PandoraPartyProject

SS詳細

モスコミュールに揺蕩う

登場人物一覧

ミディーセラ・ドナム・ゾーンブルク(p3p003593)
キールで乾杯
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯

「乾杯」
「かんぱぁい」
 この時期の幻想は冷える。南国気候だと思われる海洋でさえも少し冷え込むのだ、オーソドックスな都市である幻想の寒さは推して知るべしであろう。
 此処はアーリアの家。シンプルに、けれど女らしさを忘れない小物を所々に配置した小綺麗な部屋で、アーリアとミディーセラはグラスをかちり、と鳴らした。
 最初はただの飲み友達だった。其れがいつしか心から離れない人になり、何よりも大切な人になり。命の長短という課題がまだ残っているが、其れでも、二人はいま幸せだ。
「えへへ、みでぃーくんと飲むお酒はいつも美味しいのよねぇ」
「ありがとうございます。わたしも、アーリアさんと飲むお酒はいつもより……深みを感じます。これが幸せというのかしら」
「えへへー。恥ずかしいわぁ」
 見てるこっちが恥ずかしいとはこの事である。仲睦まじくまずは最初の杯を空ける二人。流石最初は飲み友達だっただけあって、其のペースは早い。ボトルに酒を均等に注いで、また一口。この酒の度数はいくつだったろう。ウィスキーくらいだったような、違ったような。
「そういえば、最近はどうでしたか? また色々と騒動が起きているみたいですけれど」
「最近? そうねぇ……確かにいろんな依頼があって忙しかったわぁ。海洋では絶望の青を攻略するぞー! って沸いたり、あとは……お酒をのんだり?」
 アーリアの記憶は大体お酒で彩られている。誰かと飲んだ、宴会をした、そんな楽しい……時々失敗もするけれど……思い出で一杯だ。
「最近だと、お友達と久しぶりに会って飲んだわねぇ。途中から記憶がないけれど、家に帰りついてたから何も問題はなかったんだと思うわぁ! ローレットを離れて飲み歩いてたんですって、うらやましいわぁ」
「飲み歩きですか……飲み歩きの為にローレットを離れて?」
「ううん、休暇を貰ったんですってぇ。鉄帝の騎士さんなんだけどねぇ」
 でも、また戻ってきてくれて嬉しいわぁ。アーリアは言うと、一口酒を舐める。そうですね、とミディーセラも続く。戦力が増えるのは喜ばしい限りである。
「其れから、ギルオスくんとお仕事に行ったりもしたわぁ。憲兵とダブルブッキングしたのはちょっと予想外だったけどぉ……お店のワインは美味しかったし、怪我もしてないし、まあ」
 ね。うんうん。
 仕事のターゲットにとある“特殊な条件”があった事はあえて伏せ(いつかはバレるけど今はバレたくない。其れって、乙女心じゃない?)うんうんと頷いて流そうとするアーリア。
 ミディーセラは少しだけ酔いを含んだ目で、大変でしたね、と呟いた。其れは心からのねぎらいの言葉のつもりだ。……でも、何だろう。
「其れから、あ、別のお友達ともお酒を飲んだわぁ。レ……言葉遊びの上手な人で、お話してて退屈しなかったわねぇ」
 もやもやと胸におこるこれを、ミディーセラは抑えられない。
 自分がいない間に、彼女はお酒をたくさん飲んでいた。其れは良いだろう。お酒を飲まないアーリア・スピリッツなど存在しない。其の程度の論文は書けるつもりだ。
 けれどけれど、相手は誰? 騎士? お友達? ギルオス・ホリスは男性である。アーリア・スピリッツは女性である。何もなかったという証拠はない。
 あるのは、互いの間にある儚くも強い信頼だけ。……けれど、ねえ。其の信頼だって、時には揺らぐものだし。彼女が愛を守らない人だと思いたくなくたって、こんな、楽しそうに話されたら……
「……ずるいです」
「……? みでぃーくん」
「あーりあさんばっかり、ずるい。お酒飲んだり、お仕事したり、お酒飲んだり。ずるい。ねえ、相手は男ですか? ギルオスさんは男性ですよね? お酒を飲んだ二人は誰なんですか? 特に最後。嫌な予感がします」
「み、みでぃーくん」
 虎の尾を、ならぬ、白い尾を踏んだ。アーリアはそう思った。
 ミディーセラは頬を膨らませながら、次の瓶を勝手に開けて中身をたくたくとグラスに注いでいる。アーリアに一言も断りなく、だ。これは、明らかに……拗ねている。
 そんな彼も可愛いと思ってしまうのは、四百四病の外というべきか。しかし拗ねたまんまにしておくのもきっと良くない。アーリアは己もお酒をのどに流し入れ、言い訳を始める。
「あ、あのね? お友達は刀根さんっていって、とても誠実な人なのよぉ。本当に、お友達で」
「わたしがきいてるのは、最後のおともだちです」
「うっ」
 言葉に詰まった。こればかりはまずい。だって、だって――“レオン・ドナーツ・バルトロメイと二人きりで呑んだ”なんて言ったら明らかにヤバいじゃない!
「さいごのおともだち」
「……」
「さいご」
 じっ、とミディーセラの瞳がアーリアを見つめる。逃げる事も、濁す事も許さない。わがままながらも強い意志を秘めた瞳だ。
「……レオン、さん、です……」
「……」
「……」
「……」
 お願い何か言って!!
 アーリアは空のグラスを持って俯いたまま、顔を上げられずにいた。怒ってるのかしら。嫌われたかしら。嫌われたら、嫌だなぁ。私が一番お酒を飲みたいのは、一緒に飲んで楽しいのは、みでぃーくんなんだけど、なぁ。
「……ふーん。楽しかったですか。楽しかったでしょうね。だってあのレオンさんですもの。きっと巧みな話術でアーリアさんも楽しかったでしょう」
「う、うぅぅぅ……!」
「私がいない間、アーリアさんはほかの人と飲み歩いていたんですね。あーあ、寂しい」
 此処まで言って、ミディーセラは内心で驚いた。
 寂しい? 自分が? 長命ゆえに数多の死をみとってきた自分が、寂しいだなんて。
「うっ、うえ、」
「……あーりあさん?」
「ふええええん! ごめんなさーーーーい!」
 吐きそうなのかと覗き込んだミディーセラが見たのは、アーリアの泣き顔だった。トマト宜しく酒精で熟れた赤い頬を、透明な雫がいくつも流れてゆく。ごめんなさいを繰り返しながら、許しを請うようにミディーセラの腰に手を回すアーリア。
「寂しくさせてごめんなさいっ、一人にさせてごめんなさーーい! 私が一番飲んでて楽しいのはみでぃーくんだけだから! みでぃーくんに嫌われたら私、禁酒ものだわぁ!」
「そこまで」
「そこまで! ……いや、禁酒は出来るかどうか判らないけど……でも! みでぃーくんとこうやって飲んでる時が、酒場でほかの人と飲んだ時より何倍も美味しいわぁ!」
 わんわん、と腰に縋り付いて泣く彼女を、何処か冷静にミディーセラは見下ろしていた。冷静というか、酔いが過ぎて頭の芯ははっきりしているというか、そういうアレだ。
 みでぃーくんはとってもかっこいいしすてきだし、選ぶおさけもおしゃれだしお洋服だって尻尾のりぼんだっておしゃれだし、と何故か“アーリアが選ぶミディーセラのステキなところ”を挙げだした彼女を見下ろしながら、ミディーセラは酒を一口舐めた。
 彼女と飲んだ“友達”は、仕事をした“同僚”は、彼女の泣き顔を知っているのだろうか。
 ――きっと、知らないだろうな。
 そう思うとなんとなく胸がすく。其れでいい。アーリアの酔った顔は誰が知っていてもいい。けれど、彼女の本当の喜怒哀楽は、自分だけが知っていたい。独占欲だ、わかっていますとも。
「……」
「……?」
 アーリアの目の前に、白い手を差し出すミディーセラ。
 其の意図を測りかねて、アーリアは長いまつげを濡らしながらぱちぱちと瞬く。ああ、メイクが取れかかっている。折角大事な人の前なのに。
「私も少し大人げなさ過ぎました。……仲直りの握手、です」
「……。~~~! ミディーくうううん!!」
 腰から首に手の位置が変わり、思い切り抱き締められる。ふわふわと酒精の香りがする。ああきっとそう、こうやって嫉妬してしまったのは、お酒の所為。なんでもかんでも、お酒の所為。自分たちが出会ったのはお酒のおかげで――でも、良いじゃない。お酒に振り回されながら、日々を生きていくのも悪くない。
 ミディーセラの片手をぎゅっとアーリアの細い手が握り、もう片手は首に回して。頬に柔らかい感触を何度も受けながら、ミディーセラは存外冷静な対応が出来たことに安堵していた。
 でもね、ミディーセラ。君が嫉妬を見せるのは、きっとアーリアの前だけだ。
「仲直りの一杯! 飲み直しましょぉ! みでぃーくん、大好きよ!」
「ええ、私も愛していますよ。……でも、あんまり無防備な真似は控えてくださいな」
「はぁい」
 さて、このYESは何処まで信用できるだろう。其れを知るのは、酒ばかり。
 其れでもこの恋人たちは元の鞘……というところで、はつかねずみがやってきた。ひとまずこのお話はおしまい。

  • モスコミュールに揺蕩う完了
  • GM名奇古譚
  • 種別SS
  • 納品日2020年02月14日
  • ・ミディーセラ・ドナム・ゾーンブルク(p3p003593
    ・アーリア・スピリッツ(p3p004400

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