PandoraPartyProject

SS詳細

夏を、友と歩く

赤目の友と、夏の夕暮れを共に

登場人物一覧

藤井 奏(p3n000227)
作家
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色

 吹く風は夏の匂いがした。青い空には白い雲が浮かび、晴天を告げる。ねっとりとした空気。イズマ・トーティス(p3p009471)は猛暑日を歩く。生温い風がイズマの髪を揺らす。
 
 風鈴が商店の店先でゆっくり揺れている。馬車を待つ老夫婦が煙草の煙を空に吹き、ヒマワリが熱い風に踊っている。
 奇麗な音を耳が拾った。ビー玉がころころと揺れる。ラムネの瓶を持った少女とすれ違ったのだ。夏だ、イズマは目を細めた。どうして、夏のラムネはこんなにも特別で、眩しいのだろうか。額の汗を拭い、イズマは喉を鳴らす。

 夏が好きだ。この暑さが心地よいのはイズマがオールドワンだからだろうか。いや、違う。夏だからだ。青空の匂いがする。イズマは思いっきり、夏の風を吸い込み、笑う。祭りの音が聞こえる。楽しくて嬉しい音だ。そう、今日は幻想で夏祭りがある。
 
 ──お母さん、今度は綿菓子が食べたい!

 ドレミ柄の赤い水ヨーヨーを持ったブルーブラッドの少年が叫び、人混みの中に消えていく。イズマは目を細め、また、別の声を聞いた。それはとても、小さな声だ。

 ──ほら、手。
 ──え?
 ──迷子になるからさ。
 ──う、うん。そうだね……

 手を繋ぎ、真っ赤な顔で俯くスカイウェザーのカップルの姿があった。くすぐったい夏の恋の匂いがした。
「賑わってるな、人が多い!」
 イズマは眩しそうに目を細めた。露店には既に長い列が出来ている。その列はもう、何処から伸びているのか分からないほどだ。会場である公園には、浴衣を着た人々が散見し、流行りの夏うたが流れている。アップテンポの曲が心地よい。耳が夏を感じる。そして、そこには藤井 奏 (p3n000227)の姿もあった。イズマは、熱い風を吸い込んだ。奏はワインレッドのアロハシャツとゆったりとしたデニムパンツを着こなし、手首には銀色の、チェーンのブレスレットが見えた。
「奏さん」
 手を大きく、振りながら叫んだ。人々の熱気を感じ、汗が溢れた。風が吹く。それは生温く、露店の甘い匂いがした。チョコバナナだろうか。
「イズマ君!」
 奏はイズマを見た瞬間、手を大きく振り返し、大型犬のようにイズマに近づくのだ。 奏のビーチサンダルがきゅっと音を鳴らす。じゃらじゃらとチェーンのブレスレットが揺れている。
「ちょ、そんなに焦らなくても!」
 イズマは吹き出す。奏はきょとんとし、すぐに笑った。その顔には汗が光っている。
「そうだね。つい、走ってしまったよ」
 照れた顔は子供のようだった。
「でも、分かる。夏祭りは大人でも……いや、大人だからこそ、わくわくするんだよな」
 ニッと笑った。ビニール袋に入った綿飴、真っ赤なりんご飴、カラースプレーが散ったチョコバナナ、ふにゃふにゃのたこ焼き。水に浮かぶスーパーボールにガラス細工。しょっぱい焼きそばに、焼き鳥。くじ引きに光るブレスレット。全てが魅力的で、気を付けていても、財布がどんどん薄くなっていくのだ。これぞ、お祭りマジック。
「お〜! イズマ君、分かってるね。だからさ」
「うん?」
「お金を沢山持ってきました!」
 突然、見せられた分厚い財布と奏の言葉にイズマは笑う。
「大人の財力。ふふ、凄いな、奏さん。じゃあ、最初に何を買うんだ?」
 イズマは言い、ラムネを思い浮かべている。
「え、最初に? ん~と! あ、ラムネかな! 瓶のラムネ!」
 指を差す。そこにはラムネとかき氷が売られている。
「流石、奏さん。実は、飲みたかったんだ」
 イズマは笑った。
「だよね! 美味しいから夏に絶対飲みたくなる」
「そうそう。でも──」
 言いながら、ちらりとかき氷を見た。電動のかき氷機ががたがたと揺れながら氷を削っていく。露店の女がくるくると白色のプラスチック容器を回している。氷を削る音が心地よい。女は山盛りの氷にシロップをかけた。忽ち、それは鮮明な色を放つ。ブルーハワイにレモン。イチゴにメロン。練乳もたっぷりかけてもらえるようだ。だから、イズマは言った。
「奏さん、、かき氷も食べない?」
 せっかくだから──そう、それは魔法の言葉だ。イズマの提案に今度は奏がニッと笑った。
「いいね、そうしよう! 僕も両方食べたい!」
 奏は長い列にイズマと並ぶ。ただ、列はすぐに短くなり、ものの数分でラムネとかき氷を得るのだ。
「冷たくて、生き返るねぇ!」
 ラムネとかき氷を持ちながら、奏が笑う。イズマもまた、笑いながら頷く。イズマが選んだのは、ブルーハワイ。奏はレモン。そこに練乳がたっぷりかけられている。ベンチにラムネを置き、「よっと!」
 イズマはビー玉を力いっぱい押す。途端にラムネの炭酸が掌に触れた。濡れた手で瓶を掴み、傾ける。ビー玉が瓶の中でころころと動いた。炭酸が唇に、喉に触れる。爽やかな甘みを感じる。
「あ〜、美味しい! 夏だなぁ、奏さん!」
 飲む度に身体が潤っていく。
「そうだね、楽しい!」
 にこにこと笑い、奏はラムネを飲んだ。ビー玉の音が聞こえた。
「奏さん、早くないか? あと、一口くらい?」
 笑いながら、瓶を指差す。そう、奏はラムネを半分以上飲んでいた。
「え? ああ、喉が渇いて! あ、でも、イズマ君も半分以上飲んでるけど!」
「あ、バレたか」
 イズマは言った。他愛ないことでイズマは、と笑いあう。夏祭りというこの空間が好きだと思った。特別で。懐かしくて、眩しい。スプーン付きのストローで氷をすくう度に、ぽろぽろと氷を落とし、また、笑いあう。幸福な時間だ。
「はー、可笑しい! かき氷ってこんなに上手く食べれないものなんだね。山盛りだからかな?」
 舌をイエローに染めた奏が笑う。
「いや、単に食べるのが下手なだけかもしれない」
「えー、それはやだなぁ!」
 驚いた奏がきょろきょろと辺りを見渡し、イズマを見て笑った。
「あっ! イズマ君、青だ!」
「舌?」
「うん」
「奏さんも黄色だけど」
「え、恥ずかしい!」
 イズマと奏は笑う。身体は冷えたはずなのに、笑いすぎたせいだろう。沢山、汗を掻いていた。

 そして、また、露店を巡り、イズマはふと立ち止まった。

 ──奏さん、くじ引きで勝負だ!
 ──へぇ? 望むところだよ!

 一度きりの勝負。一番の当たりは、練達製のゲーム機だった。気合を入れ、くじを引き、顔を見合わせ、げらげらと笑いあう。イズマと奏が当たったのは、大きなビニール玩具だった。
「これは凄いよ、イズマ君!」
 勇者の剣を奏は、真剣な顔で構えるのだ。
「ふふ、奏さん、強そう!」
 笑っているイズマの手にも、ビニール玩具。だが、こちらはハンマーだ。100トンと書かれている。イズマはハンマーを肩に担ぐように持っている。
「でしょう? それにしても、イズマ君は力持ちなんだねぇ」
「ああ! 日々、鍛えているからな。ただ、奏さんには少し重いかもしれない」
「うん、100トンは僕には無理かも」
 奏がニヤリとする。
「ふふ。じゃあ、次は──」
 イズマは動きを止めた。
「イズマ君?」
 奏は不思議そうにイズマを見つめている。
「奏さん、ごめん。此処で待ってて!」
 イズマはすぐにビニール玩具、ハンマーを奏に放り投げ、駆けだす。髪が揺れ、ラメント・ジンク亜鉛のベルが力強く響いた。
「イ、イズマ君?」
 奏はハンマーを抱え、びっくりしている。
「悲鳴が聞こえたんだ」
 そう叫び、イズマは人混みを飛ぶように駆ける。
 
 それは、イズマじゃなければ。耳の良いイズマでなければ、拾えぬ音であった。

 ──あれ? あの青髪! もしかして、イレギュラーズのイズマか?
 ──え? 多分? 速くてよく見えなかった。なんだろう、何かあったのかな?
 ──おっ!? え、なんだ? 今、すげー風が吹いた!!
 ──ねぇ、あっち! 男が暴れてるみたい!
 ──やば。あの人、怪我してるよね。大丈夫かな?

 イズマは視線を巡らす。赤い瞳に浮かぶのは──痩躯の男。握られた果物ナイフには血がべっとりと付き、男は血塗れだ。
 ──やだ、来ないで!
 女は叫んだ。細い腕から血がぽたぽたと垂れている。顔を強張らせた人々が彼らをジッと見つめている。ふと、男の唇が動いた。異様で、醜悪な声が聞こえる。
 ──おれ、の、財布……ぬすんだろ……かえせ、かえせよ……! おれのだ!
 イズマは眉根を寄せ、男の胸ポケットの膨らみを見た。エナメル素材の黒い財布が見えた。
 
 息を吸う。
「おい! 何してるんだ!」
 イズマは叫んだ。響音変転──音階を変え、ビリビリとした怒気を声に孕ませ、イズマはメロディア・コンダクターを素早く抜き、振り上げた。夜空を抱く鋼の細剣が瞬く間に男を引き裂く。
「う、あ……」
 男は顔を歪ませ、呻いた。気配を殺したイズマの攻撃。男は直撃し、一回転をした後、地を滑った。
「大丈夫か!」
 イズマは細剣を振るい、女の痛みを、傷を瞬く間に消し去るのだ。
「あ……ありが、と……」
 女は呆然とイズマを見つめ、涙目で頷く。
「大丈夫だよ、もう……イズマ君は、ローレット・イレギュラーズで……強くて凄いんだ……」
 奏の優しい声が聞こえる。追いかけてきてくれたのだ。イズマは目を細め、振り返る。浅い息を吐きだしながら、奏は微笑んでいた。
「それにほら? 危ないものは僕がちゃんと預かっているしね」
「奏さん、いつの間に」
 驚く。奏の手には男のナイフが握られていた。
「ふふ、僕も凄いでしょ?」
 奏は言った。イズマは頷こうとし、反射的に振り返った。男の気配がしたのだ。その場にいる者達がぎょっとする。そこには傷だらけの男がいた。男の鼻から真っ赤な液体が垂れ、濡れた唇には砂が張り付いていた。皮膚は裂け、血が溢れる。
「あの傷でまだ、立つのか」
 イズマは顎を引き、細剣を構える。もう一撃与える必要が、あるようだ。
「え? え?」
 女が驚く。男が拳銃を取り出したのだ。男の充血した瞳が奏を見た。ふらふらと夢遊病者のように揺れながら。狙いはナイフを奪った奏だろうか。

 ──殺す・殺す・殺す・殺す
 ──殺す・殺す・殺す・殺す
 ──殺す・殺す・殺す・殺す
 ──死ねよ・お前

 奏を馬鹿にしたように眺め、男は呪いの言葉を吐き続ける。奏が肩を震わせた。
「殺す? 君が、僕を?」
 細められた黒色の瞳は、瞬く間に真っ赤に染まり、妖しい光を放つ。
「奏さん?」
 イズマは驚く。いったい、何が起きたのだろう。奏はびりびりとした殺気を纏っている。男の能力だろうか。イズマは男と奏を見た。
「やってみろ」
 唸るように吐き出した声は、猛り狂う獣に似ていた。温厚な彼の口から出たその言葉にイズマはびっくりする。奏は冷笑していた。両手にビニール玩具の剣とハンマーを持ちながら彼は男を見下ろしていたのだ。
 ──なら、死ねよ
 男は奏に筒口を向けた。女の悲鳴が聞こえた。
「奏さん!」
 イズマは踏み込んだ。
「──響奏撃・弩!」
 狙い撃つ。イズマは地を踏みしめ、細剣を振るった。細剣が生温い風が裂き、男の胸元に触れる。男はすぐに鋭い痛みを知り、拳銃を手放すのだ。
「……」
 イズマは息を吐く。男は真っ青な顔で倒れている。
「ああ、助かった〜!」
 いつもの声に振り返った。
「ああ、奏さん、大丈夫か?」
「うん。あ〜、びっくりしたなぁ! 彼女が撃たれたら嫌だなと思ったら、つい。あ〜、良かった。イズマ君がいてくれて!」
 その目は、黒に戻っていた。
「奏さん、目……」
「えっ?」
 奏の頬に触れ、イズマはその目を見上げる。黒い。だが、見間違いではなかった。ハッとする。
「もしや、男の能力か?」
 心配してしまう。
「え? いや、大丈夫だよ、イズマ君」
「大丈夫って……だって、目が……」
「これは僕のギフトなんだ」
「ギフト?」
 驚きながらイズマは納得し、また、首を傾げる。
「うん、追い詰められると目が君と同じ色になるんだ。まぁ、僕の場合、強くなるとかはないんだけどさ」
「良かった。奏さんに何かあったかと思った……殺気が凄かったし」
「そうなんだ……イズマ君、心配してくれてありがとう」
 奏の言葉にイズマは頷く。気が付けば、空は暗く、夜の匂いがした。

 それから、イズマと奏は夏祭りを全力で楽しむ。チョコバナナとたこ焼きを食べ、焼き鳥を頬張っていると突然、大きな音と光が散る。そう、花火だ。
「綺麗だ」
 イズマは微笑む。
「うん、見れて良かったなぁ」
 奏は笑い、嬉しそうに花火を眺めるのだ。


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