PandoraPartyProject

SS詳細

沈日

登場人物一覧

音呂木・ひよの(p3n000167)
笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華

「ひよのさん、楽しかったねえ」
 からん、ころんと下駄を鳴らして歩く花丸の背中を追掛けて、ひよは歩く。音呂木神社の夏祭りは彼女は忙殺されている。
 神社の関連イベントと言えばひよのが忙殺されて蒼い顔をしているというイメージの合った花丸は敢て少し離れた地で行なわれる夏祭りに彼女を誘ったのだった。
「ええ、楽しかったですね」
 もうすぐ、一日が終るから、今は手を繋いで居よう――

 その日は、早朝から出掛ける約束をした。
 案外アクティブな彼女は「良いですよ」と朗らかに笑って「何を着ましょうか」と提案してくれるのだ。
 その提案が花丸にとっては心地良い。ひよのは案外、可愛らしい服装が好きだ。それ以上に、どうやら出掛ける相手で衣装を替えたがる節がある。相手に合せてのことなのだろうが、花丸が相手になると「おそろいを着ましょう」と提案するのだ。
「ひよのさんってお揃いが好きだよね」と花丸が不思議そうな顔をすれば「花丸さんだからですよ。双子コーデ」と彼女は朗らかに微笑むのだ。
「えへへ、それは役得って奴だね」
「ええ。役得だと思って頂けるのであればなにより。花丸さんを着飾らせる事が私にとっての重大なミッションでもありますから」
「……そうなの?」
「勿論」
 頷いたひよのに花丸は首を傾げた。ひよのは花丸の手袋の下を知っている。ストイックに冒険の旅に出て、誰かを救うために傷だらけになる彼女をよくよく理解している。
 だからこそ、彼女を可愛らしく着飾って『女の子の普通の日常』を楽しんで欲しいのだとひよのは言った。ここは再現性東京だ。本来ならばモンスターも夜妖も存在しない。其れ等は全てファンタジーという言葉で片付けられて詰らない程に単調な日常がやってくる筈の場所である。故に、本来ならば『少女は戦う事が無くて良い』存在なのだ。
 戦い続ける花丸を可愛らしく装って普通の女の子の日々を過ごすことがひよのにとっての楽しみなのだという。一度、街に出て買い出しをして家に帰ってきたら自宅で素麺を食べようという話しになった。その後はやや遠方の夏祭りに出掛けるのだ。
「流し素麺ってあるでしょ? ああいうのって、やってみたいと思う?」
「自然の竹を割ってやるのならば興味はあるのですが、掬うことにもコツがいりそうだとは思いませんか? 失敗してそのまま滑り落ちていって、桶に溜った麺を食べることになりそう」
 渋い表情を見せたひよのに花丸はからからと笑った。ひよののオーダーで書店に向かう事にしていたが、夏の太陽は暑く、日傘を差していても肌が痛いとさえ感じるほどである。
「でも、流れてるだけで涼しい気持ちになるよね」
「それなら自分が流れましょう」
「あ、プール? ウォータースライダーとか良いかも! 皆一緒に滑れるやつがあるよね、大きなボートでいくやつ。ああいうのだったら楽しそう。
 皆で行くのってどうかなあ? なじみさんとか、ジョーさんもそうだし……皆だと屹度楽しいよね!」
 にんまりと笑った花丸はウォータースライダーにはしゃぐなじみが全種類制覇しそうだと想像して思わず笑った。その現場が想像できそうだとひよのは「行くぜ!」と走って行く彼女を追掛ける役割は別の誰かに任せてのんびり浮き輪で浮いていたいと呟いて。
「でも、プールって結構疲れちゃうんだよねえ。あー、がんばったーって気持ちになるっていうか……」
「そうですねえ。こんなに暑いとプールサイドに立っただけで死が訪れそうですよね。足の裏とかに」
「あはは、分かる。遊園地とかも結構疲弊しそうだよね。室内施設じゃないとダメかな?」
「そうですねえ。映画とかも見に行きたいです。花丸さんと見るならアクションでしょうか」
 ひよのは歩きながら、映画館のポスターを眺めていた。花丸が「これ、面白そう」と指差せば「秋からっぽいですね」と頷く。ならば秋になったら見に行こうと約束を一つ。
 書店でひよのが購入した本も映画化するのだと彼女はポスターを指差した。冬に公開されるというそれは季節外れのホラー映画なのだそうだ。
「ひよのさんって創作物のホラーも好きなの?」
「映画のホラーは好きですよ。実物を見慣れているので『こういう風にも考えられるのか!』と勉強になります」
「……あ、そういう……」
 確かに音呂木神社の蔵の中には無数の『心霊現象』が存在して居た。髪の毛は自由自在に伸びる上にカタカタと動きながら笑い出す日本人形。楽しそうに歌い出した本に跳ね回る箒。面白博覧会の有様ではあったがある程度は『おとなしく』させているそうだ。
「素麺を食べて少し涼んだら浴衣を着ましょうね。アイスも買っていきましょう」
「あ、いいね。何味にする?」
「……うーん、期間限定で」
「ひよのさん、結構期間限定に弱いタイプ?」
「いえ、なじみが『おいしいよ』と持ってきたときは大体不味いので先んじて味見をしておく準備が出来る女タイプです。本当はチョコレートなどオーソドックスな方が好きですね」
 意地悪く笑って見せたひよのになじみのマイペースさを思い浮かべてから花丸は「あー、なじみさん、自分の口に合わなかったらくれそう」と呟いてから小さく笑った。
 ファーストフード店でテイクアウトしたアイスコーヒーを手に一度帰宅した二人は素麺をそそくさと作って冷房の効いた部屋でのんびりと涼みながらアイスを食べた。
 頃合いを見て浴衣を着付け去夢鉄道に乗る。やや距離はあるが電車の旅というのも悪くはない。目的地が同じだからだろう。浴衣を着用した者や浮き足だった者が車内には雪崩れ込んでくる。人間が一斉に動く現場を見れば一体感を感じて、それもイベントの一つに思えるのだから「皆行く場所は一緒だね」「ええ、そうですね」と二人揃って笑みを漏した。
 縁日を見て回るだけだ。他の神社へのお参りをひよのが行なわないことは知っている。挨拶程度ならするそうだが、ここまで混み合っている中での挨拶は不要だろうと彼女は考えたらしい。
「金魚掬いしようよ」
「ええ、いいですよ。捕まえたら名前を付けて金魚鉢で飼いましょうか」
「名前何にするか考えてある感じだね」
「でめこです」
「出目金限定だね……?」
 花丸はでめきんを探しながらきょろきょろと桶を眺めて居た。泳ぐ金魚の鮮やかな赤が目に付くが、ぽつねんと存在して居る出目金は居る。しかし、それも足が速い。直ぐさまに逃げて言ってしまうのだから花丸もムキになった。
「よ、よし、勝負だよ、出目金!」
 逃げ回る出目金を追掛ける花丸。その様子をにこやかに眺めて居るひよのは観客に徹しているようだ。なんとか掴めた出目金と、もう一匹をオマケに貰ってから、もう少し見て回ろうと花丸は滲んだ汗を拭った。
 たこ焼きを分け合って、フライドポテトを摘まむ。こうして縁日で食べる食べ物は撫ぜ美味しいのかと二人で顔を見合わせて笑うのだ。金魚を無くさないように握りしめ、ひよのが「くじ引きをしましょう」と景品が不透明な謎のくじ引きで当てた光る剣を握り締めている様子に花丸は腹を抱えて笑った。
「ひよのさん、光る剣を握ってると何だか、面白く見える」
「そうですか? なんならカッコイイ構えとかしますよ」
「えっ……できるの?」
「ええ。イレギュラーズの皆さんの真似事ですが。如何でしょうか? 見せましょうか?」
「花丸ちゃんが死んじゃうかも知れない」
 ひいひいと息を漏した花丸にひよのは「じゃあ帰ってからで」と剣の『電源』を切ってから何気なく懐から取り出したエコバックに突っ込んだ。所帯じみた行動ではあるが、ひよのは抜き身の玩具の剣を握りながら電車に乗るタイプではない。花丸はこの光る剣はカフェローレットに持って行かれて店員の玩具になるのだろうなとも考えた。
(屹度、この剣がお土産になるんだろうな。遠くに行くって言うのは伝えてあったし……此の辺りのお土産を買うのも混み合ってるしね)
 一応気を遣ったつもりなのだろうひよのの様子に花丸はつい可笑しくなった。それにしたって、光る剣なのだ。何処にでもありそうなそれをおみやげとして真面目な顔で持っていくひよのは面白い。それなりに笑い続けても良いはずだ。
「花丸さん」
「んん」
「ずっと笑っているから、たこやきがなくなりましたよ」
「えっ!? あー! ひよのさん、全部食べたの?」
「ええ。何時気付くかを試したかったので」
「そ、そんな……」
 こそこそと花丸の手からたこ焼きを奪い去っていたひよのは「お詫びにジュースをおごりますよ」と謎に光っている容れ物に入ったジュースを指差した。
 どうして光り物ばかりを選ぶのかと花丸が剣を思い出して笑いを堪えた頃、何故か、光るサングラスを着用したひよのが「どうでしょうか」と光塗れになりながら問い掛ける。
「ひよのさん、花丸ちゃんを笑い殺そうとしてるよね?」
「真面目にボケてます」
「ど、どうして!」
「花丸さんの一夏の思い出をキラキラで彩っておこうかと……良い感じの光でしょう?」
 光るサングラスを掛けて、七色に光る仕掛を施されたカップに入ったジュースを手に持った浴衣姿のひよのに花丸は「凄く彩られたよ」と笑みを噛み殺してそう言った。
 よかったと笑ってからサングラスを取った彼女は「夏ですから、楽しんで頂かないと」と微笑む。
「思いっきり楽しい夏休みを味わっておかないと二学期が苦しくありませんか?」
「その方が苦しくない? 現実が帰ってきた……って」
「まあ、そうとも言いますね」
 ひよのは小さく笑ってから花丸の手を引いた。いつも以上に燥ぎ回っている彼女にもきっと、何かあるのだ。
 それでもそれを問わないまま花丸は「待って」とその背を追掛ける。楽しげに笑う彼女を見ているだけで、ふと、安心するのだ。
 まだ隣に居てくれる――と。

 ――影が伸びる。
「花丸さん」
「んー?」
 からり、ころり。からん、ころん。下駄を鳴らして歩く花丸は呼び掛けに一度立ち止まってゆっくりと振り向いた。
 浴衣姿のひよのが立っている。お揃いの浴衣に、一緒にやった金魚すくいで貰った金魚の袋。ぼんやりと立っているひよのの姿をその双眸へと映す。
「ひよのさん? どうかしたの?」
 花丸は手にしていた綿菓子を口に含みながら聞いた。何気ない、日常の問いかけに続くのは何時もならば『なんでもありませんよ』の言葉だ。
(……そうだ。ひよのさんっていつも大事なことは教えてくれないんだ。誤魔化して、言いたくないって顔をするから。
 私もそれで良いって思ってたよ。ひよのさんが言いたくないことを無理に聞き出そうなんて思ったことはないから、けど――)
 此処で、何もないと顔を背けてしまえば彼女は何処かに行ってしまうかもしれないとさえ思えた。
 ここは再現性東京だ。本来ならばモンスターも夜妖も――『神様なんて目に見えない存在さえ』居ないのだ。其れ等は全てファンタジーという言葉で片付けられて一種の羨望を集めるのだ。夢想の世界の果てにある『かも』しれない話そのもの。単調な日常がやってくる筈のその場所で『神様』なんてものに囚われるようにして彼女の時は止まっている。
 はた、と花丸は気付いた。「ひよのさんは何歳なんだろう」と思った事がある。彼女はそもそも再現性東京の生まれで、再現性東京は旅人達にとっての楽園で――『旅人と旅人の子供は旅人として分類される』事だって知っている。
 けれど。あの人は何時も『高校の先輩』だといって笑っていたではないか。花丸の時が進むのに、ひよのの時は止まっているかのように出会ったときの儘。
「ひよのさん」
 その名前を呼んだ。立ち止まっていたひよのはすう、と息を吸って――吐いてから笑う。
「何もありませんよ」
 お決まりの言葉のように、それを告げた。
「そんなこと、ないよ」と花丸は首を振った。屹度、何かあるから呼んだはずなのにああやってあの人は『秘密ばかり』を抱えて言ってしまうから。
「大丈夫だよ、ひよのさん。花丸ちゃんって案外強いんだよ。ほら、猫鬼の……なじみさんの事だって手助けは出来たし。
 ひよのさんが困っていたら、ひよのさんの所に真っ先に飛んでいくのは花丸ちゃんの役目だって思ってる。だから、教えて欲しいな」
 ゆっくりと、ひよのの方へと脚を進めてから花丸は地面を見下ろした。街灯に照らされていたひよのの足元にあった筈の影はどこにも存在して居ない。
 目の前のひよのの足元からゆっくりと顔を上げて――一瞬、彼女が笑った気がしたのは屹度気のせいだ――花丸は「ひよのさん」と呼んだ。
「はい」
「言いたくない?」
「……いいえ。花丸さん。私は斯う見えて不器用です。いえ、言い方を変えますね。私って何でも出来るんです」
「あ、ひよのさんだ……って思った」
「ええ。私って才色兼備ですし、何と云うか、完璧な女子高生である方向性を突き詰めているんですけれども。まあ、先輩ですから」
「う、うん……」
「でもね、完璧って何処にもないんですよね。張りぼてなら、こうやって見せかけて作ることが出来るけれど……。
 私は『皆さんの先輩であるために』完璧を装うとしていたのです。まあ、無理でしたけれど」
「あはは」
 花丸はゆっくりとひよのの手を握り締めた。暖かい、人の温もりだ。安心してから息を吐けば目の前のひよのは可笑しそうに目を細めて笑う。
「……だから、本当の私を見てくれるならばうれしいな、と思います。
 私は、案外寂しがり屋で、結構やんちゃで、それでいて、本当に助けて欲しいときには助けてくれ何て一度たりとも言いませんからね」
「言わないの?」
「ええ。名前を呼びます」
「誰の?」
「あら、花丸さん以外で良いんですか?」
 女の友情というものは、言葉にしにくいものなのだ。恋情と違う、親愛とも違う、友情の中でも最も重くて、複雑である。
 一度でも解けてしまえば二度と交わらないような、複雑に絡み合った糸が反発し合う磁石を無理に引っ付けているようなものだから。その手を離せば、屹度、彼女は『花丸の名前を呼んでくれやしない』とさえ思った。
「ううん、私の名前を呼んでね」
 そうすれば、屹度助けに行ける。走る為の勇気にだってなれる。花丸はひよのの手をぎゅっと引いてから街灯の下から一歩だけ踏み出させた。足元の影が戻っている。
「行こう。明日は何をしようか。語部会までに沢山遊んでおかなきゃ忙しくなるでしょう?」
「……宿題は?」
「大丈夫。課題とかって、追い込みでやるもんだって言ってたから」
「あら。それは酷い話ですね。でも、ええ、遊びましょう。次は何をしましょうか?」
 花丸は「そうだねえ」と笑った。プールに行くのも良い、海のしょっぱさも好きだった。水族館に、美術館。それから遊園地に行って遊ぶのだって楽しい。
 からり、ころり。二人分の足音が重なって行く。
 二人だったら、どこへだって行けるような気がしていたから。


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