PandoraPartyProject

SS詳細

髪遊

登場人物一覧

劉・雨泽(p3n000218)
浮草
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら


 ギルド・ローレットには様々な依頼が舞い込んでくる。一般人の手に負えない護衛や討伐から、人や物等のモノ探し、急遽人手が必要になった手伝い……と、何でもござれと手広く活動を行っている。
 しかしながらローレットとて、いつも忙しい訳では無い。偶には迷子の子犬探しくらいしかやる事が無い時もあって、それくらいならとローレットの情報者兼冒険者の誰かが解決することだってある。
 そして今日は珍しくも『そんな日』で、酒場めいたローレット内は常よりも人がおらず、静かに時が流ていた。
「暑いから今日は外に出たくないんだよね……」
 劉・雨泽 (p3n000218)が、熱でぼやけて見える外の石畳を窓から見遣りながら呟いた。ベルディグリを持つ同僚に「暇なら子犬探しでもしてきたら?」と言われての言葉だ。
「今日は美味しいフラッペの話を聞いたとしても『フラッペ屋が来い』の気分」
 この夏は暑すぎる。とにかく暑いから外に行くのは嫌だと全身でNOを表している間に、子犬探しは他の冒険者たちが請け負ってくれた。ありがたいことだ。
「もう。プルーちゃんを困らせないの」
 突然声をかけられたって、雨泽は驚かない。彼――ジルーシャ・グレイ(p3p002246) がローレットに顔を出していたのは知っていたし、「今はこれといって急な困りごとはないんだよね」と話したばかりだ。
「プルーは困っていないよ」
 ねー。同意を求めれば美しい人はくすくすと笑いながら雑務に離れていき、姿が消えるまでジルーシャは視線で追っていた。
「熱いね」
「そうね、今日は特に暑いかもしれないわ」
「うん」
 そうじゃなくて気持ちが。なんて訂正は入れない。
「雨泽は暑いのは苦手なのね」
「そうだね。暑いのもだけど、日が照っているのも得意ではないかな」
「アラヤダ、吸血鬼みたいじゃない」
「見た目通りとってもか弱いんです、僕」
「性根は結構図太いのにね」
「あはは」
 軽口を軽快に叩き合える関係は、心地が良い。雨泽もジルーシャもどこまで本気かは知れないが、互いに地雷を踏んだらすぐに詫びれるくらいには大人である。
「前から気になっていたのだけれど……アンタその髪暑くないの……?」
 暑いと言えば、とジルーシャが雨泽の髪を指さした。化粧品や装飾、そう言ったものを好む雨泽なら髪にも手を入れそうなのだが……彼の髪は首の後ろでひとつに纏められているだけで、結い上げたりはされていない。
 首周りがすっきりすれば涼しくなるだろうに、とジルーシャは思った。
「暑いからいつも切ろうか悩むよ?」
「切らないの?」
「切って欲しい?」
「切るなんて勿体ないわ」
 白く長い髪は綺麗だもの。素直に口にするジルーシャに、雨泽はありがとうと笑った。君のそういう所、好きだよ。
「正直な話……髪が長いほうがお洒落の幅が広がるし、僕は髪が長い方が似合う」
「……ええ、まあ、そうね」
 ひどく自信家ではあるようだが。
「でも問題があって……」
「家のしきたりとか?」
「いや……」
 ここまではっきりきっぱりと口にしていた言葉が、少し悩むように途切れた。
「……ジルーシャの髪型っていつも素敵だよね。自分でやっているの?」
「ん、アタシ? ええ、そうね。毎朝自分でやっているわ」
 編み込んだり、左右どちら側で結ぼうかとか、その日の気分で髪型を決めている。
「すごいね。僕、そういうのはちょっと不得手なんだよね。鏡を見て目に見える範囲ならいいんだけど、頭の後ろとか見えないし……なんかこう、イメージする動きの逆をしないといけないっていうか……」
 言葉を探すように話す雨泽が言いたいことは、ジルーシャも何となく解る。そうね、と顎を引いた。
「他の人の髪をいじるのは見えるから出来るんだけれど、自分のは苦手なんだよね」
 だからいつもひとつに括るだけ。
 けれど髪もお洒落はしたいと思っているらしい。実際ケアはしっかりとしているみたいだから、猫の毛のようにすべすべだ。
「ね、ね、じゃあアタシにいじらせて頂戴な! せっかく綺麗な髪してるんだもの、適当に結ぶだけなんて勿体ないじゃない!」
「いいの? 君はいつも綺麗にしてるし、お願いしたいくらいなんだけど」
「それじゃあ決まりね。今日はもうローレットに居てもやることもないし、うちにいらっしゃいな」
 髪飾りもヘアクリームも色々あるんだから!
 そうジルーシャが笑う頃には陽も天辺からそれていて、夕焼けに染まる前にはジルーシャの店へと辿り着いた。

「ジルーシャのお店って本当にいい匂いがするよね」
「ありがと」
 当たり前な事と解っていて口にしているだろう事を踏まえて、ジルーシャが笑う。
「ホラ、早くそこに座って頂戴な。アタシ、ローレットからここまでアンタの髪をどういじろうかずーっと考えていたんだから」
 ほらほら早くして。あれもこれも試したいのだから、時間が惜しい。
「ええ。まずはハーブティーとか出てくるんじゃないの?」
「そういうのは後からでいいでしょ。ホラ、早く!」
 追われながらも楽しげな笑い声を零した雨泽が鏡台の前に座って髪紐を解くと、段差になっている後ろ髪が広がった。
「普段はどんなオイルを使っているの? あっ、待って。当ててみせるわ。うーん……椿?」
「当たり。豊穣育ちだからね」
「豊穣だとやっぱり椿のオイルが主流なのかしら」
「うーん。米ぬかとか米胚芽も多いんじゃない? あと、月見草とか」
「まとまりが出るタイプにしているの?」
「うーん、それはあるかも? でも僕は割りと香りで選びがちなだけだよ。植物オイル関連だったらジルーシャのほうが詳しいんじゃない?」
 会話をしている間に髪を櫛で梳いて、いつもが椿ならと、ジルーシャは違うオイルを手につけた。
「あっ、甘い匂い。……白木蓮?」
「ええ。鼻がいいのね」
「豊穣にある花ならね」
「そういえばアンタって花が好きだったわね」
 どうしてと尋ねていいものか。いや、好きなものにどうしてもあるのだろうか。
 ぼんやりと考えながら、ジルーシャは段差のある上側の髪をリボンと一緒に編み込んでいく。
「僕は箱入りだったのだけれど、実家は花くらいしかなくてね」
「箱入り? 意外ね」
「でしょ。庭で季節の花を眺めたり、図録を眺めてたりしていたんだ」
「お庭だけだと限界があるものね」
 会話をしていても、ジルーシャの手は淀みない。頭の天辺から編み込みをして首後ろで止めるだけで印象も変わる――が、ジルーシャは折角の機会だからもっと色々といじりたい。
「そんなに花が好きなら、花をさした髪型もいいわよね」
「あー、三つ編みにしてさしていくんだっけ?」
「そうそう」
 でもそれをするにはたくさんの花を事前に用意しておくか、花畑が良いだろう。
「次の機会はそれをしようかしら」
「えー、ジルーシャだけ楽しむのはずるくない?」
「なに? アンタもしたいの」
「そりゃあそんな面白そうなこと、僕だってしたいって思うよ」
 後ろ髪を高い位置で結んでお団子を作って。
 それを崩してから、ジルーシャはまた髪を編んでいく。
「でも雨泽、アンタ自分の髪は編め無いんでしょ?」
「うん」
「だったら出来ないじゃない」
「もう。だからー」
「あっ、ちょっと! 動かないで!」
「今度は僕にも編ませてって言ってるの」
 髪先を結んで羽根飾りをつけようとしていた所で振り返られての抗議は飲み込まれて。
「いい提案じゃない」
「でしょ」


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