PandoraPartyProject

SS詳細

六年目の銀星

登場人物一覧

チック・シュテル(p3p000932)
赤翡翠


 その日、境界案内人の神郷しんごう 蒼矢あおやが彼の背中へまず抱いたのはだった。
 思わず触りたくなるような柔らかい羽と、ぼさぼさの長い灰髪。いつも通りのだろうに。

「やぁ。久しぶりだね!」
「……っ」

 声をかけるのとほぼ同時、筋張った手がくしゃくしゃと『雨を識る』チック・シュテル(p3p000932)の頭を撫でた。
 いきなりのスキンシップに怒るでもなく、前髪の間から覗く明るい橙色は、不思議なものを見る様な目で蒼矢を見つめる。

「え、と。案内人、の……」
「蒼矢だよ。いやぁ触ったら気持ちよさそうな髪だから、つい」

 悪びれた様子もなく撫で続ける蒼矢をそのままに、チックは境界図書館の依頼リストへ視線を戻した。
 ここが普通の図書館であれば、受付カウンターのラックには貸出記録や返却したての本が並べられていただろう。
 しかしここは、世界のはざま。ラックに刺さっているのは数多の異世界ライブノベルから寄せられた依頼書たちだ。チックはそれらを両手にごっそり抱え、急ぎの依頼がないか探していたのだ。
 図書館ここを訪れる少し前、チックはローレットにも立ち寄っていた。

――少しでも、誰かの助けになりたい。今日は、とてもいい事があったから。

 そういう日に限って緊急の依頼がないものだから、チックは途方にくれていた。あの依頼も、この依頼も、出発日が遠すぎる。
……ふと、今まで頭に振っていた温もりが離れる。蒼矢が腰を折り、チックの肩越しに依頼書の束へと視線を落とした。

「もしかして、引き受ける依頼を探してる?」
「……ん。今日、なにも、なくて…」
「そっか~、僕が担当している異世界も今日出発の物は無いんだよね。
 だから図書館での仕事はあがって、カフェで出すスイーツの仕込みを……」

 そこで言葉をきった蒼矢の視線は、チックの胸元へと吸い寄せられていた。
 彼の左胸に飾られていたのは、銀色の星飾りだった。折り紙で作られたそれは、所々よれていて、苦戦して作られた物だという事が伺える。

「あ。…これ、孤児院の。……今朝、もらった、から」


 ローレットと境界図書館。依頼を求めて各所へ向かう前、チックはある場所を訪れていた。
 それは天義にある小さな孤児院。特異運命座標になってから六度目の夏、チックがお手伝いをした施設だ。
 ファルマコンとの戦いは天義に深い爪痕を残し、そこに生きる人々――特に子供達が餌食となった。
 ある子供は信仰心を弄ばれてティーチャーの兵となり、ある子供は友達をイコルによって失った。彼ら彼女らの悩みを聞き、時に遊び、時に院長の家事を手伝って、チックは子供達へ未来あしたを示した。
 どうか、子供達が少しでも"生きたい"と思うように。

『えとね、んーとね……チックおにーちゃん、これ、あげる!』
『すみません。この子がどうしても渡したいと言いだして……受け取っていただけませんか?』

 子供達が起き出す前、まだ院長が忙しくない時を見計らって様子を見に来たチックは、思いがけないサプライズに目元を緩めた。
 少女もまた、先刻の戦いで傷つき、孤児院に逃げ込んだ子供のひとりだ。はじめてチックと出会った時は警戒心の塊で、こちらに近寄ろうともしなかったが、
 チックが童謡を口ずさむと、気持ちよさそうに目を細めて聴き入った。同じ時、同じ場所を過ごす中で、少女とチックの距離は徐々に縮まっていった。
 手伝いが終わって帰る頃には服の袖を引っ張られ、帰さないと駄々をこねられたものである。

『……ん。ありがとう。…大切に、する』

 チックが胸に星飾りを付けると、少女の顔に笑顔が咲いた。


「うんうん。無辜なる混沌フーリッシュ・ケイオスでも素敵な物語ノベルが紡がれているんだね。……あ、そうだ!」

 まるで自分の事の様に嬉しそうな表情でチックの話に聞き入っていた蒼矢は、最後にはっと目を見開いた。

「そんなにめでたい事があったなら、仕事してる場合じゃないよチック! こういう時は、お祝いしなきゃ!」
「お祝い…?」
「そう!『思いがちゃんと伝わりました記念日』ってヤツじゃないか」
「…そ、か。でも、何したら、いい?」
「そこは僕に任せてよ!」

 蒼矢がチックの背中に手を添えて歩き出す。一歩踏み出した瞬間、心地よい風がチックの頬を撫でた。
 視界が一気に開け、本棚だらけの景色が気付けばビル街へと変わる。開けた空を見上げれば、しゅーっと流れ星が光の軌道を描く。光が落ちたその先に――ひとつだけ、ぽつんと佇む歩行者用信号機。複雑に白線めぐる道路の中央、まるで世界の中心であるかのように佇むそれをチックは見上げて目を瞬かせる。

「ここ、は…?」
「異世界への扉だよ。案内人によって導き方は違うし、普段は緊急の仕事が多いから見せずに行先へ送り出しちゃうんだけど」

 今日は特別。そう言って蒼矢は信号機に触れた。電池が切れたように沈黙していた信号機は、ぱっと青い男の姿を映し出す。そうして辺りが、光に包まれ――


 まぶしさにギュッと目を閉じて数秒。心地のよいジャズミュージックが耳に流れ込んできて、チックは長い睫毛を揺らして瞳を開いた。

「ようこそ、僕の店へ」

 ふいに背後から声がかかり、チックが振り向く。いつの間にかチョコミントカラーのウェイターの服をまとった蒼矢は、おしぼりとお冷の準備をしていた。
 示されたカウンター席は、チックにはほんの少し高かったようだ。カウンターに手をついてよいしょと半ばよじ登る様にして座ると、カウンター奥からミルクの甘い匂いが鼻孔をくすぐる。掲示されているメニュー表の意味ひとつひとつを崩れないバベルが示し、チックの小さな唇が不思議そうに言葉を紡いだ。

「かふぇ…いん、たー、せく…しょん」
「そう。"交差点"っていう意味さ! 老若男女、どんな人でも行き交う、気軽に来れる交流の場所。それがこのお店」

 ここは元々、「Intersection」の店主が急にいなくなり、物語として成立しなくなった世界。特異運命座標が訪れる事によって物語を進める事はできるが、維持をするのは境界案内人の仕事という訳で、店を見つけた蒼矢と同僚の神郷 しんごう 赤斗あかとが切り盛りをする事になったらしい。

「そんな訳で僕としては、二足の草鞋で大変でねぇ。経営には慣れたけど、人が多い時期なんかは溺れちゃって」
「溺れる、大変……。おれ、手伝えること、ある?」
「勿論! チックは呈茶って興味あるかい?」
「え、と…。うまくなれたら、嬉しい、かも」

 家族と共に暮らす家でも、孤児院の手伝いでも、飲み物の準備を任せられる事はよくある。皆をもっと笑顔にできたら――
 ほわほわと想像して口元を緩ませるチックの前に橙色しあわせいろで満たされた、温かなティーカップが置かれる。
 促されるままに飲んでみると、甘い香りが口いっぱいに広がった。

「おい、し…!」
「お口に合ってよかった。アッサムティーって言うんだ。お好みでミルクもどうぞ」

 とろりと温まったミルクを溶かし入れれば、コクと甘みが増して優しく喉を通り過ぎる。
 チックの羽がふくらと膨らみ、機嫌よさそうに広がった。

「…この、匂い。…キャラメ、ル?」
「おぉ、よく気づいたね! メインは麦芽香モルティーなんだけど、仄かに香るカラメルが紅茶の甘味を後押ししてるんだ」
「もるて。珍しい、におい、する」

 そんな麦芽香の香ばしい香りに砂糖の甘い匂いが混じる。蒼矢が作業スペースに色とりどりの材料を並べ、最後に縦長のガラスの器をトンとテーブルに置いた。
 まず底に注ぐのは湖めいた青いソーダジュレ。ピスタチオのムースで芝を表し、その上にふわふわと羽のようなものが舞い落ちる。

「しろ、くて…ふわふわ。羽、みたい」
「でしょう? 実は薄く削ったホワイトチョコレートなんだ」
「灰色、の、ふわふわ、は?」
「こっちは黒ゴマなんだ。一緒にエルダーフラワーの花びらを散らして、潰れないように薄焼きの焼き菓子フロランタンで蓋をして……」

 パフェのグラスの中に空間を作る事で、羽と花弁のショーケースが出来上がる。羽ばたいた先にあるのはブルーベリーの群青の夜空コンフィチュールと赤ぶどうのヨーグルトで出来た雲。グラスのてっぺんまで満たしたら、縁に白い砂糖を散りばめるスノースタイル

「すごい、な。グラスの、底、から、飛んでる、みたい、だ」
「そう。これはチックのためのパフェだからね。君の頑張りが空のお星様まで届いたんだ」

 ラベンダーのメレンゲに囲まれた中に、そっとマジパンの白い小鳥と、銀の星が添えられる。

「…! これ…」
「タイトルは『チック』だよ。さぁ、召し上がれ!」

  • 六年目の銀星完了
  • NM名芳董
  • 種別SS
  • 納品日2023年10月10日
  • ・チック・シュテル(p3p000932
    ※ おまけSS『やさしすぎる君に』付き

おまけSS『やさしすぎる君に』


 6周年のお祝いに創り出されたスイーツへ、スプーンをそっと近づけて――チックは何やら、プルプルと葛藤した様子で震え出した。

「くっ……」
「どうしたんだい?」
「どこから、崩せば…」

 ストーリー仕立てのパフェを崩すのが勿体ないと感じたらしい。分かるよ! 僕もよくためらうからね!
 そっと小皿を置いてあげると、彼はそこへマジパンの星と小鳥を一時避難させて、ようやくパフェを食べ始めた。
 むぐむぐ、もきゅもきゅ。飛行種の因子がそうさせるのか、雛が親鳥に餌をもらった後のように頬をぷっくりさせて咀嚼する姿が愛らしい。
 味の濃いコンフィチュールを食べた後にアッサムミルクティーで人心地。ほわ……と気を緩めてほっこり息を吐き出す姿もとっっても可愛い!
……なんかさっきから、限界オタクみたいな語彙しか出てないな、僕。
 信号機ぜんせが都会の中での止まり木みたいなものだったから、鳥っぽい子をどうにも、ひいき目で見てしまうのは仕方ない。
 同じ所で立ちっぱなし、仕事しっぱなしだった僕らに、鳥達は羽休めで立ち止まり、温もりを与えてくれたから。

 思い出したら、チックが来店してくれた事がますます嬉しくなってきた。そうだ、お土産も奮発しちゃおう!
 お店のロゴが入った紙袋いっぱいに、ハチミツ入りのマドレーヌやピスタチオのクッキー、お店自慢のブレンドティーまでオマケしちゃう!
 彼にはとても素敵な『家族』がいるらしい。一緒に幸せな時間を過ごして欲しいなと、カウンターから手渡ししようとしたところで――
 ぞく、と言い得もしない違和感が背筋を張い、僕は身を固くした。

「…? 蒼矢、どうし、た?」

 無垢な声が降り、不思議そうに首を傾げるチック。その瞳が蠱惑的な色ぎんいろに染まる。

――そうだ、思い出した。
 出会った頃のチックは、あんなにもふわふわで真っ白な翼をしていたじゃないか!

 それがどうだろう。今や黒ずみ交じりで、何かに染まりかけているような。

「チック。最後に僕から焼き菓子のお土産と……言葉を贈らせて」
「?」

 不思議そうな顔をするチックの瞳は、いつの間にか元通りの橙色に戻っていた。
……もしかしたら、今のは見間違いだったかもしれない。
 それでも僕は、チックの手を取らずにはいられなかった。

「君はで素晴らしいんだよ」
「…それ?」
「僕はね。パーツでも性格でもなく、チックという存在を大切に思っているんだ」

 たとえ姿が変われど、何かに病めど、それをふまえて認めている。
 理由なんてあって無いようなものだから、この気持ちはそう簡単には変わらない。
 境界案内人は導き手だ。特異運命座標が危機に陥った時、直接手を引っ張って引き戻す力はない。

 だからせめて、一瞬でも。思い出した時に、君の助けになりそうな言葉を。

 いつだって誰かを想い続ける君に――"愛情"というお祝いを。

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