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特別なおにぎり
登場人物一覧
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橙色の紐を着けた鷹が霜月の頭上をばさばさと音を立てて空中浮揚している。どうやら嘴に折りたたまれた紙を銜えているようだ
「新しい依頼かなァ?」
霜月は手を伸ばし、鷹の嘴から紙を取る。すると鷹はまたばさばさと音を立てて自分の小屋に戻っていった。折りたたまれた紙を開くと、そこには墨で濃く書かれた文字が並んでいる
【某城主の秘密を探れ】
「今回は随分と曖昧な依頼だねェ」
霜月は、ふぅと溜息をつきながら隣で美しい人形と楽しそうに会話をしている鬼灯をちらりと見た
「ん、なんだ?」
霜月の視線に気づいた鬼灯は顔を上げ、首を後ろに傾ける
「いや、これを頭領にねェ」
『新しいお仕事かしら』
霜月に手渡された紙を読み、鬼灯も溜息をついた
「曖昧な依頼だな」
「それじゃあ頼みましたよ?」
「え、俺が行くのか?」
『頑張ってね、鬼灯くん!』
正直嫁殿といつまでも幸せなひと時を過ごしていたかった鬼灯だったが、その嫁殿に笑顔で声援を送られてしまってはいかぬ理由はない。鬼灯は今日一のキメ顔を嫁殿に向ける
「あぁ、すぐ戻ってくる」
『きゃあ! 鬼灯くん素敵よ』
「……チョッロ」
日が傾く頃。緩む顔を引き締め、霜月と嫁殿に見送られ鬼灯は某城へと向かった
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某城は湖に聳え立つ孤城だ。孤城と言っても城自体かなり大きいので結構目立つ。城壁も石垣も高い。どうやら唯一陸地と繋がっている橋を渡って門から侵入するしかないらしい。そこで鬼灯はちょうど橋を渡ろうとしている荷車に身を潜める。ガタガタと揺られていたが、暫くするとぴたりと止まった。どうやら無事侵入できたようだ
「見張りが甘いのか?」
疑問を抱えたまま鬼灯は秘密がありそうな殿様の部屋へ向かう
殿様の部屋の天井裏から部屋の様子を伺っていると殿様であろう男と側近であろう男の会話が聞こえてきた
「へっへっへ、殿。これで我が城も安泰でございますね」
「そうじゃな、これも全てそちのお陰よ。大儀であった」
「ははー、勿体なきお言葉。まさか我が城と例の城が秘密の同盟を交わしているとは誰も思わんでしょうな」
殿様と側近は大層愉快そうにわっはっはと笑った
「ふむ、秘密とはこれのことか」
「曲者!」
鬼灯が天井裏を伝って外へ降りると、ちょうどその場を見張っていた敵忍者に見つかってしまった
「ちっ、バレたか」
仕方あるまいと鬼灯はくないを構える。敵忍者も逃がすまいと懐に手を入れる
暫くの間睨み合っていたが、遂に敵忍者が攻撃を仕掛ける
「やぁ!」
「くっ」
鬼灯めがけて物凄い速さで飛んできたのは……
「お、おにぎり?」
「あ、やっべぇしまった!!」
鬼灯のくないに当たってボロボロと崩れたおにぎりの具は梅干しで、敵忍者はおにぎりを投げたショックか、攻撃を避けられたショックか、おにぎりが崩れたショックか分からないが魂が抜けたようにその場に膝をついて倒れた
いつまでも起き上がる気配がないので鬼灯は敵忍者の顔を覗き込む
「て、敵の俺が言うのもなんだが……その、大丈夫か?」
「大丈夫じゃねぇよ。せっかく絶賛片思い中、俺の愛しのゆきちゃんが握ってくれたのによぉ。そんじょそこらのおにぎりじゃないのよ? 特別なおにぎりなのよ? お前にわかるかい??」
「お、おう、そうか」
敵忍者は目からいっぱいの涙をボロボロと流しながら崩れたおにぎりを見つめている
「愛しい者が握ったおにぎりか。……俺にも愛してやまない大切な人がいる。だから……その、気持ちはわかるぞ」
鬼灯は敵忍者を慰めるように背中をさする
「お、お前、良い奴だなぁ」
「……そうか?」
鬼灯の優しさに胸打たれた敵忍者は涙を拭った
「いけよ。大切な人の元にさっさと帰ってやれ」
「あ、あぁ」
地面に顔を擦り付けながら敵忍者は門の方を指さした。その声は同志を応援するかのような温かみを帯びたものだった
正直何を言ってるのか理解できない鬼灯だったが、不思議と心が温かくなり自然と笑みが零れる
「また、ゆき殿におにぎりを握ってもらえるといいな」
「おうよ!」
倒れる敵忍者を後にして、鬼灯は無事城から脱出した
日はすっかり落ち、月が高く昇っていた。月明かりを頼りに帰路に就く鬼灯は、ずっと嫁殿のことを考えていたのであった