『四番目』との休日

登場人物一覧

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　秋の始まりのある日。朝早くからセシルがそわそわとしながら待っていると、遠くから声が聞こえてきた。
「セシルさーん！」
「っ！」
　その声に顔を上げると、そこにはクワトロの姿があった。
　クワトロは致命者であり、勢力として考えれば敵対関係にあるため来てくれるかは分からなかったのだが、なんとか都合をつけて呼び出しに応じてくれたようだ。
「すみませんお待たせして――へぶっ！」
「わわ！　大丈夫ですか！？　待ち合わせ時間までまだあるんですから、そんなに慌てなくてもいいんですよ」
　何かに躓いて転んだクワトロを見てセシルが慌てて駆け寄ると、恥ずかしそうに頭を描きながら誤魔化すように笑う。
「いやー、先日に続いてこうして遊べるのが嬉しくってつい……」
「ふふっ。でしたら、ちゃんと最後まで楽しめるようにしましょう？」
　助け起こされながらクワトロがそう言うと、セシルはクワトロの顔や服についた土埃を拭いながら言う。せっかくの楽しい時間なのだから、不注意で怪我をしてしまっては勿体ない。
「それにしても、ここが噂に聞く練達ですか……。なんというか、すごい景色ですね」
「混沌はどの国も独特の文化がありますけど、ここは他とは大きく違いますよね」
　そう。今日は二人で練達に遊びに来ていたのだ。
　立ち並ぶビル群は他のどの国でも見ることが出来ないもので、始めて練達を訪れるクワトロは周囲を見渡してその光景に圧倒されている様子だ。
「さぁ、行きましょう！」
「はい！」
　セシルはそんなクワトロの手を握ると、街の中へと駆けだしていくのだった。

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　二人が最初に訪れたのは、練達の一角にある城のような建物。入り口の自動ドアを開けると、そこには軽快な音楽が流れ多くの人が行きかっていた。
「ここがデパートという場所です。この建物の中にたくさんのお店が入っていて、ここだけで色んなものが買えるんですよ」
「へぇ……。デパートというんですね」
　フロアマップを見てみると階ごとにある程度は商品の傾向があるようだが、科学者たちの新発明体験コーナーなどとい物もあるのがいかにも練達らしい。
「クワトロさん！　右です、右の物陰に隠れましょう！　そっちは左です！」
「え、あ！？　モンスターが！」
「すぐに行きます、少しだけ耐えてください！」
　おもちゃやゲームのある階では、新発売というVRゲームの体験プレイが出来るとのことで、二人はVRゴーグル越しの仮想現実世界を見ながら、専用のコントローラーを振り回して白熱していた。
　互いに協力して冒険を行い、体験プレイで設定されている最後のボスを見事に倒すと思わずハイタッチしてしまったほどだ。
　体験版クリアのご褒美にお菓子を貰うと、次は別の階へと足を運んでみることにする。
　互いに似合いそうな服やアクセサリーを見繕ってみたり、用途がイマイチよく分からない不思議な機械の変な動きに声を上げて笑ってみたり。
　そうして過ごしているといつの間にか昼食にほどよい時間になっていたので、二人は地下一階へと向かった。
「地下一階ではいろんな食べ物が買えるんですよ。ここで何か食べ――」
「あー。お昼だとやっぱり混んじゃいますよね」
　腹ごしらえを考えていたセシルだが、同じように考えていた人は多く地下一階は非常に混雑しており、落ち着いて食事という雰囲気ではない。
　ゆっくり過ごしたいセシルとしては、これは少々望ましくないだろう。
「うーん……。――あっ！　良い案があります！　まずはお昼を買ってきましょう！」
「え、あ……はい！」
　何か思いついたらしいセシルは、クワトロと共に地下一階を巡って昼食を買う。
　選んだのは弁当やサンドイッチなど持ち運べる食べ物だ。一通り巡って十分なだけ買うと、それらにはまだ手をつけず地下一階を脱してエレベーターへと向かった。

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「わぁっ！」
「もしかしたらと思ったんですけど、やっぱりこちらは人が少なかったですね」
　二人が訪れたデパートは屋上が開放されているのだが、暦の上では秋とはいえまだ昼間は暑く屋上で過ごそうという人は少なかったようだ。
　狙い通り人影は少なく、ここならばのんびりと過ごすことが出来そうだ。
　ベンチに並んで腰掛け「いただきます！」と両手を合わせて昼食に舌鼓を打つ。
「そういえば、クワトロさんってどんな食べ物が好きなんですか？」
「うーん、美味しく食べられるものなら大体なんでも好きですけど、強いて言えば甘いものとかしょっぱいものとか……味のはっきりしたものでしょうか？」
　子供っぽい味覚をしているらしいクワトロと雑談に興じていると、ある時セシルはクワトロの様子を伺いつつ切り出した。
「クワトロさんたちの事もっと知りたいなって思うんですけど……聞いても大丈夫ですか？」
「制限されている所もありますが、それ以外であれば大丈夫ですよ」
　逡巡したが、クワトロはまぁいいかと笑顔でそう答えた。
「といっても、そこまで話せることもないんですよねぇ」
「そうなんですか？」
「えぇ。私たちはつい最近生まれたばかりなので、語れるほどのものがなく……。任務で私がどんな様子なのかはご存じでしょう？」
「あはは……」
　セシルもよく知るように、クワトロのドジと不運は筋金入りであり任務に成功したためしがない。自嘲気味な言葉に、セシルも苦笑いするしかない。
「それじゃあ、普段はどんな事をしてるんですか？」
「任務に行ってるか、そうじゃないときは体を休めるために大人しくしてるかですね。だから、こうして遊びに誘ってくれて本当に嬉しかったです！」
「でしたら、この後もめいっぱい楽しみましょうね！　……答えにくかったらいいんですけど、他のお仲間さんとはどんな感じなんですか？　ほら、ドゥーエさんとか」
「ドゥーエですか……。嫌いではないんですけど、ちょっと苦手といいますか……」
　失敗を繰り返すセシルに、ドゥーエはよく絡んでくるらしい。「また失敗したの？」「使えないヤツ」などと言われるが、まったくもってその通りであるためクワトロは言い返せないのだと。
　しかし、そんなドゥーエも言葉こそ悪いが、クワトロが落ち込み過ぎないように気を使っていたようにも感じられたので、そこまで嫌うことも出来ないという。
「あ！　そういえばこの前、遂に私にも後輩が出来たんです！　チンクエっていうんですけど。後輩に負けないように頑張りますよー！」
「後輩さんですか！　それは良かったですね、頑張ってください！」
　クワトロに頑張られるとローレットとしては少々困ったことになるのだが、ここでそんな野暮は言いっこなしだ。セシルの応援にクワトロはありがとうございます。と笑顔で返した。
　そうして話していると、昼食も食べ終わりデパートで過ごす時間は終わりを告げた。
　午後からは練達の街中へ繰り出し、他の国では見ないような様々な景色を見たり、ウィンドウショッピングをしたりといった時間を過ごすのだ。

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「今日は楽しかったです。先日の海に続いて本当にありがとうございました！」
「そう言ってくれて僕も嬉しいです。また、機会があれば遊びましょう！」
　夕暮れ近くまで遊び倒すと、名残惜しいがお別れの時間だ。握手を交わす二人の手に力がこもるのは、”次の機会”はもう訪れないだろう事を互いに予感しているのかもしれない。

　二人が分かれた後の練達で、肌寒さを感じさせる風に乗って紅葉したイチョウが舞う――。

おまけSS『『四番目』との休日　Side：クワトロ』

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　今日はセシルさんと練達で遊ぶ予定です。
　ふふっ。今から楽しみですね。ドゥーエやトレには不思議がられましたけど、なんとか誤魔化すことは出来たと思います！
　さぁ行きましょう、練達へ！

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　あっ、セシルさんがいました！
　待ち合わせまだ十分くらいあったと思うんですけど、いつから居たんでしょう？　ともかく、これ以上お待たせする訳にはいきませんね。早く合流しましょう。
　――へぶっ！　またやってしまいました。たはは……ちょっと恥ずかしいですね。耳が赤くなっている感じがしますが、気にしないようにしましょう。
　セシルさんの言う通り、ここからは気を付けて今日一日をめいっぱい楽しめるようにしないとですよね！

　……それにしても、ここが噂に聞く練達ですか。
　海洋や豊穣、鉄帝と今まで回ってきましたけどそのどことも違う景色です。ビルっていうんですか？　凄いですよねぇ。
　あ、セシルさん笑ってます？　仕方ないじゃないですか、初めてなんですから～！

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　わぁ、たくさんの人がいます！　ここは一体なんの建物なんでしょう？　デパート……？　ふむふむ、この建物の中にいろんなお店の集まっているんですか。どんなお店があるんですかね？　面白そうです！
　えぇと、一階は生鮮食品や日用品、二階は衣料品や装飾品、三階はおもちゃやゲーム……本当になんでもありますね！
　え、どこに行きたいかですか？　そうですねぇ……。実は、ゲームというものに興味がありまして……行ってみてもいいですか？
　ありがとうございます！


　ゲームって色んなのがあるんですね～。……あ、このVRゲーム？　というのが体験できるようです。ちょっとやってみませんか？
　えっと、このゴーグルをつけて、コントローラーというのを握ればいいんですね？　わわ！　いつの間にか森に転送されてます！？
　え、映像が見えてるだけ？　そうなんですか？　あ、本当です。ゴーグルを取れば一歩も動いてませんでした。
　……気を取り直して。出てくるモンスターを倒しながら奥に進んでいけばいいんですね。操作方法は……なるほど、分かりました。
　意外と簡単そうですね。この私が勝利に導いてあげましょう！

　このモンスター強すぎませんか！？　えい！　やぁ！　え、右！？　左！？　どっちに行けばいいんですか！？　助けてください、セシルさぁ～ん！

　はぁはぁ……。思ったよりも手強い相手でした……。でも、なんとかクリアです！　楽しかったですね！


　次はどこ行きましょうか？　二階の服屋さんですか、いいですね！　……そう言えば、私たちって同じ服しか持ってないんですよね。
　え、似合いそうな服を探してくれるんですか？　でも、私だけして貰うのは悪いですし、私もセシルさんの服を選びますよ。
　ほら、このヒョウ柄のズボンなんてよくないですか？　こっちのキャラクターが大きくプリントされたシャツとか！　え、ダサい？　うーん、ファッションというのは難しいですね……。


　ここは……新発明体験コーナーですか。なにがあるんでしょうね？
　……えーと、この花の模型は、スイッチを入れると音楽に合わせて踊るらしいです。なんのための道具なんでしょうか……。
　なんかよく分からないですけど、笑いが込み上げてきます。なんですか、あのくねくねした奇妙な動き！　あははははっ！


　え、もうお昼なんですか。それじゃあどこかで……え、ここでは食事まで出来るんですか？　だったらそこに行きましょう！
　と、考えることは皆さん同じですよね。どうしましょうか。お昼は手早く済ませて午後の遊ぶ時間を長く確保するというのも手だと思いますが……。え、何かあるんですか？　分かりました、持ち運べるものを選んで買いますね！

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　屋上でも食べられるんですね。ちょっと日差しが眩しいですけど、これくらいならあまり気にならないですし、何より景色もいいですからね。ここで食べるのはとてもいい考えだと思います！

　いただきます！

　好きな食べ物、ですか？　あまり考えたことはありませんでしたね。でも、豊穣で食べたお団子とか、鉄帝で食べたイカ焼きは良かったですね。
　あと、このお弁当に入っているハンバーグも好きな味ですね。

　……私たちの事、ですか？　流石に作戦の概要とかは無理ですけど……まぁそれ以外の事なら話しても大丈夫ですよね。何が知りたいんですか？
　普段の私に関しては、自分で言うのもなんですが今更語るまでもないのでいいとして、それ以外の時間は自分の部屋でじっとしてるだけなんですよね。
　先日の鉄帝の海に誘われた時もそうですけど、こうして誰かと遊ぶ事なんて考えてもみませんでした。
　これまでの私はそれでよかったんですけど、こうして楽しい時間を知ってしまうと、もうこれまでのようにはいかないでしょうね。
　寂しいって思っちゃいそうですけど、これは言わないでおきましょう。

　ドゥーエですか……。任務終わりにいつも「また失敗したの？」とか「使えないヤツ」とか言われるんですよね。その通りなので反論なんてできないんですけど……。
　でも、なんでか任務終わりに最初に声を掛けてくるのはいつもドゥーエなんですよねぇ。からかいたいというのもあるんでしょうけど、もしかしたら励まそうとしてる？　なんて思うこともあったりなかったり……。
　本っ当に！　口が悪いのでそんな気配はあんまり感じられませんけどね！

　そうそう！　今までは私が一番下でしたが、遂に私も後輩が出来ました！　チンクエは生まれたばかりでまだまだな感じですから、私がお手本になれるように頑張らないとですよね！
　反面教師にしかならないような気がしないでもないですが、そこは気合と根性です！　頑張りますよー！　おー！

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　今日は本当に楽しかったです。セシルさん、ありがとうございました。
　いつまでもこんな時間が続けばいいなって思うんですけど、現実はそう甘くはないんですよね。分かってはいますけど……やっぱり悲しいです。
　でも、悲しい顔でお別れはしたくはありません。ちゃんと笑顔でお別れしないとです。

　――さようなら。