PandoraPartyProject

ＳＳ詳細

見果てぬ海の向こうを貴方へ

登場人物一覧

ニーズ＝ニッド(p3n000308)
レイリー＝シュタイン(p3p007270)
ヴァイス☆ドラッヘ

●
　警笛の音が鳴る。
　鋼鉄の如き大型の旅客船が海面を裂いて港に停泊する。
「ここが……シレンツィオリゾート？」
　甲板に立ち、青年は小さな呟きを漏らす。
「えぇ、そうよ。甲板から見る景色もいいけど、速く降りましょう。
　他に人の迷惑にもなるから」
　レイリー＝シュタイン (p3p007270)は小さく微笑して青年の肩に手を置いた。
「うん、そうだね」
　日差しを避けるようにフードを被ったニーズ＝ニッド (p3n000308)が頷いて歩き出す。
「フードとローブは取った方が良いんじゃない？」
「そうだね……でも、こうも陽射しが強いと日焼けも心配で」
　そう言ってニーズはフード越しに空を見上げた。
　手を翳し、太陽を見上げるニーズのローブの下、色白の肌が覗く。
　病弱な雰囲気さえ感じ取れるその白い肌は見るからに陽射しには弱そうだ。
「それもそうね……」
　レイリーはどうするべきか、と思案しながら続く。
　２人が乗ってきた船はリトルゼシュテルに停泊する旅客船だった。
　レイリーはイレギュラーズゆえに空中庭園経由でどうとでもなるが、ニーズはそうではない。
　そこで定期客船に乗って小旅行という形で訪れたわけだ。
「ニーズ殿は船旅は初めてのはずよね？　船酔いとかは大丈夫？」
　予約してあるホテルに荷物を置いた後、道すがらレイリーは聞いてみることにした。
「問題ないよ……最初は少し気持ち悪かったけど、最後の方は慣れてきたみたいだから」
「それならよかったわ」
「所で……最初はどこに行く予定なんだろう？」
　レイリーがひとまず安どしたところで、今度は逆にニーズからそんな問いかけが返ってくる。
「そうね……まずは水着を買いに行きましょうか」
　少しだけ考えたレイリーは地図を広げてマップに載る店を選んでいく。

●
　レイリーは手を引く青年を楽しませてやりたかった。
　鉄帝の動乱に前後して成立した精霊種。
　イレギュラーズの築き上げた英雄譚とその中で打ち倒された蛇の伝承。
　そこに何らかの力が混ざり合って成立した、生まれたばかりの赤子にも近しい青年。
　それがニーズ＝ニッドである。
　名付け親の１人でもあるレイリーは鉄帝の動乱が終わった後も気にかけていた。
　生まれてすぐに戦火に巻き込まれ、ぼんやりとしたままに揺れ動いた無垢な子供、それがレイリーから見た印象だ。
　だからこそ、鉄帝での戦いが全て終わった今、自由にさせてやりたかった。
　新しい世界を見せてやりたかった。
「……ところで、水着ってなに？」
　歩みを進め、水着ショップへと辿り着いたところで、ニーズが首をかしげる。
「……あぁ、そういえばそこからよね」
　思えば最近になって鉄帝に生まれた精霊種だ。
　その辺りの常識すらも定かではないかと思い直して、レイリーは店の扉を開いた。
「水着っていうのは、水辺で活動するために着るための服の事。
　ここにはビーチ……海辺で遊ぶ場所もあるから、折角だから着てみましょう」
「なるほど……」
　おぉ、と目を瞠る青年を連れて男性物の水着コーナーへとするんで行く。
「あまり肌を露出しない方が良いなら、シャツ系とかパーカーとか羽織りものもあった方が良いわね。
　あとはニーズの好きな色とかで決めてみたら？」
　少しばかり考えながら、レイリーは幾つかの水着を進めていく。
「……よく分からないから、レイリーがおすすめを教えてくれると嬉しい」
　首をかしげて言うニーズに、それもそうか、とレイリーはひとまずの物を選び取っていく。
「この辺りとかどう？」
　いくつか選び取ったレイリーはそれらをニーズへと手渡すと試着室に突っ込んだ。
「……これで良いんだろうか？」
　暫くして水着に着替えたニーズが出てきては次を、を何度か繰り返して選んだのは半袖のTシャツとショートパンツの上下備えのもの。
「うん、それがいいわ」
　普通にしていれば水着であるともわかりにくいだろうと判断して、店員へとお金を払いそのまま外に出る。
「準備も出来たことだしビーチに行きましょうか。屋台もあるみたい」
「美味しい物もある？」
「もちろんよ」
　目を輝かせたニーズに笑いかけ、レイリーが歩き出せば心なしかニーズの足取りが軽かった。

●
「レイリー、これは何？」
「それはたこ焼きかしら」
「あふふふ……美味しい……」
　丸々１つを口に入れて、目を白黒させるニーズに笑みを零しながら、レイリーも自分用のたこ焼きを頬張る。
「……美味しい……」
　その後も何を食べても目を輝かせて頬張るニーズは子供らしいという他ないだろう。
「うぅん……何を食べても美味しい」
　悩む様子を見せながら、貪欲にあっちへふらふら、こっちへふらふらと誘われていく。
「ニーズ殿、あまり遠くに行かないで！」
　ふと目を離したら迷子になりそうな気配を感じて、レイリーは思わず声をあげて制止する。

　案の定迷子になったニーズを探したり、お土産に海洋やら幻想やらの工芸品を買ったり。
　２人の小旅行は友人というか親子の旅行のようでさえあっただろうか。
　気づけば日は暮れ始めようとしていた。
「みて、ニーズ殿！」
　テラス席に腰を掛けたレイリーはそこから見える景色にニーズを呼んだ。
　夏の日が海の向こうに消えていく。
　夕焼けのオレンジがかった空が、黒く落ちて行く。
　海の向こうに消えゆく太陽が、波に揺れながら煌いている。
　一日が終わろうという事実への、本の僅かな寂しさが滲むオレンジ色に温められていく。
　空色のジェラートとソーダが入ったカフェグラスをそちらに向けてみれば、半透明の青色の向こうにオレンジが映っている。
「ほら、世界はこんなにも色々なものが混ざりあって綺麗なのよ！」
「ほんとだ……すごい」
　驚きながら、ニーズがそれをまじまじと見つめている。
「ニーズ殿……今日は楽しんでもらえた？」
　子供の用に楽しんでくれたのは、わかっているつもりだった。
　それでも、それが気がかりだった。
　新しい景色を、鉄帝ではなかなか見られない光景を、世界の広さを。
　それを教えてあげたかった。そのための旅行だった。
　楽しめて貰えていなかったら、折角連れてきた意味がなくなってしまう。
「――もちろんだよ、レイリー。つれてきてくれてありがとう」
　ぼんやりとした表情に笑みが浮かぶ。
「シレンツィオリゾート……だっけ。
　うん、すごいところだったよ。来てよかった」
　笑みをこぼした青年は、そう言って何度も頷いて――少しばかり目を細めた。
「……でも、少しばかり疲れたかも」
「そうね……来たばかりだもの。じゃあ、これを食べ終えたら帰りましょう」
　眠たそうな声をあげる青年に笑みを零し、レイリーはソーダに口を付けた。
　隣で頷いたニーズが自分のソーダに口を付けるのが見えていた。
（……）
　レイリーはふと思う。
　楽しそうに、珍しそうに活動をしていたニーズを見て。
「レイリー、連れてきてくれてありがとう」
　ぼんやりとみていると、そんな声を聞いた。
「……あいつらと一緒だったら、多分見れなかったんだろうし」
　そう言ってほんのりと笑ったニーズは、夕日を眺めている。
（……そうね。貴方がこんなふうに生きていられる世界を、無くさせたりしない）
　レイリーは空を見上げた。
　そこには、見ないようにしていた物が広がろうとしている。
　未だ、海洋に伸びている牙は衰えていない。
　世界を救うために槍を振るうのは、もうしばらく続けなくてはならないのだ。


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