SS詳細
眠れる夜のヒメゴト
登場人物一覧
依頼は無事遂行。けれど、帰路に着くことになったのはとっぷりと陽が沈んだ後であった。
「随分良い時間になってしまったのね。ううん……あまり夜道を帰るのも良いことではないのだわ」
『うん。別のオシゴトが来そうなの』
月明りが煌々と照らす街道はその美しさを壊すような『不躾な輩』も多い。普段は温厚であろうとも敵対的な行動をとるものには反撃をとるLoveが不機嫌そうにつぶやくその言葉に華蓮はどうしようかと街道を見まわした。
「あ、ほら。宿があるみたいなのだわ。今夜はあそこに泊まりましょう?」
『うん。それがいいの』
後で領収書をもらっておかないとね、としっかり者の華蓮が微笑めばLoveはこくりと頷いた。
ちょうど開いていたのは一室。ツインルームと言えどもこじんまりとした室内は夜を明かすには丁度居心地もよい。
「疲れたのだわ。早く休む準備をしましょう」
世話焼きの華蓮がてきぱきとベッドの用意などを整え、湯を済ませてから寝間着に身を包む。
その様子を眺めながらLoveは首をこてんと傾いだ。せっせとお世話をされながらこれも一つの愛なのだという理解がなんとなく感じ取れる。
「大丈夫?」
『うん。準備できたの』
明日の朝はどのルートを通って王都へ戻ろうと考えてから華蓮は「お休みなさい」と柔らかに笑みを浮かべた。
――そこまでは『普通』に仕事で少し遅くなってしまったから一泊していくという冒険者らしい反応だった。
夜も深まり、明かりの消した部屋へとカーテンの隙間から月明りが差し込んだ。規則正しい寝息を漏らす華蓮の布団がもぞりと動く。
傍らのベッドで寝ていたはずのLoveの肢体が華蓮の元へと潜りこみ、その様子が月明りに照らされる。
「ん、ん? ……怖い夢でも見たのかしら」
『そうなの。Loveは怖い夢を見て不安なの』
穏やかに、へにゃりと微笑んだ華蓮は大丈夫よと眠たげに呟いた。傍らのひんやりとしたスライムボディに少しばかりは驚いてしまったけれど――けれど、怖い夢を見たのならばと布団に招き入れてそのまま夢の中へ。
暖かなその感覚は母そのものだ。まだまだ若いけれど、母性たっぷりの華蓮に
うとうとと、微睡の中にいる華蓮にぺたりと寄り添ってLoveはそっと手を差し出して――
……――ふと、華蓮はひやりとした感覚に目を覚ます。きしりと軋んだベッドの音に誰かがやってきたのかと華蓮は眠たげに瞬いた。
「ッん……?」
瞼を上げればそこは先ほどまでのシンプルな宿屋ではなく、白い壁の美しい部屋であった。
夢、そう、夢だ。ここは華蓮の夢の中。
目の前では座り華蓮をじいと見つめるLoveの姿がある。ベッドが軋んだのは彼女がこちらに来たからか。
「ええと……?」
『何かを不安だと思っているの。Loveにはそれが分かるの』
「えっ」
どきり、と胸が跳ねる。華蓮はLoveの顔をまじまじと見遣った。桃色のうっとりとした瞳は華蓮を見上げ、『ね?』と首を傾げられると女性だとわかっていてもどぎまぎと心がぎこちなく震える。
長い睫に縁取られた瞳は華蓮の不安を全て受け止めるように微笑み、分かっているとそのひやりとした腕を伸ばす。
「魅力的な女性になりたいって思っているの。違う?」
「ち、違わないわ。ええ、そうなの。『あの人』の事が……す、好きで……けれど、あの人は何時だって余所見をするのだわ。彼に釣り合う女性にならなくてはいけないの。そう、内面も外見も磨いて大人のレディーに――」
『なれるの。Loveに身を委ねて』
そっと差し出された指先を見つめて途惑う様に華蓮は視線を右往左往とさせる。
「本当に?」
『本当に。前に温泉で美容効果のあるお薬を手に入れているの。
Loveの美容マッサージで身も心も魅力いっぱいになるの』
彼女がここまで親身になって考えてくれているのだ。華蓮は彼女の善意を無碍にはできまいと頷いた。
温泉は美容効果たっぷり。マッサージ慣れしているというLoveの施術ならばきっと『あの人』に釣り合う女性にだってなれるはずとベッドでごろりと寝転がる。
施術の為に衣服は必要ない。一糸纏わぬ姿になった華蓮の体にシーツをかけながらLoveはそっとその背に触れた。
「ひゃ、」
『ふふ、冷たいの?』
ぺたり、と背を這った冷たさに肌が粟立つ。背筋に合わせて這ったそのスライムの掌より感じた冷やかさに身を捩ってから華蓮はちらりと彼女を振り返った。
「ど、どんなマッサージをするのかしら」
『とっておき、なの』
ぐ、とも見込むようにまずは肩。首筋に冷やかに触れた気配にぞ、と感覚が敏感になっていく。
するりとその手は下がり、背を撫でるように肩甲骨に沿い、そのまま腕を揉み込んだ。
「ん、ふふ――くすぐったいのだわ」
『もっともっとヨくなるの』
ベッドに伏せた華蓮の胴よりわずかに毀れる膨らみの輪郭にLoveの指先が触れた。
その感覚により一層刺激を覚えて華蓮はぞ、と体を強張らせた。
『トリハダなの』
「だって、冷たいのだわ。けれど嫌じゃないのよ。これも魅力的なレディになるためですもの」
やる気十分の華蓮の言葉にLoveは頷いた。ならばもっと本気を出さなくては。
腕を沿って、それから、背筋をなぞりゆく。
シーツに隠された部分へも丹念に。べたりとした冷やかなスライムの体が覆いかぶさるように華蓮の体を食んだ。
「ん、ん」
鼻先から空気が抜け、背筋をなぞる気配に華蓮が身を捩る。
これもマッサージ。
マッサージなのだから――決して、嫌らしいことではないのだ。
腰に指先を添えて、ぐ、と押せば敏感になった体は何かを期待するように僅かに浮いた。
『どうかした?』
「な、何も、ん、無いの、だわ」
ふぅ、と奥底から空気を吐き出す様に息を静かにつく。吐息に混じったそれはわずかに湿り気を帯びる。
『何もないなら体は揺れないの』
「そ、そんなことしてないのよ。マッサージですもの」
はあ、とため息が毀れた。湿り気を帯びたそれに満足したようにLoveは擽る笑いを漏らす。
その笑みが肌を沿い、背に一つ痛みが走ったのは花が一輪咲いたからに他ならない。
ちりりとしたそれに目を細め、華蓮は口元に手を当てる。
――これは、『マッサージ』なのだから、決していやらしいことではないのだわ!
そう思えど、声は空しく漏れていく。
「あっ、ちょ、ちょっと――」
『どうかしたの?』
「く、くすぐったいのだわ!」
『……じゃあ、これは?』
指先がぎゅ、と食い込んだ。うつ伏せたその体の前へと潜りこんだそれに「ひゃん」と一段高い声が漏れる。
マッサージと言い聞かせられながらぎゅうと握られれば触れるところから『気持ちがいい』という気にさせられる。
Loveの体に充満した『きもちよくなる』その感覚が夢の中の華蓮をより過敏にさせた。
「んんッ、こ、これはマッサージじゃないのだわ!?」
『ううん、マッサージなの』
「ほ、本当に……?」
本当、と頷くLoveの柔らかな桃色の髪――そうはいってもスライムだ――が華蓮の体を擽った。
「ひゃ、そ、そうね。マッサージ、これはマッサージなのだわ」
二つのふくらみを擽って、そのあと、腰へと感じた冷やかさに身を捩り、体を起こす。
うつ伏せより、真正面から見たLoveの顔は楽し気な笑みが浮かびぺろりと舌が覗いていた。
『マッサージで魅力的なレディになるの』
「こ、これも魅力的になるための大事なことなのね」
『そうなの。きっとあの人ならもっともっとすごいの』
なんて、嘯いてみれば華蓮の体にぞくぞくと何かが走る。彼女の白い太腿を撫でた桃色の手はそのままシーツの中を進んでいく。
ちょっとした『ヒメゴト』の感覚がぬるりと感じ「ひゃ、」と声が反転する。
「あ、ちょ――んん」
羽の付け根を擽られて、口を押えて華蓮はマッサージだからと何度も自分に言い聞かせる。
「ふ、」
口から洩れるそれを堪え乍ら、これがマッサージじゃないこと位『分かって』いるけれど『分かっていない』フリをする。だって、そんなこと知っているなんてはしたないじゃない――なんて。
『ふふ、イイ?』
「す、素敵なマッサージなのだわ……ん、ぁ」
マッサージなのだということを自分に言い聞かせ、その感覚に身を委ねる。蕩けてしまうそれに唇がわずかに震え、華蓮はLoveを見上げた。
恍惚の瞳が笑っている。鮮やかな桃色の瞳は愛情に染まり、自身の持ち得るすべてを分け与えるようにぺしゃりと広がっていく。
ああ、そんな顔されてしまったら――!
腹部を這ったその指先に、唇が緩む感覚に華蓮は首を振る。マッサージで蕩け切ってしまうなんて立派なレディではないのだ。
『素直になるの』
「ど、どういう――ンふ」
『イイ?』
「マ、マッサージにしてはァ、……ッ、少し過激――ぁ」
シーツを掴む指先を撫でられる。その感覚にさえ過敏になってしまって。うつ伏せていく口元から銀糸がシーツへと伝った。
びりり、と走る感覚が足先をぴんと伸ばす。
(も、もう――なんだかダメになってしまう――!)
慌て振り仰いだ華蓮はLoveを押しのける事なんてできなかった。それよりも尚、ぐじぐじになった体の力が抜けていくことと『善意のマッサージ』であることが良心を刺激する。そうだ、彼女は自分のために――。
ぼんやりとした頭は正常な判断ができないまま『されるがまま』
シーツの中を弄り続ける桃色の腕を視線でうつろに追いかけて、唇から洩れる声を抑えることに精いっぱいだと華蓮は唇を震わせた。
「アッ――」
一際高い声が漏れる。金糸がシーツに広がり、ぎゅ、と指先に力が籠っていく。
Loveのぬるりとした体に触れられた個所から高揚し、滑るような感覚がしているとさえ思わせる。
『大丈夫なのマッサージでしっかり愛してあげるの』
「あ、あい――?」
唇は、まるで子供がそうするように言葉を繰り返しただけだった。指先の力が抜けてぼんやりとLoveを見上げた華蓮の頬を撫でてLoveは微笑んだ。
『だからもっと愛されるの』
また、ぬるりとしたその感覚が華蓮の体を襲う様に這い続ける。
愛おし気に撫でるそれは擽るというよりも弄るという言葉がふさわしい。心地よいその快楽に身を委ねられることこそがLoveにとっての普遍的な愛であり、華蓮にとっては『そういうのじゃない』と認識している事でもあった。
愛情たっぷりのその行為に華蓮はマッサージとして愛されなくちゃいけないとぼんやりと考える。何かを考えるたびに霞がかって快楽が鬩ぎ合うそれに堪えきれないと力が入った足先がピンと伸びる。
『こう?』
「ン、ん――」
唇が震えた。首を何度も振ってから華蓮は『当初の事を思い出した』。
これは……『あの人』に相応しい女性になるための美容マッサージで――愛情込めてしっかりと体に刺激を与えてくれていて、決して『そういうこと』じゃないのだ。
Loveの指先がその思考を霞ませて、残ったのはマッサージなのだという強い認識だけだ。
(そ、そうよね、美容の為だものね。頑張らないと……!)
女の子は誰だって美しくなりたいのだから。華蓮のショートした思考回路はLoveの言う通りだと頷く事しかできないままだ。
『しっかりと念入りにマッサージするの。きもち、イイ?』
――マッサージの事を聞いているのだ、と華蓮は認識する。
「ん、い、イイ……」
唇より出たその言葉にLoveは嬉しそうに微笑んだ。それじゃあ、と耳朶を擽る声音が降る。耳元に這った桃色はそのまま内部を撫でて華蓮に堪えきれない感覚を与えた。
『もっと頑張るの』
―――――
――
「……――ン?」
瞼を押し上げて華蓮は自身の体に感じた快い気配に身を捩る。ああ、これも夢の中だ。
夢の中での『美容マッサージ』の感覚にしてはやけにリアリティを覚えるとうとうととしながら瞼が下がる感覚と鬩ぎ合う。
「ん、あ、ふッ――」
唇から漏れ出した音に唐突に驚いて瞼が押しあがる。シーツが揺れ動き、その中に誰かがいるのが月明りに照らされた。
軋む音がする。ぎしり、ぎしりと体重がかかったベッドの悲鳴がやけに響いている。
『これは?』
「ひゃ、ンンッ――」
いや、そんなわけないのだ。これはきっと夢。そう、夢なのだから。
見上げた天井は眠る前と同じ。ああ、けれど感じる感覚は『夢の中と同じ』――自身の秘密に触れるように弄られ、ぞわりと背筋を快楽が撫で続ける。
「ん、ん」
何度も、何度も空音を紡いだ。
感情が濁流の様に巡っている。現状が夢か現実かの区別がつかないままに体は僅かな痺れを覚えて、わずかに揺らいだ。
唇をなぞる冷やかな指先に「夢なのだわ」とどうしてか思わせて。とろりと蕩けた瞳はゆっくりと伏せられる。
きし、きしとベッドの軋む音を聞きながら華蓮はもう一度夢の中へとその意識を手放した。
……翌日目覚めたときに、乱れた衣服と満足げなLoveを見て華蓮は首を捻った。
本当に――本当に夢だったのだろうか?
『おはようなの』
「……おはよう?」
やけに上機嫌の彼女を見ながら華蓮はゆっくりと布団から這い出した。
『帰る準備をしなくっちゃいけないの』
「え、ええ。そうね。まずは朝ごはんかしら。宿の朝ごはんをサービスしてもらえるって昨日言っていたから。
メニューは何かしら? 着替えて食堂に向かいましょうか」
『うん』
頷くLoveはひとまず着替えようと服に手をかけた華蓮の背に咲いた花に小さく笑みをこぼす。それは夜に咲いた淡いヒメゴトーー鮮やかなそれに彼女は気づかぬままブラウスに袖を通した。
「どうかした?」
『何もないの』
――それは、夢のようなほんとのはなし。