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SS詳細

夏の夢

登場人物一覧

マール・ディーネー(p3n000281)
竜宮の少女
メーア・ディーネー(p3n000282)
竜宮の乙姫
ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)
不遜の魔王

 夢。
 夏の日差しと、夕暮れの赤に照らされた、夢。
 ロジャーズ=L=ナイアが、もしこの思い出を後に語るのであったとするならば、やはり夢だったというのだろう。
 夢だ。
 過ぎた夢。
 ロジャーズという存在が、例えば鏡のような存在であったとしたときに、その光景に鏡自身がうつっていてはいけないのだ。
 何故なら、鏡に映る風景に、鏡そのものはうつってはいけないのだから。
 血肉は人間のそれであれど。それと認識するものは鏡。
 鏡に映ったものを、人は自分だと認識する。
 その鏡に、自分が写っていなかったとしても。それを自分だと認識する。
 閑話休題。
 難しい話は良そう。
 なぜならこれは夢の話であるからである。
「なんか難しい顔してるね」
 と、マール・ディーネーが言うので、ロジャーズは、ふ、と、口の端を吊り上げて見せた。
「解るのか?」
「なんかそんな気がする」
 むむー、と唸って見せるマールの身を包むのは、可愛らしい浴衣である。
 再現性東京群の一つ。ここはいうなれば『再現された日本の原風景』とでも言うべき場所である。
 現在ほど灼熱ではない夏。
 今ほど近くはなかった太陽。
 今ほど狭くはなかった空。
 そういったものの再現であり、ここにロジャーズたちが訪れたのは、『夏休み』であるからだ。
 縁側、というもはや失われかけた場所に座って、マールはロジャーズの顔を覗き込んだ。
「鏡を覗くな。貴様が覗く鏡はすでにあるだろう」
「いや、もしかしたら熱中症って奴かなーって」
「視てもわかるまい」
「そうなんだけど。でも、見てわかるものもあるよ」
 そうなのだろうか。
 そうなのかもしれない。
 視て、分かるものか。ロジャーズというものについて。
「ロジャーさんって、希望ヶ浜だと先生なんでしょ?」
 と、マールが言った。
「やっぱりこういうのって慣れてるの?」
「夏休みにか?」
「うん。竜宮はほら、夏休み~、って感じではないからね。いつも海の底で過ごしやすいし~」
 ぴょん、と縁側から飛び跳ねた。兎兎は、夏に跳ねる。
「あ、でも、お盆みたいな風習はあったよ。鎮魂のやつだよね」
「そう言えば――死者を祀る地はあったか」
「うん。あたし、あそこ静かで好きなんだけどね。観光地みたいに言うと罰が当たっちゃうか」
 えへへ、と笑う。夕焼けの赤が、少女の頬を染める。
「おねえちゃん、わたしにばっかり準備させて遊んでるの?」
 と、苦笑交じりの声が聞こえる。見てみれば、メーア・ディーネーが大きなスイカを抱えて、地面に布いたビニールシートの上にのせていた。
「スイカ割りっていうんですよね? シレンツィオのビーチで遊んでいる人を見たことがありますが……」
「スイカ、ジュースとかお酒の飾りつけに使ってるくらいだよね、竜宮だと」
 マールがそう言って笑う。
「楽しそうだよねー、って思ってたんだよね。ロジャーさんが場所を用意してくれて助かったよ~」
 この場所を用意したのは、ロジャーズだ。その筈である――今となっては、どこかふわふわとした思いでしかないが、やはり夢であったのかもしれない。
「えっと、目隠しして、スイカを割るの?」
 マールがそういうのへ、メーアが頷く。
「そうだよ。ね、ロジャーズさん。それから、わたしたちがスイカのある方を声で伝えるから、進んでね」
「……難しくない?」
 マールが、んー、と唇に一指し指をあてるのへ、ロジャーズが笑った。
「故に、ゲームだ。だが、容易ではつまらん。困難では終わらん。これくらいが丁度好い」
「遊びですからね」
 くすくすと、メーアが笑う。竜宮の姉妹が、普通の少女のように、じゃれあっているのが見える。夢なのだろう。いつか見た夢。今は現実となった、特別な少女が、ようやく普通になれた夢。
「んー、メーアもロジャーさんも、ちゃんと指示してよ~?」
 マールが目隠しを自分に縛り付ける。その途中で、金の髪がさらさらと流れた。星が落ちるような錯覚。
「で、ぐるぐる回るの」
「まわるの!? 危なくない?」
「え、まわる、んですよね?」
 メーアが不安げに言った。なにか、別のゲームと混ざっているかもしれないが。それもまた混沌でよいだろう。
「嗚。狂々と廻りたまえよ」
「ふふ。ほらほら、おねえちゃん、まわしちゃうよ~!」
 抱き着くように、メーアがマールの体に手をまわした。
「ちょっとまって! くすぐったいって!」
「おねえちゃん、前にわたしがやめてって言ってもくすぐってきたことあったもん! お返し!」
「あ、あの時はごめんて! いや、ちょっとまって、この目隠しして回るの怖くない!?」
 きゃあきゃあと、マールが逃げるように身をよじったけれど、目隠ししている状態で大きくは動けまい。メーアは楽しそうに、マールに抱き着くように手をまわして、マールと一緒に回りはじめた。
「あれ、おねえちゃん、じっとしてないと、わたしまで回っちゃうよ?」
「えー! 意味ないじゃん! っていうかほんと、マジで怖いから~!」
 そういうものの、楽し気な笑い声が響いている。普通の少女に慣れたとはいえ、未だ竜宮の立場からは離れきれない二人であるが、今は本当に、まったく、ただの姉妹として、三人の時間を楽しんでいる。
「蕩けてバターにはなるなよ」
 ロジャーズが言うのへ、
「なんかそんな絵本読んだことあるかも~」
 ヘロヘロのマールが笑う。
「ふえ~……」
 ヘロヘロのメーアが声を上げた。
「……なぜ貴様が、疲労している」
 あきれたようにロジャーズが言うのへ、メーアが苦笑した。
「おねえちゃん、ちゃんと回ってくれなくて……一緒に回っていたら、私も目が回っちゃいました……」
 はぁ、と、ロジャーズが嘆息した。嘆息。その事実に、何か笑いがこみあげてきた。
「私が回すか?」
「メーアよりちゃんと回してくれそう!
 ……いや、ちゃんと回したらあたしが辛いだけじゃん!」
 びっ、とマールが両手でバッテンを作った。くっくっとロジャーズが笑う。
「妹の方、やはり貴様の仕事だ」
「が、がんばります!」
 ぎゅっ、と両手を握り、無駄に気合を入れたメーアが、マールに抱き着く。そのまま、うーん、と声を上げて、マールを回転させようとするが、当然ながらマールも抵抗するようで、んー、と声を上げて、体を動かさない。
「お、おねえちゃん! ちゃんと回らないと、はじまらないよ!?」
「で、でも、怖いってば! え、っていうか、メーア、この次メーアもこれやるんだよね?」
「…………」
「やるんだよね!?」
「あ、この後、花火も用意してあるんですよね?」
 メーアが笑って言うのへ、ロジャーズが頷いた。
「ああ。山ほどのものを用意した」
「あ~! メーア、やらないで逃げる気でしょ!? いいもん、今のうちに回すから!」
「今のうちに? え、わたしを今回しても意味ないんだよ、おねえちゃん!?」
「だって逃げる気でしょ~!」
 お互い、笑いあいながら、抱き着くようにお互いに力をかけた。ほほえましい光景であるといえるだろう。ロジャーズですら、どこかそう思う。
「仲良く廻りたまえ」
 ロジャーズが、そう声を上げた。
「えー! ロジャーさん止めてよ~!」
「ま、まって……ほんとに目が回ってきたよ~」
 メーアがふらふらと倒れそうになるのを、マールは慌てて抱き留めた。が、マールもだいぶ目が回っていたようで、メーアが押し倒すような形で、倒れこんでしまった。
『ふえ~……』
 と、気の抜けたような声を、二人があげる。マールの目隠しが緩んで取れて、しぱしぱと目を白黒させるのが見えた。メーアはメーアで、マールの胸元に埋もれるように、脱力しきっている。
 当然のことだが、スイカは割れていない。割る云々の所まで、たどり着けていない。
「……兎兎、くるくる廻るか。
 なんとも貴様ららしい」
 Nyahahaとロジャーズは笑った。

 この後普通に、スイカを包丁で切り分けたことを追記しておく。

 縁側のお盆の上に、綺麗に切られたスイカが並んでいる。今は縁側に座るものは誰もおらず、庭の方に視線を向けてみれば、すっかり暗くなった夏の空の下に、無数の火の華が咲いていた。
「ねぇ、これみてみて! すごい! テンション上がる!」
「わ、おねえちゃん、人に向けたらだめだよ~!」
 まるで水遊びのようにも見える。楽しげに花火を持って駆け回るマールと、大人し気に静かな花火を楽しむメーアは、対照的とも言えた。が、共通する思いは同じのようで、そこはやはり、姉妹なのだ。
「ロジャーさんは花火、何が好き? ロケット花火?」
「なぜそんな派手なものが好きだと思う」
「え、なんとなく」
 ほんとになんとなくなのだろう。彼女に裏表というようなものはない。
「ロジャーズさんは、線香花火とかの方がすきですよね~」
 メーアが言うのへ、マールが口を尖らした。
「あ! 味方増やすつもりだ!」
「ふふふ~」
 楽し気に、メーアが笑った。笑顔だ。兎たちが笑う。再現された平和の空の下で、夢のように、兎たちが笑う。
 その中に、ロジャーズがいる。奇跡のような光景かもしれない。喜劇のような光景かもしれない。
 いずれにせよ――これは現実であり、ひと時の夢でもある。そのように、ロジャーズは思う。
「好きに演じたまえよ。舞台の上の役者は貴様らだ」
 ふと、そんな言葉をつぶやいた。演じ続けるのだろう。彼女たちは。現実という生を。舞台を。精一杯に、思うが儘。それはどれほど、素晴らしいことだろうか。
「――で、結局、ロジャーさんってどっちが好きなの?」
 マールがそういうのへ、ロジャーズは笑った。
「もっと派手なものだ」
 そういって、空を見上げた。夜空に大きく、打ち上げ花火が上ったのは、まったく偶然であったが。
 この時に起きたものならば、きっと必然の事であったのだろう。
 マールとメーアが、驚いたように空を見上げるのへ、ロジャーズはNyahaha、と笑った。
 夏が終わる。


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