PandoraPartyProject

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ふぁーすとさまーばけーしょん

登場人物一覧

祝音・猫乃見・来探(p3p009413)
優しい白子猫
祝音・猫乃見・来探の関係者
→ イラスト

『夏休み』――その響きに火鈴は憧れを抱いていた。
 それは夜妖である火鈴にとっては馴染みのない言葉であったが、学生となった彼女は十分にそれを謳歌する権利がある。
 学生らしさと言えば夏休みを思い切り楽しんで宿題を頑張る。それから、二学期の運動会を心待ちにするのである。つまりは、そう、初めての夏休みを目一杯楽しむのだ。
「祝音! 祝音! 今日からいよいよ夏休みね!」
 希望ヶ浜学園の中等部の教室で火鈴は祝音の元へと走り寄った。終業式を終えてやっとの夏休みの始まりだ。
 これまでの荷物はある程度は自宅や寮に持ち帰る事に決まっている。夏休みを前にして重たい宿題を担いで帰るという悲しみを味わう必要は無いのだ。
 ほぼ手ぶら状態での夏休みの始まり。火鈴はうきうきとしながら机に手を突いて身をぐいっと乗り出した。
「祝音はどうやって過ごす? あ、宿題は七月中にやるようにって言われているの! 頑張って宿題も済ませましょうよ。ね、祝音!」
「うん。火鈴さんは何の教科が得意だった?」
「りんはね、数字が得意だったわ。なじ姉達にも教えて貰っていたのよ! えへへ、聞いてくれても構わないんだから」
 踏ん反り返った火鈴に「頼りにするね。みゃー」と祝音はにんまりと笑った。手を引かれて――いや、引っ張られて、と言うべきだろうか――祝音が向かったのは火鈴が放課後に手伝いに行っているという猫カフェであった。年齢的には『一応』中学生ではあるが夜妖の火鈴は特例でアルバイトを認められている。
 猫カフェ『来鈴きりん堂』の扉を開いてから「ただいまあ」と火鈴は告げた。第二の家のような感覚なのだ。と、言ってもきちんとお給料は払われている。稼いだお金はお小遣いに当てているのだが、これが天職だった。猫の耳を持つ夜妖の火鈴は猫たちの言葉が分かる。それ故に、猫たちの相手を得意としており店長からも「りんちゃんが居て良かった」と褒められたのだ。
「ただいま、ここあ、まるこ! 祝音を連れてきたわ。あのね、宿題をするから見ていて欲しいの」
 にゃあと泣いて擦り寄ってきた黒猫のここあとでっぷりと太ったシャム猫のまること共に火鈴は一度バックヤードへと下がった。座敷のテーブルにちょこりと腰掛けた祝音は宿題をしてから出掛けようと誘われたのだ。それから、夏休みの予定を立てるとも聞いている。
「こんにちは、すずめさん」
 にゃあとすずめと呼ばれた猫が尾を揺らした。鍵尻尾の彼女は愛らしく祝音の傍にちょこりと座る。今日は何の用事だと問うているようだ。
「火鈴さんと何処に出掛けようかなって……すずめさんも、お出かけできると良いね。みゃー」
「にゃー」
 すずめさんは忙しいかなと頬を擽った祝音にすずめが尾をゆらゆらと揺らす。ドリンクを手に戻って来た火鈴は「ここでお店版と宿題をしながら夏休みの予定を決めるわよ!」と意気揚々と張り切った。
「まず、宿題のドリルの此処までは今日はやっちゃいましょう。それで七月中に終らせるようにするの。
 花火大会があるってさっき店長が言ってたわ! わたし、祝音と花火大会に行きたいから浴衣を着て手を繋いで行きましょうよ」
「うんうん、いいね。みゃー」
「みゃー♪ それからね、夏祭りも行きたいわ! 金魚掬いをしにいくの! あ、それで……んー……プール! 祝音はプールは好き? 海の方が良いかしら」
 ガイドブックを手に宿題をそっちのけで考え込む火鈴は「夏休みって難しいわー!」と叫びながら転がった。直ぐに腹の上にのし掛かるまるこは野太い声で鳴いている。
「まるちゃん重たい。りん、潰れちゃう」
「にあああ」
 その楽しげな様子に祝音はくすくすと笑った。火鈴はいつも元気いっぱいだ。特に学校に通い始めてからその元気さもパワーアップしたように思える。
 言葉を知って、常識を覚え、口数が増えて日々を楽しそうに過ごしている。仮初めの名字を与えられ、人間と同じように学びながら過ごしているが夜妖には違いない彼女は自身と人との違いも一つずつ覚えていって居るのだろう。
「火鈴さんは、夏休みは旅行は行きたい?」
「ううん。りんは夜妖だから再現性東京の外は怖いわ。でも、祝音は行ってきて良いから! あ、でも、おみやげは頂戴ね。
 本当はね、りんも一緒に行けたら良いなって思うの。今は澄原のお名前を借りてるけど、祝音と同じ名前を名乗って、家族みたいに過ごして……あっ、だ、脱線しちゃった!」
 慌てて首を振った火鈴は「あーん、此れは秘密だったのに」と頬を抑えた。家族という言葉を繰返してから祝音は優しくまるこの頭を撫でる。
「うん、いつかそうなるといいね。みゃー」
「みゃー♪ そうね。わたし、家族が居ないから祝音の事を家族だと思っているのは本当なのよ。
 アッ、宿題しなくちゃ。何処行くかはこの後考えましょうね! いっぱいいっぱい、時間はあるから!」
 まだまだ夏は始まったばかりなのだ。


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