PandoraPartyProject

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宝石箱

登場人物一覧

クウハ(p3p010695)
あいいろのおもい



 商人ギルド・サヨナキドリの応接室の1つでクウハはソファーに腰掛け、やや警戒した面持ちでその記者を眺めていた。とある出版社に所属しているというその新人記者はクウハの様子に気がついた様子もなく、緊張した様子で時間を取ってくれたことへの礼を告げてから話し始める。なんでも、雑誌の夏の企画として『特異運命座標イレギュラーズ達が体験した不思議な話・怖い話』を特集することになったらしく、目の前にいる新人記者がその企画を任されたらしい。ギルド『ローレット』での依頼の他にも特異運命座標イレギュラーズが複数所属する組織へ取材を行っており、その1つがサヨナキドリであり、クウハだったというわけだ。

「へぇ、なるほどな。そりゃあ悪霊俺様なら怖い話にゃことかかねえだろうさ」

 くつくつと不穏に笑うクウハに新人記者は身体を更に強張らせた。取材にあたって、ギルドの有力な特異運命座標イレギュラーズの情報はある程度調べてある。もちろん記者の目の前で笑う男がどちらかといえば『脅かす』側であることも、サヨナキドリのギルド長の従者の様な存在であることも、『あまり良く無い噂』も含めて、だ。

「そう身構えんなよ、取って食うつもりならとっくにやってるって……一応、俺は主人の名代としてここにいるんだぜ? ちゃんとお行儀よく、オマエさんにお話しするさ」

 今度は一転して人好きそうな笑顔を浮かべて肩をすくめるクウハの言葉には嘘こそ無いが揶揄いを多分に含んでいた。新人記者が慌てて謝罪するのを可笑しそうに許したのがその証拠だ。

「さて、と。はるばる此処サヨナキドリに呼ばれたことだ、せっかくなら此処に関係した話を1つしてやるとするか」

 新人記者が思わず身を乗り出す。そもそもの話、サヨナキドリは『不思議』が形をとった様なギルドだ。謎の多いギルド長を筆頭に、不思議な商品や謎の多い技術がひしめく場所の話に興味が湧かないわけがない。それをみこしたクウハは足を組み、ゆっくりと語り出した。

「これはサヨナキドリの事務員が体験した話だ。おっと、そんな顔するなよ。わかってる、俺もあながち無関係じゃないんだって。いいか、その事務員に、俺はこう相談を持ちかけられたんだ……」



 綺麗な宝石箱を貰ったの。
 旦那が豊穣から仕入れてきた宝石箱。アンティークな雰囲気だけど高級感があって、何より蓋に描かれた梅の赤い花びらがずーっと眺めていたいくらい綺麗で……私、一目で気に入って旦那にちょうだいってお願いしちゃったの。旦那は『曰く付きの品みたいだからその手の物好きに売ろうと思ったのに』って相当渋ってたんだけど、私、欲しいと思ったものはどうしても欲しくなっちゃう性格だから色々言って私が使うことにしたのね。
 貰ってすぐにアクセサリーを移したわ。結婚指輪、お気に入りのブランドネックレス、最近貰った綺麗な花のバレッタ、宝石の付いたピアス……。宝石箱の中にはちゃんと仕切りもあったから使い勝手も良くて、「良いものがタダで手に入ってラッキー!」ってその時は思ったんだけど。
 ……だんだん家の中で変なことが起こる様になったの。最初はその時に人が居ないはずの方向から誰かの気配を感じる様になった。もちろん、振り向いたって誰も居ない。でも誰かから見られてる感じがしてなんだか不気味だなって思ってたらそのうち宝石箱もおかしくなったのね。カタン……って不意に小さい音が聞こえたと思ったら、宝石箱の蓋がちょっと開いてそのままになっていたの。私の閉め忘れかと思ってその度に蓋を閉め直したんだけど、何度直してもふと気がついたらちょっとだけ蓋が開いてる……。あんまり頻繁に開くものだから、『誰かが内側から開けてるんじゃないか』なんて恐ろしい考えが浮かんでしまって離れなくなってしまったの。

 ねえ、私もう怖くて怖くて……もしかしたら幽霊でもいるんじゃないかって……。お願いクウハさん、ギルドの人に掛け合ってなんとか解決してもらう様に言ってくれない?



『知り合いに陰陽師がいるから話は付けてみるが……やっぱり原因になってそうなものを手放すのが一番なんじゃねーか?』

 女はリビングの椅子に座って深々とため息を吐いた。時刻は夜、遅くまで残業している夫の帰りを待っているところであった。家事がひと段落つき、思い起こされるのは昼間にここ最近の悩みを相談した時に返された言葉。居住区の主婦層から人気があり、ギルド長からの信任も篤い男だというからさぞかし有能だろうと相談を持ちかけたのにあまり頼りにならない回答だったものだから落胆を隠せなかった。あの気味の悪い視線も、気味の悪い現象も、家族の不運もすぱっと取り払って宝石箱も元通り……そんな展開を期待していたのに。そりゃあ気味悪いけど、あんなに綺麗な宝石箱を手放すなんて女もできればしたくなかったのだ。

 ──カタン。

 ああ、まただ。女はハッと息を呑んで宝石箱のある方向を見てしまった。また、ほんの僅かに蓋が空いている。さっき見た時は確かに閉まっていたはずなのに。

「……なんなのよ、もう!」

 いっそ腹立たしさを感じながら女はどすどすと足に怒りを込めて近づき、蓋を閉めようと宝石箱を持ち上げる。瞬間、蓋の隙間から

 "見ている"。

「……ヒッ!?」

 隙間の闇からびっしりと浴びせられた視線に女は耐えられなかった。引き攣った悲鳴を上げて宝石箱を壁に向かって投げつける。バラバラと中に入った装飾品が床に落ちて転がり、宝石箱もまた中を伏せる様にして床の上に着地する。その隙間から今度は指でも生えてくるのではないかと怯え、女は腰を抜かしながら後ずさって宝石箱から距離を取ろうとした。すると、今度は部屋全体に異変が訪れる。

 ──がちゃん!

「い、いやっ……!」

 カタカタと小さく机の上のコップが震えたかと思うと床の上に落ちて破片を撒き散らしながら割れる。それを皮切りに、地震でも起こった様に家具が物音を立て始め、窓や扉のガラス部分から激しい殴打音が鳴り始める。女は本能的に逃げなければならないと察したのか腰が抜けたまま這いずり、廊下へ繋がる扉を開けようとした。が、どれだけガチャガチャとノブを弄っても扉はビクともしない。半狂乱になる内に女は気がついた。

「あ、あ……」

 女はもう、体を亀の様に丸めて全てが治るのを願うしかなかった。早く、早く居なくなって。女の頭の中に過ぎるのはそのことばかりだった。1秒が何十倍も長く感じる。どれくらいそうしていただろう。いつのまにか、叩きつける様な音は無くなっていた。それでも女は顔を上げることができなかった。だって、きっと目の前にいる。
 ああ、でも。女はふと考えてしまった。あの目は暗闇からこちらを見ていた。ならば……亀の様になって視界を塞いでしまった今、あれらが
 凄まじい葛藤が女を苛む。だが女は弱かった。音が止んだ今、扉の前にいた誰かも諦めて消えているかもしれない。口から心臓が飛び出そうになりながら、微かな希望に縋ってゆっくり、ゆっくりと女は顔を上げた。

 かおを、

 あげたら。

 あかい、

 あか、

 きれいな、

「──クソ不味」



「あら、クウハさん。こんにちは!」

 サヨナキドリの居住区内を歩くクウハを見つけて、質素ながらも朗らかな気品を感じさせる女性が明るく彼に声をかけた。クウハは彼女の方へ振り返り、それが時折世間話をする居住区の住人だとすぐにわかって顔を綻ばせる。彼女の旦那は居住区整備課で働いており、居住区の内情を知る上で彼女は有力なコネクションなのだ。

「おう、どうもマダム。買い出しか? 今日も家事お疲れさん。部屋まで持って行ってやろうか」
「えっそんな、悪いわね。お仕事は大丈夫?」
「気にすんなって。重いもんを女に持たせるのは性に合わなくてヨ」
「相変わらず口が上手ねクウハさんったら。さぞかしモテるでしょ」
「まぁな」

 クウハのポルターガイストでふわふわと買い物袋が浮く姿を見て女性は感心した様に「便利ねー、私も欲しいわそれ」と呟く。クウハがそれを可笑しそうに笑ったところで、女性はクウハの手の中にある『それ』に気がついた。

「クウハさん、それ……」
「ん? ああ……こいつ、ゴミに出されててな。こんなに綺麗なのに捨てられてるなんてもったいないだろ? だから俺の家に迎えることにしたんだ」
「……そう」
「どうした?」
「んー……いいえ、大したことじゃないのだけど……。最近ご近所さんが引っ越しして行ったのだけど、そこの家の奥さんが似た感じの物を持ってたなと思って……」
「そうか、じゃあその時に捨てちまったのかもな」
「……そうかもしれないわね。正直あまりいい噂を聞かない方だったから、失礼だけどちょっとホッとしてるわ」
「そうなのか。……ああ、そういえば忘れるところだった。これ、前に相談してくれたやつじゃないか?」
「……! 私のピアス……! 見つけてくださったの、クウハさん」
宝石箱こいつを拾ったついでに見つけたんだ。旦那から初めて貰った大事なピアスだったんだろ? 見つかってよかったな」

 クウハはありがとうと何度も頭を下げる女性にいいって、と軽く手を振って女性を部屋まで送ると、そのまま主人の執務室へと足を向ける。悪霊の身ではあるが、いいことをするのもそれなりに気分がいいものだった。



 クウハが敬愛する主人の執務室に入ると、主人はいつもの様に甘く慈愛に満ちた微笑みで彼を出迎えた。

「おかえり、アタシの猫。急に記者の取材の対応なんてさせて悪かったねぇ」
「ただいま慈雨。気にすんなって、あんなのちょっとお喋りして終わる様なやつだったからよ」

 クウハの主人は全てを見通しながらも会話を好む。先だけを読み無駄を排した会話は人に気味悪がられ、また会話を通した交流の心地よさをよく知っているからだ。クウハもまた、主人との強固な繋がりパスを通して識れることは多い一方で主人との会話を好んでいるため、煩わしさなど微塵も感じることはなく蕩ける様な笑みを主人へと返した。いつもの様にお茶と茶菓子を用意してくれる主人を横目に、クウハは小脇に抱えていた封筒から資料を出してローテーブルの上でトントンと整える。

「例の件の調査はどうだった?」
「最初からわかりきっちゃいたがクロだったよ。居住区の近所はもちろん、サヨナキドリの総務課の立場を利用してあちこちに潜り込んでは小物を盗んでたみたいだ」

 内容に不備がないか確認する様に軽く資料をめくりながら、その合間にクウハは己の主人が淹れてくれた紅茶を口にする。今日も美味い。最近、舌が肥えてきて粗悪なティーバッグに耐えられなくなってきたから困りものだ。

「安いのはギルドの備品や個人で用意してるちょっとした便利グッズ……高いものだとアクセサリーや目立たない程度の小さな貴金属類が特にお気に入りだったみたいだぜ。お綺麗な宝石箱に盗品詰め込んでさぞかしご満悦だったろうなぁ?」
「そぉ……。この手のは普段ならもう少し穏便に済ませるのだけど」
「見せしめにゃちょうどいいだろ」

 カップの中の紅茶を飲み干すと、クウハは本物の猫の様にするりと主人の背後に回り込む。その手にはいつのまにか木製の上等な櫛が握られており、それがさも当然といった顔でクウハは主人の髪を梳かし始めた。

「アクセサリーだって主人を選ぶ権利がある。気に入った主人は守護して、主人以外が所持したら不幸を……なんて曰く話は、そこら中に転がってるじゃねえか」

 俺と同じくらい詳しいだろ。と嘯くクウハは、器用に主人の髪を編んでいたが、ふとその髪の一筋に口付けを落とした。──前を向く主人の表情は見えないものの、パス越しに少量の『悲しみ』を感じ取ったからだ。

「そんなに沈むなって。出かける直前の、ちょっと目を離した隙のことだったろ? 寧ろ俺に譲ってくれてありがとうな。だって……」

 手を放すとが主人の艶やかな銀の髪を飾っているのを眺めて、クウハは満足そうに頷いた。

「悪霊の呪いが籠った品を勝手に手にしたんだ。どう遊ばれたって、文句言えないよな」


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