PandoraPartyProject

SS詳細

赤くて甘い、ひとつきり

登場人物一覧

ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)
楔断ちし者
武器商人(p3p001107)
闇之雲

 夕やけ雲。提灯あかり。やわらかな茜色に染まる石段の上、伸びては重なる影の群れ。ちりりん、ちりん、と列を成した風鈴達が鳴き交わし、スピーカー越しの掠れた囃子を彩った。静寂を飼い慣らす境内も、この宵ばかりは内へ内へと人を呼び込む顔をして。
 ドン! ドン! ドンッ!
 みっつ連なる段雷。応える万雷の拍手は打ち寄せる波に似て涼しげに。未だじわりと熱を残した風に乗り、納涼祭のはじまりを告げた。

「よう来たな!」
 テントの中から声が掛かる。喧騒に負けじと張り上げられたそれの主は、頭にねじり鉢巻きをした白髪混じりの男だ。
「お招き、ありがとう」
「やあ、豆腐屋の旦那。気合いが入ってるねェ」
 忍び寄る薄闇の中、人々の好奇の目を一身に集めてやって来た青年ふたりは仲睦まじく瞬く双子星のよう。
「いやいやいや、気合いってなあ。にーちゃんらには敵わんよ……浴衣、でいいんだよな?」
 左半身は白く紋様の入った薄紫。右半身が濃紫か黒かで違いはあれど、揃いで仕立てたものだと一目でわかる衣装を纏った番に豆腐屋と呼ばれた男の視線が泳ぐ。縁にレースとフリルがたっぷりとあしらわれたワンピース型の武器商人。ヨタカの方は中にワイシャツとスラックスを合わせた着こなし。共に帯の代わりにハーネスで締めてブーツを履く変則的なスタイルは、本人達の風貌も含めてまるで精巧な人形だ。やたらと人目を引くのも、年嵩の男が言葉に窮するのも無理は無い。
「やぁね、もう! 今時はこういうものよ! ほんっとに気が利かなくてごめんなさいね!」
 亭主の背中を叩いて笑う女将。昨夏の商店街デートで武器商人とヨタカが見た時から変わらぬ豪快さが場を和ませてくれた。
 彼らから『あの日の縁日よりも規模の大きな催しなので是非』と納涼祭へのご招待が届いたのは、春の終わりを感じる頃のこと。丁寧な時候の挨拶に屋台で使える優待チケットまで添えられたなら、再び足を運ぶ気にもなるというもの。
「息子さんは一緒じゃないんだな」
「生憎と林間学校でお泊まりなのさ」
 日取りを見て、タイミングが良いやら悪いやらと父親ふたりで小さな家族会議をしたのだ。今回はラスヴェートがいつもとは違う環境で自由に遊び学ぶ時間を優先しよう、と。家族の時間はその後で、互いの土産話と冷たいドリンクを持ち寄って過ごせばいい。夏にはぴったりなワクワクの冒険譚。行けなかったお祭りでの出来事も、昨年の思い出話を交えれば寂しさだけではきっと終わらないから。
「へぇ、そんなら目ぇ一杯楽しんで帰らないとな」
「そう気負うものじゃあないでしょうに! はい、これサービスね!」
 にっかりと似通った笑みの夫婦に見送られ、ひと口サイズのおからドーナツがこんもり盛られたお祭り仕様のカップをお供に歩き始めるのだった。
 
 たこ焼き。焼きそば。焼き鳥。フランクフルト——四方八方から漂う香ばしくて魅力的な匂いに、チョコバナナや林檎飴、かき氷の鮮やかなディスプレイが加勢する。それらに踊らされる感覚は非日常的で、行列の長さに期待も募る。大人だって、いや大人だからこそ掻き立てられるものがあった。
「搾りたて生ジュース、だって……紫月も飲む……?」
「あの八百屋が出している屋台なら間違いないだろうね。いただこうか」
 ヨタカの目も足も行ったり来たりと忙しなく、愛おしげに見守る瞳に気付く余裕は無さそうだ。例えば『あちらこちらと引いてくれる手がとても雄弁だ』『焦らなくとも店は逃げない』と伝えたなら、提灯に染まった頬が更に火照る様をはっきりと見て取れるだろう。けれど、武器商人はその指摘を飲み込む。
「どう? シロップなんか使わない、ホントのメロンソーダはお気に召した?」
「ん。これ、思ってたよりすっきりしてて、香りがいい……」
 八百屋の女店主おすすめメニューで浮かぶあまやかな色は、父親の顔や団長の顔とも異なる最愛のもの。どんな果実よりも心を満たしてくれるそれを今はゆっくりと味わおうと思ったのだ。
「小鳥、小鳥。こっちも美味しいよ」
 差し出されたストローに迷いなく吸い付く姿に母性に似た感情を抱きながら、色違いの瞳がパチパチと星を生むのを眺める。
「スッと喉を通る。爽やかだけど、苦味や青臭さも、全然感じないし……」
「思った通り、どちらも良い物を使っている。はちみつが酸味の角を取ってくれるから、夏バテしてもこれなら飲みやすかろ」
 栄養たっぷりのピンクグレープフルーツとトマトのジュース。冷やした果肉そのものの甘さに炭酸の刺激が心地好いメロンソーダ。分け合い、微笑み合うふたりの姿に周囲まで大満足だ。結果、ひっそり売上に貢献していたことは八百屋だけの秘密だった。

 そこからいくつか巡った後、色とりどりの球体が浮かぶプールの前でヨタカが立ち止まる。
「ふむ、ヨーヨー釣りだね。やっていこうか?」
「……綺麗だなと思ったんだ、けど」
 返る答えは曖昧で、どうやら子供っぽいかもしれないと揺れているらしい。
「ああ。ラスへの土産にいいんじゃないかい?」
「! じゃあ、3つ……取れるかな」
 躊躇いを掬い上げれば袖を捲って意気込むヨタカ。一緒にしゃがみ込んで品定めをしながら、折角のデートなのだから思う存分そうやって羽を伸ばしてくれたらと武器商人は目を細めた。

 紫と白、それから黄色のまんまる。流れるようなラインと水玉模様の涼しげな水風船達が、指に括られたゴムの先で弾む。ふふ、と漏れる上機嫌を隠さないヨタカが次に目を向けたのは、武器商人の手に吊られた小さなビニールの巾着だ。中には1匹の金魚が水草と戯れている。
「紫月、すごく、モテてたね……」
 ヨーヨー釣りの隣には金魚掬いの屋台があり、ふらっと覗き込んだ水槽の金魚達が一斉に武器商人の方へ集まってきてしまったのだ。我先にとポイへ寄ってくるものだから、少し離れて悠々と泳いでいた1匹だけを店主に頼んで連れ帰ることにした、という顛末も込みで良い土産である。その際に店主まで見惚れていたのが面白いやら誇らしいやら、思い出して笑ったヨタカの手がそっと握られる。
アタシの小鳥はたったひとりだよ」
 別に嫉妬などしたつもりはまるで無かった。それでも、囁きで伝えられる温度がやさしく染みて——
「だから、帰りのエスコートは任せてもらっても?」
 ——ひかれる感覚に、祭りの間中、ずっと無意識に繋いで歩いていたことを自覚した。してしまった。
「おっと、人が増えてきたねェ」
 わざと声に出した口実は、恥ずかしがり屋を抱き寄せるために。余計に赤みが差したのは言うまでも無く、林檎飴よりあまく色づいた貌を堪能できる特等席もまた、たったひとりのためのものだった。


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