SS詳細
brachium et larva
登場人物一覧
●私は■■、私は、■■。私は――美咲。
ラブホ女子会をすることになった。
それ以上でもなければ、それ以下でもない事態がおきた。
「練達のラブホってこんな風になってるんでスねえ」
自動ドアに迎えられた佐藤 美咲 (p3p009818)が見回すと、そこはバリ島風のなんだかoceanな風情漂うインテリアが並んでいた。
隣に立つイーリン・ジョーンズ (p3p000854)が『なんか思ってたのと違う』という顔をしているが、美咲とてその辺の考えは同じである。
なにせロビーは通常のホテル同様に広く、向きだしのカウンターでホテルマンがごくごく普通にチェックインの対応をしているのだ。もうこれ普通のホテルじゃんとおもわなくもないがそこはそれ、しっかり『ラブホ女子会プラン』なるものを先行予約した二人なのであった。
「思ったより緊張しませんでしたね?」
「ここまでくると普通にホテルのチェックインだものね」
ルームキーとなるカードを受け取り、エレベーターに乗るイーリン。彼女の服装をあらためて確認してみると希望ヶ浜学園中等部の制服だ。いやなんでやねんと心から思った美咲である。ラブホに入る女子中学生がいてたまるかと。
しかしながらホテルマンの対応はスムーズだったし、特段なにも言われなかった。案外イーリンもイーリンでこういうときの対応を心得ているのかもしれない。
「どうしてそんな服装にしたんでス?」
なにとはなしに聞いてみると、イーリンはカードキーを指の上でくるくると回しながらこう言った。
「それを■■が望んでいるから」
元々ラブホ女子会なんて話を持ち出してきたのはあの『田中 舞』であった。どういう経緯を辿ったのかは分からないが、彼女からイーリンへとラブホ女子会の情報が流れ、ラブホ女子会プランの予約が流れるように行われ、女子会といえばラブホですよ今時は~などという口車に乗せられるというかほぼ拉致られる形で美咲は今ここに立っているのである。きっと舞の口車は黒いワゴン車の形をしているに違いない。
エレベーターが目的の階でとまり、二人は何気ない様子で部屋へと歩いて行く。
目的の部屋に入ると……それはまたもバリ島であった。
奇妙な置物と壁からさがった刺繍の絨緞。モニターにはソレこそバリ島風のさざ波の映像が流れ続けている。だがそこはやはりラブホ。ベッドはきっちりダブルである。
並んだ枕とアロマの香りに目をぱちくりしつつ、美咲はやっと言うべきことを言ってみた。
「なぁんで、私らは女二人でこんなタイプの宿屋にいるんでスかね……!」
●どうしてその手を隠すの?
女子会なんて言ったところで、やれることは多くない。ルームサービスを注文して運ばれてきた酒に手を付ける。
最近うけた依頼がどうの、この前負った傷がどうの。そんな女っ気のない話題で雑談を交わす程度だ。
じゃあ次は何を話しますかねえと美咲が天上をぼんやりあおいでいたとき。
「ところで――どうしてアントワーヌは生きているのに。ずっと手が震えているの?」
イーリンは、優しくそう言った。
「は」
この一言に、感情を乗せないように、美咲は努力した。
さざ波の環境音がいつまでも流れ、ざざん……ざざん……と静寂をさらっていく。
「あー、これ。昨日は飲みすぎました。腕に不調はありません。回復魔法様々でス」
手をぱたぱたと振ってみせる。
感情を乗せないように。いや、できるだけ明るく聞こえるように、美咲は努力した。
「じゃあ」
イーリンが、身を乗り出す。
テーブルを挟んで。こっちがわ。
中央よりすこしだけ『こっち側』に手を突いて。
「どうして他の人も呼んでいいって言ったのに。私だけを呼んだの」
「ま、イーリン氏なら気を使わなくていいでしょ?」
今度は静寂を挟まずにすんだ。波に攫われずにも。
いつもどおりのテンションでいるように、美咲は努力した。
努力しつつ、震えた手をテーブルの下にゆっくりと動かす。
「どうして――その手を隠すの?」
びくり。
震えを抑えるのに努力が必要だった。
無駄な努力だ――と頭の中で■■が囁く。
「……何回もうるさいなぁっ! リハビリが必要なの! 私が! 超常の回復能力でもカバーできないレベルのヘマをやったから!!」
気付けば、床に自分は押し倒されていた。
震える腕のその付け根を掴み、イーリンが自分を見下ろしている。
まるで瞳が、鏡みたいだ。
まるで彼女は、鏡みたいだ。
「あ、あ……」
顎が勝手に動く。
努力が必要だ。
努力が。
「ショッケンが、軍務大佐が、騎兵隊が……貴方がっ……! 私を、佐藤美咲を壊したっ……!」
言ってしまった。
そう、頭の中の■■が囁く。
努力なんて無駄なのにと、■■が囁く。
ウィーグリーズ会戦の後は戦勝会に行った。
マザー戦では一緒に死にかけた。
アーカーシュ決戦では――。
「あの時自分が一番活かせる場所だったから……! 大佐ではなく、イーリンに……!」
「そうして出来上がったの? ■■」
「その名前で――」
ギリ、とイーリンの手に力がこもる。爪が食い込み、腕が痛む。震えが、まるで怯えるように酷くなった。
「ねぇ、■■はどうすれば良かったの!? たまたまスパイが出来るだけで、何も無い女だったのに! こうなるんだったら! ■■は――」
まるで血を吐くように。
佐藤美咲は叫んでいた。
「何者にならなくても良かった!」
誰かになるのは簡単だった。
仮面は思いのほか分厚くて、誰かのふりは楽だった。
沢山沢山仮面が増えて、いろんないろんな自分になれた。
それでよかった。
それでよかったはずだった。
ある日、『佐藤美咲』という仮面ができた。
綺麗な仮面だ。好かれる仮面だ。人とのつながりが出来た。やった、上手くやったぞ。いつも通りだ。成功だ。
今度もだ。
今度もだ。
心地よい。
楽しい。
幸せ。
そして気付いた。
ああ、これは仮面だった。
新しい名前と顔を用意する。
そう告げられたとき、美咲の頭は白くかすんだ。
上司(練達復興公社)からの異動勧告である。
ローレットの監視任務から、別の何かへと乗り換えようという話だ。
いつものように、仮面を付け替えればいいだけだと。
●仮面と私
夜が過ぎて、チェックアウトの時間が迫っている。
ベッドからゆっくりと起き上がって、美咲はあたまをかりかりとかいた。
「おはよう」
両手にコーヒーを持ったイーリンが、ベッドサイドに立っている。
「決まった?」
問いかけの内容は、それだけだ。
それだけなのに、全部わかった。
「ああ、クソッ――!」
■■は自分の顔に手を触れると、深くため息をついた。
「こうなったら何でもやってやりまスよ」
手を伸ばし、コーヒーを受け取る佐藤美咲。
「『私が望むなにかのために』……!」
――佐藤美咲は練達復興公社からの命令を拒否。
――ローレットにて佐藤美咲として活動することを継続するものと思われる。
――左腕が黒色の義手に変更された模様。
――元の左腕はイーリン・ジョーンズが保有している。
これはもしかしたら、誰にでもあるかもしれない、ごく普通の物語だったのかもしれない。
そう。
仮面を選んだ女の、ありふれた物語。