PandoraPartyProject

SS詳細

モーニング・グローリー

登場人物一覧

ユリーカ・ユリカ(p3n000003)
新米情報屋
囲 飛呂(p3p010030)
きみのために

「はっ、待たせてしまったのです!?」
 待ち合わせ場所には飛呂は随分と早く着いてしまっていた。心が浮き足立っていたからと言うのもあったが、彼女は多忙な身の上だ。情報屋ならば何時仕事になるかも分からない。何事かあった場合は来ない可能性もあった。それを見越した上で早めに到着し、心を落ち着かせておこうと考えたのだ。
 そんな飛呂の背中に掛けられたのは聞き慣れてしまった彼女の声だった。
 慌てた様子で走ってくるユリーカはからころと下駄を鳴らして手を振っている。曇り空の色の羽に鮮やかな空色の髪を結い上げた彼女は何時も通りの明るい笑顔だ。
「飛呂さん!」
「あ、ユリーカさん。大丈夫。ちょっと早く着いて下見してただけだし、慌てないでくれよ」
 息を切らしてやってきたユリーカが「いいえ、待たせてしまいましたし、ボクの方が此の辺りについては詳しいのですよ!」とふふんと胸を張って笑った。
 ああ、どうやら『情報屋さんの自分の方が詳しいのだ』と言うことをアピールしたかったのだ。そんな自信満々な彼女を見てから飛呂はにこりと笑う。
「うん、ユリーカさんが詳しいから、さ。此の辺りについて知っておこうと思って。それで、その――」
 傍にやってきたユリーカをちらりと見てから飛呂は顔を赤らめた。普段と違う装いは夏祭りのために着用した浴衣だ。それだけではない。それに合わせてセットした髪型も普段からは見慣れない。
「浴衣着たんだな」
「はいです。飛呂さんも浴衣だって聞いていましたし!」
 胸を張ったユリーカに飛呂は頷いた。鱗文の浴衣を選んだ飛呂は帯飾りに紅色を添えた。黒色に赤を飾った飛呂とは対照的に白地に咲いた朝顔は晴れやかな彼女にぴったりの柄だ。
 お揃いの朝顔の巾着を手にしている彼女は「折角ですから、浴衣なのです!」とにんまりと微笑んだ。
「あーそれで」
「はい」
「すげー似合ってる。浴衣もだし、その髪型も……」
「本当ですか? 髪型は頑張ったのですよ! 浴衣を着るならどうしようかな? って思ったのですけれど、色々と考えたのです!」
 きらりと瞳を輝かせて嬉しそうに微笑んだ彼女に飛呂は唇をゆるゆると動かしながら「うん、良く似合う」と細く返した。
 ああ、言えただけでも褒めて欲しい。好きな子が普段と違う装いと髪型でやってきて喜ばないはずがない。また新しい魅力に気付いて仕舞ったような気がしたのだ。
 結い上げた髪も、愛らしく着飾った彼女を見るだけで心が躍った。なんとか褒めた飛呂の恋心は伝わっては居ないのだろうか。相変わらずの楽しげな彼女は「まあ、ボクは可愛いので」と胸を張っている。――それも、大衆に向けてローレットの受付を勤め上げる上で作られた彼女のキャラクターであることは理解しているが本心で受け止めてくれているだけ喜ぶとしよう。
「よし、一通り遊ぼうぜ。その後は何か食べよう」
「はいです。ヨーヨー救いと金魚掬いをして、それから型抜きとくじびきをするのです」
「結構盛りだくさんだ。袖濡れないように気をつけてな。荷物なら俺持っとくよ」
「あ、有り難うなのです! 何をするか一杯考えたのですよ。飛呂さんは何がしたいですか?」
「俺はー……そうだな、射的とか。ユリーカさんが欲しい物があればそれを狙うことにしようかな」
 やったあと両手を挙げたユリーカが早速挑んだヨーヨー救いは壊滅的だった。勢い良く行くものだから、破れてすぐに終了してしまうが不憫に思った屋台の店主はユリーカにチャンスを与えてくれた。なんとか一つ手に入れてからぱしゃぱしゃと水を鳴らして金魚掬いに直行していく。
 金魚掬いは2匹持ち帰りが出来るらしい。ユリーカはその2匹を飛呂に「良ければ飼って欲しいのですよ!」と押し付け――いや、プレゼントだ!――て居たが、飛呂は「大事にするよ」とマイペースな彼女を何となく受け入れる事にした。
「お名前付けて欲しいのですよ。それから、見に行くので!」
「金魚の家を?」
「はいです。ちゃんと良いお家に棲まわせて貰ったのかはチェックしないと行けませんから!」
 里親の大事な勤めですと胸を張ったユリーカに飛呂は「じゃあ、ユリーカさんが飼う?」と問うたが彼女は首を振った。ローレットに置いておけば誰かのご飯になってしまうかも知れないと恐ろしいことを言う彼女に飛呂は「まあ、色々いるもんなあ」と呟いた。
 型抜きもユリーカは落ち着きがなく壊滅的な出来だったが、飛呂の協力により思う存分に楽しむことが出来たらしい。くじびきでは当たった音の鳴る銃を大層気に入った様子で構えて飛呂の心臓付近を狙っている。
「撃つぞ、手を上げるのです!」
「えっ、どうして?」
「ユリーカ警察なのですよ。ばーん」
「撃ってる、撃ってる」
 揶揄うような言葉を一つ、二つ。そうやって重ねることが出来るようになったのも飛呂にとっての大きな進歩だった。
 彼女と共に自然体に過ごせるようになったのはつい最近のことだ。最初は目をあわせるにも困り、姿を見るだけでも緊張してしまった初心な恋心。それも彼女が「逸れるのです」と指しだした手を握って歩けるほどになったのだ。
「ほら、次は射撃なのですよ。ボクはあのぬいぐるみがほしいのです」
「あの、星みたいなやつ? 顔のついた」
「はいです。妙なへんてこりんなぬいぐるみが欲しいのですよ! 頑張って下さい!」
 応援する彼女に「オーケー……」と飛呂は呟いた。彼女にカッコイイ姿を見せたいと選んだ射撃だが、求められた景品は中々に大物だ。
(難易度は高いけど、ここで諦めるわけにも行かない――な!)
 はらはらとしながら見守って居るユリーカの期待に応えるべく飛呂は射撃に挑んでいた。
 一撃目は掠めた。「ああー!」とユリーカの声が上がる。次は当たったが倒れないか。やや傾いたが「惜しい!」とユリーカが声を上げた。
 最後の弾はクリーンヒットだった。格好いいところを見せたいと願った飛呂の願いが叶ったのか、それとも彼女の応援のお陰であったのかは分からない。
 見事に倒されたぬいぐるみを店主が差し出してくれた時には「やったのですー!」とユリーカがぴょんぴょんと跳ねている。
「今日の思い出に、持ってってくれると嬉しい。ユリーカさんが欲しかった人形だし」
「はいなのです! ありがとうです! とってもかわいいぬいぐるみで嬉しいのですよ」
 にんまりと微笑んでユリーカはぬいぐるみを抱きかかえている。此れまでの荷物はそっちのけだ。飛呂は他の荷物を手に嬉しそうに笑っているユリーカの笑顔を見詰めてからほっと胸を撫で下ろした。
「それじゃあそろそろお腹も空いただろ? 何か食べに行こうぜ」
「たこ焼きと焼きそばは美味しそうな所がありましたよね。飛呂さんは綿菓子食べますか? ベビーカステラの方が良いでしょうか」
「気になるものは分け合っても良いかもな」
「そうしましょう! 全制覇の勢いなのです!」
 あまり腹が減ってはいけない――そう感じながら、飛呂は『何も気付かないで居てくれる彼女』の背中をのんびりと追掛けた。
 夏の夜風は涼やかで、下駄鳴らし歩く彼女の羽を僅かに揺らす。
「こっちなのです!」
 手を振って呼び掛けるユリーカと逸れないように、今度は飛呂から彼女の手をぎゅっと握り締めた。
 きょとんとした表情がすぐに笑顔になってから「はぐれないように」と重ねられた言葉に、今はそれで良いと噛み締めながら。


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