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2人の想いと絆
登場人物一覧
――『死』とは等しく訪れる。
その言葉は人間、あるいは生物であればよく聞く言葉だろう。
では、死ぬことのない者には永遠に無縁な話かと言えば、そうとも限らない。
永く生きる者でも、いつしかその力が途絶えて永劫の生命を失うことだってあり得るのだから。
これは、死ぬことがなかった者が『死』を自覚したときの物語。
再び近づいた、終わりを見据える者の物語。
●
ある日、街から少し離れた小さな庭園のベンチに座って、ミーナは従者であるルナ・トレインと今後のことについて話し合っていた。
烙印によって死神の力を消失し、進行を急速に進められてしまったミーナ。
その影響で今までの記憶がこぼれ落ち、様々な弊害を起こしてしまったのは記憶に新しい。
降りしきる雨の中でどうするかを考えに考えて……最終的に辿り着いたのが、一番信頼できる従者のルナに相談することだった。
『天之空・ミーナは神ではなくなった』。
それはルナにとっては衝撃的な事実でもあった。
神となった時にも話を聞いてそこそこ衝撃を受けたが、今回やってきた話もまた、ルナを悩ませるものでもあった。
「……それって、つまり……」
「うん……寿命によって死んじゃうね」
「あー……」
ミーナの言葉には悲しさ、辛いと言った負の感情が表立っている。
けれどそれは、自分に対する感情というよりも、むしろ『ルナを残してしまう』から表に出てしまっているようだ。
これまで様々な経験を共に積んできたミーナとルナ。
主従関係と言えど、傍から見れば2人のやり取りは友人や姉妹のように見られることもあるほど、絆が強い。
片方に何かがあれば、片方が手を差し伸べる。まさに良い関係性だった。
……だからこそ。それまで繋いだ絆があるからこそ。
片割れを置いて死んでしまったら、どうなるのかわからない。
自分が死んだら、相手は一人ぼっちになってしまうのだから。
「……まあ、仕方ないよね。本来人間なんだから」
何も喋ることが出来ないミーナに向けて、小さく呟いたルナ。
気丈に振る舞っている様子で、大丈夫だよ、と視線を向けるが……やはり1000年も共に生きた主人が死ぬというショックは抑えきれない。
小さく震える手を必死で抑え込み、与えられた真実を頑張って受け止めようとしているのが見て取れた。
●
しばらく無言になってしまった2人。
ベンチに座ったまま、それぞれで色々な事を考えながら時間を過ごしていく。
初めて出会ったときのこと。混沌世界に召喚されてからのこと。
神を恨み、神を殺すために生きてきたルナが、神となってしまったミーナと会ったあの日のこと。
これまでに起こった様々な出来事が2人の頭の中に流れる。
けれど、それを会話の繋ぎとして使おうとすることは、ない。
使ってしまったら、走馬灯のようになってしまう気がしたからだ。
「……ルナ。私が死んだら……」
そうして長い沈黙の後に、最初に言葉を発したのはミーナ。
けれど、言葉が震える。次の言葉が頭に浮かんでいても、堰き止められたように音にならない。
真実を受け入れ、決意をした今でも言わなければならないことが……口から出てこない。
どうにか、この言葉だけはしっかりと伝えたいからと、もう一度自分の頭の中を整理してから堰き止めていた言葉を呟く。
自分がいなくなった後はどうしてほしいとか、忘れてもいいからとか、元気でいて欲しいとか、色々な言葉。
とにかくルナを案じている彼女は、喉の奥に詰まった言葉を必死に振り絞って吐き出す。
「お嬢……」
その言葉にルナもなんて言葉を返せば良いか、しばらく悩んだ。
大丈夫だとか、忘れないとか、様々な言葉がルナの頭を巡ってはなにか違うと振り払って。
安心して欲しいとか、死んでもずっと一緒だとか、もっと違う言葉が流れてきてもそれさえ振り払う。
そうしてルナは、ミーナが頑張って吐き出した言葉に対して言葉で返すことはやめた。
代わりに、大好きなミーナを自分の身体で抱きしめて、包み込む。
「ル……!?」
「じっとして、お嬢。じっと」
じっとして言われて、思わずそのまま抱きしめられたミーナ。
ミーナの耳に届けられるのは、自分の心音。ルナの少しだけ早い呼吸。僅かな衣擦れの音。
自分の呼吸の音。ルナの心音。そよ風で揺れる草木の音。遠くの街で鳴る鐘の音。
色々な音が届けられる中で、数分だけそのままの状態が続いた。
――ルナだって、言いたいことは色々ある。
ミーナがそれに気づいたのは、ルナの腕の中から解放されたときだった。
●
数分後、ゆっくりとルナはミーナを解放。
先程までの緊張感は吹き飛ばされ、いつもの2人の雰囲気が取り戻されていた。
「ごめん。お嬢には、色々言うよりかはこうした方が安心してもらえると思って」
「う、ううん。びっくりしただけだから、大丈夫」
「ボクも色々びっくりしちゃってるから、ちょっと混乱しちゃった……ってことで、ダメ?」
「んー……」
抱きしめられる前よりも、今の方がとても気持ち的に落ち着いていることに気がついたミーナ。
パニックになっていた頭の中もいつの間にかすぐに整理がつくようになっており、抱きしめられた効果がよりはっきりとわかるようになっている。
「落ち着けたから良し……かな?」
「よかった。焦っちゃうと、言いたいことが色々出てくるからね」
少しでも落ち着いて、ちゃんとした言葉が出せるようにしたかったと笑うルナ。
話の内容が内容なので暗くなってしまうのは仕方のないことだが、少しでも後腐れなくするためならと咄嗟に思いついたようだ。
そうして2人は、少しだけ落ち着いた状態で話を続けた。
これからのこと。ミーナが死んでしまうまでに出来ること。
やりたいこと。やっておきたいこと。会いたい人。作っておきたいもの。
色々笑い合いながら語る中、ふとミーナはある問いかけが頭に浮かんだ。
それは起こるか起こらないかで言えば、起こらない話。
けれど、万に一つの可能性だってあり得るかもしれないからと、意を決してミーナはルナに問いかける。
「ねえ、ルナ」
「なに?」
「もし、もしもの話だよ?」
「うん」
前置きをしっかりしてから、ミーナは一旦深呼吸をする。
これから言う言葉はどんな返答になっても大丈夫だからと、自分の心にも語りかけて。
「もう一度。もう一度私が『私』として生まれたなら……また、一緒にいてくれる?」
――その問いかけに対するルナの答えは……。
おまけSS『少しの希望を共に』
ルナの答えを聞いたミーナはホッとした様子でいる。
どんな答えになろうとも、それがルナの答えであるのなら彼女が異論を唱える理由はない。
「あ、そうだ。良いこと思いついた」
そう言うとルナはベンチを立ち上がると、ミーナの手を引いて何処かへ連れて行こうとする。
連れて行かれるがままにミーナは道を歩いて、ある小高い丘に辿り着いた。
大きく風が吹く小高い丘の景色が、あまりにも素敵で。
目に焼き付くほどの美しさが2人の視線を奪う。
「ボクはね、さっきの答えは自分でも間違ってないと思う。思うからこそ……」
そう呟いたルナはミーナの視線を向けて、たった一言だけ伝えた。
「もし生まれ変わったら、この景色で思い出してくれたら嬉しいな」