PandoraPartyProject

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花火はこんなに明るいのに

登場人物一覧

シャルティエ・F・クラリウス(p3p006902)
花に願いを
ネーヴェ(p3p007199)
星に想いを


 其れは、全くの偶然だったのだ。

 夏の夕暮れというのは暮れ行くのに妙に晴れやかで、散歩するには丁度良い。シャルティエは今日は軽装で、幻想内に並ぶ露店を見て歩いていた。
 いつとて騎士らしくあれ。
 そう思う彼だけれども、いつも肩肘を張っていたら疲れてしまう事だって判っている。
 だから、今日は少しだけ力を抜いて、一人の“客”として露店を見て回っていた。

 夏の果実が出回っている。
 爽やかな風味を彼女は気に入ってくれるだろうか。
 夏らしい服も特価で並んでいる。
 彼女はワンピースを好んでいただろうか。

 ――無意識に“彼女はどうだろうか”と考えてしまう自分に、シャルティエは気恥ずかしくなる。

 白うさぎ。いつだって懸命なあの子。
 何を思ったって、何を見たって、あの子の横顔が脳裏をよぎる。
 でも大切にしたくて、だから気持ちを打ち明けられない。
 何より――己の為に身を投げうった彼女に、きっと己は気持ちを告げる資格などない。
 そう思ってずっと、この想いは心の水底に投げ込んだまま。

 ああ、いけない。
 気付けばまた物思いに耽っていた。シャルティエは改めて周囲を見回す――と。
 其の視界に飛び込んできたものがある。

 ……彼女はこれで遊んだ事はあるだろうか。
 折角の夏だ。服や果実を送るよりも、これならば、彼女と一緒に楽しめるだろうか。
 楽しむくらいなら許されるだろうか?

 そう想いながら、シャルティエは気が付けば……手持ち花火の詰め合わせ袋を手に取っていたのだった。



「まあ。――花火、ですか?」

 そうして其の足でシャルティエが向かったのは、密かな想い人、ネーヴェの自宅である。

「夏の夜市で見かけたんです。ネーヴェさんは遊んだ事はありますか?」
「ええ、昔……たまに。冷えるといけないと言われて、日が落ちる前にばかり、していましたけれど」

 ああ、其れは勿体無い。
 言って、シャルティエは笑う。日が落ちてからの方が花火は眩しい。其の眩しさを楽しむのがきっと良いのに、と。

「火をつけるマッチも貰ったんです。良かったら一緒に、と思って」
「いいですね、やりましょう、か! あ、お水も用意しなきゃ」
「ああ、其れは僕が。ネーヴェさんは袋を開けてくれますか? ……開けられますか?」
「まあ! ……開けるくらい、出来ます。出来ます、もの」
「あはは」

 何せ、彼女はか細いから。
 力仕事なら自分の得意な分野だとシャルティエは言う。
 言いながら花火の袋を渡すと、ネーヴェは頷いて其れを受け取った。そうして、水道はあちらで、器はこちらだと説明をする。
 其れから、花火を楽しむなら広い場所が良いとネーヴェがいうと、では近くの川辺に行きましょうとシャルティエは笑い、準備を終えるとゆっくりと車椅子を押した。
 うんうんと唸りながらネーヴェが花火の袋と格闘している。

 夏の夜は少し蒸し暑い。
 けれども、星がきらきらと輝いていた。



「クラリウス様は――こういう形の花火は、やったことは、ございますか?」

 何とかネーヴェが開けて見せた花火の袋。
 最初にどれに火をつけようか。
 バケツも用意して、マッチも持って。そうして花火を選んでいたシャルティエに、ふとネーヴェは問う。
 え、とシャルティエは顔を上げて、……お恥ずかしながら、と頬を掻く。

「実はやった事なくて。……元の世界でも、今の世界でも。なんとなく触れる機会がなかったというか……やりたくない訳じゃなかったんですけど」
「まあ、其れは……少し、勿体無い、ですね? 花火の持ち方は、お判りになりますか」
「そ、其れくらいは判ります!」

 慌てるシャルティエに、くすくす。意趣返しです、とネーヴェは笑う。
 其の笑顔に、ほんの少しだけシャルティエは安堵を覚えた。

 ――彼女がとある“事件”からこちら、ろくに食事をとってないのを知っている。
 日に日に細くなっていく身体。頼りない其の背を支えてあげたいのに、自分がそうしていいのかという想いがシャルティエを灼く。
 彼女の心を死して尚離さないあの男を思うと、……心がもやもやとして。持て余してしまうのだ。この感情に名前を付けられない。付けてはいけない、そんな気がして、結局何も考えないようにと蓋をしてしまう。
 そうして――“ネーヴェのよき隣人”であろうと、いつもシャルティエは二の足を踏む。

 ああ、まただ。
 物思いに耽るシャルティエを、不思議そうにネーヴェが見つめる。其の視線から逃れるように、シャルティエは適当な手持ち花火を手に取った。

「ネーヴェさんはどの花火にしますか?」
「では、クラリウス様と、同じものを」
「うん。じゃあ、これを」

 気を付けて、と言って渡す。
 受け取る手は悲しい程に細くて、シャルティエは無性に胸を掻きむしりたくなった。

 どうして。
 どうして「お前」は、彼女を置いて行ったんだ。

 今はもういないあの人に、そんな事を思ってしまう。
 自分がどうあがいたって、彼の代わりにはなれやしない。ネーヴェにとっての唯一だった。
 でももういない。ネーヴェがこんなに、こんなに、あらゆる事に苦しんでいるのに、自分は彼になれないから、慰める事すら出来ない!

 ――想いをひた隠しにして、シャルティエはネーヴェに花火を渡す。
 ネーヴェは其れを知ってか知らずか、久し振りです、と懐かしむような笑みを浮かべた。

「この札のようになっているところに、火をつけるのですよ」

 お姉さんぶって教えようとするネーヴェに、シャルティエは笑う。笑ってみせる。何事もなかったように。
 そうしてマッチに火をつけて――彼女が言った通り、薄い紙が札になっている部分に火を移した。

 しゅぼ、と色火薬に引火する音が、妙に大きく聞こえた。



「わあ……!!」

 シャルティエの懊悩は一気に吹き飛んだ。
 色とりどりの火花がぶわっと噴き出して、心配になるくらいの勢いで燃え盛る。
 あか、あお、みどり。様々な色の火花が夜を眩しく照らして、シャルティエの瞳に美しく映り込んだ。

「ネーヴェさん、見て下さい! とても綺麗ですよ!」
「ええ、とても」

 まだ特異運命座標ではなかったころのネーヴェはとても病弱で。夜風に当たると風邪を引いてしまうと、家人はいつも心配していた。
 だからネーヴェは初めて見る“夜の花火”に、僅かに嬉しさを思う。
 不自然に欠けてしまった足を隠すようにかぶせた薄布。燃え移ってしまわないように気を付けながら、持った花火を悪戯にシャルティエに向ければ、熱いですよ、と楽しそうにシャルティエは僅かに逃げる。
 そんなほんの少しのやりとりが楽しくて、……悲しくて。
 ネーヴェはまた、シャルティエに抱いた慕情をゆっくりと、心の水底に沈める。

 自分は、余りにも“足りない”。
 足がたりない。彼と一緒に駆ける脚は、機械仕掛けの紛い物。
 理性がたりない。かの刻印の後遺症か、陽の下に出るのが最近は怖くなってしまった。
 だから自分でも判る程、膚は恐ろしく白くなってしまった。きっと其の事でシャルティエに心配をかけているのも、判っている。
 彼は優しいから、きっと自分を責めるのだと判っているのに。

 ――其れを僅かに“嬉しい”と思ってしまう自分がいるのだ。

 自分はシャルティエの過去を知らない。彼は異世界からの旅人だというが、はて、どのような世界だったのか聞いた事がない。
 恐らく“騎士というもの”が存在する世界ではあったのだろうと推測は出来るけれども――其れ以外は全く想像がつかなくて。
 知りたいけれど、知る資格がない。

 そんな事を思っているうちに、一本目の花火はあっという間に勢いが衰えて、消えてしまった。

「あっという間ですね。でもまだあるから、丁度良いのかな」

 と、シャルティエはネーヴェに二本目の花火を渡す。
 こうやって“楽しい”を共有してくれようとする彼が好きだ。自分と違って負の感情なんてなさそうな彼が、どうしようもなく好き。
 でも、自分には資格がない。彼の事を好きだと告げて、彼の隣に立つ資格などない。
 だからネーヴェは笑う。何もかもを隠して、二本目の花火を受け取って笑う。

 二人はそれぞれ、滲む想いを隠したまま。
 花火に火をつけて、楽しいと笑いあう。この感情にだけは嘘をつくまいと笑いながら。



「線香花火の火が落ちないように、競争をしたり、するのですよ」

 そうしてあらかたの花火を楽しんだ後。
 そうネーヴェが教えてくれたので、シャルティエとネーヴェは線香花火で勝負する事にした。
 といっても、別に負けた方にペナルティがある訳ではない。何かして欲しい事がある訳ではない、ただ、二人とも今の時間に充足を感じていた。

 そうして、ちりちりと線香花火が火花を上げ始める。
 其れもまた、シャルティエにとっては初めて見るもので。

「……大抵、線香花火は最後に、やるものなのです」
「そうなんですか? 確かに……何というか、風情がありますね」
「ええ。……少し……寂しい、感じもします、けれど」

 其の言葉にシャルティエは頷く。
 勢いのある手持ち花火とは違って、今持っている線香花火はとても儚げだ。ちりり、と飛び散る火花はあっという間に消えてしまって、ぷくり、と真っ赤な火のようなものが膨らんでいく。恐らくはこれが落ちないように頑張るのだろう。

「――クラリウス様」
「?」
「……もし、わたくしの線香花火の方が、長生きしたら……クラリウス様がいた世界の事を、教えて、くださいませんか」
「え?」

 まだ、二人の線香花火は生きている。
 慎重に、手を動かさないようにふんばりながら、ネーヴェはゆっくりと言う。

「……他の世界の事を、わたくしは、知らないので……知りたいのです。クラリウス様が生きていた、世界。クラリウス様の、本当のご家族の、事」

 ああ。
 こんな儚い花火に頼らなくたって。あなたに言われたなら、幾らだって話すのに。
 シャルティエは今すぐ線香花火を振るって、火玉を墜としてしまいたくなった。そうして負けましたと笑って、過去の話をしたかった。
 どちらが良い、という訳でもない。父や従者に会いたくないと言えば嘘になるし、けれど、其れはネーヴェやこの混沌で知り合った人々との別れを意味してしまう。
 全部全部、吐露してしまいたかった。そうして、彼女に知って貰いたかった。自分の事、自分の家族の事。そして、自分の想い。
 例え吐露したところで、自分はきっとネーヴェの一番にはなれない。其処にはもうこの世界の何処にもいない“彼”がいて、何処にもいないからシャルティエは彼の代わりにはなれなくて。
 其れでも――

「あ」

 ぽとり。
 先に落ちたのは、ネーヴェの火玉だった。
 ほんの少しばかりの火花の余韻を残して、線香花火は消えてしまう。随分暗くなった夏の夜に、火を見下ろす彼女の白い睫毛が輝いているように見えた。

「わたくしの、負け、ですね」

 ああ。
 こうして、二人はまたすれ違う。

 話しますよ、とシャルティエは言えず。
 話して下さいますか、とネーヴェは言えず。

 お互いに抱いている想いをゆっくりと心の湖に沈めながら、二人は笑い合う。
 こんなに悲しい夏も、あっという間に過ぎてゆく。


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