PandoraPartyProject

SS詳細

オータム・グローリーの空

登場人物一覧

プルー・ビビットカラー(p3n000004)
色彩の魔女
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら

 艶やかな葉がひらりと舞い落ちる。萌えるような翠より、黄に、紅に。変化を遂げた景色の中でプルーは一人佇んでいた。
「待たせたかしら?」
 駆け寄るジルーシャに気付いてからプルーは「いいえ」と首を振った。ボルドーの帽子にオータムチェックを添えたブラウス姿。普段のドレスとはまた違うカジュアルなプルーの姿に「なんでも似合うのね」とジルーシャは微笑んだ。
「あら、そんなに褒めたって何も出ないわ?」
「ふふ。何かを貰う為に褒めたんじゃないわ。本心よ、本心」
 プルーはくすりと笑った。彼は非常に女性との距離感が近いタイプだ。様々な事に共感し、時には同性の友人のようにファッションを語り合える。
 それ故に時を共にするのは心地良く、彼との距離は直ぐに縮まった。ただし、最初の所のプルーの印象は『親友』だった。そのイメージが変わり始めたのは何時のことだったか。
 嬉しそうに笑う彼の緊張したような表情も、何かを決意したような物思いに揺らぐ瞳も。
(ああ、そうね――)
 屹度、今日という日に彼が『とっておき』を用意したからなのだ。10月11日。プルーにとっては何てことのない日だが、その日付を教えてから彼は深く考えてきたのだろう。
 今日はプルーの誕生日だ。永きを生きる幻想種からすれば大した日ではなくプルーにとっても過行くだけの一日ではあった。
 それでも彼が特別な日だと認識し、緊張した様子で声をかけてきたことがどうにもおかしくて、それから擽ったくも感じていた。つい、待ち合わせよりも早い時間にやってきて、髪型のセットを確認してしまう位には浮かれていた。
 ユリーカやショウに「誕生日は通り過ぎるだけの地点よ」と告げてから、余り触れてこなくなった。幻想種はそういうものだろうと混沌で生まれた彼女達が理解していたのも確かなのだろう。だからこそ、久しぶりに誕生日を祝うというイベントが訪れるとついつい心逸ってしまったのは秘密だ。

 ――今日、少しだけプルーちゃんの時間をアタシにくれるかしら? 紅葉の綺麗な季節になってきたし……お誕生日デート、しましょ♪

 そう、楽しげに笑った彼に悟られないように直隠しにして。何時も通りに微笑みながらその腕をとった。
「散策をするのでしょう? ラージャ・ルビーやオータム・グローリーの葉は美しいわね。空もそれに彩られているのだもの」
「ええ、紅葉を眺めながら歩くのも楽しいかと思って。プルーちゃんは花は好き? コスモスとか見に行っても良いかもしれないわね」
「この後、一緒に見に行きましょう。穴場を知っているわ」
 教えて貰っても良いの、とジルーシャは囁いた。悪戯っこが秘密を共有するような声音にプルーはついついと笑みを浮かべる。情報屋の特権だと囁けば、ジルーシャは「やだ、ワクワクしちゃうわ」と頬に指先当ててから心躍らせた。
 共に森を歩きながら、彩りを眺める。小さなキノコを見付けては可愛いと言い合って、森を走る小リスの姿を追掛ける。何気ない日常を共に過ごせる事がジルーシャにとっては喜ばしかった。
 こうして何かの事情を用意して出掛けるだけではなく、ふとしたときに顔が浮かぶような関係性になる事ができれば――なんて考えたのは少しばかり欲が大きくなったのだ。
 臆病に伝えた心の端をプルーはゆっくりと受け止めてくれている。けれど、一歩ずつしか踏み出せないままで少しばかり、物足りなさを感じ始めたから。
 伝えたい言葉にもう少しの意味いろどりを添えてみた。
「ねえ、プルーちゃん」
 くるりと振り返ったプルーは「どうかしたのかしら?」と囁いた。
「プルーちゃん、誕生日おめでとう……って、きっと、誘う前からお祝いすることはバレてたわよね?
 今日のために準備したの。何を気に入るか、色々と悩んだのだけれど――指先を飾った色彩も、その体を包む色彩も、それだけじゃ足りなくなったから」
 そっと差し出された小箱のリボンを解いてからプルーは「オルゴール?」と問うた。
 鮮やかなエヴァーグリーンの小箱は美しく、細やかな意匠が施されている。
「ええ、音色でアンタを彩りたかったの。良い曲なのよ。きっと、気に入るわ」
「……聞いても良いかしら」
「勿論」
 きりきりとネジを回し、そっと手を離す。響く音色と共に緩やかに回るネジを見守ってプルーは小さく息を吐いた。
「穏やかな音色ね。素敵だわ。まるでプラス・ヴァンドームの景色が浮かぶよう。
 ホワイト・リリーから鮮やかに レネットに色づいていく私の故郷のようだわ」
 彼女の故郷の森は美しい。郷愁は、彼女の心を屹度落ち着けるはずだとジルーシャはこの品を選んだ。芽吹いた若葉のような綺麗な緑色。
 彼女と同じ感想を抱いた事に喜びながら「気に入ってくれたのならば嬉しいわ」とジルーシャは微笑んだ。
「またしばらく、プルーちゃんも情報屋としてのお仕事が忙しくなるでしょうけれど……頑張りすぎて疲れちゃった時は、この音色を聞いて、元気を出してね。
 ……あと、アタシのこともちょっと思い出してくれたら嬉しいけれど」
「ええ、勿論」
 顔を上げてからプルーはくすりと微笑んだ。
「貴方の事ばかりを思い出すわ」
「えっ、それって――」
 どきりと胸が跳ねてからジルーシャはプルーを見詰めた。楽しげに微笑んだ彼女の髪を揺らがせた秋風に「きゃっ」とジルーシャは声を上げる。
 乱れる髪を押さえてざあざあと音立てる木々に耳を澄ませる。秋風の冷たさと、それに舞い踊る紅葉は鮮やかな若草の色をした彼女と美しいハーモニーを奏でている。
「綺麗ね」
 呟いたプルーの横顔を見詰めてからジルーシャはひらりと落ちてきた葉を一枚掌に収めた。
「あら、キャッチしたのね」
「上手にとれたわ。ほら、いかが?」
 穏やかに微笑んだジルーシャはプルーへと差し出した。受け取った一枚を指先でくるりと回してから、プルーはその葉を軽く唇へと押し当てた。
 それから――唇を押し当てた葉をくるりと回してからジルーシャの唇へと押し当てる。
「え、」
 驚き目を見開いたジルーシャにプルーはくすりと笑った。
 ああ、臆病なこの人と随分と一緒に居た。もう少しは意地悪なことをさせてもらってもかまわないだろうか?
 駆け引きを楽しむのだって必要な時間なのだ。どうして、と問い掛けた唇に指先を押し付けてからプルーは「不思議ね」と囁いた。
「あら、この葉と同じように紅色なのね。オータム・グローリーなのは空だけではなかったのかしら?」
 揶揄い笑った彼女をまじまじと見つめてからジルーシャは「もう!」と唇を尖らせた。
 ああ、きっと。彼女はジルーシャの気持ちもお見通しなのだ。そのうえでこうやって揶揄うのだから意地が悪い。
 誰のせいなんて問わずに赤くなった頬を押さえてから「いじわる」と囁くジルーシャにプルーは「案外そうだったわ」と微笑んだ。
 ついつい虐めたくなってしまったなんて言えば彼はどんな顔をするだろうか。
 そんなことを考えてからプルーは鼻先を赤くしたジルーシャをつんと突いて空を見上げた。
 ほら、空の色ももう暫くすれば表情を変え始める。
「それじゃあ帰りましょう。冷えてくるわ?」
 手を差し伸べるプルーにジルーシャは「ええ」と眦に紅を落として頷いた。握り締めた掌は少しばかり冷たかったけれど、手を繋いで居れば暖かくなる。
 望郷の音色を口遊みながら二人は帰路を辿った。忘れる事なんて、ないように。


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