の距離は縮まることも離れることもないまま、互いに『何らかのきっかけで足が止まる瞬間』を狙っていた。
(この先は行き止まり……壁の隙間で一瞬やり過ごし、て)
その時、後方の足音が変わった。床を走る音でなく、大きく踏み込んだ音だ。
振り返れば、目の前に影が落ちる。『冬夜の裔』の黒いローブが頭上に広がり――
(——違う。あんたは……
その場で身を伏せながら前へ跳び、背後から急襲する刃を躱す。そのまま蛇銃剣から弾丸を放つが、不可視のはずの弾丸すら彼は掠り傷に留めてみせた。
だが、この間合いがあれば。弾丸を避けるその隙があれば。
(この一瞬に――全てを賭ける!!)
『絶叫』の残響を放つ中、アーマデルの意志が共鳴する。一歩では届かない距離を瞬時に詰めると同時、アーマデルの蛇腹剣が十字に弧を描いた。
『…………』
『冬夜の裔』は、アーマデルの蛇腹剣と同時にナックルナイフを突き出したまま沈黙している。
アーマデルも自身の手応えに確証が得られない中、脇腹に焼き切られたような痛みが走るのを感じた。
それは、いつも『冬夜の裔』が代償につける傷と似たような痛みで――それだけ、だった。
「……『師兄』!!」
ナックルナイフを落とし、その場へ倒れる『冬夜の裔』を抱き起すアーマデル。
その名を。アーマデルにとって唯一人を指す呼び名を。
彼はついに呼んでしまった。
●妄執の果て
『師兄』を呼ぶ声に、弾正が駆けつける。抱き起された彼の様子を見るに、致命傷ではなさそうだ。
歩けそうなので肩を貸そうとしたその手を、『冬夜の裔』自身が拒んだ。
『……殺す気無かっただろ』
「俺は『倒す』とは言ったが、『殺す』とは言ってなかったぞ」
『巫山戯るのも大概にしろよ……』
泣き笑いのような、呆れの混じった声の『冬夜の裔』。
家族のように、師のように慕う気持ち。そのような存在から殺したいほど憎まれる悲しい気持ち。感謝。罪悪感。興味。疑念。
混ざり合う全ての感情を殺意ひとつで塗り替えてしまうことは、アーマデルにはどうしてもできなかった。
それが今日まで生きてきた、アーマデル・アル・アマルという人間だ。
「師兄からは、殺すことを教わった。その師兄を今はもう殺せないが、俺なりの信念と答えで応えたつもりだ」
『死ななかったから生きてる、か。巫山戯てないと死ぬ病気か何かか?』
自力で半身を起こすと、『冬夜の裔』は半ば解けかかっていた目隠しを外す。生前とは真逆の色に変わった髪と異なり、『夜』の瞳は変わらずそこに在った。
「……あんた、そんな顔をしてたんだな」
『『冬夜の裔』としてはこれを外してた時もあっただろ』
「そうなんだが、師兄の顔の記憶が曖昧で。今も、教団の頃の記憶を完全には思い出せない」
『…………』
何とも言えない顔でアーマデルを見る『冬夜の裔』。目隠しを介さない表情にどこか喜びのようなものを感じながら、アーマデルは訥々と語る。
「あんたの望むものを、俺はうまく返せないかもしれない。だが、あんたが妄執を抱くように、俺にも妄執がある」
『お前の?』
「あんたと噛み合わなくても、すれ違っても、……憎まれていたとしても。捨てられない思慕がある。それがあんたへの、俺の妄執だ」
無関心ではいられない。弾正に対するものとは形は違えど、これもまたある種の『
「だからあんたも、あんたの妄執を聞かせてくれ。嫌っても、憎んでもいい。対等でいたいんだ、今度は。弾正が言う、『響き合う』為に」
目を見て、それが哀れみでも怒りでもない、偽りなき本心だと伝える。真正面からのその視線に、『冬夜の裔』は困ったように暫し視線を泳がせてから大きなため息をひとつ。
『……『ナージー・ターリク』は、どうかわからんが。ここにいる『俺』は、死んでも消えなかった未練で残ってる。死ぬほど……いや。死ぬより悔しかった。こんな
「悔しい、とは……?」
『そういう所だぞ、本当に……。……こんなお前が生き残って、何で俺が先に死ななきゃいけないんだってことだ。俺がどれだけ惨めだったかなんて、お前は一生かかってもわからないだろうよ』
言葉にされても、アーマデルにはやはり理解は難しかった。悔しさと惨めさの本当の対象について、彼はこの時口にしなかったからだ。
『だが、結局お前はここまで死ななかった。俺もお前を殺せなかった。だから生きてる。それが事実なんだから、もう認めない訳にはいかないだろ』
何度目かわからない溜息と共に、『冬夜の裔』はアーマデルを見る。
アーマデルには彼の『夜』の目が、少しだけ澄んでいたように感じられた。
『お前を置いて逝きたくない。お前より先に消えたくない。この『俺』は、その未練が何より優先されるらしい。……お前の惨めな最期を見るまで、この妄執は消えない』
「……師兄、それは最期まで看取っ――」
『もういいだろ、俺は霊体に戻る』
それ以上は言葉を寄せ付けず、姿を消してしまった『冬夜の裔』。一度は切れた彼との繋がりも、彼を呼んだ時から再び感じるようになっていた。
「……頑張ったな、アーマデル」
肉体的にも精神的にも、全てをぶつけあって疲れたに違いないアーマデルを弾正はこれでもかと抱き締める。
その抱擁が少しきついとは感じながらも、これもまた彼の愛なのだと今は知っている。
響き合える、心地の良い愛が増えるといい――弾正の愛を享受しながら、アーマデルは目を閉じた。
- 撚り合う縁の糸車完了
- GM名旭吉
- 種別SS
- 納品日2023年10月15日
- ・冬越 弾正(p3p007105)
・アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
・アーマデル・アル・アマルの関係者
※ おまけSS『ときめきアーマデル~約束の木の下で~ セーブポイントの五翼』付き
おまけSS『ときめきアーマデル~約束の木の下で~ セーブポイントの五翼』
●この司書さんは完全に妄想の産物です
「あ~! いらっしゃいアーマデルさん!」
転入した時に『何かあったらいつでも図書室に』と紹介され、初めて来てみたアーマデル。
学校の図書室にしては本棚の配置が迷路すぎるとか、絶対取れない位置にある本が多すぎるとか、色々問題はあるのだがこの人当たりの良さそうな女性司書に関しては……いや、確か初対面のはずだった。何故名前を。
「学校生活はどうですか~? 何かお困りの点があればお力になりますよ~。お困りのことが無くても、世間話でもいいですよ~」
「いや……まだ来たばかりでどんな話があるかもわからないんだが……」
「何がわからないのかもわからない、というやつですね~。そういう時は~、ひとまず教室に向かってみましょう~! どうしても会いたい人ができた時は、また教えてくださいね~」
「ああ……ひとまず教室か。ありがとう。今のところ特に会いたい人物というのは無いな、誰がいるかもわからないし」
アドバイスを貰ったアーマデルは、自分の教室を目指すべく図書室を後にした。
「会いたい人物はいない、ですか~……
司書の受付テーブルには、『過去の記憶』や『分岐点』の記録が山のように保管されている。アーマデルのこの記録が満ちた時、あの約束の木は新たな段階を迎えるのだ。
人に絶望して、人の形を失って、眠りについてしまった片割れに。ひとつでも多くの希望の記録を。
「今回はどのルートでしょうか~。まだ記録が埋まっていないのは……ああ、バッドルートもありますね~。この時点で候補にあがらないということは、過去の弾正さんの線もないでしょうか。現在の弾正さんと約束したすぐ後でないと出ませんからね~。
先輩とのフラグを建てられるのが10日目以降、3日目までにラウランさんとのフラグが……1か月後までに保健室イベントで……」
記録を遡りながら、
紅と緑の鮮やかな髪飾りが愛らしい妄想司書は、主人公の次の訪れを待っていた。