PandoraPartyProject

SS詳細

黄金の恵み

登場人物一覧

今園・賀澄(p3n000181)
霞帝
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りの守護者

 夏の気配が遠離り始めた夜長月。メイメイは神威神楽へと訪れた。その地は『豊穣郷』と呼ばれていると神使として始めて訪れた時に耳に為た。
 豊かな恵みを得られ四季折々の美しさを見ることが出来るその地は黄金の穂が美しいが故に『豊穣郷』と呼ばれていたのだそうだ。
 黄泉津とも呼ばれたその地は、その名に違わぬ四季の美しさを見せてくれる。この地では『妖憑』とも称されるメイメイは今日も今日とて高天京へと訪れた。
 御所には八扇と呼ばれる八つの政の中心が一堂に会している。常ならば、帝の補佐である中務卿へと顔を見せるのだが今日は彼ではなく真っ直ぐにこの国の天子たる『霞帝』への謁見へと向かった。
 ――実の所、本日この良き日にメイメイが霞帝に謁見をするのも取り付けた『約束』の履行を行なうのも全ては中務卿たる建葉 晴明には筒抜けであるのだがそれは黙っておこう。
 以前、メイメイがこの国の守り神である黄泉津瑞神の生誕を祝った際に霞帝に呼び出されたのである。
「瑞を祝ってくれて有り難う」とやけに嬉しそうに告げた彼は、主神である瑞神は複数の神遣が存在するがそれでも孤独な存在であるのだと告げた。
 孤高と言うべきなのだろう。彼女が笑えば国は華やぎ、彼女が憂えば花が萎れる。それ程に強い力を有するこの国の象徴は民には慕われているが一線を引かれているのだろう。
 友人のように接してくれる神使達を瑞神は愛おしく思い、メイメイもそんな彼女を愛らしい友人として認識しているのだ。それが霞帝にとっては喜ばしいことであったのだろう。
「いいえ」とメイメイは首を振った。褒められるようなことではないが、霞帝に瑞神の『友人』として認められたことは何よりも嬉しかった。
「それで、そんな瑞の友人であるメイメイ殿に頼みがあるのだが――」

 ――京を見て回りたいのだ。民の生活を見るのも君主の務めであろ?

 勿論『お忍び』でなくては民の生活を見ることは出来ない。メイメイは非常に苦心した。こっそりと彼を連れ出してはメイメイの思い人は胃痛に苦しみ、蒼白い顔をしながら「どこですか」と叫ぶことだろう。苦労性である青年は普段は『我が主』『霞帝』『主上』などと呼ぶのだが、慌て始めればボロが出たように『賀澄殿』と名を呼び騒ぎ立てるのだ。そこまで限界中務卿に為てしまう一因を有するのは心苦しくて――つい、告げ口をした。
 無論、霞帝の考えも晴明は理解した上で「メイメイが護衛をしてくれるのであれば任せる」と言った。こっそりと密偵を用意しているのは……まあ、彼なりの配慮だったのかもしれない。
 そんなこんなで、謁見にやってきたメイメイは「お待たせしまし、た」と賀澄へと顔を下げた。何時も通りの『霞帝』の姿をして彼はにんまりと笑っている。
「うむ。無茶な願い出ではあったが引き受けてくれて嬉しく思うぞ。して……晴明には」
「霞帝さまの、お心の通り、です」
「はは。堅苦しくなくて良いぞ。俺は賀澄と言うのは知っているだろう? 気軽にそう呼んでくれ。今園 賀澄だ」
 にんまりと笑った彼は「準備をしようか」と顔を上げた。訳知り顔の女房達の何とも言えぬ顔を眺めながらメイメイはそそくさと『お忍び街歩き』の準備を始めたのであった。

 霞帝は市井においてはそれ程顔を知られているわけでは無いのだろう。だが、変装を行って居なければ役人には見えてしまう。そうで無くとも貴族達には直ぐに露見してしまうだろう。短く切り揃えてある髪を無理矢理撫で付けて前髪をある程度作る。衣服は動きやすいものを用意した。曰く、「神使の仲間にさえ見せてくれれば問題は無い」との事である。
「……ええと、ですが……」
「見えぬ、か?」
「知っているので、あの……どう見ても霞帝さま、で」
 悩ましげであった賀澄はぴんと来たように海洋王国のサマーフェスティバルに参加した際に購入してきたのだという妙なサングラスを着用して楽しげに笑っていた。
 怪しい。どこからどう見ても怪しく見える。そうは思いながらもメイメイは「お似合いです」と微笑んだ。
 早速外出しようと立ち上がった賀澄は「おう」と呼んだ。黄龍はふわりと宙に浮き上がってから顔を出す。常の如く美しい女のなりをして居たのは「賀澄はこの方が好きであろ?」との事だ。鮮やかな黒髪を揺らしていた女は「吾も行くのか」と問う。
「ああ。お前位連れていかねば晴明が怒るだろう」
「そも、メイメイを共犯者にした時点で怒るのではないか? 瑞には見通されているだろうが晴明は可哀想に」
 黄龍が肩を竦めれば、賀澄はあははと大声を上げて笑った。黄龍は嘆息してから賀澄の背に手を当てて小竜の姿へと転じてみせる。賀澄が「タツノオトシゴだな」と揶揄えば「縊り殺してやろうか」と黄龍のなんとも不機嫌そうな声音が響いた。
 賀澄と守護神霊の黄龍を連れてメイメイは早速、高天京へと繰り出した。
 メイメイにとっては見慣れてしまった街並みは、民達の営みを見るだけでも十分なものである。
 賀澄は「彼方に行こう」とメイメイを誘うが――その淀みない足取りから『ひょっとしてこの人は何時も斯うして抜け出しているのでは』とも考えてしまうほどであった。
 慣れ親しんでいるかのようにすいすいと歩いて行く賀澄は民に声を掛け、何が安いのかや噂話にも耳を傾けている。
 そうしている姿を見れば『帝』や『役人』と言うよりも近所に棲まうお兄さん程度にしか見えないのだ。その気易さが、彼の性格そのものであり、堅苦しい晴明と丁度相性が良いのだろうとさえ思えた。
「さて、最近の作物は出来が悪くはないらしいな。
 しかし、メイメイ殿も幻想の出であろう? 見慣れぬ風景だったのではないか?
 俺も初めてこの国に訪れたとき、驚いてしまったさ。俺は混沌世界の住民ではないが、斯うした街並みは本の中で知っているものだったのだ」
「ええと、その……恐ろしくは、ありませんでした、か?」
「あまり。飽き飽きしていたのかも知れないな。寧ろ愉快に感じたさ。まあ、不便なことも多かったが楽しい場所ではあるぞ」
 団子を買おうと普段から晴明が足を運ぶ菓子店を訪ねる賀澄を追掛けていったメイメイは店主の「あれ……」という呟きにはっとする。
「あ、こ、こんにちは」
「ああ、中務卿と何時も着て下さるお嬢さん。ならこの方は――」
「は、はい、えと、あの、その、こちらは出入りの商人のかす……かすがさま、です」
 かすがさま、という言葉に賀澄も店主もぴたりと動きを止めた。一方は予想していなかった呼び名であったからか。もう一方は、想像とは違う人間の名が呼ばれたからである。
 賀澄をじっと見詰めた店主は「かすが、さま?」と問い掛ける。
「うむ。春日と言う。どうぞよろしく頼む」
 胸を張った彼にメイメイと店主は頷いた。自信満々である彼を見ればそれが正しいと思わせられるのだ。
 にんまりと笑っている賀澄が団子を適当に購入し、メイメイを連れて歩き出す。この店を長く贔屓にしているという彼は好みの団子が決まっているのだろう。その仕草だけで、彼が霞帝であると告げて居るようなものではあるが店主は何も言わないままだった。
「さて、食べ歩こうか。斯うしてみれば随分と民の顔も明るくなった。……が、それでもまだ問題がある。自凝島を攻略せねばならぬのだ」
「自凝島ですか」
「ああ。罪人の流刑に使われていたがそれ故に、けがれは溜る一方であったのだろうな。
 三言――否、晴明の父君などはどうにかと考えて居たようだがそれも叶わぬままよ。晴明などは、父君の志を継ぐのだと幼少の頃より邁進してきたのだろう」
 其処まで告げてから賀澄は穏やかな笑みを浮かべてメイメイを見た。神使がやってこなければ、それも志半ばに終るはずだったのだ。
 豊穣という国は賀澄から見ればある意味で安定しており、ある意味でお節介をしやすい場所だった。此れまでの帝達がこの国を豊かになるようにと導いてきた。
 八百万と呼ばれた精霊種達が獄人と呼ぶ鬼人種を召使いとして使ったのはこの国が『神の坐す場所』と呼ばれたからだ。黄泉津瑞神は精霊であり、神霊とも呼ばれる。精霊種と精霊は違いがあるが、それでもその系譜であると言われたのだ。
 ならば、種の違えた獄人達がその様に迫害されたのも仕方が無い事だったのだろう。それを外様であった賀澄は大改革に乗り出したのだ。勿論、その船の航海は決して良い者であったとは言えない。八百万達にとって当たり前であったことへ霞帝が異を唱えるのだ。時の主上とは言えども、到底受け入れられるものではない。外様が何を云うと嫌がらせを受けた事もあっただろう。
 幼い晴明は父が暗殺される現場を目の当たりにしたという。当たり前のことだが政敵であった天香長胤は「無様よの」と囁いたらしい。当たり前の話ではある。何故か、それが『この国の常であった』からだ。晴明は長胤を恨むことは無かった。「これが神威神楽でしょう」と子供ながら冷めた反応を返したのだ。それが賀澄という男の決意をより強くした。幼子が父を喪って、それを当たり前であると認識するのは可笑しいのだ、と。故に幼い彼を引き立て己の補佐とした。
「……あれは利口な子供だ。幼い頃に父を喪った事が傷になっていない訳がないだろうに気丈に振る舞っている。
 あの子は俺を父で有るかのように慕ってくれるし、恩義に応えたいと言うが、それも可笑しな話なのでな。もしも、世界を見たいと思えば自由に歩いて行って欲しいとさえ思うのだ」
「晴さまに……?」
「ああ。穏やかで利口な子ではあるが、欲が少ないのだ。そうは思わないか?」
 揶揄うように言った賀澄にメイメイは「確かに、そう、かもしれません」と呟いた。彼は何かを自分から求める事が少ないように思える。
 それが生育環境によるものであるのかは定かではないが、もう少し希望を聞かせてくれれば良いのにとさえ思えた。
 メイメイの愛する人が大切に思う今園 賀澄という男が作りたい国は信念によるモノなのだろう。言葉にすればなんともチープなものであるのかもしれない。
 総括すれば誰もが笑っていられるような国を求めているのだろうから。
「ほら、この国の夕焼けは美しいだろう。海へと沈み行く夕日が稲穂を照らし黄金に煌めくのだ。俺はこの国の美しさを護り、誰もがさいわいを物にして欲しいと願っている。
 勿論この願いは瑞神と同じだ。そうであろう? 黄龍」
「うむ。我ら神霊は神威神楽の平和を切に願っておる。無論、賀澄という我らの守護を受ける者が志を違えるとは思って居らぬ」
 意地悪い黄龍に賀澄がからからと笑った。そうだ。同じ志だからこそ四神に愛されているのだと彼も理解しているのだろう。
 美しい夕焼けの野を眺めて居たメイメイはぎゅう、と拳を固める。
「賀澄さま」と呼び掛ければ、彼は「ん?」と僅かに首を傾げて耳だけをメイメイへと向けた。視線はまだ、黄金の野を眺めて居るのだろう。
「……わたしは、晴明さまの事を」
 それは当人にも伝える事の出来ない胸の内だ。彼は欲が少ない。伝えれば何処か困ったような顔をするのではないか、と不安にさえなってしまうのだ。
 だからこそ、仄かに芽生えた恋心が己の愛する人だと自認し強く大きくなってきたことを自覚しながらメイメイは彼を大切に思う人に、その胸の内を伝えたいとそう思ったのだ。
 いつか、この人にも認めて貰えるようになれば――と、そう思って言い掛けた言葉をメイメイは飲み込んだ。
「……いえ。……この話は、またいつか」
「ああ。また聞かせて貰おうか。その時が来たならば」
 彼にもお見通しなのだろうか。そう思えば妙な擽ったさが残ってメイメイはぎこちなく笑うだけだ。
 黄金の稲穂を眺めて居る二人の背中に声を掛ける者が居た。ゆっくりと振り返ってからメイメイは目を細める。
「晴さまに、あまり心配させないであげて下さい、ね」
「ああ、心配性だがそれが心地良いと言えば、奴は屹度怒るだろうからな」
 夜が来る前に、と迎えにやってきたのだろう。何時もよりも安心した顔をして居る晴明を見てから賀澄は一歩を踏み出してぼやいた。
「いや、しかし、メイメイ殿の方が一歩上手であったな。……あいつの使い方を翌々心得ておる」
 はっとしたメイメイに「悪いとは言っていないぞ?」と彼はからからと笑ってから晴明へと手を振ったのであった。


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