PandoraPartyProject

SS詳細

鎹の雫

登場人物一覧

黄泉津瑞神(p3n000198)
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りの守護者

 黄泉津瑞神にも夏を満喫して欲しい。そう願ったメイメイに「賀澄が居れば何処へでも参れる四神が羨ましいことです」と瑞神は耳をぺたりと折った。
 憧れているのはシレンツィオ・リゾートだろう。それは少し難しい。メイメイは目の前の『少女』の姿をしている瑞神に「大丈夫です、よ」とそわそわとしながら声を掛けた。
 神格として、その力をある程度回復させたからだろうか。自由自在に外見の年齢を変化することが叶った彼女は今はメイメイと丁度同じ年の頃を模しているのだろう。
 柔らかな尾をゆらゆらとさせてしょんぼりとした瑞神に「ど、どうにか考えましょう……!」とメイメイは手を打った。
 安請け合いしたと言えばそうではあるのだが勝算はあった。『賀澄が居れば何処へでも』との言葉の通り、加護を与えた者が召喚者となって四神達は自由自在に混沌を移動していることがある。霞帝なのか、はたまたそれが中務卿や陰陽頭なのかはさて置いて――彼等は移動できるのだ。神霊の中でも特に強い加護を持っている瑞神は神威神楽から出入りは出来ないだろうが、ある程度の移動は可能だろう。
「――と、言う事なのです」
 少しでも彼女の気分が安らぐようにと願っての提案であった。それには御所の者達誰もが同じ意見だったのだろう。
「成程。確かに、水着になって遊ぶとなれば民草の目には映らぬ方がよいかもしれませんね」
 最初に存在したのは陰陽頭だった。彼が居たのは中務省――つまり、中務卿の執務室であった為、同時に晴明にも相談している状況ではある。
「御所にビニールプールでも置きますか? ですが、それだとあまりにチンケでしょうか」
「それではシレンツィオには及ぶまい。神霊なら折角ならば、けがれ落しを兼ねて水浴びを提案しては?」
「それもありですね。浜辺に行けば、余りに目立ってしまいますから……人気が無いところが良いでしょうし」
 二人で相談している様子を眺めて居たメイメイは背後から近寄ってきた霞帝が「ならばピクニックだ!」と燥ぎ始めたことに気付いてから事が大きくなったと「メエ……」と鳴いた。

 勿論のことだが、瑞神が「だめです」と唇を尖らせた。曰く、けがれ払いを兼ねてけがれを落しに行くのは賛成ではあるが、御所を留守にする瑞神の代わりに霞帝は御所に居ろという事だ。文句を言う彼を留める晴明と陰陽頭、庚は「いってらっしゃい」とウキウキと出掛ける瑞神を見送った。
「瑞さま、その、どちらへ、ゆかれるのです、か?」
「近くです。此岸ノ辺に程近い場所ですよ。つづりには許可を貰っていますし、本来は神事であの子が私のけがれを祓うのですが、それほどではありませんから。
 水遊びをさせてくれればそれでかまわないと言っておきました。本殿の一室も貸してくださるのだそうです。行きましょう」
 にこにこと出掛ける瑞神に「楽しみじゃのう」と声を掛けたのは――ゆっくりと振り向いた瑞神が「黄龍」と呼ばずとも誰であるのかはすぐに察しが付いた。
 堂々と水着を着用しサングラスまでも持ってきた黄龍はにこにこと笑いながら宙に浮き上がっている。何処からか耳に為たのだろう。「黄龍さま」と呼べば「うむ」と嬉しそうに笑った。
「賀澄が捕まっておったのでな」
 お留守番役を瑞神より賜った霞帝を抑える中務省の人間を思い出したように黄龍がくつくつと笑う。神威神楽であれば特筆して召喚者を必要としないからだろう。神霊達は思い思いに姿を現すことがあった。
「ならば賀澄と共に仕事に励むべきでは?」
「ふむ、瑞は吾が海洋王国に遊びに行ったことがあるから拗ねておるんじゃな?」
「それだけではありません。遠洋の鉄の国に救援へ向かったではありませんか。わたしはこの国に縛られておりますもの」
 案外拗ねているのだと改めて認識してからメイメイは「で、でも、晴さまは、シレンツィオに負けない、と仰って居ましたし!」と瑞神を励ました。
 その辺りが瑞神は引っ掛かっている。一体、中務省の人間は何を考えて居るのか――そう考えながらやってきた湖の畔には、それなりの設備が整えられていた。
「メェ……」
「これは、シレンツィオの浜辺に置いてある『びぃちちぇあ』というものではありませんか? 座っても良いのでしょうか。
 はあ……メイメイさま、ご覧になって。あれは『びにぃるぷぅる』でしょう。中に西瓜が備え付けられておりますよ」
 そわそわとした様子の瑞神は早速メイメイの用意した水着を着用して尾を勢い良く揺らしていた。ふんわりとした白は普段から和装の瑞神に合せて誂えられたものだ。
「めぇ……良くお似合いです……!」
「ありがとうございます。メイメイさまに選んで頂きましたものね」
 自身では良く分からないという瑞神の為に選んだものだが本人が着ているだけで此程に嬉しいのだとメイメイは頬を抑えてにんまりと微笑んだ。
 輝く眼差しを受けて、満更でも無さそうな瑞神は「ふふ、それ程に喜んで頂けたのであれば嬉しい限りです」と照れ臭そうに唇を動かした。
「似合うぞ、瑞よ」
「黄龍の水着はわたしが選んで差し上げましょうか?」
「いいや、吾は賀澄の好みの水着を着て、好みのおなごの姿になって揶揄うのが好きでな」
「そろそろあの子も慣れて来た頃でしょうに」
 何て酷いやりとりだと思いながらもそれが二人らしいのだとメイメイは改めて感じていた。
 犬の耳の生えた可愛らしい日傘にはふわふわ綿毛の羊のマスコットが飾られている。ビーチサンダルを履いた彼女は瞳を煌めかせ「あれはなんでしょう」と湖の沿岸を指差した。
「あれの為に吾が来たのじゃぞ、瑞よ」
「黄龍が? まさか、あれをつかって何か……」
 あれ、とメイメイが目をこらせば急拵えで作られたカウンターが設置されていた。クーラーボックスと食器が取りそろえられて居ることが分かる。
 黄龍はすいすいと其方まで宙を泳いで言ってから「吾がバーテンダーよ!」と胸を張った。異国にかぶれているこの神霊は妙なところで勤勉なのだ。想像するに、霞帝に着いていった際にその地の酒の造り方などを物にしているのだろう。ノンアルコールカクテルも自在に作れるのだと自信満々に告げる黄龍に「まああ」と瑞神が声を弾ませた。
「ならば黄龍に『のんあるこぉるかくてる』とやらを作って貰いましょう。
 晴明がシレンツィオを学ぶ際にいくらかの観光の書を用意しておりました。その中にも素晴らしいものがいくつかあったのです!」
 嬉しそうに笑った瑞神にメイメイは頷いた。晴明が揃えていたのはシレンツィオのガイドブックだったのだろう。
 確かに、彼等も視察を行って居た。そのガイドブックには各ホテルのバーが特集されていた。瑞神は「色が二層であるものがよいです」と黄龍に前のめりに注文している。
「構わぬ。作ってやるからその前に泳ぐのじゃ。瑞はけがれ払いも兼ねておるのならメイメイと遊ぶべきではあるまいか?」
「ええ、メイメイさま、一緒に遊びましょう。わたしは余り泳げません。泳ぎを教えて頂いても?」
「は、はい!」
 水の中に入ったメイメイの手をぎゅっと握ってから瑞神は「泳ぐのは、どのようにすればよいでしょうか?」と問うた。
「その、泳げない、のですか?」
「はい。犬かきならできます。わたしも犬の姿であることが多かったので……」
 いまいち人間的な仕草が分からないのだと呟いた瑞神にメイメイは少しずつ泳ぎを教え、浮き輪を利用して湖にふわふわと浮いたりと簡単なことを用いて遊び始める。
 心地良い水の気配に瑞神が「うふふ、年甲斐もなくはしゃいでしまいました」と嬉しそうに呟いた。確かに、彼女は幼い子供ではない。ずっと長くを生きてきた精霊だ。
 長い時をそうやって生きてきたが、立場があってのことだからだろう。知らないことも、制約も多い。人の姿で人の子に交じって遊ぶこともなかったのだと思えばメイメイは胸が締め付けられるかのような思いであった。
「もしも、瑞さまが、よろしければ……今後も、こうやって遊びましょう」
「ええ。皆で一緒に遊んでも良いですね。賀澄や晴明も、黄龍も居ても構いません。わたしの愛する神威神楽を思う存分にあなたに知って貰いたい」
 彼女がいるからこそ花は艶やかに開き笑う。彼女が安寧にあるからこそ民草は平穏に過ごす事が出来る。
 メイメイにとっての思い人も黄泉津瑞神の加護の下に生きているのだと思えば、こうしておいそれと遊びに誘える相手ではないのかもしれないが――それでも、彼女も友人なのだ。遊びに誘い、知らないことは知っていきたい。
「はい。たくさん、たくさん、教えてください」
「ええ。お約束、いたしましょう」
 指切りをしてから、瑞神とメイメイに黄龍が声を掛けた。カクテルを作ってやるから上がってこい、という。その傍にはスイカも用意されていた。
「西瓜割りもしようではないか。折角の計らいじゃからのう」
「欲張りなひと。遊びたいばかりではありませんか」
 唇を尖らせる瑞神にメイメイは「黄龍さまは、いつも、楽しそうで見ていて、楽しいです」と微笑んだ。「まあ」と瑞神が口を押さえる。
「煩いばかりではありませんか?」
「手酷いことを言うもんじゃなあ。まあ、そうでなくてはな。瑞神が元気でなければ国が憂うというものよ」
 くつくつと笑った黄龍は「早よ」と手招いた。ふわりと中へと浮き上がった瑞神が「手を」と差し伸べる。
 メイメイはその掌に重ねてから、ゆっくりと引き上げられ、地へと降り立った。不可思議な状況だと瞬く彼女に「わたしも、神様ですから」と瑞神は笑う。
「さあ、西瓜割りをしたら、ジュースを頂いて、何を致しましょう? シレンツィオでは何をするのがお決まりなのでしょうか」
「花火なら持っておる」
「欲張りな人」
 二人が軽口を叩き合っているのを見詰めながらメイメイはもう一踏ん張り、思い切り夏を楽しむのだと己を鼓舞したのであった。


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