SS詳細
亡者へ捧げる餞に
登場人物一覧
今までに何人も殺した。もう、殺すのはライフワークのようなものだった。人を殺せば追われるという事も分かっていたし、そうして追ってきたものも、やはり殺した。
故に、
「死ンじまやァだぁれも、俺を告発出来やしねぇ……死人に口なしって言うからよぉ!! テメェも血反吐ブチ撒けて、死ねやぁッ!!」
夜。ある街の郊外、外れにて。
その青年が追ってきた時も、彼は殺せると思っていた。これからも自分は人を殺し続けるのだと――無邪気なまでに純粋に信じていたのだ。
男の得物は血に錆びた鋭いナイフ。腕を一閃、投擲。対手となる青年――目深にローブを被った細身の男性――は、空中に羽ペンで光る文字を連ねる。文字は三色菫の魔弾となって、飛来するナイフを叩き落とし砕く。
「それで防いだつもりかァ!」
男は手を閃かせる。その内側に再びナイフが現出。複製の術か、呪いの装備か――砕けど失せぬ無尽の刃。
「死ね死ね死ね死ねッ、死ねェっ!!」
男の動きは鋭く、青年の対応は後手に回る。魔力を以てその手の内に巨大な鋏を顕現し、近接してくる男の攻撃に備えるが――
「ひゃはぁッ!!」
男の斬撃は鋭く速い。両手の刃より一瞬で八閃。青年は鋏によって致命的なものから順に抑えるが、防ぎ切れなかった斬撃が腕を、肩を浅く裂く。
「その首の傷をもう一回掻っ捌いてやるよぉ、大人しくしやァがれッ!」
「真っ平ご免だ」
青年は魔力弾を再び連射しながら距離を開け、地を踵で削って制動。
――は、と呼吸をする青年の首に浮く、消えぬ過去の傷。それを笑うように、彼の唇が動いて、『誰か』の声がした。
『まずいなァ、大地。このままだらだらやってたラ、てめぇの首がもう一度地を舐めるゼ?』
声は確かに青年のもの。しかし調子がまるで違う。青年は片目を閉じ、『自分』にいらえた。
「見くびるな、赤羽。あの『兎』に比べたら、こんなものなんでもない……けど、ここは協力者が必要だな」
粗野な口調の『赤羽』。
落ち着いた口調の『大地』。
対手の男からは理解出来ぬ事だったろうが、その身体には、二つの人格が棲んでいる。
――彼の名は、赤羽・大地(p3p004151) 。連続殺人鬼を追い馳せ駆けたイレギュラーズの一人である。
「ゴチャゴチャとうるせぇ野郎だなァ! イカレてんのかァ?!」
「十五人殺しの物狂いにイカレ呼ばわりされるのは業腹だな」
大地は涼しげに返しながら、心の裡に念ずる。
(赤羽、頼む)
――ヒヒッ、貸し一つだナ。
羽ペンを携えた大地の右手が跳ねた。正確には、赤羽が走らせたのだ。宙に紡がれる術式が、闇色の粒子となって解ける。
赤羽が扱うのは死霊術。彼岸と此岸に橋を紡ぐ。
『おやおやおヤ? こいつァ可笑しな話だナ? テメェの話じゃ死んだらおしまい、死人に口なしって事だったはずだァ。――だけどヨ、聞こえねぇカ? この声ガ』
「あ――?」
赤羽が噛みつくように言うなり、周囲の空気がまるで鉛のように重くなった。ひやり冷たく、息を呑むような、名状しがたき気配。
ぱちん、と赤羽が指を鳴らすと、
――おおおぉぉぉ、おぉぉぉおおぉぉ……!!
闇の裡より四方八方から手が伸びた。血塗れの、透けた腕が。
『ここはこんなに賑やかダ。皆々、口を揃えて『お前が憎い』の大合唱だゾ?』
「うおオオッ?!」
死霊。嘗てその男が殺し、今なお未練からその後に憑いて回る霊を可視化したのだ。男はナイフを振り回し、その腕を断とうとした。しかし生きている時ならいざ知らず、刃は透けた腕を擦り抜けるばかり。
「て、テメェぇえ! 何を――何をしやがったァ!!」
「あんたの業を見せてやっただけだ。……俺個人は、あんたを恨んじゃいないけど」
完全に視界を奪われて、男が混乱を来したその瞬間に、大地が飄風めいて飛び込んだ。
「――この声を放っておけるほど、俺は無情じゃ居られないし――それ以上に仕事でここに来てる」
魔力で編まれた巨大な鋏が、じゃきりと音立て闇に開く。
霊魂に干渉能力はないと、男が気付いて踏み出した時には既に遅い。
――彼は既に、大地の
『そんなわけデ、残念な事だガ』
「お前は、ここで終わってしまえ」
男が恐怖の叫びを上げるよりもまだ早く――乙兎切草の一撃が、十五人殺しの快楽殺人鬼の首を、断罪するように刎ね飛ばした。
血が吹き出、夜気に胸のむかつくほどに香る。
『そら、出迎えてやるといイ。そうなればもう、アンタ達でも触れるだろウ?』
おおおおおおぉぉぅ……!
死骸が倒れ伏す。死霊の歓喜に噎ぶ声と、楽しげな赤羽の声が夜気を賑わせた。
――死しても悪鬼に安息無し。大地は魔力の鋏を解き、首無し死体を振り向いて――死体から魂が剥がれるのを、じっと見守るのであった。