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SS詳細

怪異! 『恋実る林檎』

登場人物一覧

ハインツ=S=ヴォルコット(p3p002577)
あなたは差し出した
ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)
アネモネの花束


「で、どうして俺がここにいるんだ?」
 不機嫌な様子を隠そうともせずベルナルドは言った。ほとんど初対面の相手に有無も言わせず強引に連れてこられればこんな態度も仕方ないだろう。
「何、簡単な事だ。お前さんのその眼が役に立つと思ったからさ」
 怪異専門の何でも屋でもあるハインツは、実りのシーズンとなってから練達で噂され始めた『恋実る林檎』なる存在によって恋人を奪われたという依頼人から、魅了を解く方法を探して欲しいと依頼されたことでそれを追うことになったのだが、生憎な事に相棒が不在のため一人で捜査することになりそうだった。
 しかし、そこでベルナルドを見つけた。絵を描いている姿を見かけた程度で面識は皆無に等しいが、その能力は知っていた。そしてそれがこの事件の捜査に役立つだろうと思うや、問答無用で事務所まで連れてきてしまったのだ。
 絵画展に提出する絵の締め切りが迫っているため、こんな面倒なこととは関わり合いになりたくないベルナルドではあるが、どうやらハインツの中では既に二人で捜査することが決定しているようだ。
 はぁ……。と深いため息をつくとせめて早く終わらせようと思うのだった。


 さて、そんなわけでタッグを組むことになったベルナルドとハインツは、さっそく練達の街中へと繰り出していた。
 行先はカップルが多い公園や映画館、水族館といったデートスポット。だが、その悉くで手がかりを得られず終わってしまった。

「本命はここだ」
「なら最初からここに来れば良かっただろうに」
 その日、最後に訪れたのは遊園地だった。
 パンフレット片手に園内のアトラクションを一つずつ巡っていく二人。せっかくならと遊んではいるが、目的は忘れてはいない。
 遊びながらもそれとなく周囲の様子を探ってはいた。だが、やはり林檎の気配は感じられず、ここも外れだったのだろうと遊園地を出たその時だった。
 ベルナルドがハインツの肩を掴む。
「どうした? ……まさか!」
「あれが噂の林檎の匂いかは分からん。
 だが、今すれ違った二人組からは確かに林檎の匂いが”視えた”。
 それもとびっきり甘ったるいのがな」
 そう。ベルナルドは匂いを視覚で捉えることが出来るのだ。これこそが、ハインツがベルナルドを今回の相棒に選んだ理由である。
 ベルナルドの指したカップルを急いで追うと、そのカップルが雑踏に消えそうだったのでハインツは慌てて呼び止める。
「すまない、ちょっといいか?」
「僕たち、これから用事があるんですけど?」
「……なんのご用ですか?」
 呼び止められたカップルのうち、男性の方が女性を守るようにハインツの前に立ち、不信な目を向けながら女性の方が尋ねてくる。
 そんな様子は怪しい男――ハインツに突然話しかけられたカップルの様子としては正しく見える。しかし、一歩引いたところで見ていたベルナルドは違和感を覚えていた。
(不安や恐怖はいいとして、これは……焦り?)
 人間の体臭は感情――より正確に言うと、感情に起因する体温の上昇や発汗などによって変化する。ベルナルドは二人の発する体臭の色に感情を見出していたのだ。
「最近噂になっている『恋実る林檎』って知らないか?」
「し、知りませんけど?」
「嘘だな」
「えっ?」
 女性の方が答えた瞬間、ベルナルドには嘘の匂いが視えた。暫くはしらを切ろうとしたが、詳しく問い詰めると漸く観念したようで林檎について聞き出すことに成功した。
 どうやら特定の手順を踏むことで『林檎売り』なる人物に会えるらしい。
 SNS上で隠語を用いた投稿から売人からの接触を待ち、更にそこから合言葉を使って念入りな確認をした後に地図が送られてきた。

「あんたらだね、この林檎が欲しいってのは?」
 入り組んだ路地裏の先で待ち構えていたのは、なんらかの技術で顔を隠した怪しげな人物。声は変声機越しで完全に正体を隠している。が、ベルナルドにとっては見覚えのある匂い辺りに漂っている。
「間違いないな……」
 ベルナルドの言葉にハインツは頷くと一歩前に出る。
「すまない。俺たちが欲しいのはその林檎ではないんだ」
「ほぅ?」
「その林檎に関係を壊された人から、魅了を解く方法を探してくれと頼まれている」
「……なるほどねぇ。ならこっちじゃな」
「これは……?」
「『恋散る梨』。林檎の効果が中和されて元に戻るじゃろう」
 随分と簡単に出す林檎売りだが、商売になれば何でもいいのだと言う。
 こうして、『林檎売り』から『恋散る梨』を買ったハインツは、後日依頼人にそれを渡すことで無事に依頼達成となる。
 が、依頼人によると、その後は結局恋人と別れることになったらしい。林檎の効果とはいえ、一度他人に靡いてしまった相手を好きになることは出来なかったのだとか。
 その話を聞いて、ベルナルドとハインツはやれやれと肩を竦めるのだった。

  • 怪異! 『恋実る林檎』完了
  • GM名東雲東
  • 種別SS
  • 納品日2023年09月22日
  • テーマ『『Autumn Sunday』』
    ・ハインツ=S=ヴォルコット(p3p002577
    ・ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941
    ※ おまけSS『怪異! 『恋実る林檎』 アフターストーリー』付き

おまけSS『怪異! 『恋実る林檎』 アフターストーリー』


 依頼を完了させてから数日後、無事に展覧会用の絵を完成させたベルナルドはふと思い立ってハインツの元を訪れた。
 例の林檎の件はその後どうなったのか、と。
「……なんでその林檎がここにある?」
「いや、実際にどんなもんなのか試してみるのもいいかと思ってな」
 ハインツに迎え入れられると、テーブルの上には見覚えのある林檎が置かれていた。どうやら、梨を買った時に林檎の方も買っていたようだ。
 嫌な予感しかしないベルナルドは、さっと踵を返して帰ろうとする。が、がっしりと肩を掴まれて放して貰えない。
 強引に椅子へと座らせられると、ハインツが目の前でその林檎を剥いていく。今後似た怪異が出た時、それらが自分たちの口に入ることもあるかもしれない。その時に平静でいられるように、一度自分たちでも食べてみようという事らしい。
 本当は頼りになる相棒と実験する予定だったが、今日もその相棒が不在でありそんなときにちょうどよくベルナルドが来たものだから、これ幸いと実験相手に選んだのだ
「なんだ、怖いのか?」
「馬鹿を言うな。そんな林檎くらいで人の気持ちがそう簡単に変わるものか」
 挑発的なハインツの物言いにベルナルドは本心で返しつつ、林檎の一切れを刺したフォークを奪い取るように受け取る。
 そして二人同時にそれを口へ。
 しゃくりとした心地よい触感にみずみずしく芳醇な香りと甘さが口の中一杯に広がるが、後から来る酸味がさっぱりと流してくれるためくどいとは感じない。
「普通に旨いが……それだけだな」
「ほらな」
 やはり、怪異などというものは存在しない。自分たちの会った林檎売りは結局、なんらかのペテンを仕掛けていたのだろう。と考えたベルナルドだったが、林檎を飲み込んで数秒ほどして体調に異変を感じる。
 脈拍が速くなり、呼吸も浅く速く。体温も風邪で熱が出た時と同じくらいに上がっているような感覚がある。
 そしてなにより――。
「いろっぽいな……」
 同じように暑さを感じていたらしいハインツが上着を脱いで薄着となると、汗でシャツが張り付き浮き出た体の輪郭に目が釘付けとなってしまったのだ。
「お前こそ……」
 ハインツもハインツで、ベルナルドに対して同様の感情を持っているらしかった。頬を赤く染めて、そっと右手でベルナルドに触れると逞しい筋肉の脈動を感じてうっとりとしている。
「……」
「……」
 じっと見つめ合う二人。そのままハインツがベルナルドを押し倒すと、ゆっくりと顔を近づけていく。
 そして次の瞬間――ハインツの顔が勢いよく後ろへ弾かれた。
 僅かに残っていた理性によって、ベルナルドが押し返したのだ。
「はっ! 俺は何を……」
 押し返すと同時に、万が一に備えて用意してあった梨を口にねじ込まれたハインツは急速に落ち着きを取り戻し、ふらつきながらベルナルドもまた梨の一切れを口に入れる。
「まさか、こんなものが実在するとはな……」
 あの瞬間。愛する人の顔が脳裏をよぎらなければ危うかったかもしれない。ベルナルドは冷や汗を流しながらごくりと唾を飲み込む。
「とまぁ、実際に怪異ってのはあるんだよ。貴重な体験が出来て良かったな?」
「何が貴重な体験だ、ふざけんな! 危うく一線越えるところだっただろうが!」
 なぜか得意げなハインツにベルナルドは盛大にキレるが、ハインツはどこ吹く風と全く気にした様子もない。
「また機会があったらよろしくな」
「二度とゴメンだ!」
 爽やかに笑うハインツにベルナルドはそう返すのだった。


 ちなみに、『恋実る林檎』に関してだが、暫くすると潮が引いたようにその噂が消えていき人々の間で語られることはなくなっていた。
 それと同時に、『林檎売り』との接触に必要な隠語や合言葉を発しても、『林檎売り』からの接触はなくなっていたという。
 だが、『恋実る林檎』の存在を人々が完全に忘れたその時には、名前や商品を買えてまたどこかに現れるのかもしれない――。


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