PandoraPartyProject

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境界線はまだ越えず

登場人物一覧

アレン・ローゼンバーグ(p3p010096)
茨の棘


 恋など、識らなければよかったのだ。


 夕暮れ時は早く帰らなくてはいけない。そんなような気がしてしまう。それもこれもきっと、彼女が家で一人寂しく待っているのではないかと思うと居ても立っても居られないような、胸が締め付けられるような気持ちになるからだ。というのも彼女は『家族』で、外を識らず、識らさず、ずうっとずうっと、安全に、うつくしく。何からも侵されること無く、脅かされることのない、美しい薔薇のように。
 けれど時折、二人連れ添って歩く男女の姿を見れば羨ましいような心地にだってなってしまう。
 年相応の青年であるのだ。愛しい人を見せびらかしてしまいたいような気も、ほんの僅かに。だけれども識られてしまうことが、可愛いリリアを見られてしまうことが、恐ろしい。きっとこの世には己以上の人なんてザラに居るし、そんなうちの誰かをリリアが好きになってしまったら、頭が壊れてしまうだろうから。可愛らしくて嘘という言葉さえも識らないだろう彼女が、『ねぇ、』なんて言葉の後に想い人が出来たことを告白してきたら。そんなの、耐えられるはずもないのだ。
 だけれど。だけれども、見てみたい。
 嫋やかな、柔らかな銀糸が夕暮れに染まる様を。波に触れて『つめたいね』なんて声をあげてきゃらきゃら笑ったり、陽光のあまりの眩しさにちょっぴり眉間にしわを寄せたり。太陽があんまりにも照りつけるものだから、その白い肌を朱に染めてしまったり。そんな、外での、穏やかな日々を。けれど、それでは、今までなんのために、けして広いと言い切るには不十分なあの鳥かごで。あの部屋で彼女を待たせているのか。戦って、帰って。彼女を心配させて居るのだろうか。
 苦しい。とても、苦い。それから、それから。じんわりと締め付けるような胸の内はまるで茨が突き刺さるようにじくじくとしていて、ひんやりと冷めきっていく胸の奥のさめざめとした心地は宝石を濡らすようで。
 夕焼けに溶かしてしまうにはいっとう醜くて悍ましいような感情で。それでも。好きなのだ。ただ、愛おしいだけなのだ。こうすることでしか、『愛してる』とうたわないように、ないてしまわないようにする方法を識らないだけなのだ。
 だから、恋など識らなければよかったのだ。そうすればきっと。この夕焼けだってもっともっとずっと、綺麗に見ることが出来たはずだったのに。波の音に苦しくなることだって無かったはずなのに。


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